いま最も信頼できる出版社、ミシマ社からだいぶ前に出た『料理と利他』を読みました。


156120752

料理研究家の土井善晴さんと政治学者の中島岳志さんの対談本です。おととしの最初の緊急事態宣言のときに行ったものなので、直接会っての対談ではなく、オンラインです。しかも一般公開。そのため、視聴者からの質疑応答もあります。(土井先生といえば、ロングセラーの『一汁一菜でよいという提案』は恥ずかしながら未読です)



「いいかげん」がよい
0_4 (1)

土井さんが口を酸っぱくして言うのは、「ええかげんでええんよ」ということです。

これは生物学者の池田清彦先生もよく言いますよね。

「いいかげんというと、いまはとかく悪いイメージがあるけど、本当は『いい加減』なんだよね。足しすぎず引きすぎず、いい塩梅のこと。それが大事」

私がこの本で最も瞠目した箇所は、質疑応答で、「子どものために手料理を作らないといけないのに、スーパーでお惣菜を買ってすませてしまうことに罪悪感を感じる」という女性の言葉。

以前の職場にいたんですよね。同じことを言う女性が。「やっぱり子どもには毎日手料理を作ってあげたほうがいいのかな」と。私は自分ではまったくと言っていいほど料理をしないくせに偉そうにこう答えました。

「確かに、買ってきたものばかりだと栄養が偏るとか、そういう問題もあるけど、やっぱり、自分のことは自分ですることを子どもに教える教育効果があるんじゃないだろうか」


050

私は幼少の頃から台所で黙々と食事の準備をする母親を見て育ちました。料理はともかく、洗濯や掃除や身の回りのことを自分でできるようになったのは母のそんな背中を見て育ったからでしょう。

「自分のことは自分でしろ」と口うるさく言っていた死んだ親父は、自分では何もせず、すべて母任せで奴隷のようにこき使ってました。そんな人間に何を言われても反発心しか湧かない。大事なのは「背中」を見せることです。

ただ、同時に、手料理を毎日全部作らないといけないと思い込むことも危険だと思うのです。

土井先生も言っています。

「確かに子どもには毎日作ってあげたほうがええんやけど、別に毎日全部作らないとあかんなんて考えんでええんちゃう? 買ってきたものとちょっと自分で作ったものを一緒に盛れば見栄えもええやろし。今日は買ったもんですませるけど、明日は作るよみたいな感じで。大事なのは世間の声に惑わされずに自分の頭で考えることです」

だから、次のような質問には爆笑してしまったのです。

「いい加減がつかめなくて困っています。いい加減をつかむためのいい方法を教えてください」

アホか! そんなのがあったらぜんぜん「いいかげん」じゃない。

いい加減というのは、ここまではいい加減じゃなくて、ここからがいい加減みたいにクリアカットなものじゃないはずですよね。

土井先生がこの本で再三再四言ってますが、「レシピに書いてあることなんかどうでもいいんです。自分がおいしいと思うかどうか」

レシピというのは「マニュアル」であり、マニュアルに惑わされずに自分の頭で考え、舌で感じたことを信用すればいい。それがいい加減。

だから、誰にでも通用する「いい加減をつかむ方法」なんてないはずなんです。なぜならそれはマニュアルだから。マニュアルはすべてをクリアカットに捉えることを前提にしていますが、いい加減はその対極にあるものです。

同じレシピでも、『カレンの台所』の滝沢カレンのレシピは「マニュアルを超えたマニュアル」でしたけどね。あれはまったく新しい日本語を創出した不世出の傑作だと思う。そして、食材や調理方法をクリアカットに捉えない絶妙なまでにいい加減なレシピ本でした。滝沢カレンに幸あれ!


食で地球とつながる!?
syokuzai

この本でもうひとついたく感銘を受けたのが、「食で地球とつながる」という土井先生の思想ですね。

「いきなり地球の危機なんて考えても何も浮かびません。でも、台所に立って食材を手に取る。そこでもう地球とつながるんですね。環境破壊が進んでいるというニュースを見たら気が気でない。食材はすべて地球からのいただきもの。食を通して我々は地球とつながっているんです」

「だって、料理は『地球を食べている』ってことですからね」

これは中島岳志さんの言葉。お見事!



カレンの台所 (サンクチュアリ出版)
滝沢カレン
サンクチュアリ出版
2020-04-07


このエントリーをはてなブックマークに追加