もう10年前になりますか。映画脚本のコンクールで受賞したんですが、そのシナリオを読んで助言をしてくださった映画評論家の方がいました。(仮にMさんとしておきます)

ミクシィをやっていた頃に知り合い、お互いエロ画像を贈りあったり楽しいお付き合いをさせていただいていました。Mさんとのコメントのやり取りから発想したある政治映画のシナリオを書き、それは何よりもMさんに読んでいただきたいと送ったら快く読んでくださり、的確な助言をいただきました。

受賞作のときもかなり有益な感想を頂戴しました。もしあの意見がなければ受賞できなかったかもしれません。ラストシーンの非常に大事な小道具に関する意見でした。

しかし、そんなMさんとの蜜月も長くは続きませんでした。

受賞作が掲載された月刊シナリオを10冊くらい買いこんで東京の製作会社へ売り込みましたが、返事をいただけたのは1社だけ。社長直々のメールでした。その社長さんは業界では有名なプロデューサーで、ある有名なシリーズ映画の最新作の企画コンペに参加してほしいと依頼を受けました。しかし私の企画は通りませんでした。それからその社長さんにどんどん企画書を送ったものの(いつもプリントアウトして社長に渡してくれていた秘書さんは何という名前だったか)どれも却下で、焦った私はどんどん粗製乱造してしまい、1年たった頃には完全に見限られてしまいました。

で、またぞろコンクールに向けたシナリオを書くようになった頃、Mさんに読んでもらうと、よくわからない意見が書いてある。反論すると、「もっと審査員の好みを忖度して迎合して書かないといけない」みたいなことを言われ、あまりにアホすぎる意見にカチンときた私は舌鋒鋭く批判したら、「あなたのブログやツイートを読んでいると『プロになれなくてもいい』と考えている節がある。もし本当にそうなら何をかいわんやだ」などと言ってくる。

あまりにアホ臭くて返事しませんでした。「返信不要」とも書いたあったし。


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大河ドラマ『青天を衝け』のモデル・渋沢栄一の『論語と算盤』を読んだら、最後のほうにこんな一節があった。

「人を見るにあたって、単に成功とかあるいは失敗とかを標準とするのが根本的誤りではあるまいか」

「成功や失敗のごとくは、ただ丹精した人の身に残る糟粕のようなものである」

「現代人の多くは、実質を生命とすることができないで、糟粕に等しい金銭財宝を主としているのである」

「人は人たるの務めをまっとうせよ」


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Mさんは「審査員の好みを忖度してそれに迎合せよ」と言った。成功するためにはそれが必要であると。

しかし、迎合するためには自分の書きたいことやその題材やキャラクターの真実を犠牲にせねばならない。『論語と算盤』に即していえば、実質を捨てることによって糟粕を得よ、ということである。なぜそんなことをせねばならないのか。そんなことをするくらいなら一生成功しなくていいよ、とマジで思う。

その2年後くらいに上京し、結局、都落ちすることになった。その間にMさんは3冊の本を出した。しかし、これがどれも面白くない。3冊目のある大スターの伝記本みたいなのに至っては「Mさん、あなたは本当にこの本を出したかったんですか?」と問いつめたい気分に駆られた。

Mさんはその本を最後に著書を出していない。本は出しているが訳書だけである。

私は都落ちからほどなくして、ネットで公開されている受賞作を読んだと東京のプロデューサーからメールがあり、いくつかの企画コンペに参加させてもらった。落ち続けるなか、1本だけ「これは今回は映画化しないが、いずれシリーズ最新作を作るときには再び俎上に載せさせてもらう」との返事をいただいた。

が、その会社の次なる映画は、あるアメリカ映画のパクリだった。このブログで何度も書いているが、私はパクリが悪いことだなんて少しも思っていない。うまくパクればいいだけの話。

が、そのプロデューサーはこんな依頼をしてきた。

「いま公開中のアメリカ映画とキャラクターも話もまったく同じものをやります」

アホか。それはうまくパクる範疇をはるかに超えてただの盗作ではないか。私は決然と言い放った。

「他人のふんどしで相撲を取るなんて真似は死んでもできません。これは作家としてのプライドの問題です」

そんな企画でプロになるくらいなら死んだほうがまし。本気でそう思う。


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Mさんはそれでも3冊の著書を出している。私は映画化された脚本は皆無だし、最近書いている小説もまったくダメである。

しかし、私は人たるの務めをまっとうしてきたつもり。確かにプロにはなれなかった。それは実力不足が最大の要因であろうが、脚本家としての、人としての倫理と誇りを守りぬいたからでもある。

私は成功できなかった。でも、そんなものより大事なものがあると信じている。


論語と算盤 (角川ソフィア文庫)
渋沢 栄一
KADOKAWA
2013-07-25





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