メル・ギブソン監督10年ぶりの新作『ハクソー・リッジ』の最終日に駆けつけてきました。


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うん、確かに『プライベート・ライアン』を超えたという評判もわかる凄まじい戦場描写が迫力たっぷりだし、前半が訓練で後半実戦というのは『フルメタル・ジャケット』みたいですが、凡作でしかない『フルメタル・ジャケット』に比べてこの映画は何だかんだ言いながらも139分まったく退屈することがなかった。キューブリックなんかよりメル・ギブソンのほうがよっぽどすぐれた監督だと思うんですけどね。スピルバーグとではどちらがどうかよくわかりませんが。

それはともかく、『ハクソー・リッジ』で何だかんだ言ってしまったというのは、主人公デズモンド・ドスの「二律背反」なんです。

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彼は何という宗派かは知りませんが(土曜日が安息日のキリスト教があると知ってビックリ)とにかく敬虔なクリスチャンなので、志願兵ではあるものの銃をもてないと言い張る。もてという上官の命令に背いて軍法会議にかけられます。

結局、父親(ヒューゴ・ウィーヴィング、歳食いました)の助け舟で衛生兵も立派な軍人だと准将だったか偉い人の言葉が残っていることが明らかになり、晴れて沖縄戦に帯同することになります。

ここで、少し脱線して、大島渚の言葉を紹介しましょう。

チャン・イーモウ監督『紅いコーリャン』公開時のパンフレットで大島さんが誰かとの対談でこんなことを言っていました。

「戦争というのは二つの勢力の争いなわけだから、片方だけ描いても片手落ちなんです。だから僕は『戦場のメリークリスマス』で捕虜収容所を舞台に敵味方双方を描いたわけなんです」

日本兵をほとんどモンスターとしてしか見せていないこの『ハクソー・リッジ』を大島さんが見たら激怒するんじゃないかと思うんですが、しかし、大島渚の言葉とて絶対ではありません。

あくまでもメル・ギブソンはじめ製作チームの主眼は、地獄のような戦場で一番根性を見せたのが良心的兵役拒否者だったという、そのデズモンド・ドスという絵に描いたような英雄を描くことだったでしょうから。

だから、日本側が描かれていない(なのに切腹のシーンは丁寧に見せてますが)ことを非とはしませんが、問題は主人公の心中の葛藤なんですよね。

敬虔なクリスチャンである彼は「汝、殺すなかれ」というモーセの十戒の一節に背くことができず、恋人との結婚式を犠牲にしてでも信仰に殉じようとします。


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こんなにきれいな人より神の教えを優先するというのはほとんどキチガイ沙汰としか思えませんが、それはともかく、彼は志願兵なんですよね。

軍法会議の席で「検査ではねられて兵役に就けなかった友人が二人自殺した」と言い、「戦地に赴ける体なのに行かないのはいかがなものか」と志願した理由を明かします。つまりは「合衆国市民として日本との戦争に行かないわけにはいかない」と。

でも、クリスチャンとしては人を殺すわけにいかないから衛生兵として傷ついた兵隊を助けることに専念する。

理屈としてはわかります。実際、彼は誰よりも勇敢に立ち回って多くの人を助けました。日本兵も助けました。ここはイエスの「汝の敵を愛せ」を実践しているようで微笑ましかったですね。

そして彼は同時に誰一人殺さなかった。

直接的には。

最後のほう、特にヴィンス・ヴォーン演じる軍曹を引きずっていくところなど、確かに彼は直接的には軍曹を助けているだけですが、軍曹が敵兵を殺すことに手を貸しています。

いや、それどころか手榴弾を蹴飛ばすところなんか、それで誰かが死んだかどうかは定かじゃないですが、明らかに周りの兵に怪我させてませんでしたか?

「国民」としてのデズモンド・ドスと「キリスト教徒」とのデズモンド・ドスがいて、真逆の二人がどうやってひとつの心の中で折り合いをつけていたのか、映画は少しも検証してくれません。

いくら実話とはいえ、いや、実話だからこそ、そこのところをもっと突っ込んでほしかった。
少なくとも、「汝、殺すなかれ」の「殺す」が直接的なことだけなのか、それとも間接的に殺人に加担することも含めるのか、彼の宗派ではどうなっているのか、ちゃんとした説明がほしかった。

そもそもの前提として、いくら衛生兵といっても戦場に出てしまえば相手を殺してしまう可能性はあるわけですから、軍隊を志願するという時点で何の葛藤も感じなかったというのは嘘としか思えないのです。

だから、最初のほうから実はあまり乗れてなかったんですよね。
脚本の不備に不満をもちながらも後半の戦闘場面には手に汗握ってしまったわけだから、メル・ギブソンの腕を評価せねばならないのかもしれませんが、やはり脚本家としてはどうしても食い足りない憾みが残った映画でした。


ハクソー・リッジ(字幕版)
アンドリュー・ガーフィールド
2017-10-04


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