かつて撮影現場で働いていた頃、ある女優が楽屋に閉じこもったことがありました。

いまはなきVシネマで濡れ場満載の作品だったんですが、それまで脱いでおっぱいを見せるシーンは普通に演じていた女優が、激しく喘ぐシーンの撮影を拒否して楽屋に立てこもったのでした。

急にそういうシーンを挿入したわけではなく、最初から台本にあったので「読んだうえで出演を承諾したくせに」と同僚たちと文句を言っていました。とにかくその女優が出てこないかぎり撮影ができないので私たちスタッフはじりじりと待たされました。

同期の助監督が楽屋から戻ってきたので、どうなったかと聞くと、「監督が説得している最中」とのことでした。しかし、説得といえば聞こえがいいですが実際は脅迫だったようです。

「芸能界で生きていけないようにしてやるぞ!!」

と、ものすごい怒声で脅していたとか。結局その女優は出てきて渋々濡れ場を演じていました。そのときの私は、「最初から台本に書いてあるシーンで急に拒絶するなんてプロ根性に欠ける」と義憤に駆られる思いでしたが・・・


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ハリウッドの超大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインが30年に及ぶセクハラの咎で永久追放処分になったのは記憶に新しいところですが、なぜ30年も「公然の秘密」のままだったのか。

部屋から出させないようにしたり、無理やりキスしたり、尻を触ったり胸を触ったり、この男の所業はやりたい放題だったようですが、権力を握っているから反旗を翻そうにもできなかったのでしょうね。

反旗を翻せなかったといえば、この人もそう。


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ワインスタインと縁のあるクエンティン・タランティーノ。
デビュー作の『レザボア・ドッグス』をワインスタインに配給してもらったし、確か次の『パルプ・フィクション』や『ジャッキー・ブラウン』などもワインスタインの会社ミラマックス配給だったと記憶しています。

タランティーノは恋人や知り合いの女優からワインスタインの悪行について相談を受けるも黙認せざるをえなかった、と。それはやはり、大物プロデューサーを敵に回したらもう二度と映画を撮れなくなるかもしれない。もう映画に出られなくなるかもと考えて我慢していた女優たちと心境は同じでしょう。

タランティーノや、いまになって告発の声を上げる女優たちに「なぜそのとき言わなかった」と批判するなど誰にもできないはず。

くだんの撮影現場の話に戻ると、あの女優は確かに事前に台本を読み、そういうシーンがあるとわかっていて出演を決めた。しかし、決めさせられたという可能性はなかったか。

つまり、こんなシーンがある映画には出たくない、こんなシーンはやりたくない、と主張していたとしても、事務所の社長から「出演を承諾しなかったら芸能界で生きていけないようにしてやるぞ」と脅されていたのかもしれません。

で、しょうがなく承諾したけれども、そのシーンの撮影直前になって反旗を翻した。何時間も楽屋に閉じこもり、監督から脅迫されてそれでもかなり粘り、やっとこさ出てきたのだから、そういう背景があったと考えるほうが自然です。(あのときの私は青二才でそういう可能性に少しも考えが至らなかった)

で、女優の喘ぎ声をしっかり録ろうとマイクを振っていたわけですが、女優の立場になって考えると、これだけ嫌がったのに誰も自分の味方をしてくれない、と泣きたい気持ちだったでしょう。実際、同期の助監督によると、その日の撮影が終わったあとしばらく楽屋から出てこなかったそうです。

ということは、私もセクハラに加担したのです。

もし、そのときの私が出演承諾の背景に脅迫があったんじゃないか、と監督に詰め寄り、このシーンに彼女を本当に出演させてもいいかどうか事務所と連絡を取ったほうがいいんじゃないですか、なんてことを言ったとしたらどうでしょう。

「おまえが映画界で生きていけないようにしてやるぞ」

と脅迫されて泣き寝入りして終わりです。タランティーノと同じように。

だから、今回のワインスタイン事件で問題なのは、セクハラよりパワハラだと思うわけです。

ワインスタインですら永久追放ですから、これからはちょっとしたセクハラさえ許されなくなるでしょう。

でも、「出演を承諾しなければ映画界で生きられなくしてやるぞ」というようなあからさまな脅迫は論外としても、「この濡れ場満載の映画に出なければ女優としてのあなたの未来はない」と、脅迫と同じ意味のことをやんわりと言うエージェントや先輩がいたりすると思うんですよね。男性だけでなく女性も。

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かつて黒沢清監督は、
「独裁主義が唯一合法的に残っているのが映画界だ」
と言っていました。かつて現場で働いていた私もそう思います。独裁がダメだとなったら、おそらく面白い映画はもう作れなくなるでしょう。

ハリウッドはおろか日本や他の国の映画界でも「セクハラ」に関しては完全NGでOKでしょう。逆に完全NGじゃなかったいままでがおかしいのだから。

でも、「パワハラ」についてはどうか。
独裁を許容しなくては映画作りができないなら、パワハラを映画界から追放することはできないことになります。パワハラは映画界に巣食った構造的な宿痾だと思う。

ワインスタイン事件そのものよりも、こちらの新しい問題、もっと難しい問題のほうが気になってしょうがない今日この頃です。



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