2021年08月30日

MBSの映像’21「‟存在しない”人たち ~無戸籍で生きるということ~」をとても興味深く見た。


無戸籍者を支援する市川真由美さん
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無戸籍者とは、文字通り戸籍がない人のことで、親が何らかの理由で出生届を出さなかったことにより、戸籍もなければ当然住民票もなく、自分の存在を証明してくれるものが何もない人のこと。

存在していないことになっているんだから、当然学校にも行けないし、健康保険もない。自分に戸籍がないから子どもが生まれても出生届を出せない。負の連鎖が続いてしまう。

最近は就活の面接時に身分証明書を提示させる会社が増えてきた。それだけならまだしも、雇用が決まったとしても就労したときにマイナンバーカードの提示を求められたりする。そこで役所に申請したら「あなたの住民票がないから不可能」と言われて、自分が無戸籍だと知る人もいるそう。(教育が受けられない時点で気づくと思うがほんと? とは思うが、実際、無戸籍者の支援をしている市川真由美さんという方は、自身があるイベント会社の経営者で、自分が雇った人にそういう人がいたらしく、それで無戸籍問題を知って支援を始めたそうな)

この5年で、11人の住民票、2人の戸籍を獲得できたらしく、まったくギャランティなしの手弁当でそこまでやるってなかなかできることじゃない。立派!


ツイッターの心ない言葉
しかしながら、ツイッターで「あれはほとんどクレーマー」「市役所の人の説明はとてもわかりやすかったのに、わからないとケチをつけるなんて」「必要書類は何かくらい自分で調べろ」などという心ない言葉が書き連ねてあって、とても悲しくなった。

そのとき市役所に出向いたのは、母親がタイ人の女性で、タイ国籍になっているらしい。それでタイの出生届とその日本語訳が必要、と言っていたんですが、当の無戸籍の女性は相手の話が難しくてわからない。ろくな教育を受けていないのだから理解できなくて当然。タイに行ったことないし(おそらく行くためのお金もない)のにタイまで行って書類をもらう必要があるんですか、と訊いたら、その窓口の人は「タイまで行く必要ってがあるんですかね?」と逆に訊いてくる。

で、市川さんが「あなたは一度この人の彼氏に婚姻届けは受理できないと追い返したでしょ。また追い返すのやめてください。このまま二人に子どもができたらその子はまた無戸籍になってしまう」と至極当然の反論をする。窓口の人は「じゃ、もう一度確認して」と言っていたが、結局、タイの出生届など必要なく、父親が住む住所が本籍なので、そこで認知証明書をもらって外務省へ送れば戸籍をもらうことは可能になる、という結論になる。

ツイッターでは「そこまで窓口担当者に要求するのは酷」とか書かれていたけど、窓口担当者はやってくれたじゃないですか。それにそもそも「タイの出生届が必要」という指摘は間違いだったわけで、市川さんの「一緒に戸籍が得られるように頑張っていきましょう」という言葉と気持ちが大事だというのは的を射ている。少しもクレーマーなんかじゃない。


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実際、奈良の天理市役所は講師には市川さんを迎えて、窓口担当者だけを受講者にした無戸籍問題のセミナーを開いてましたよね。市川さんの言っていることが間違いならあんなセミナーが開かれるわけがない。

何でもかんでも「全部自分で調べるべき」「無戸籍なら子供を産むな」とか自己責任論を振りかざすのは本当に幼稚。近代から今日までの市民運動は何だったの? 税金って困ってる人たちを助けるためにあるんじゃないの? 

税金といえば、無戸籍の人って働けたとしても税金は取られるんですかね? 存在してないことになってるのに税金は取るの? そこはもうちょっと突っ込んで取材してほしかった。

というのは話の前段で、本題はここからです。


他人のためなら動ける人
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もうずっと以前、私が書いたあるシナリオを職場の人に読んでもらったら、「うちの息子もこの主人公みたいに自分のことだと本気になれないのに他人のことだといろいろ動けるの。どうして?」と訊かれたことがあって、おそらく私自身にそういうところがあるからそういうシナリオを書いたのだと思うけど(どういう内容だったかあまり記憶がない)この市川さんもそういう人なのでしょう。

自分のためには動けない人かどうかはまったくわからないけど、すべて手弁当であそこまでできるというのは「他人のために働くことが悦び」であることの何よりの証左ですよね。

私は自分のために動くことがあまり得手ではなく、他人に譲ることが多い。いま就活中だけれど、他人を押しのけてでも自分を売り込むということができない。

情けは人の為ならずという言葉を、「情けをかけることはその人のためにならない」と誤解している人が多いですが、あれは「他人に情けをかけるとめぐりめぐって自分によい報いが返ってくる」という意味です。つまり最終的に自分が得するために他人に情けをかけるわけですね。

だから市川さんは「お互いさまですよ」という。助けてもらった無戸籍者は貧しい人が多く、直接的な見返りは何もないけれど、めぐりめぐって何かあるだろう。将来のために「徳の貯金」をすることの大切さを体現しています。

うちの母もかなり前に、バスから降りるとき万札しかなく、見ず知らずの人が運賃をくれた、その人は「あなたがこれから同じような人に出逢ったらその人に私と同じことをしてくれたらいい」と言ったそうです。

そういう、めぐりめぐって自分に何か返ってくればそれでいい、という当たり前の考え方を見失った日本人はとても多い。

ツイッターで市川さんのことをクレーマーなどと罵倒したり、自己責任でやれ、などと罵倒していた人はそういう人だと思う。彼らには「いま」しか見えていない。いま自分は得したか損したか。いま誰かが自分たちの税金で飯を食っている。いつの日か自分が同じ境涯に陥る可能性は考慮しない。

『5時に夢中!』で江原啓之がいまの日本人の悪い特徴を「今だけ金だけ自分だけ」という見事なフレーズで表現してたけど、まさにそれ。


市川さんの旦那さん
市川さんはイベント会社を経営していると言ったけれど、夫婦で経営しているそうです。ということは、市川さんが無戸籍者のために奔走しているぶん、旦那さんが頑張っているということですね。よっぽど恥ずかしがり屋なのかどうか知らないけど、旦那さんは一度も画面に出てこない。

でも、旦那さんが無理解な人ならできていない。あるいは、市川さんが一人で会社を経営しているとかでも無理ですね。無戸籍者を助けるために自滅しては元も子もない。

だから、雇った従業員が無戸籍とわかったことで支援に乗り出したことと合わせると、市川さんが経営者だったこと、そして夫婦共同経営の会社だったこと、旦那さんが理解のある人だったことが、市川さんに現在の活動を可能にさせたわけで、これは本当に僥倖ですね。

私は僥倖を得てもそれを活かせていないのかもしれない(とても「鈍感」らしいので)。そこから自身の就活を見直してみようと思った晩夏の朝でした。


日本の無戸籍者 (岩波新書)
井戸 まさえ
岩波書店
2017-10-21




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