知り合いの大企業の重役Qさんお薦めの『バーナード嬢曰く。』(施川ユウキ)。

結構前(たぶん2年くらい前)に1巻を買ったものの、読もうと思うと図書館から次に予約の入った本が3冊くらいいっぺんに回ってきたりして読む機会を逸し続け、ようやくこのたび読んだんですが……


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めちゃくちゃおもろしいじゃないですか!!! いままで読めなかったのを恨みたくなるほどの面白さに打ち震えました。

主人公の町田さわ子は、自称読書家。その実体は……

読書家ぶりたいだけの怠け者!!!

速攻で読破して、「へぇ、これ文庫化したんだ」とハードカバーで読んでるような顔をする作戦を考えたり、「へぇ、これ翻訳されたんだ」と原書で読んでる顔をする作戦などを考えたりするものの、まったく読めないまま何の作戦も繰り出せないアホ。

そんな町田さわ子が、SFを語らせたら右に出る者はいない神林しおりに、SF指南を受ける。


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これって、映画やテレビドラマの刑事もの、あるいは医療ものなどで、ベテラン刑事やベテラン医師にコバンザメのようにくっついて質問しまくる新米と同じメカニズムですよね。

観客や視聴者にとって専門用語などわからないから、新米役が訊いてベテランが説明する。新米に説明する体で実は観客に説明している。

神林しおりが町田さわ子にフィリップ・K・ディックやサンリオのことを詳しく説明するのは、実は作者の読者への説明なのですね。手垢にまみれたやり方だけど、これに勝る方法論はおそらく、ない。

町田さわ子は、SF作家スタージョンの法則「SFの90%はクズである。ただしあらゆるものの90%はクズである」を持ち出してSFなんて別に読まなくても、と安堵したり、『スローターハウス5』の一節、「人生で知るべきことはすべてドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』にある。だけどそれだけじゃもう足りないんだ」を持ち出して『カラマーゾフの兄弟』は未読でいいって免罪符をもらった! と喜んだりする。

そして極めつけは、ショーペンハウアーの『読書について』の有名な一節「学者とは、本で読んだ知識をもった人のことである。しかし思想家、天才、世界に光をもたらす人物とは、世界という書物を直接読んだ人である」を持ち出して、読んでないのに読んだ気になってる自分が正しい気分になったりする。憎めない奴だ。

しかし同じことを、読書界の巨人・神林しおりもやっているのが、この1巻の(というかおそらく『バーナード嬢曰く。』というマンガ全体の)勘所ですね。

グレッグ・イーガンがよくわからないという町田さわ子に対して、神林しおりは「わたしもよくわからない。が、私がわからないとき、同じ部分を作者もわからない」というナゾ理論を提唱します。

量子力学やシュレーディンガーの猫などを援用して、「本の向こうであらゆる理解度の作者が量子力学的に重なり合っている。読者は読書(観測行為)によって初めて作者との間で共有しうるひとつの理解度を認識し、そして世界は読者(観測者)の数だけ果てしなく分岐していく」と御託を並べ、挙げ句の果てに、「つまり、どんなにわからなくても常に私たちは正しいと言えるんだ」と、よくわからない屁理屈にたどり着きます。

そうです。SFを語らせたら右に出る者はいない神林しおりも、我らが主人公・町田さわ子と同等のアホ、いや、そう言って悪ければ怠け者なのです。

本当の理解をしようとしていない。しかし本当の理解って何? と問えば立ちどころにそんなものは存在しないとわかる。だからといって「自分が正しい」とはかぎらないはずなのに、無理くりそれを成立させて自分を慰める。

つまり、知ったかぶりです。

勉強するというのは、自分が知っているリストを長くすることだと勘違いしている人がいますが、あれは間違いです。勉強というのは、「自分が知らないもののリスト」を長くしていくことです。

だって、一冊の本を読めば、そこには大量の参考文献・引用文献の類が載っています。そのすべてを読んでいる人は皆無でしょう。この『バーナード嬢曰く。』だってたくさんの未読の本が紹介されていて、自分はこの本もあの本も読んでいないと、未読本の洪水の中で溺死しそうになります。

勉強すると知っていることのリストも長くなりますが、実は知らないことのリストのほうがそれ以上のスピードで長くなるのです。勉強=読書とは、自分がいかにものを知らないか、それを自分に思い知らせるためにするものなのです。

なのに、読んでないのに読んだふりをしたい、読書家ぶりたいと考えている町田さわ子も、わかってないのにそれが正しいと言い張る神林しおりも、知っているリストを長くすることに執着している。知らないリストが意外に長いことが知られたらいやだから知ったかぶりをしている、というわけ。

彼らはあまり読書しないタイプかめちゃくちゃ読書するタイプかの違いこそあれ、同根のポジとネガです。

でも、お話としては、そういう「不完全な人」が主人公のほうが面白い。主人公が完全な人だと少しも面白くない。

さて、すでに第6巻まで出ているそうですが、町田さわ子と神林しおり、そして彼らと腐れ縁の遠藤君がどのようにして「知らないリスト」を長くすることの価値に気づくのか。愛すべき知ったかぶりたちの未来は如何に???

すぐにでも2巻が読みたいです。


蛇足ですが、思わず笑ってしまった箇所。

・『罪と罰』で、ソーニャとソーネチカとマルメラードワとソフィア……全部同一人物で「ロシアって何?」と大混乱する町田さわ子。

・「る」を制する者はしりとりを制する。
子どもの頃、しりとりでやはり私も「る」攻めをしたし、されたもんです。日本人ならほぼ100%経験があるんじゃないかな。
「る」で始まり「る」で終わる言葉として、ルール、ルゴール、ルシフェル、ルクソール、ルイス・キャロル、ルアーフィッシング用リール……などが紹介されていました。

・図書館の中でスマホで電子書籍を読む。その行為を譬えるなら、
「トイレにいながらオムツはいてウンコするみたいな」

おあとがよろしいようで。


バーナード嬢曰く。: 1 (REXコミックス)
施川 ユウキ
一迅社
2014-04-18



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