今日はサービスデー。ということで、話題のドキュメンタリー『ヒッチコック/トリュフォー』を見てきました。

見ている間はとても楽しんだのですが、終わってみるとどうにも煮え切らない思いが湧き出してきました。


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『ヒッチコック/トリュフォー』といえば、『映画術』という大著のサブタイトルです。ヒッチコック映画に心酔してやまないフランソワ・トリュフォーが憧れの御大にインタビューして映画作りの秘訣を聞き出した本です。

この映画はその本というか、本のもとになったインタビュー音声をもとに構成されています。

ほとんどは『映画術』に書いてあることばかりなので、映画代の3倍のお金を払って『映画術』を買って読んだほうが映画監督志望者にとってはよっぽど有益なんじゃないだろうかとも思いましたが、問題はもっと他のところにありました。


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マーティン・スコセッシ
デビッド・フィンチャー
ウェス・アンダーソン
オリヴィエ・アサイヤス
黒沢清
ピーター・ボクダノヴィッチ
ポール・シュレイダー

などなど、現代映画の最先端を走る監督たちにもヒッチコック映画の真髄をインタビュー形式で聞き出してるんですが、これがこの映画の唯一にして最大の欠点だと思います。

監督に話を聞くなと言っているのではありません。監督だけに話を聞いているのがよくないと思うんです。

『サイコ』のブルーレイの特典映像では、脚本家ジョゼフ・ステファノのインタビューがあって、「ヒッチコックとは絵コンテを書くようにしてワンショットごとに脚本を書いていった」みたいな証言がありました。他にも、よく憶えてませんがヒッチコックから何か言われて激怒したみたいな証言も。 

例えば、ロバート・タウン、デビッド・コープ、スティーブン・ザイリアン、ブライアン・ヘルゲランド、トニー・ギルロイ、ケネス・ロナーガンなどなど現代映画を代表する脚本家たちに、

「ヒッチコックから脚本を依頼されたらどう思うか」
「ジョゼフ・ステファノと同じようなことをもしヒッチコックから言われたらどう思うか」
「『めまい』や『サイコ』をリメイクするとしたらどういうふうに脚色するか」

という質問をして面白い答えを引き出すのも一興だったでしょう。

この映画自身が言っているように「ヒッチコックは視覚的に考えていた」のだから、登場人物の心理に沿って書くのが得意な脚本家に「あなたの脚本の書き方は間違っているのではないか」と意地悪な質問を投げかけるのも一興だったかもしれません。

また、『映画術』で語られる有名な逸話、「俳優は家畜のように扱うべきだ」という発言に関して、いろんな俳優にどう思うか聞いてみるのも面白かったと思います。

『汚名』の長いキスシーンを演じてくれと依頼されたらどう思うか、とか。
ヒッチコックから糞みそに言われたモンゴメリー・クリフトやポール・ニューマンたちの気持ちがわかるかどうか、とか。
ヒッチコックはアクターズスタジオ風のメソッド演技など映画には不要だと言ったが、それについてどう思うか、とか。

あと、この映画では一切触れてませんでしたが、デビッド・O・セルズニックとの関係。

ヒッチコックは、『レベッカ』が最終編集権をもったセルズニックによって自分の思った通りの映画にできなかったことを教訓に、次の映画から自分の思い通りにしか編集できないような撮り方をしたと語っていました。

フランク・マーシャル、キャスリーン・ケネディ、ジェリー・ブラッカイマー、ブライアン・グレイザーといったハリウッドの超大物プロデューサーたちに、

「そういう撮り方をする監督をどう思うか」
「仮にその映画が大ヒットしてもいやか」

など本音を引き出すインタビューを敢行するのも一興だったでしょう。

あのプロデューサーはこう言っている、あの俳優はヒッチコックのような監督はいやだと言っている、と、くだんの監督たちにぶつけて、彼らの反応を映し出すのも一興だったでしょう。

そうすれば、トリュフォーの単独インタビューが時を超えて映画史全体を照らし出したかもしれませんし、これからの未来の映画史を作りえたかもしれません(ヒッチコックが好き/嫌いということで意見の一致を見た人たちの出会いを促すという意味で)。

ヒッチコック嫌いといえば、タランティーノは「ヒッチコック好きは無能な映画ファン」と公言していました。彼になぜインタビューしなかったんでしょう? 

とにかくこの映画は監督たちだけにインタビューしてるのがはっきりよくないし、無批判にヒッチコックを礼賛する内容にしかなっていません。

ヒッチコックを映画史のメインストリームに担ぎ出すために使われた「作家主義」という考え方の末路がこれとは、あまりにも悲しすぎるではありませんか。


定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー
フランソワ トリュフォー
晶文社
1990-12-01


 
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