うーん、明らかに書く力が落ちています。
友人から頼まれた短編映画の脚本ですが、やっと直しの注文が来まして、先々週の土曜日からエンヤ~コラッと直したんですが、えらい誤解を招いてしまったんですね。
確かに読み返してみると、誤解を招く書き方になっちゃってる。自分の頭の中にはいろいろ背景を考えたり、ノートを見返しても各人物の胸の内とか描かれているのに、それが実際の脚本の描写として反映されていないのです。
これはもう書く力が落ちたとしか考えられません。ノートにはいろいろ考えた痕があるのに実際の原稿にはその痕がないというのは、これはもう書く力というか「描写力」の問題でしょう。
こう描きたいという狙いが実現できないばかりに、人物描写まで歪んでしまったようで、「この登場人物がどういう性格かわからない」とまで言われてしまう始末。
何だかいやになりましたね。こんなにも書く力が落ちているのか、と。
しかも書く力だけじゃなくて、冷静に考えてみると全体を見通す構想力まで落ちてるようでして。はい。
先日書いたように、『牙と爪』というタイトルの殺し屋が主人公の物語なんですけど、生まれて初めて書いた脚本も殺し屋が主人公のものでして、どうも「殺し屋」という存在が大好きらしい。
そこも忘れてましたね。友人からの注文に沿うように考えているうちに、そういう初心すら忘れてしまっていました。
「脚本を書くうえで最も難しいことは、自分が何を書こうとしているか把握することだ」
とは、かの有名なシド・フィールド氏の名言ですが、まさに私はそういう落とし穴にはまってしまったようです。
頑張ります。

友人から頼まれた短編映画の脚本ですが、やっと直しの注文が来まして、先々週の土曜日からエンヤ~コラッと直したんですが、えらい誤解を招いてしまったんですね。
確かに読み返してみると、誤解を招く書き方になっちゃってる。自分の頭の中にはいろいろ背景を考えたり、ノートを見返しても各人物の胸の内とか描かれているのに、それが実際の脚本の描写として反映されていないのです。
これはもう書く力が落ちたとしか考えられません。ノートにはいろいろ考えた痕があるのに実際の原稿にはその痕がないというのは、これはもう書く力というか「描写力」の問題でしょう。
こう描きたいという狙いが実現できないばかりに、人物描写まで歪んでしまったようで、「この登場人物がどういう性格かわからない」とまで言われてしまう始末。
何だかいやになりましたね。こんなにも書く力が落ちているのか、と。
しかも書く力だけじゃなくて、冷静に考えてみると全体を見通す構想力まで落ちてるようでして。はい。
先日書いたように、『牙と爪』というタイトルの殺し屋が主人公の物語なんですけど、生まれて初めて書いた脚本も殺し屋が主人公のものでして、どうも「殺し屋」という存在が大好きらしい。
そこも忘れてましたね。友人からの注文に沿うように考えているうちに、そういう初心すら忘れてしまっていました。
「脚本を書くうえで最も難しいことは、自分が何を書こうとしているか把握することだ」
とは、かの有名なシド・フィールド氏の名言ですが、まさに私はそういう落とし穴にはまってしまったようです。
頑張ります。


コメント
コメント一覧 (4)
致命的な駄作といえば、ちょうど20年前の『目撃』と『真夜中のサバナ』あたりは危なかったですね。
どうなることかと思っていたら、そのあとが『トゥルークライム』『スペース・カウボーイ』『ブラッド・ワーク』『ミスティック・リバー』『ミリオンダラー・ベイビー』とやたらな傑作が続いたのでもう誰も憶えてないみたいですが。(笑)
<映画作りは肉体労働なので
そうですよね、特に野外ロケが多い作品は役者もスタッフも長時間外での活動を余儀なくされますしましてや七人の侍の時代だと何かと不便も多く負担は大きそうです。そしてそう考えると現役だと山田洋次監督も相当タフなお方ですよね。
<私にとってもスーパースターですが、あの人はやはり監督である前に俳優なので
私も同感です。やっぱり彼の映画は彼自身がスクリーンに映らないとなんだか物足りません。最後の出演作品が確か「人生の特等席」という作品だったと思いますがあの映画はなんというか可もなく不可もなくといったところでグラン・トリノと比較してしまうとこれまた物足りない作品といった感じだったかと。
あれはもう少し年を取らないとよさが分からないタイプの作品なのかもしれませんね。
とはいえイーストウッドには致命的な駄作というものはありませんから安定して無難な作品を作り続けているというのはやはり凄いことだと思います。
私も『八月の狂詩曲』はつまらなかったです。
経験を積めば面白いものが作れるとはかぎらないところが創作の厳しさですね。何といっても「才能」がものをいいますから。
『七人の侍』が黒澤さんのキャリアの前半の作品だというと驚く人が多いですね。でも、あれだけ長丁場の力強い映画を撮ろうと思ったらまず何よりも体力が必要だと思うんですよね。小説を書くのとは違って映画作りは肉体労働なので。
イーストウッドはどうなんでしょう。
去年の『ハドソン川の奇跡』は久しぶりに面白かったですが、『グラン・トリノ』で終わった人だと思ってたのでうれしい誤算でした。ただ『ハドソン川の奇跡』も昔の傑作に比べるとだいぶ劣る気がします。
私にとってもスーパースターですが、あの人はやはり監督である前に俳優なので、俳優という土台を失ってからの映画はだいぶ見劣りする気がしますね。
こういうのって意外ですよね、根本的に肉体勝負のサッカー選手なんかと違ってむしろ脚本なんて色々と人生経験を積んだ中年期以降のほうが深みのある話を書けるんじゃないかと思うものですが、第一線級のプロでもある程度の年齢以上になると作る作品からキレが無くなって行きますよね。以前私は黒澤明監督の八月の狂詩曲という映画を見たのですが感想は「えっ?これが黒澤明監督作品なの!?」といった感じ……調べてみるとこの映画黒澤作品の中でも相当に評判が悪いようですね。大体リチャード・ギアに原爆投下の謝罪をさせて一体何になるというんですか?彼は第二次大戦後に生まれたアメリカ政府の人間というわけでもない原爆投下とは当然無縁の一俳優なんですよ?あんなの被爆者も喜ばない表現だと思いますがね。
実はブレッソンさんがあの映画好きなんて言われたらちょっと申し訳ないですが私としてはどうもあのへんが引っかかってしまいました。反戦反核にしてももっといい表現があるはずだったとね。
話を戻します、まあトップクリエイターでも境を超えるとキレがなくなるという話でしたがこの法則にあてはまらないのがイーストウッドですよね、約30年以上の昔のダーティーハリー5のころ既に白髪混じりだったあの人がこの2010年代に未だに映画を撮り続けていてなおかつ高評価を得ているという奇跡!まさに生きる伝説です、私的にはアメリカ映画史上最大のスターだと思います。
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