2021年05月29日

ちょうど一か月前にこんな日記を書きました。

好きな女がどうでもよくなった件(まさか匂いが変わるとは)

振られた子の匂いが、ほのかな甘い香りから、甘いことは甘いけどモワッと息苦しくなる香水のような匂いへと変容してしまった話でした。

しかし、あのとき「好きな女がどうでもよくなった」というのは間違いであることに気づきました。

なぜなら、同じ人の匂いが悪臭に変わったのは、やっぱり好きだったからだと思うんですよね。その子の子どもじみた行動を見てしまって、「何だかなぁ。若いのぉ」となり、その日を境にいやな匂いに変わったんですが、あれは「この子を嫌いになろう」という無意識の発露だったのではないか。

だって、あのときは好きじゃないにしてもやっぱり存在を意識してましたからね。そりゃ好きだと言った相手ですから意識しないほうがおかしい。

でも最近、自分でも驚くべき現象がありました。

ある日、朝礼で姿を見かけなかったので「お休みなのね」と一人合点して仕事に励んでいたのです。ところが。

11時ごろ。もう始業から2時間あまりもたってからその子の姿を目撃したんです。え、いたの? と。

修理したエアコンのそばじゃ寒いからと少し遠めの席に移動したとはいえ、2時間も存在に気づかなかったというのはあの子が入ってきてから初めてのこと。

ちょうどその次の日くらいに「匂いがしなくなり」ました。

それまでモワッとする悪臭がいやでできるだけ距離を取っていましたが、そのときはどうしても仕事上お願いせねばならないことがあり、近くまで寄ったんです。息を止めていましたが、どうしても吸ってしまう。でも匂いがしない。あれ?

いったん自分の席に戻り「おかしい。なぜ?」と考えていましたが、今度はその子のほうから近寄ってきても匂いがしない。完全に無臭なのです。

いい香りは好きな証。いやな匂いは嫌いの証。でもそれは好きの裏返し。

無臭になったいまこそ本当の意味で「どうでもよくなった」と言っていいのでしょう。

だって、いまはもうその子のことより休養に入った深田恭子の激やせのほうが気になってますもん。









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