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実家の犬が死にました。

4か月前から寝たきりになり、いつかこの日が来るだろうとは思っていましたが、ついに来てしまいました。

というか、飼い始めたときから「いつかは……」と思っていたのです。当たり前ですよね。寿命が違うんだから。

俺より後に生まれて俺より先に死んでいく。そんな思いをずっと胸に秘めたまま世話をしていました。

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左前足にできたガンがどんどん膨れ上がり、他の部位にも転移していました。死ぬ数日前には血便を出しました。痛すぎて悲鳴を上げていました。

死ぬ前日、母親から「今日はまったく食べない。水しか飲まない」とメールが来ました。もう死ぬんだろう。明日の朝起きたら「死んだ」とメールがあるんじゃないかと思ったらその通りでした。

最初は「やっぱり」としか思わず、運よく休みだったこともあり、赤ちゃんだったときから公園で走り回る姿、歳をとってヨタヨタとしか歩けなくなり、階段から落ちたときのことなどを思い返していました。不思議と涙は出ませんでした。

前の犬が死んだときは喉が渇くくらい涙が出たんですよね。これを言うとみんな冗談と思うらしいですが、本当です。大量の水分が涙として排出されたから喉が渇いたのです。こんなに涙があるんだと思ったというか、涙は血液から作られ「透明な血液」とも言われているので、こんなに大量の出血をして大丈夫か!? なんてことも思いました。

それが今回はなぜか涙が出ない。母親からのメールを見たのは朝7時でしたが、それから普通に膝のリハビリや朝食を採るなど普通に過ごしていました。病院に行く日だったので着替えていたら、突発的に涙があふれてきました。


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前の犬のときほどではないにせよ、たくさんの涙が出ました。

そこまではいいのです。ごく普通のこと。自分で「あれ?」と思ったのは、「いまのうちにたくさん涙を出しておこう」と思ったことです。

翌日、職場で泣いたりしたらみっともないからいまのうちに涙を絞り出しておこう、ということだったんですが、何だかんだ言っても、自分も「涙厳禁イデオロギー」に毒されているんだな、と初めて知りました。

民俗学者の柳田國男が生前、「日本人は泣かなくなった」と嘆いたというのはよく知られている話です。

泣くようになったのを嘆いたんじゃないですよ。逆です。泣かないことを嘆いた。それぐらい昔の日本人はよく泣いていたらしい。西洋の「人前で涙を見せてはいけない」という考え方が支配的になって泣かなくなったそうです。

先月書き上げた小説の主人公は学校でいじめられているのですが、キャラクター設定として「涙厳禁イデオロギー」に毒されている、というふうにしました。

いじめられているけどまったく泣かない。いくらつらい思い、痛い目に遭っても絶対泣かない。いじめの事実を知った両親が「泣きたいときは泣いていい」と言ってくれても「泣かないよ」と精一杯の笑みでこたえる。

その直後、風呂に入った主人公の目から突発的に涙があふれて止まらなくなるのですが、泣き声を聞かれるのがいやでお湯の中にもぐる。それぐらい「涙を見せてはいけない」というイデオロギーに毒されている女の子として描きました。

それがいいとか悪いとか言いたいわけじゃなく、いまの日本人のほとんどは涙厳禁イデオロギーに毒されていることを事実として描いただけ。

「人前で涙を見せてはいけない」というのは「マナー」でも「常識」でもありません。ただの「イデオロギー」です。

私はそんなイデオロギーに毒されていないつもりだったけど、少しは毒されていることに気づかされたというわけです。

イデオロギーというのは、注意していないと染まってしまうので要注意。なんてことを思った真冬の昼下がりでした。


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安らかに眠れ。


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