2020年11月04日

岡田惠和さんの新作『姉ちゃんの恋人』。


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小池栄子が出てるなら何でも見るのが信条の私は、岡田惠和さんの新作ということもあり、めちゃ期待して見始めたのでありました。

これが大当たり!

コロナで一変してしまったこの世界の片隅で、クリスマスだからこそよけい淋しくなる孤独な人たち、何らかの理由でクリスマスを楽しめない人たちにも「ちょっと見に行ってみようかな」と思わせるイベントをやりたい。

彼らが働くホームセンターのコンセプトがいいし、あそこで働いてみたいと思わせるものがありました。(臼井さんという存在感稀薄の人をいじるのがいじめだパワハラだという批判は理解しがたい。あの程度のことを適当にやりすごせなくてどうやって生きていくのか。そんなこと言ってたらいつかみんな自殺しなきゃいけないよ)

さて、クリスマスを楽しめない人たちのためのクリスマス・イベントを企画したのは、イベント・リーダーを任された有村架純と配送係から強制的に寄越された林遣都なんですが、彼らはまったく同じことを考えていたということで惹かれあうんですね。


「はい……え?」の二人
で、その前、二人が企画会議で出逢う前に、この二人が同じキャラクターをもっていることが示されていました。

有村架純は小池栄子からリーダーに指名され、林遣都は先輩の藤木直人から「おまえが行ってこい」と言われる。そのときの二人のリアクションがまったく同じなんですね。

「はい……え?」となる。いきなり言われてまったく事態を呑み込めないまま「はい」と言うんですが、そのあとで事態を呑み込んで「え? あ、いやいや」となる。

リアクションというのはキャラクター(性格)の重要な一部というか、リアクションこそがその人物のキャラクターを表すわけで、主役二人のキャラクターを同じにしている意味が最初はわかりませんでした。同じリアクションなんて芸がないなぁ、と。

しかし、同じ企画を考えていたから、ということで出逢いが始まる、というのが大きなプロットのターニングポイントになっているのを知り、腑に落ちました。

ところが……

惜しまれるリアクション演出
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末弟のサッカーの試合を応援しに来た有村架純がなぜ見に来ていたのかよくわからない林遣都と出逢う瞬間。プライベートで初めて会うんですが、このときの有村架純のリアクションに関して、脚本家の意図を演出家がちゃんと汲めていないと感じました。

上述のように、事態が呑み込めないまま「はい」と承諾の返事をし、承諾の返事をしてから事態の大きさを初めて知る、というのがこの二人に共通するキャラクターなんですよね。

なのに、ここでの有村架純は林遣都を見た瞬間に画像のような顔になるんですよ。

岡田惠和さんの意図を汲めば、ここは、林遣都の顔を見るけど最初は誰か気づかず素通りしようとして、それから初めて「あの人だ」とわかって「え?」と振り返る、などの演出をすべきだったはずなんです。非常にもったいないと思いました。脚本にはそんな細かいこと書きませんから、演出家がそういう芝居をつけるべきだった。

昨日の2話で、有村架純が間違えて発注してたことがわかって、お客さんのところまで届けるシークエンスがあったじゃないですか。あそこで、自転車で行くという彼女に対し、藤木直人が林遣都に「おまえ、乗せてってやれ」と命令する。林遣都は「え? はい」と返事する。

ここは、上述の「はい……え?」じゃなくて「え? はい」でいいと思うんです。だって林遣都には事態の深刻さがわかっているから。事態の深刻さがわからないときに「はい……え?」となればいいわけですからね。

めちゃくちゃ細かいことを言いましたが、神は細部に宿る。それに、元脚本家志望者として、脚本家の意図を演出家がちゃんと汲んであげていないというのはイライラしました。

ただ、全体的にはいいんじゃないですかね。保護司の光石研が有村架純の叔父さんというのはちょいと偶然が過ぎるとは思いますけど。







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