『男たちの旅路』第4シリーズの第2作「影の領域」を久しぶりに見ましたが、思い知らされたのは、ある高名な脚本家が言った「善と善の対立がドラマを深くする」ということでした。


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水谷豊と入れ替わりで若者代表として入社した清水健太郎と岸本加世子の兄妹が本格的に登場するこの物語で問題になるのは、梅宮辰夫士長が汚い仕事に手を貸していた、ということです。それをめぐって我らが司令補・鶴田浩二が梅宮士長と対立するんですが、これが「善と悪」ではなく「善と善」の対立になっているんですね。

確かに梅宮辰夫がやっていたことは悪いこと。あろうことか警備会社が盗みに手を貸していたというんですから。でも彼は金を受け取っていない。あくまでも会社のためにやったと。汚い仕事だからといって断れば大口の契約を失う。ただでさえ傾きかかっている会社にとっては大きな痛手。梅宮士長はあくまでも「愛社精神」から手を汚すわけです。決して私腹を肥やすためではない。ここが大事。

そして、スコッチの輸入販売をしている会社の営業マン、加藤健一の言う「相手があくどいことをやってるんだからこっちもあくどい手で対抗せねば」という言葉にも一分の理がある。

彼らは生活のためにやっている。生きるためにはこの程度のことは仕方がない。

梅宮士長が言うように、「戦争の頃はみんなそうだった。配給だけでは生きていけない。だからみんな闇をやった。だからって日本人全員が犯罪者なのか」と。『県警対組織暴力』で菅原文太刑事が言いますね。「あの頃は下は赤ん坊から上は天皇陛下までみんな闇米喰うとってんぞ」と。言われる相手は奇しくも梅宮辰夫でした。

彼らには彼らなりの言い分がある。それが「善」ということです。「善人」という意味ではありません。その人なりの言い分があることを高名な脚本家は「善」と表現し、逆に言い分のない言動を「悪」と表現しました。

「善と悪の対立にしてはいけない。善と善の対立がドラマを深くするんだ」

対立するどちらの言い分にも理がある。そこを掘り下げていけばドラマは深まるのになぜおまえはそうしないのかとえらく叱咤されたものです。

むろん、このシリーズのことですから、当然最後は我らが司令補・鶴田浩二が梅宮辰夫のやっていることは見逃せない、「こういうことをうやむやにしてはいけない」と正論を振りかざしますが、それでも最後は梅宮辰夫に自分を殴らせる。

「建て前ばかり言う奴は腹が立つからな」と自嘲気味に笑う鶴田浩二の脳裏にあったのは、やはりこの男でしょう。


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前回の「流氷」で水谷豊に「俺はあんたらの世代には責任があると思うね。もっと戦争はきれいごとばかりじゃなかったって言うべきだよ」みたいなことを言いますが、「影の領域」は見事なアンサーになっています。

戦争の頃はみんな闇をやっていた。闇をやらなければ食っていけなった。

それはそうでしょう。でも、戦争を理由に悪事に手を染めることを許しては、同じ特攻隊で死んだ戦友たちに申し訳が立たない。何より「あんたらの世代には責任があると思うね」と言った水谷豊に対しての回答を示さねばならない。もう二度と逢うことはないだろう友人(「友人」といって差し支えないでしょう)に対して、「おまえが言ったやり残したことはこれだ」と示さねばならなかった。

鶴田浩二としては池辺良社長の言うことももっともだと思う部分もあったはずです。彼だって愛社精神の塊ですから、梅宮士長の言動にうなずけるところもあったはずです。「闇をやらなければ食っていけなかった」という言葉に一番共感できるのは戦中派の池辺社長と鶴田浩二のはずなのです。

でも、鶴田浩二は、清水健太郎と岸本加世子兄妹に対して、その向こうにいる水谷豊に対して、「人生なんてそんなもんだと高をくくっちゃいけない」と言わずにはおれなかった。ここで俺が建て前を振りかざさずしていったい誰がこの子たちに建て前を教えてやるのか、と。

「学校で本音なんか教えちゃいけません。学校は建て前を教えるところです」とは解剖学者の養老孟司先生の言葉ですが、鶴田浩二も見事に若者たちに建て前を教えてやることができた。

しかしその代わり梅宮辰夫には殴らせてやった。あいつの言い分もわかる。でも、うやむやにしてはいけないという葛藤。そこにはもしかすると「もう二度と悪事を正当化できる戦争などしてはいけない」という願いもこめられていたのかもしれません。

まさに「善と善」の深すぎるほど深い対立です。こういうのを名人芸というのです。

私はこういう技を会得することが叶わなかった。悔しさを噛みしめて筆を擱きます。


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