話題の『ハケンアニメ!』を見てきました。いろいろと考えさせられる映画でした。

この映画のキーワードは、劇中何度か出てくる「リア充」、そして劇中一度も出てこない「作り話」、その背後にある「宗教」、この3つと考えます。

え、宗教? 宗教とこの映画と何の関係が? と興味をもった方はどうぞ以下をお読みください。


『ハケンアニメ!』(2022、日本)
hakenanime1 (2)

脚本:政池洋佑
監督:吉野耕作
出演:吉岡里帆、中村倫也、柄本佑、尾野真千子、小野花梨、工藤阿須加



作り話と宗教
07f14a64

私がこの世で最も興味をもっているのは宗教です。宗教というと、日本人はどうしてもオウム真理教や創価学会の影響か、「怪しげ」「インチキ臭い」みたいに捉える人が多いですが、そういう意味の宗教ではありません。

日本を含め世界の宗教の創世神話では「神が人間をはじめこの世界全体を造った」ことになってますよね。でもそれはウソでしょ。「人間が神という架空の存在を造った」のが本当。でも「神が人間を造った」と話が逆さまになっている。でも、我々人間はそういう逆さまの「作り話」を信じないと生きていけないらしいのです。

さらに、この映画でも主役の吉岡里帆や敵役の中村倫也もアニメ(=作り話)に救われた人間なんですよね。私もそうです。

映画の専門学校で、脚本の講師から「なぜ脚本を書きたいのか」とラディカルな質問を受けたのですが、私は「現実より虚構の中にこそ真実があると思うから」と答えました。講師も賛同してくれました。吉岡里帆も中村倫也も私も、作り話の中の真実に救われてきたわけです。

ということは、いくら「人間が神を造った」が事実でも、「神が人間を造った」という作り話にこそ真実が含まれていることになります。その真実が古来人々を救ってきた。それはいったい何なのか。そこに大いなる興味をもっているのですが、いまだに謎は解けません。


yosiokariho1 (1)

吉岡里帆は、中村倫也が作ったアニメに救われたように、自分が作ったアニメで同じ境遇の子どもを救いたいと思っているわけですよね。だとしたら、作り話に含まれる真実とは何か、なぜ現実より虚構に真実があるのか、そういうラディカルな問いを自らに投げかけてほしかった。

いや、彼女は投げかけているのかもしれない。でもそれは劇中で一切語られないし、出来が悪くても売れればいいと思っている柄本佑Pや、理想を追うな現実を見ろと息巻くスタッフとの軋轢という、職場あるある業界あるあるのお仕事ドラマに終始してしまったのは何とももったいない。



20220522_191106 (1) (3)

これは劇場でもらったポストカードですが、「好きを、つらぬけ。」というキャッチコピーは見る前は素晴らしいと思ったものの、見たあとは結局お仕事ドラマだからこういうコピーなのね、と少々残念な気持ちに。

アニメが好き、作り話が好きという気持ちを貫くだけじゃなくて、なぜ好きなのか、なぜ我々はかくも作り話に惹きつけられるのか、そこをもっと掘り下げてほしかった。主人公が作り話に救われた人間に設定されている以上、そこをスルーされると、ね。


リア充
引っ張りダコのアニメーターを演じる小野花梨と、町おこしの役人なのかフィルムコミッションの人なのか、ともかくご当地の人を演じる工藤阿須加が鍵になりそうなシーンを演じてましたよね。

工藤阿須加はアニメを見るより外で遊ぶほうが好きな子供時代を過ごし、河原でキャンプしている人たちと普段は一緒にキャンプしているらしく、彼らと大声で挨拶したりする、小野花梨曰く「リア充野郎」なのです。リア充でなくアニメに救いを求めてきた小野花梨にとって少し気後れする相手。

なのに、工藤阿須加はリア充の意味を誤解していて、「リアルでしか充実できない人」と思っている。だから、仕事などリアルでも充実し、アニメや映画など作り話の世界に没頭することもできる小野花梨のことをうらやましがる。

この素晴らしい勘違いのシーンを、リア充になれない小野花梨があっけらかんとした工藤阿須加を恨みのこもった目で睨んで終わらせるのはもったいなすぎる。ここには大きな鉱脈があったはず。

先述した通り、「人間が神を造った」のが現実=リアルな世界観であり、「神が人間を造った」のは作り話です。工藤阿須加は前者の世界観しかもっていない。小野花梨のような後者の世界観にこそ真実があると信じることのできる人間をうらやましいと思っているのですね。

つまり、工藤阿須加は無神論者、小野花梨や吉岡里帆は有神論者です。両者の違いや葛藤をもっと掘り下げてもよかったのではないか。

ことほどさように作り話と宗教は親和性が高い。冒頭に述べた通り、作り話を信じるのが宗教なのだから当然のことなのです。

さらには、売れれば何でもいいと言っていた、つまり無神論者だったはずの柄本佑Pが終盤、有神論者に変貌するというか、正確には、有神論者だけどそれを隠して無神論者のふりをしていたわけでしょ、彼は。あれって「日本人そのもの」ですよね。

日本人は無宗教とよく言われるけど、あれはウソです。誰だって神を信じている。お天道様は見ているとみんな思ってます。でもそれを表明するのはダサいと思われるから神様なんか信じてないふりをしているだけ。

柄本佑Pを掘り下げればオリジナルな日本人論になったかもしれない。

吉岡里帆が子どもたちのために本気でいいアニメを作ろう頑張る姿には喝采を贈りたい気持ちでしたが、作り話には宗教の問題が含まれることに完全に無頓着で、ただお仕事ドラマとしての楽しさしか追求しないのであれば、少なくとも私には面白いと思えない。


吉岡里帆
yosiokariho3

話は変わって吉岡里帆。彼女はとても不思議な女優です。

2016年の大傑作というほかないクドカン『ゆとりですがなにか』で初めて見たときは、どうせすぐ消えるんだろうな、と思ってたんですが、見事に生き残っている。どころか堂々たる主演スターです。

彼女より美しい女優ならいっぱいいるし、芝居のうまい女優もたくさんいます。しかし、吉岡里帆は独特の立ち位置を確立しています。

いい意味で「色」がついていない。「匂い」がないと言ってもいい。ニュートラルな感じ。吉岡里帆ならこういう役、とか何もないでしょ。何色にでも染まれるから。こういうニュートラルな役者ってどっかにいたぞ。と考えたら、やっぱりいました。国籍も性別も違うけど、彼女に最も似たタイプの俳優はジョン・キューザックです。


22456 (1)

最近見ませんが、彼は色も匂いもついてない役者です。ニュートラル俳優第一人者。もし日本で『マルコヴィッチの穴』みたいなクセの強い映画を作るとしたら、主役は吉岡里帆しかありえんでしょうな。




このエントリーをはてなブックマークに追加