2021年01月28日

最初の1話、2話は癒されはするけど面白いとは思えなかったけれど、第3話がたまらなく素晴らしかった『おじさまと猫』。第4話はどうなるのかとめちゃくちゃ期待していました。

が、結果は期待外れどころか「許せない!」と憤ってしまうものでした。


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このシーンなんかはとてもよかったですよね。私も実家の犬を飼い出した頃はこういう場面がよくあって、家人と一緒に笑い転げたものです。

しかし!

今回の第4話は去勢手術がメインですよね。

うちの犬はメスだったので避妊手術を施しました。実際に施したのは両親だけれど、私だって加担したも同然。

親父は「人間のエゴで性の悦びを奪ってしまった」と何度も言っていました。私は口に出したことはないけれど、いま老犬となり死ぬのを待つ身となった愛犬を見ながら「本当に避妊手術を施してよかったんだろうか」とため息をついてしまうのです。


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幼少の頃に飼っていた犬は、避妊手術を施さなかったので、春になるたびに発情していました。

だから武田玲奈が言うように、発情した猫の苦しみはよくわかるのです。異性を欲しながら決して手に入らない。手術をしていないので、そこら中に血もまき散らしましたしね。福丸くんはオス猫なので「スプレー行為」ということをするらしい。己の発情をもてあまし、そこら中におしっこをまき散らすとか。

だから、避妊手術はしょうがないことなんだ、必要なことなんだと、この『おじさまと猫』の作者たちは割り切っていますが、はたしてそれでいいのでしょうか。


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草刈正雄はかなり迷っていましたが、それは「手術で死んでしまわないか」ということであって、「去勢手術は是か非か」ということとは無縁。

あまり深く掘り下げると違う話、違うトーンになってしまうのはわかっています。でも、「去勢手術なんて人間のエゴじゃないのか」という想像力がまったくないというのは、完全に「人間中心主義」じゃありませんかね。

『おじさまと猫』というタイトルでありながら、おじさまと猫が対等な存在として描かれていません。おじさまと猫は、去勢手術という人間のエゴイズムを介して初めて対等になれる。というふうになってしまっています。

ピアノ教室の若者との会話で、「実は去勢することになって」「え、先生、去勢するんですか?」という場面は爆笑しましたが、少なくともそこで草刈正雄は「自分がもし強制的に去勢手術を施されたら……」ということを考えないといけないんじゃないですか?

少なくとも「もし自分なら……」という想像力さえあれば、まだよかったんですが、また生きて会えるかどうかだけしか興味のない主人公を見て完全に幻滅しました。

私は実家の犬を見ながら、もう15年あまりの間、「本当にこれでよかったんだろうか」という思いを懐いてきました。

いくらコメディとはいっても、根源的なことから逃げているこの第4話は最低です。次回以降に期待します。




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