2020年10月04日

長谷川和彦監督の衝撃的デビュー作『青春の殺人者』をチャンネルNECOにて再見しました。


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無花果をめぐる物語
水谷豊演じる主人公は、スナックを与えてくれた両親と対立しています。スナックの経営をやっている恋人の原田美枝子をめぐって。原田美枝子は右耳が聞こえないのですが、彼女が語るその理由は、裏庭だったかどこかの無花果の実を食べて母親から思いきり叩かれたからだ、と。

水谷豊はそれを鵜呑みにしているのですが、父親は「考えてもみろ。鼓膜が破れるほどぶっ叩くなんてのはよっぽどのことだぞ。あの女のことだ。母親の男を咥えこんだのを見られて殴られたんだろう。性悪なんだよ。おまえもそろそろ目を覚ませ」

なんてことを言われて、カッとなった主人公はまず父親を刺し殺します。そこへ母親が帰ってくるのですが、咎めるどころか「あたし、こうなることを望んでいたような気がするの」なんてことを言って、父親は女と蒸発したことにして二人でどこか知らないところへ行って静かに暮らそうともちかけます。

何だかんだの行き違いの末に主人公は母親まで殺してしまい、両親を亡きものにした男のウロウロは頂点に達します。

そこで再度、無花果が出てきます。出てくるといっても、確かに原田美枝子が食べる小道具として出てはきますが、それはあくまでも彼女の嘘の映像として、主人公が愚かにも信じてしまった妄想として、幻影として、です。

確かに父親の言うとおり、無花果の話は作り話だった。それは原田美枝子の母親を演じる白川和子にも確認したし(「あれは無花果ではなくヤツデだった」)何より原田美枝子が継父に犯されていただけでなく、自分から咥えこんでいたことも告白します。

すべては両親の言うとおりだった。後悔先に立たず。

とはいえ、彼は原田美枝子の嘘がもっと前に判明していたら別れていたのでしょうか?

違いますよね。嘘は嘘として「それぐらいのこと」とか何とか言って両親に反抗して仲を深めていたに違いありません。


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それに、原田美枝子は両親の言うとおりのあばずれなのはそうなんでしょうが、結構主人公のことを心配し、彼のために行動する場面が結構あります。そんなに悪い女じゃない。いや、むしろいい女でしょう。

何が言いたいかというと、両親を殺すより原田美枝子を殺すことで地獄のどん底に叩き落とされる主人公のほうがよりドラマチックだっただろうということ。

しかしながら中上健次の原作『蛇淫』は実際に起こった殺人事件をモチーフにしているので、そこは動かせなかったのでしょうね。何しろプロデューサーは『復讐するは我にあり』の今村昌平監督であり、実録物からはずれることは許されなかったと推察します。


長谷川和彦監督の狙い
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長谷川和彦監督はこの監督デビュー作の前にすでに脚本家としてデビューしていました。

なのに自分で書かず、脚本を田村孟さんに依頼しています。これは自身の判断だったのか、今村さんの判断なのかはわかりません。それに『蛇淫』を読んだことがないので、どこまで原作に即しているのかもわからないし、実際の事件にもそんなに詳しくないのでどこまで現実に即しているのかもわかりません。もちろん、そんなものが評価の対象にならないのは百も承知です。

問題は、書ける監督である長谷川和彦監督が、他人に依頼したのはなぜかということ。

かつて私も長谷川さんに師事しました。師事というのはおこがましいのですが、それでも教えを受けたことには違いなく、専門学校で直接指導してくださった先生方や先日亡くなった桂千穂さん、何度も自作シナリオを読んで感想を送ってくださった小滝光郎さんなどとともに、長谷川さんも師匠の一人には違いない。

さて、その長谷川監督から私がどういう教えを受けたかというと、、、

「君のシナリオでは主人公がウロウロする様が描かれていない。もっと主人公のウロウロを客観的に突き放して書けば人間の可笑しみや哀しみが出るはずなんだ」

だから、『蛇淫』をどう脚色するとか、主人公がウロウロする原因の無花果にどういう意味があるかとか、誰を殺すとか、そういうことはほとんど些末なことだったんじゃないか。

現実の犯人が両親を殺した、それなら親殺しでいいじゃないか。女を殺してたのならそれでいい。とにかく俺は主人公のウロウロを撮りたいんだ。

長谷川さんがほんとにそう思ったかどうかは定かではありませんが、できあがった映画の水谷豊のウロウロぶりは半端ではありません。ここまで主人公がうろうろする様を克明に丹念に追っていった映画はそうないんじゃないでしょうか。映画全編が主人公のウロウロなのです。

両親を殺すのにもあれやこれやがあって、死体の始末をしようにも二人分の始末は大変で、スナックに戻って女を抱こうとしたら旧友が訪ねてきて水を差され、首尾よく死体を始末するも無花果の件で途方に暮れてしまい、警察官にすべてを告白するも信用してもらえず、スナックに放火してついに永遠にうろうろすることが暗示されて映画は幕を閉じます。

実際の犯人は捕まったようですが、映画では生き地獄を味わわされるかのごとく捕まえてすらくれません。どこまでもおまえはウロウロせよ、ウロウロしなければ主人公の資格はないよ。

という長谷川和彦監督のサングラスの奥の冷徹な目が言っているかのようでした。次作『太陽を盗んだ男』でも主人公は最後までウロウロしてましたっけ。

見事な傑作です。もうそろそろ新作見たいんですがね。どうでしょうか。



青春の殺人者
桃井かおり
2013-11-26





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