2021年03月06日

山田太一さんの不朽の名作『男たちの旅路』。第4部の第1話「流氷」を再見しました。

実はこの回、あまり好きではなかった。一番好きになれないのは、第2部第3話の『釧路まで』なんですが、この「流氷」はその次に好きじゃなかった。

だって第3部第3話「別離」で、部下の桃井かおりから求愛されて溺れてしまう鶴田浩二が彼女の死によって文字通り、桃井かおりとも水谷豊とも戦友の池辺良社長とも別離してしまう。

山田太一さんの言葉によると、ここでこの部を打ち止めにするつもりだったと。終わるべきところで終わらないといけない、と思っていたそうですが、プロデューサーとディレクターからの強い説得があり、さらにこの第4部だけでなく『男たちの旅路』という稀有なテレビドラマ全体の一番の代表作と言っていい最終話「車輪の一歩」の基本的アイデアがすでにあり、吉岡司令補=鶴田浩二にあの有名なセリフ「君たちは迷惑をかけていいんだ」を言わせたくてオファーを受けたそうです。

ただ、この「流氷」は行方不明となった鶴田浩二を東京へ呼び戻す回、つまりは「車輪の一歩」のための布石にすぎないわけです。「流氷」と「車輪の一歩」をつなぐ「影の領域」だってなかなかの名作ですが、そこでは新キャラの清水健太郎と岸本加世子が鶴田浩二の警備会社で働き始めるという布石を打っておかなくてはならない。すべては「車輪の一歩」へつなぐため。

「影の領域」は複雑な問題を孕んだ物語なので「つなぎ」という感じはしませんが、「流氷」は「つなぎ」以外の何ものでもない。

これが今回見直すまでの私の浅はかな見解でした。


これが本当の「別離」
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第3部の「別離」は77年。この第4部は79年。当時、水谷豊は別の局で主役を張っているので(おそらく『熱中時代 刑事編』でしょう)1回しか使えない。だから最初から鶴田浩二を連れ帰るだけの役割だった。連れ戻して、次回の「影の領域」で姿を消す。「これ以上一緒にいるとベタベタしてしまいそうだから」とだけ残して。

役者のスケジュールで内容が左右されるなんてことはテレビや映画の世界ではよくあることで、それを四の五の言っても始まらない。大事なのはこの「流氷」が鶴田浩二と水谷豊の「別離」を描いているということです。

純粋に内容だけ見れば、おそらく水谷豊は最初から鶴田浩二を東京に連れ戻せたら姿を消そうと思っていたのでしょう。鶴田浩二が東京へ帰る列車の中にいるのを見たとき、うれしそうではあったけど、いろいろ言葉を交わして列車が出発すると思いつめた表情になる。「とうとう本当に吉岡さんとはお別れなのだ」という気持ちの表現でしょう。

思えばこの『男たちの旅路』は戦中派で元特攻隊の鶴田浩二と、いまどきの若者の代表者として現れた水谷豊が出逢うところからすべてが始まりました。確かにあのとき桃井かおりとも出逢う。でもやっぱりこのシリーズの主軸は水谷豊と鶴田浩二だと思うんですよね。「別離」だって桃井かおりをはさんで三角関係になっていたし。

いまどきの若者が大嫌いな鶴田浩二と、そういうことを言う中年が大嫌いな水谷豊。水と油の二人が次第に距離を縮めていくのがこのシリーズの一番面白いところ。

水谷豊は鶴田浩二に心酔している。たぶん桃井かおりより心酔している。心酔していながら、「あんな中年の言うことなんて」みたいなことを言う。

そんな彼が、この「流氷」では清水健太郎相手に「おまえ喧嘩で負けたことないだって? 笑わせてくれるよ。おまえなんか吉岡さんの手にかかったらあっという間にやられちゃうよ」とか「あの人が皿洗いなんかしてるわけがない」(←このセリフ、いまだったら炎上しますな)などとついに「本音」を吐くんですね。だって目の前に本人がいないから。本人がいる前ではかっこつけて嘘を言い、本人がいないと本音を言う。人間という存在の本質がよく描けています。


「あんたには責任があると思うね」
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「住所を書かず、消印で知らせてくるなんてかわいいじゃないか」と池辺良社長は水谷豊に出張という名目で根室まで鶴田浩二を探しに行かせます。

住んでいる町から出したのだから、誰かが探しに来るのは必定。鶴田浩二も帰りたくて手紙を出したのです。でもやっぱり勝手に姿を消した負い目もある。必死で愛した女への想いもある。だから帰らない。「東京へ帰って何がある?」と意地でも帰らない決意を示す鶴田浩二をどうやってチャラ男の水谷豊が連れて帰るかと思ったら、何と「あんたには責任がある」という。

「これまで司令補、特攻隊の連中は本当に生き死にのことを考えていたとか、そういうこときれいなことばっかり言ってるけど、でも、あの頃は戦争に反対できる雰囲気じゃなかったとも言ってたよね。なぜそういう雰囲気になったの。そこを言ってくれなかったら、また俺たち戦争してしまうかもしれないじゃない。俺は50代の人間には責任があると思うね。あんたには責任があると思うね」

鶴田浩二はまったく言葉を返せません。説教されるばかりだった水谷豊が初めて鶴田浩二を論破したのです。お見事!

というわけで鶴田浩二は帰る決心をするんですが、自分を論破するまで成長した水谷豊のことがうれしかったのでしょうね。

タイトルの「流氷」について鶴田浩二はこんなセリフを言います。

「流氷にぶつかられて転覆する船もある。迷惑な行為だが、美しい」

流氷が船にぶつかることを「行為」と言っている。おそらく、自分という船にぶつかりに来た水谷豊のことを流氷に例えているのでしょう。おまえの昨日の説得は美しかったよ、と。

だからこそ、この二人の「別離」がたまらなく哀しい。役者のスケジュール? そんなのどうでもよろしい。最近は映画やテレビドラマの裏側がDVDの特典映像なんかで詳しく知ることができますが、私はあまり好きではありません。

できあがった作品がすべて。裏の事情などどうでもよくなるくらい、この「流氷」は美しい。


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