『海街diary』(2015、日本)
脚本・監督:是枝裕和
出演:綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず


930f3821b2bff3ed

いい映画でした。正直申しまして、是枝監督の映画って苦手な場合が多いので寝ちゃうんじゃないかと思いましたが、素晴らしかったですね。

女にだらしない父親をもった四姉妹が、父親が「ダメだけどやさしい人」だったのか、それとも「やさしいけどダメな人」だったのか、どちらだったのか考え、結論に至る物語なんですが、女優がみな素晴らしい。もともといい女優さんたちなんですけど、是枝監督の演技指導がいいのか、それぞれこれまでのキャリア最高といえる芝居を見せてくれます。(それにつけても広瀬すずのサッカーのうまさよ)

しかし、そういうことは私にとってはどうでもいいことです。この映画の素晴らしさについて語るくらいなら、四の五の言わずにもう一度見ればよろしい。私がこだわりたいのはもっと別の細部なのです。

後半の中盤くらいでしょうか、綾瀬はるかが母親役の風吹ジュンと家の近くの墓地まで一緒に歩いていく場面があります。雨が降っていて傘を差していくのですが、ここで綾瀬はるかはビニール傘を差すんですね。このビニール傘に私は徹底的にこだわりたい。

「雨が降るから傘を差すのではない。傘を撮りたいから雨を降らせるのだ」

とは蓮實重彦の名言ですが、この場面での雨は見事です。というか、人工的に降らせてるというより実際に降ってるときに撮ったんじゃないでしょうか。いい感じに降ってるけれど、あそこまで小さな雨粒は人工的に作ることは不可能ではないかと。
だから、是枝監督が「傘を撮りたいから雨を降らせた」のではないとは思います。

しかし、ここでなぜ主役の綾瀬はるかは安物のビニール傘を差すのでしょうか。
(↓こういうコンビニなんかで売ってるやつです)
49f67ae6
風吹ジュンはきれいな水色の折り畳み傘を差します。彼女は母親とはいえ同居しているわけではないので、雨模様だからと鞄に入れておいた傘なのでしょう。よそ行きのきれいな傘です。対して綾瀬はるかはその家の住人だから、しかも一緒に行く相手が母親という身近な人だから、さらに目的地がすぐ近くだから安物のビニール傘を選んだ、という物語的必然としては理解できるのですが、作り手である是枝監督がなぜあの場面で綾瀬はるかにビニール傘をもたせたのか、私は理解できかねるのです。

蓮實の傘についての至言は、ヒッチコックの名作『海外特派員』を指して言われたものでした。


IMG_4867%20-%20コピー

『海外特派員』の有名な傘の場面。
ここで、ヒッチコックはまさに傘を撮るために雨を降らせているのですが、見事なまでにすべて真っ黒な傘です。モノクロだから全部黒に見えるだけかもしれませんが、現場でどういう色かは問題ではなかったはずです。観客の目に「すべて真っ黒な傘」に見える必要があった。白い傘や柄物や薄い黒は一切なく、すべて等しく真っ黒に映る傘である必要があった。

物語的には、この場面では老若男女いろんな人がいるはずだから白い傘や柄物などいろんな傘があっていいはずです。しかし究極の審美主義者ヒッチコックはそれを許さなかった。リアリズムなどくそくらえ! すべて真っ黒な傘が蠢くほうがよっぽど美しいではないか、と。

『海街diary』では、そういう審美性がないのですね。ないからダメだと言っているのではないのです。いまという時代は、ヒッチコック全盛の時代なら嗤われたであろう「くそリアリズム」の時代なのだと痛感するだけなのです。

ヒッチコック全盛期とは映画全盛期のことです。あの頃なら、主役の役者に安物のビニール傘などもたせなかったでしょう。あそこで高価な傘をもっていくのはちょっと不自然ですが、ただ、周りの景色や綾瀬はるかの美しさと、安物のビニール傘はどうしても釣り合わないのです。だからごく普通の美の基準から考えて、かつての映画界なら主役にあんな傘はもたせなかったでしょう。

でも、是枝監督はもたせたのですね。それは、上述したように、綾瀬はるかが演じる女性の「内面」を考えた場合、あの傘が「自然」であろうという考え方だったのでしょう。

昔なら、外面からくる「不自然だけど美しい」を選んだはずが、いまは、内面からくる「美しくないけど自然」を選ぶ時代なのだなと、クラシック映画が大好きな私はため息をつかざるをえない。

それは裏返せば、「美しいけど不自然」を嫌う風潮でもあるのかなとも思います。

「不自然だけど美しい」か「美しいけど不自然」かの間で揺れるこの映画が、「やさしいけどダメな父親」か「ダメだけどやさしい父親」かをめぐる物語を語っていることを考えると、複雑だけれど何だか楽しくなってくるのも、また事実なのでした。



海街diary
綾瀬はるか
2015-12-16



このエントリーをはてなブックマークに追加