ロシアがウクライナ東部のルガンスク州とドネツク州(ドンバス2州)の独立を認めて派兵した件。
アメリカはじめ国際社会は激しい非難をしていますが、ちょっと前に読み始めた『紛争でしたら八田まで』というマンガには、まさにロシアとウクライナの地政学からくる、ロシア人によるウクライナへの陰謀劇が描かれていて仰天しました。

地政学リスク・コンサルタントという方が気をもつ八田百合を主人公にした『紛争でしたら八田まで』で描かれているロシアによる陰謀とはどんなものでしょうか。
その前に、まず、ウクライナとはどんな国なのかを理解せねばなりません。
ウクライナの基礎知識

2001年時点の統計では、総人口4205万人。内訳は、
ウクライナ人 77.8%
ロシア人 17.3%
ベラルーシ人 0.6%
その他、モルドバ人、クリミア・タタール人、ユダヤ人等。
公用語は、ウクライナ語とロシア語。
首都はキエフ。1991年、ソ連邦の崩壊に伴い独立。ヨーロッパの穀倉として知られ、小麦など農業が盛ん。鉄鉱石や石炭などの資源にも恵まれている。1986年にはチェルノブイリ原発事故が起こり、同じ被曝国として、また、ロシアと戦った国同士として親日感情が強い。
でも、↓このような悩みを抱えています。↓

西欧から見れば、ウクライナはEUとNATOが東方拡大するための最前線であり、ロシアからの天然ガスパイプラインの供給路でもある。
そしてロシアから見れば、喉から手が出るほどほしい不凍港をウクライナは黒海沿岸にもっている。ロシアが海洋進出するための橋頭堡であり、歴史的には勢力圏のひとつ。ソ連時代は同じ国だった。ロシアからすれば「取り戻したい自分ちの庭」なのでしょう。
ロシア、ドンバス2州への陰謀
八田は、学生時代の友人でウクライナ人のオクサナから依頼を受ける。オクサナはウクライナの超大手ゼネコン・レオコープで働いていて、レオコープはキエフに拠点を置く民主組織UED(ウクライナ民主主義基金)に活動資金を提供していた。
UEDは「脱露入欧」を平和的手段によって目指す組織。ウクライナ国民は新欧米派が大多数で現政権も親欧米派。だからレオコープは資金提供していたのだが、一部の過激派が親露派の一般人を暴行する事件が続発。そこでレオコープはUEDへの資金提供中止を決定した。
しかしレオコープとしては資金提供を続けたい。そのため過激派を排除してほしい。というのが八田が受けた依頼。
八田が調査したところによると(といってもほとんどは同居人でMI5職員のアレックスが調べてくれたのだが)レオコープは資金提供を中止しておらず、現在も資金提供は続いている、という意外な事実。そして依頼主はレオコープではなく、オクサナ個人であることも。
八田は、過激派の親分デミトリが、ジョージアのことを「グルジア」と呼ぶのを聞いて悟る。グルジアというのはロシア語なので日本でも2015年から英語名「ジョージア」の呼称を使っていますが、グルジア語では「サカルトヴェロ」というらしいです。
こうして、ジョージアをサカルトヴェロと呼ばずグルジアと呼ぶデミトリは親露派の人間であることが発覚。彼が白状したところによると、ことの真相はいたって単純。
レオコープはUED本体ではなくデミトリたち過激派に資金を提供。その見返りに、過激派とつながっている親露派議員がドンバス2州やクリミアで大型公共事業をレオコープに発注する。レオコープは巨額の公共事業のために、つまりカネのために親露派に鞍替えしたのです。それで反露派のオクサナが個人的に八田に調査を依頼したというわけ。
デミトリたち過激派は親露派を攻撃する。デミトリも親露派なのになぜ? という疑問に八田は答える。
「いまのウクライナは終わりのない内戦に疲弊している。反露過激派が暴走すればするほど、親露派への同情が大きくなる。これを加速させれば、ロシア系住民の多いドンバス2州の独立気運がさらに高まって、ロシア併合に正当性を与えることになる」
出てきましたよ、「独立」という言葉が! 単行本が出たのがおととしだから実際に描かれたのはもっと前。予言の書ですね。
このエピソードで描かれたような多額のカネによる陰謀劇が数多く演じられ、プーチンの独立承認・派兵という動きに至ったことは明白です。
そして、アメリカや西欧諸国が非難しているのは、人道的なことももちろんあるでしょうが、先述した通り、ウクライナは地政学上の要衝。東方拡大のために、また天然ガスの供給路として是が非でも確保しておかねばならない国だということ。つまり非難しているほうもカネのため。(国連安保理での演説が世界中から喝采を浴びたというケニア大使は純粋に反帝国主義の観点から非難しているんでしょうけど)
この解決策はもはやファンタジーでしかない

ウクライナにとっては、ロシアにつくか西欧につくかの二択を常に迫られてきた。そこで八田はオクサナに提案する。
「オクサナはアメリカのウクライナ系住民と交友がある。そしてアメリカやカナダのウクライナ移民は富裕層が多い! 海外のウクライナ語話者は推定2000万人! ウクライナの通貨大幅下落は外貨をもつ者にむしろ有利! 内線でも崩壊しない治安維持力! 国の支援で急成長するIT企業! 危機に埋まった山ほどの投資価値! クラウドファンディングを含めてすべてを武器に変えるのよ!」
そうやってウクライナらしいやり方でロシアに対抗すべし! と八田は説いたのですが、現実には八田百合もオクサナもいない。いるのはプーチンという腹黒男。
非難するほうも欲得ずくですからね。八田の提案もカネがらみ。そこが一番の問題かと。そこを衝かれてやられてしまったわけだから、やはりケニア大使のような青臭さが必要だと思います。
ウクライナを金のなる木だと思っているかぎり、海千山千のプーチンが主導権を握り続けるでしょう。
かつて山口組の組長は「この世で最も怖いものは?」との質問に「カネでは絶対に動かない奴」と答えました。そのような気骨ある政治家が西欧に登場することを期待します。
トリビア
ボルシチはロシア料理ではなく、ウクライナ料理だそうです。
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地政学リスク・コンサルタントという方が気をもつ八田百合を主人公にした『紛争でしたら八田まで』で描かれているロシアによる陰謀とはどんなものでしょうか。
その前に、まず、ウクライナとはどんな国なのかを理解せねばなりません。
ウクライナの基礎知識

2001年時点の統計では、総人口4205万人。内訳は、
ウクライナ人 77.8%
ロシア人 17.3%
ベラルーシ人 0.6%
その他、モルドバ人、クリミア・タタール人、ユダヤ人等。
公用語は、ウクライナ語とロシア語。
首都はキエフ。1991年、ソ連邦の崩壊に伴い独立。ヨーロッパの穀倉として知られ、小麦など農業が盛ん。鉄鉱石や石炭などの資源にも恵まれている。1986年にはチェルノブイリ原発事故が起こり、同じ被曝国として、また、ロシアと戦った国同士として親日感情が強い。
でも、↓このような悩みを抱えています。↓

西欧から見れば、ウクライナはEUとNATOが東方拡大するための最前線であり、ロシアからの天然ガスパイプラインの供給路でもある。
そしてロシアから見れば、喉から手が出るほどほしい不凍港をウクライナは黒海沿岸にもっている。ロシアが海洋進出するための橋頭堡であり、歴史的には勢力圏のひとつ。ソ連時代は同じ国だった。ロシアからすれば「取り戻したい自分ちの庭」なのでしょう。
ロシア、ドンバス2州への陰謀
八田は、学生時代の友人でウクライナ人のオクサナから依頼を受ける。オクサナはウクライナの超大手ゼネコン・レオコープで働いていて、レオコープはキエフに拠点を置く民主組織UED(ウクライナ民主主義基金)に活動資金を提供していた。
UEDは「脱露入欧」を平和的手段によって目指す組織。ウクライナ国民は新欧米派が大多数で現政権も親欧米派。だからレオコープは資金提供していたのだが、一部の過激派が親露派の一般人を暴行する事件が続発。そこでレオコープはUEDへの資金提供中止を決定した。
しかしレオコープとしては資金提供を続けたい。そのため過激派を排除してほしい。というのが八田が受けた依頼。
八田が調査したところによると(といってもほとんどは同居人でMI5職員のアレックスが調べてくれたのだが)レオコープは資金提供を中止しておらず、現在も資金提供は続いている、という意外な事実。そして依頼主はレオコープではなく、オクサナ個人であることも。
八田は、過激派の親分デミトリが、ジョージアのことを「グルジア」と呼ぶのを聞いて悟る。グルジアというのはロシア語なので日本でも2015年から英語名「ジョージア」の呼称を使っていますが、グルジア語では「サカルトヴェロ」というらしいです。
こうして、ジョージアをサカルトヴェロと呼ばずグルジアと呼ぶデミトリは親露派の人間であることが発覚。彼が白状したところによると、ことの真相はいたって単純。
レオコープはUED本体ではなくデミトリたち過激派に資金を提供。その見返りに、過激派とつながっている親露派議員がドンバス2州やクリミアで大型公共事業をレオコープに発注する。レオコープは巨額の公共事業のために、つまりカネのために親露派に鞍替えしたのです。それで反露派のオクサナが個人的に八田に調査を依頼したというわけ。
デミトリたち過激派は親露派を攻撃する。デミトリも親露派なのになぜ? という疑問に八田は答える。
「いまのウクライナは終わりのない内戦に疲弊している。反露過激派が暴走すればするほど、親露派への同情が大きくなる。これを加速させれば、ロシア系住民の多いドンバス2州の独立気運がさらに高まって、ロシア併合に正当性を与えることになる」
出てきましたよ、「独立」という言葉が! 単行本が出たのがおととしだから実際に描かれたのはもっと前。予言の書ですね。
このエピソードで描かれたような多額のカネによる陰謀劇が数多く演じられ、プーチンの独立承認・派兵という動きに至ったことは明白です。
そして、アメリカや西欧諸国が非難しているのは、人道的なことももちろんあるでしょうが、先述した通り、ウクライナは地政学上の要衝。東方拡大のために、また天然ガスの供給路として是が非でも確保しておかねばならない国だということ。つまり非難しているほうもカネのため。(国連安保理での演説が世界中から喝采を浴びたというケニア大使は純粋に反帝国主義の観点から非難しているんでしょうけど)
この解決策はもはやファンタジーでしかない

ウクライナにとっては、ロシアにつくか西欧につくかの二択を常に迫られてきた。そこで八田はオクサナに提案する。
「オクサナはアメリカのウクライナ系住民と交友がある。そしてアメリカやカナダのウクライナ移民は富裕層が多い! 海外のウクライナ語話者は推定2000万人! ウクライナの通貨大幅下落は外貨をもつ者にむしろ有利! 内線でも崩壊しない治安維持力! 国の支援で急成長するIT企業! 危機に埋まった山ほどの投資価値! クラウドファンディングを含めてすべてを武器に変えるのよ!」
そうやってウクライナらしいやり方でロシアに対抗すべし! と八田は説いたのですが、現実には八田百合もオクサナもいない。いるのはプーチンという腹黒男。
非難するほうも欲得ずくですからね。八田の提案もカネがらみ。そこが一番の問題かと。そこを衝かれてやられてしまったわけだから、やはりケニア大使のような青臭さが必要だと思います。
ウクライナを金のなる木だと思っているかぎり、海千山千のプーチンが主導権を握り続けるでしょう。
かつて山口組の組長は「この世で最も怖いものは?」との質問に「カネでは絶対に動かない奴」と答えました。そのような気骨ある政治家が西欧に登場することを期待します。
トリビア
ボルシチはロシア料理ではなく、ウクライナ料理だそうです。
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