東京のプロデューサーから受けたオファーはあえなく散りましたが、なかなかの高評価だったということもあり、またぞろ脚本を書こうかなという気になってきています。
というか、もうすでになってるんですけどね。こないだ書いた短編映画の監督たる友人にも「また書いたら」と言われたし、他の人たちからも「書くべきだ」と発破をかけられたし。
というわけで、いろいろ考えてはいるんですが、どうにもうまい具合に形になってくれない。ところがゆうべ寝る前に、専門学校時代の恩師の言葉を思い出しまして。
それが、「過剰プロット」と「喪失プロット」という考え方です。
前者は、普段ないもの、それまでなかったものが存在するために物語を駆動するもの。
パニック映画はすべてこれですよね。
『ジョーズ』の鮫、『ジュラシック・パーク』の恐竜、『ゴジラ』のゴジラはすべて「過剰物」として物語を発動させます。
『ドラえもん』も過剰プロットかと。

ドラえもん自体が過剰物だし、彼が出す道具はすべて過剰物として物語を駆動しますから。
ヒッチコックの数あるサスペンスの傑作群も過剰プロットが多いですね。パニック映画の『鳥』はもちろん、『めまい』はそれまでのジェームズ・スチュワートの生活にはいなかったキム・ノヴァクという過剰物の出現で物語が幕を開けますし、『疑惑の影』ではチャーリーという主人公と同じ名前をもつ殺人鬼の叔父さんが過剰物です。
『北北西に進路を取れ』も過剰プロットなのでしょうか。

主人公が「ジョージ・カプラン」という名前の架空のスパイに間違われることが物語を起動させますが、このジョージ・カプランという存在が過剰物? 本当はいないのに?
いや、これこそあの有名な「マクガフィン」というものの正体なのでしょう。明らかに過剰物としてプロットを推し進める存在でありながらその実体は何もないという。
ところで、この人物も過剰物でしょうかね。

『ダーティハリー』の殺人鬼・蠍座の男。
彼の登場によって街は恐怖のどん底に叩きこまれ、主人公はじめ市警の多くの人間が大わらわの状態に追い込まれるのですから。『ジョーズ』の鮫と原理は同じですね。
ただ、ここでふと思うのです。
蠍座の男はもともとあの街に住んでるんですよね?
例えば、悪漢であろうと正義漢であろうと、よそから誰かがやってきて物語が起動するならそれはまぎれもない過剰プロットです。『ペイルライダー』とか『シェーン』とか『真昼の決闘』とか。
でも蠍座の男はもともとこの町にいながらにして突如狂人という過剰物に変貌する。彼が狂人になった理由は映画内では少しも説明されません。(ベトナム帰還兵だという解説を読んだことがありますが、映画の中でそんな描写があったでしょうか?)
もしかすると、過剰プロットの場合、鮫やエイリアンや『ディープ・インパクト』の隕石みたいに、過剰物が出現した「理由」「背景」「動機」などないほうが面白くなるんじゃないか。
ゴジラは水爆実験がもとで眠りから覚めるのですが、あれって東西冷戦というさまざまな政治的思惑が折り重なった、一人や二人の人間の力ではどうすることもできない歴史の産物。
だから、理由や背景は一切ない。あるいは、あったとしても人間(主人公)の力ではどうすることもできないもの。ハリウッド・メソッドでいうところの「ハイ・コンセプト」って、もしかしたらそういうことなのかも、と思い至りました。
逆に、喪失プロットは、いままで存在していたものが突如消えることで物語が駆動されるものを言います。
復讐ものなんかはすべて喪失プロットですが、喪失物もまた過剰物と同じく「理由」「背景」「動機」などないほうがいいのでしょうか? それが「ハイ・コンセプト」なのでしょうか?
喪失プロットをもつ映画を思いつくままに列挙すると、
『裏窓』
『バルカン超特急』
『ひまわり』
『顔のない眼』
『波止場』
『人魚伝説』
『フランティック』
『ツイン・ピークス』
どれもこれも、殺人、誘拐、失踪、戦争、事故、など、個人の力ではどうしようもないことがきっかけですね。
いますぐには思いつきませんが、何の理由もない失踪や蒸発が物語を起動させる映画が過去にいろいろあったはず。
『野良犬』も喪失プロットですが、拳銃を盗んだ犯人にいろんな事情があるのが物語の力を弱くしている気がします。
というか、過剰プロットをもつ映画は多いですが、喪失プロットをもつ映画ってそんなに多くないんですね。過剰プロットのほうが思いつきやすいのでしょうか。
ただ、ここでふと思うのです。

『ツイン・ピークス』なんかは、ローラ・パーマーが殺されたところから始まる物語ですから明らかな喪失プロットですが、そのことが主人公デイル・クーパー捜査官という過剰物を呼び寄せます。だから、『ツイン・ピークス』は喪失プロットであると同時に過剰プロットでもあるんですね。
そう考えると、私が好きな映画には両方のプロットが絡んだり混在したりしてるものが多いなと気づいたのです。(つづく)
続きの記事
②両者を併せもつ傑作群

というか、もうすでになってるんですけどね。こないだ書いた短編映画の監督たる友人にも「また書いたら」と言われたし、他の人たちからも「書くべきだ」と発破をかけられたし。
というわけで、いろいろ考えてはいるんですが、どうにもうまい具合に形になってくれない。ところがゆうべ寝る前に、専門学校時代の恩師の言葉を思い出しまして。
それが、「過剰プロット」と「喪失プロット」という考え方です。
前者は、普段ないもの、それまでなかったものが存在するために物語を駆動するもの。
パニック映画はすべてこれですよね。
『ジョーズ』の鮫、『ジュラシック・パーク』の恐竜、『ゴジラ』のゴジラはすべて「過剰物」として物語を発動させます。
『ドラえもん』も過剰プロットかと。

ドラえもん自体が過剰物だし、彼が出す道具はすべて過剰物として物語を駆動しますから。
ヒッチコックの数あるサスペンスの傑作群も過剰プロットが多いですね。パニック映画の『鳥』はもちろん、『めまい』はそれまでのジェームズ・スチュワートの生活にはいなかったキム・ノヴァクという過剰物の出現で物語が幕を開けますし、『疑惑の影』ではチャーリーという主人公と同じ名前をもつ殺人鬼の叔父さんが過剰物です。
『北北西に進路を取れ』も過剰プロットなのでしょうか。

主人公が「ジョージ・カプラン」という名前の架空のスパイに間違われることが物語を起動させますが、このジョージ・カプランという存在が過剰物? 本当はいないのに?
いや、これこそあの有名な「マクガフィン」というものの正体なのでしょう。明らかに過剰物としてプロットを推し進める存在でありながらその実体は何もないという。
ところで、この人物も過剰物でしょうかね。

『ダーティハリー』の殺人鬼・蠍座の男。
彼の登場によって街は恐怖のどん底に叩きこまれ、主人公はじめ市警の多くの人間が大わらわの状態に追い込まれるのですから。『ジョーズ』の鮫と原理は同じですね。
ただ、ここでふと思うのです。
蠍座の男はもともとあの街に住んでるんですよね?
例えば、悪漢であろうと正義漢であろうと、よそから誰かがやってきて物語が起動するならそれはまぎれもない過剰プロットです。『ペイルライダー』とか『シェーン』とか『真昼の決闘』とか。
でも蠍座の男はもともとこの町にいながらにして突如狂人という過剰物に変貌する。彼が狂人になった理由は映画内では少しも説明されません。(ベトナム帰還兵だという解説を読んだことがありますが、映画の中でそんな描写があったでしょうか?)
もしかすると、過剰プロットの場合、鮫やエイリアンや『ディープ・インパクト』の隕石みたいに、過剰物が出現した「理由」「背景」「動機」などないほうが面白くなるんじゃないか。
ゴジラは水爆実験がもとで眠りから覚めるのですが、あれって東西冷戦というさまざまな政治的思惑が折り重なった、一人や二人の人間の力ではどうすることもできない歴史の産物。
だから、理由や背景は一切ない。あるいは、あったとしても人間(主人公)の力ではどうすることもできないもの。ハリウッド・メソッドでいうところの「ハイ・コンセプト」って、もしかしたらそういうことなのかも、と思い至りました。
逆に、喪失プロットは、いままで存在していたものが突如消えることで物語が駆動されるものを言います。
復讐ものなんかはすべて喪失プロットですが、喪失物もまた過剰物と同じく「理由」「背景」「動機」などないほうがいいのでしょうか? それが「ハイ・コンセプト」なのでしょうか?
喪失プロットをもつ映画を思いつくままに列挙すると、
『裏窓』
『バルカン超特急』
『ひまわり』
『顔のない眼』
『波止場』
『人魚伝説』
『フランティック』
『ツイン・ピークス』
どれもこれも、殺人、誘拐、失踪、戦争、事故、など、個人の力ではどうしようもないことがきっかけですね。
いますぐには思いつきませんが、何の理由もない失踪や蒸発が物語を起動させる映画が過去にいろいろあったはず。
『野良犬』も喪失プロットですが、拳銃を盗んだ犯人にいろんな事情があるのが物語の力を弱くしている気がします。
というか、過剰プロットをもつ映画は多いですが、喪失プロットをもつ映画ってそんなに多くないんですね。過剰プロットのほうが思いつきやすいのでしょうか。
ただ、ここでふと思うのです。

『ツイン・ピークス』なんかは、ローラ・パーマーが殺されたところから始まる物語ですから明らかな喪失プロットですが、そのことが主人公デイル・クーパー捜査官という過剰物を呼び寄せます。だから、『ツイン・ピークス』は喪失プロットであると同時に過剰プロットでもあるんですね。
そう考えると、私が好きな映画には両方のプロットが絡んだり混在したりしてるものが多いなと気づいたのです。(つづく)
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②両者を併せもつ傑作群


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