遊川和彦さんの新作『35歳の少女』、第8話まで見ましたが、このドラマはどんどんすごくなっていくのでラストはどうなるのかと非常に楽しみな今日この頃です。

前回の記事
感想①主役は柴咲コウではなく鈴木保奈美なのか

いやぁ、ぜんぜん違ってましたね。主役はやはり柴咲コウだし、鈴木保奈美の母親に何か隠し事があったわけでもない。

私は完全に見誤っていました。そして遊川和彦さんの深遠なる野望を見落としていました。(以下ネタバレあります)


気づかなかったテーマ
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10歳のときに事故で植物人間になり、25年間も眠っていた主人公。彼女が目覚めたことで家族や周囲に波紋を呼ぶ。

という設定自体はさして目新しいものではないので特に期待はしていませんでした。ただ『家政婦のミタ』の遊川さんだから何かあるんじゃないかという期待はありました。

すると、家族がバラバラなのは面白いにしても、幼馴染みの坂口健太郎が「代行業」をやっているとか、父親の田中哲司が再婚した富田靖子の連れ子が「引きこもり」で困っているというのが、どうして「25年間眠っていた少女」の物語に関わってくるのかまったくわからなかったのです。

確かに、25年前には引きこもりはすでにあったでしょうがそれほど問題にはなってなかった気がするし、代行業なんかなかった。でも、そういうのは「意匠」程度のもので「テーマ」に直結しているとは少しも思いませんでした。

が、ようやくわかりました。


「代行業」と「引きこもり」
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この二つに共通するものは何か。そして「25年間眠っていた少女」にも通底するものは?

それは「時間」です。

「引きこもり」は文字通り時間を無駄にしていますよね。それぞれいろんな事情があって引きこもっているのはわかりますが、植物人間と決定的に違うのは自分の意思で行動できるのに何もしないこと。富田靖子の息子も「たまたま就職した会社がブラック企業だった」という理由はあるにしても、そこから脱しようとしない。自分自身からも両親からも大切な時間を奪っています。(しかし大事なのは、遊川さんがこのドラ息子を「甘ったれのどうしようもない奴」ではなく「根はいい奴」として愛情込めて描いていることですね)

「代行業」も同様でしょう。坂口健太郎をレンタル彼氏として借りるほうも借りられるほうもニセの時間を消費しているだけ。彼のあとを継ぐ形になった橋本愛も同じように時間を無駄にしている。25年も眠っていた柴咲コウにはそれが許せない。

さて、「引きこもり」と「代行業」と「35歳の少女」には「時間」以外にも共通点があります。

本音と建て前です。

引きこもりの息子に「早く仕事探して働け!」という本音が言えず、当たり障りのない建て前に終始する田中哲司と富田靖子。代行業の坂口健太郎も「俺なんかをレンタルする暇があったら普通に彼氏を探したらどうか」という本音を隠して仕事をしていました。


「本音」と「建て前」
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『バカの壁』を書いた解剖学者の養老孟司先生は、かつてあるテレビ番組でこんなことを言っていました。

「学校で本音なんか教えちゃいけません。学校は建て前を教えるところです。義務教育では徹底して建て前を叩きこむべきです。それに反発して自然に出てくるのが本音です」

ところが、この25年で社会や学校は変わりました。英語ができたほうが得だからと、まだ母語もおぼつかない小学生に英語を教えたり、あろうことか株取引まで教える始末。

株取引ができたほうが楽に稼げる。楽に稼げたほうがいいに決まっている。それは誰しもの本音でしょうが、そんなはしたないことは言っちゃいけないし実際にやるなんてもってのほか、というのが建て前だったはずです。

私の同級生に面白い奴がいて、「先生はいろいろきれいごとばっかり言うけど、結局世の中カネだろ」と陰でいつも言って笑いを誘っていました。それが抑圧されたあと自然に出てくる「本音」です。本音が出てくるのが「反抗期」です。いま反抗期を迎える子どもが減っているそうです。私の甥っ子たちもあまり反抗期らしきものがなかったとか。

それって、最初から「本音」を教えているからじゃないの? だって誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントに私の両親(彼らの祖父母)に現金をねだっていましたから。しかもそれをおかしいと思っていても誰も表立っては言えなかった。私自身、両親にそれはおかしいだろうと言いましたが、兄や兄嫁には言えなかったのだから同罪です。

しかし、そんなのおかしいと思う私だって、かつて高校生くらいのときに、プレゼントに現金がほしいと言ったことがあるのです。「プレゼントに現金などねだるものではない」という建て前を押しつけられた末に出てきた本音ですね。でも、歳をとれば「やはり建て前を言うのが大事だ。本音はできるだけ隠さなければ」と自然に思うようになるのです。そうなるのは幼少の頃に徹底的に建て前を叩きこまれたからです。


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7話で坂口健太郎が言いますね。「いまの時代は正しいこと(建て前)を言えば言うほど周りから浮いてしまうんだよ」と。

そして、彼自身が採用面接で美辞麗句(つまり建て前)を並べると、

「あなたの言っていることは100%正しい。完全に同意します。でもそんなことを言っていたらどこの学校も採用してくれませんよ」

と言われる。

ここで大事なのは、坂口健太郎にとって本音と建て前が一致しているということですね。世間的な建て前が自分の本音になっている。田中哲司が義理の息子に感じている「四の五の言わずに働け!」という世間的な建て前も彼自身の本音と一致している。それはやはり、彼らが幼少の頃に徹底的に建て前を叩きこまれたからでしょう。

だから反抗期に出てくる本音を「汚い本音」、大人になってから建て前と一致する本音を「きれいな本音」と言い換えましょう。

どこの学校のどの教師も坂口健太郎の言っていることが正しいとわかっている。彼の言う「きれいな本音」がとても大事だとわかっている。でも、そんな建て前は子どもに「汚い本音」を教えたい保護者の思惑の前につぶされてしまう。

この25年で変わってしまったのは、「きれいな本音」を言う人間は疎まれ、いい歳をした大人がみんな「汚い本音」を言っているということです。そしてそんな本音を垂れ流した動画が多額の広告収入を得、将来ユーチューバーになりたいという子どもたちを誰も叱らない、つまり建て前を叩きこまないということです。


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10歳のときに植物人間になった主人公は、建て前しか知らなかった。しかし、彼女を本気で心配する母親による抑圧のせいで「反抗期」になります。鈴木保奈美がその姿を見て涙を流していましたね。「もうこの子の反抗期を見ることはないのか」と絶望的になり、心中を図ったことも語られました。

反抗期とは前述のとおり「汚い本音」が出てくる時期のことです。25年前とは違い、それが称賛される時代だから彼女はその「汚い本音」を垂れ流して大金を稼ぐようになる。


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ここで再び登場したのが、いまだに何を考えているのかわからない母親・鈴木保奈美です。「豆腐を買いに行くのがいやだ」と駄々をこねたせいで姉が事故に遭ったのに、その現実を直視せず、何が自分の本音かすらわからなくなってしまっている妹・橋本愛とは対照的に、25年間もの長きに亘り娘の体を拭き、伸び続ける髪や爪を切り続けた母親は、豆腐を買い忘れた自分を責めていたのでしょう。

だからあの母親にはできた。自分が「きれいな本音」を教えてやらなければ、と。しかも身を挺して。

8話のラストで鈴木保奈美は倒れました。あれは興奮しすぎたから倒れたのか、柴咲コウが首でも絞めたのか、まったくわかりませんが、命を懸けて「きれいな本音=建て前」を教えようとした母親の姿はもはや「保護者」ではなく「教育者」でした。(だから坂口健太郎が教師という設定だったのですね)

大人たちが体を賭して子どもたちを導いてやらないと大変なことになる、という遊川和彦さんからのメッセージなのでしょうか。それは最終回まで見てみないとわかりませんが。


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なかなか本音が言えずウロウロばかりしている田中哲司があまりに秀逸で芸達者ぶりを見せつけていますが、彼はついに、「この写真に収まっていた頃が人生の絶頂だった」と自分の本音を富田靖子とその息子の前で言ってしまいました。

はたしてそれは「きれいな本音」なのか「汚い本音」なのか。いや、富田靖子が聞きたかった「本音」なのか否か。

来週が楽しみでしょうがありません。


続きの記事
『35歳の少女』総括(ご都合主義の極み、がっかり拍子抜けの最終回)





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