『ダーティハリー4』(1983、アメリカ)
キャラクター原案:ハリー・ジュリアン・フィンク&R・M・フィンク
ストーリー原案:アール・E・スミス&チャールズ・B・ピアース
脚本:ジョゼフ・スティンソン
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ソンドラ・ロック


ツイッターのフォロワーさんが「#クリント・イーストウッド監督作品オールタイムベスト10」というハッシュタグで投票を募ったので、根っからのイーストウッディアンの私は鼻息荒く投票しました。



『ダーティハリー4』を1位に選びました。出演のみの作品は選べないため1作目との合わせ技一本的な感じです。かねてより『ダーティハリー』の正統的続編は『4』である、と主張してもいるし、監督作品のベストワンにも選んだのもあって、久しぶりに見直してみました。(以下ネタバレあり)


一人自警団
dirty-harry4-1

『ダーティハリー』の正統的続編は『4』である、つまり『2』ではないと言いましたが、そこらへんについてはこちらの記事を参照してください。⇒許せない映画①『ダーティハリー2』

この『4』は『2』でやり損ねたことをやっていると思います。つまりは「自警団問題」。

またぞろ令状もなしで捜査して殺人犯を逮捕したものの「不法なやり方で入手した証拠は証拠ではない」と裁判長にあきれられ犯人は釈放。ハリーは謹慎を命じられます。が、マフィアの親分を脅して心臓発作で死なせてしまい、子分たちから命を狙われる。ハリーはそれをことごとく返り討ちにする。一般市民が巻き添えを食ってはいけないと、ある殺人事件の捜査のために田舎町の所轄署へ一時的な異動を命じられます。

その殺人事件とは、妹と一緒に悪漢たちに輪姦された女=ソンドラ・ロックが、犯人たちを10年ぶりに見つけ復讐を開始したというもの。最終的に明らかになるのは、その町の署長の息子もレイプ犯の一味で、署長は立場を利用して闇に葬ったというおぞましい過去。


dirty-harry4-4

ソンドラ・ロックは警察は当てにならないと、心を病んだ妹のために「一人自警団」をやっているわけです。

一人自警団。

ハリー・キャラハンは『1』から一人自警団をやっていました。悪人を処罰するための法律があり、しかしその上には犯罪者の人権を認める憲法がある。ハリー・キャラハンは悪党を殺して何が悪いと開き直る歪んだ正義感をもった男ですが、それぐらい歪んでいないと現代アメリカの無法者たちには対処できないというのが『1』の主張でした。

そしてそれは市民の願いでもあります。『4』の冒頭、あの名セリフ「Go ahead.Make my day」が飛び出すシーンで、強盗に入られた店の店員が助けてとハリーにサインを出します。ハリーは憲法違反をする無法者ですが、市民から頼られてもいる。自分が法を犯していることは重々承知している。それでも凶悪犯罪者を成敗するためには俺のような「許されざる者」が必要なのだとハリーは言いませんが、内心思っているのは確かでしょう。(そういえば今回のベストテンに『許されざる者』を入れるの忘れてしまった。痛恨!)


なぜソンドラ・ロックを見逃すのか
dirty-harry4 (1)

ソンドラ・ロックの仇敵が別の犯罪にも手を染めていたということで、ハリーは一人だけ残ったラスボスを追い、射殺(しかもそのあと真っ逆さまに落ちてメリーゴーラウンドのユニコーンの角に突き刺さるというおまけつき。お見事!)。そのあと、連続殺人犯としてソンドラ・ロックを逮捕するのかと思いきや、見逃すというとんでもない結末を迎えます。

パット・ヒングル演じる息子の罪を闇に葬った悪徳署長とハリーは何も変わらないじゃないかと最初は思いますが、しかし、一時的な享楽のために女を輪姦するのと、輪姦されて人生をめちゃくちゃにされたから復讐するのとは違う。法律に則るなら同じ殺人罪として処理せねばならない。しかし、その二つは違う。悪漢たちとソンドラ・ロックは違う。ハリー・キャラハンとパット・ヒングル署長も明らかに違う。

それに、ハリー・キャラハンという男のキャラクターを考えるとあの結末しかないとも思えます。

ハリーは最初からソンドラ・ロックを見逃さざるをえない。なぜなら彼もまた一人自警団であり、いくら警察官といっても容疑者を射殺する権利などないはずなのに、それをずっとやってきた。あそこでソンドラ・ロックを逮捕したら、そのほうがよっぽど「とんでもないこと」でしょう。キャラクターが破綻してしまいます。

警察官として殺人犯は逮捕せねばならない。しかしハリー・キャラハンという男は、自分もまた殺人犯であるという矛盾を抱えて生きています。ソンドラ・ロックを逮捕したら、彼は自らをも断罪しなければいけなくなる。

ソンドラ・ロックはハリーの「影」です。それゆえに、この映画では強調されすぎなくらい影を強調したライティングがなされているのでしょう。ブルース・サーティースのカメラが冴えすぎ。

ソンドラ・ロックを見逃すのは絶対おかしいという意見が大勢を占めているようですが、ハリー・キャラハンというキャラクターを考えた場合、あれが当然の結末であるように思います。

法とは何か。
法の執行者でありながら法を犯す刑事ハリー・キャラハンとは何者か。

難しい問題を突きつけて映画は幕を閉じます。


なぜ『2』の自警団とは手を組まなかったのか
『2』では自警団を拒絶したのに、なぜ『4』では認めるのか。それはやはりソンドラ・ロックがハリーと同じく「顔をさらした一人自警団」だからでしょう。『2』の自警団はヘルメットで顔を隠し群れをなして行動する、いかにもハリーが嫌いそうな奴らでした。

だからこの『4』が『1』の正統的続編だと思うのです。一人自警団としてさそり座の男を殺して官僚主義に別れを告げたハリー・キャラハンが、一人自警団の女と相まみえる。『1』のラストシーンのすぐあとに『4』が始まっても何らおかしくありません。


関連記事
『ダーティハリー』考察(「わからない」というセリフこそ肝)


ダーティハリー4(字幕版)
オードリー・J・ニーナン
2013-05-16



このエントリーをはてなブックマークに追加