ベルリン映画祭で、すぐれた人権問題を扱った映画に贈られる「アムネスティ国際映画賞」を受賞した『マイスモールランド』を見てきました。(以下ネタバレあります)


『マイスモールランド』(2022、日本)
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脚本・監督:川和田恵真
出演:嵐莉菜、奥平大兼、アラシ・カーフィザデー、サヘル・ローズ、平泉成、藤井隆

この川和田恵真監督というのは、あの是枝裕和監督の門下生らしいですね。とても丁寧で繊細な演出を見せてくれました。


国をもたない民族クルド
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主人公は、チョーラク・サーリャという名のクルド人の高校生。父親が政治的な弾圧を受けたため日本に逃れてきた。にもかかわらず日本は難民申請を却下する。ビザも取り上げられ、親父さんは不法就労で入管に監禁される。就学ビザを失ったサーリャは希望する大学に推薦してもらえなくなるなど崖っぷちに立たされる。というのが物語のあらまし。

外国人というだけで日本では奇異の目で見られる。そのうえ国というものをもたないからよけいに後ろ暗い思いを強いられる。バイトするコンビニで常連客らしいおばちゃんの「いつかは国へ帰るんでしょ?」という何の悪意もない一言にわだかまりを感じずにはいられないし、いろんな人から「どこの国から?」と訊かれる。彼女は「ドイツ」と答えていたそうだ。ワールドカップを見ていたときにたまたそう答えたからそのままドイツ人ということにしていたらしい。ドイツに親近感があるということは、もともといた国はトルコなのかな? ドイツはトルコからの移民が多いですからね。(⇐浦沢直樹『MONSTER』で得た知識)

この映画では、サーリャたち家族がもといた国を明示しません。大事なのは、彼らが自分たちの国をもたない漂泊民であり、生まれ育った国からも疎外され、逃げた先でも疎外される。居場所がないことの悲劇が主題だからでしょう。


悪い人が出てこない
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この映画では「悪い人」が出てきません。日本の難民政策とか、いまだに世界から紛争が絶えないとか、そういう国レベルの「システム」の問題は出てくるけど、いわゆる悪役は皆無です。お父さんを職質する警官も、難民申請が却下されましたと伝える係官も、仕事だからしょうがなくしているだけ。それを責めることはできない。私たちだって「これは仕事だから仕方ない」とすませていることは多々ありますから。

バイト先の店長、藤井隆は聡太の叔父のようですが、サーリャをクビにする。不法就労させるわけにいかない、と。ひどいとは思うものの、私が彼と同じ立場なら同じことをするかもしれない。いや、するでしょう。そこまでの自信はありません。


リベラルを自認する人間を撃つ映画
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でも、級友たちはサーリャが外国人だからと差別しないし、バイト先のコンビニには聡太というサーリャが想いを寄せる青年もいる。

そういうのは普通にいいなと思うんですが、普段、リベラルを自認している私はとても居心地の悪い思いを強いられました。

いかにも人権派弁護士といった風情の平泉成を見ていると、ね。

彼は、サーリャのお父さんのような人のために働いているのだけど、お父さんが監禁の様子を訊かれた際に「冷房はないのに食事は冷たい。素晴らしいオ・モ・テ・ナ・シです」と皮肉を言うと馬鹿笑いする。私も噴き出しました。しかしサーリャもお父さんも笑えない表情。

そうです。平泉成も私も、結局、国を追われる危険など何もないから他人事として見ていただけです。胸が痛みました。

平泉成だけでなく、サーリャの進路を真剣に心配してくれている感じの担任にも似たものを感じましたね。何かこう、「おまえのために俺は考えてやっている」みたいな上から目線。

リベラルを自認している人間ほど、そういう「上から目線」をもっているのではないか。と作者が考えたかどうかは定かじゃないですが、私はそう感じました。

しかし、終盤、もとの国に帰るという父親にもたせる物をサーリャと一緒に選別していた平泉成は、親が国に帰った場合、その子どもの難民申請が下りた前例がある、と親身になって教えてくれる。彼だって悪人ではない。偽善者でもない。かといってまったき善人でもない。何しろサーリャの父親は国へ帰れば殺されるのだから。世の中に完璧な人間はいない。


まったき善人=聡太
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いや、一人だけいた。サーリャが想いを寄せる聡太がその人です。彼は、彼女がクルド人だと聞いても「あ、そうなの」と特に驚くふうでもなく、平泉成や担任教師のようにリベラルを気取って「俺は人権意識の高い奴だ」と自分に酔っているわけでもない。ごく普通に彼女と会話し、デートに誘う。

パパ活して何とか家賃や妹と弟の食い扶持を稼いでいたサーリャでしたが、バイト先をクビになったと知った聡太が家にやってきて、おそらく自分の給料でしょう、お金の入った茶封筒を差し出されます。サーリャは泣いて断りますが、聡太はこれぐらいしかできないから、と言うのみ。

このシーンがすごい!

サーリャは、泣きながら半歩身を引き、そして一瞬だけ聡太に向かって駆け寄ろうとするのです。おそらく聡太の胸に飛び込もうとしたのでしょう。しかし、それはほんの一瞬のことで、またすぐ身を引き、そこへ妹が「ロビン(末弟)が帰ってこない」と言いに来て捜索のシーンへ移るのですが、あの一瞬の躊躇を演出しうる川和田恵真監督はただ者ではありません。

目の前の愛する男の胸に飛び込みたいが、まだ男性経験がないからそこまで思いきったことができず、また、拒否された場合を考えると体が引いてしまう。そんな微妙な感情がたった一瞬のアクションにこめられていました。

未見の方はぜひ映画館で確認してください。演技初体験のモデルにあんな芝居をつけられる川和田監督の演技指導力はとてつもないものです。この先どんな映画を作るのか、末恐ろしい。

聡太はお金をもってくる以外ほとんど自分から行動を起こしませんよね。サーリャの不遇を知っても無表情で話を聞くだけで。でも、何かしてやろうと上から目線で立ち上がる人間より、聡太のように、ただ寄り添うだけの人間のほうが、崖っぷちにある者にはありがたい存在なのかもしれない。

そんなことを思いました。


蛇足に代えて
冒頭、藤井隆が、サーリャに「だっちゅーの!」をやって白けられるシーンがありましたが、あれは見ているこちらも白けました。いくら何でもいまどきの高校生に20年以上も前のネタをやる人がいますかね?

昨日のワイドナショーで松本人志が「親父ギャグというものはないんですよ。タイミングがオヤジなだけで」とコメディアンらしい発言をしていました。この映画では松本が「ない」という親父ギャグをやっちゃってましたね。いまふうのギャグなのにタイミングがずれてる、というのをやれば完璧だったのに。


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しかし、この目ヂカラはすごい。嵐莉菜も末恐ろしい。


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