
アニメ『鬼滅の刃』の新作が『遊廓編』ということで出版された、田中優子という日本近世文学や江戸文化の専門家の『遊廓と日本人』(講談社現代新書)。
『鬼滅の刃』を見る子どもたちの親御さんが「遊廓って何?」と訊かれたら困るだろうという配慮で書かれたらしいですが、そんなことを言ったら、昔の時代劇では遊廓や遊女なんて普通に描かれてましたよ。何も『鬼滅の刃』が特別なわけじゃない。
さて、『遊廓と日本人』にはどういうことが書かれているか。
遊廓の歴史や、遊女にはとても高い教養が必要とされたとか、今日の性風俗と違って、かつての遊廓は「性と芸能」が一体となっていた、などのことを教えてくれます。
しかし、著者の「言いたいこと」は裏帯のこの一文でしょう。

「遊廓は二度とこの世に出現するべきではなく、造ることができない場所であり制度である」
とありますが、女性の著者らしく、ジェンダーの視点から批判しているのですね。遊廓がこの世に二度と出現してはならないとする何よりの理由は、
「前借金」
だと著者は言います。確かに親をはじめ家族に売られて仕方なく春をひさぐことになった女性が吉原をはじめ江戸時代の遊廓にはたくさんいたそうです。
それは現代もそうですよね。前借金というのはないでしょうけど、ホストクラブにはまった女性が借金のカタにソープで働かされる。私が買った女性にも「飲みに行って気がついたらこの店に連れてこられてた」って言ってた人がいます(あのあっけらかんとした明るさは何だったんだろう?)。
ホストクラブで借金⇒ソープで働かされる
あるいは、興味本位だったり将来ネイルの店を開きたいとか動機は様々でしょうが、借金とか金に困っているとかでないのに体を売る女性もいます。その場合は、
ソープで働く⇒稼げるがストレスが溜まる⇒ホストクラブで散財
ということになって、どちらから入ってもホストクラブもソープランドも同じヤクザが経営しているので彼らの餌食になってしまう、ということらしいです。
確かに、札びらの力で女の体をほしいままにしているわけだから、そういう観点から見れば、遊廓も性風俗もなくなったほうがいいのかもしれません。
でも、ジェンダーとかフェミニズムとか、そういう観点からこういう批判をする人にはどうしても与することができないんだよな、と思っていたら、『弾左衛門の謎』など賤民研究の第一人者である塩見鮮一郎さんの『吉原という異界』が、そういう視点を厳しく批判してくれていました。

「金で女を買う。そこには、女に対する人権も認めず、ただ男の享楽のために、金銭でひとときの女を慰み者とした男の傲慢さが顔をのぞかせる。女に対する哀れみもなく、手前勝手な自己本位な男の姿。何と無礼な男ども。女の肉体を時間ぎれの金で支払い、男は愛欲を満たす。男とはそういう者だと自己弁護する」
これは塩見さんが引用した現代の女性による売春批判の一節。こういう観点に対して、塩見さんはこう指摘します。
「売春という業態を支えているのが貧困の問題だということがわかっていない。『奴隷』とか『人権』などという概念では歯が立たないのが売春である」
「男が悪いと言ってみたところで、男と寝ることで食を得ている女性の現在に何の解決になろう。いつの時代にも、体を売るという行為は、絶対的な貧困に立ち塞がれて、仕方なく選択する道である。自分と近親者が生き延びる最後の手段でもあった。貧困をそのままにして知識だけを振り回し、善悪を議論しても始まらない。極貧と、もうひとつ、戦争が続くかぎり、意に染まぬ売春はやまない。抽象的にその業態をとがめ、男の責任を追及しても解決には結びつかない」
ここで大事なのは「極貧と、もうひとつ、戦争が続くかぎり、意に染まぬ売春はやまない」というフレーズでしょう。
極貧と戦争が意に染まぬ売春の原因であることから目をそらしてはいけない。それはそうだと思うし、それ以上に「意に染まぬ売春」という言い方に注目。ならば「意に染む売春」があるということ。
先述した通り、手軽に大金を稼げるから売春しているという女性には何度か会ったことがある。ヘルスでは稼ぎが悪いからソープにした、と自分で選択したと言っていた。あれは嘘ではないだろう。友だちがソープで働いているが、その子の店は顧客開拓に費やす体力(売春そのものの体力にあらず)が半端ではないからこの店にした、と言っていた女性もいた。
確かにその女性を金銭で買ったのは私である。金銭でその子の体をほしいままにしたのも私である。
しかし、田中優子さんや塩見鮮一郎さんが少しも言及しない「手軽に売春する女性」も天下泰平のこの国には少なからず存在している。(だからそういう女が悪い、と言っているわけではない。私だって「手軽に買春していた」だけの話だ。自分の過去を正当化するつもりはない)
さらに、ホストクラブでの散財で借金をこしらえた女性のように、借金が原因で売春する女性もいれば、当世ならコロナ失職で体を売らざるをえない女性もいる。貧困が体を売らせる。
戦争がさらなる貧困をもたらすのは自明の理なので論外。自民党が憲法を改正して日本を戦争ができる国にしたりすると売春に走らざるをえない女性が増える。それだけでも改憲はさせてはならないと思う。特に九条はね。
コロナ禍で明らかになったのは、経済が回らなくなると「女性の自殺が急増する」ということ。体を売ることができた人は死なずにすんだろうけど、それだけはできないと一線を越えなかった誇り高き女性は死なざるをえなかった。どちらにしても地獄に変わりはない。
そうならないように政治が何とかせねばならないと思うけど、当今の政治家はこれだけ女性の自殺が増えても何も考えていないようである。
戦争はもってのほかだし、貧困や格差の問題を何とかせねばならない。とは思うが、塩見さんの言葉にも簡単に首肯できないところがあるな、と思っていたら、ふとあることを思い出した。
両親からこんなことを言われたと教えてくれた女性がいる。
「あんたは頭も悪いし不器用で何もできへんのやから風俗でも何でもいい、とにかく生きていき」
その子はもちろん親バレどころか、自分から親に風俗で働くと断って、実家から店に通っていると言っていた。とても明るく、やたら冗談の面白い女性だった。顔はひどかったが、たぶんモテると思う。
世の中にはそういう人たちもいる。たくましいとも思う。だから「売春の根は深い」のだろう。

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