『怪奇大作戦』考察シリーズ第4弾は第16話でシリーズ屈指の名作と言われる「かまいたち」です。(以下ネタバレあります。ご注意を)


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夜道を歩いている女が、尾行してくる男の影におびえて早足で歩きだす。橋の上まで来たとき、何が起こったのか、女の体はバラバラに切断されてしまう。

捜査の結果、刃物で切られたわけではないということまでわかっているのに、刑事の小林昭二は「痴情のもつれ」による殺人だと言い張る。「どこか別のところで殺して切断して橋の上に運んだんだよ」。

殺された女に恋人が10人もいたという事実から小林昭二だけでなく警察全体が痴情のもつれと思いこんでいる。「10人もいたらそりゃバラバラにもされるよ」と、いまでは絶対に許されないであろうセリフまで飛び出します。(私はこういうの嫌いじゃないですけどね)

SRIの調査では、犯人は現場、つまり橋の上の付近にいたことが判明します。どこか別のところで殺して運んだわけではない。

そのとき岸田森は、トラックの中から現場検証の様子を見ていた若い男を目撃します。このとき岸田森は直感します。「犯人はあいつだ」と。

この「かまいたち」が『怪奇大作戦』の中でも異色なのは、「科学」に重きを置いていない、というところにあります。いや、「科学を超えたもの」を扱っている。

SRIはSience Research Instituteの頭文字をとったもので直訳すれば「科学研究学会」、劇中では「科学捜査研究所」とされていますが、そのSRIが科学を超えたもの、決して科学では証明できないものに取り組むのがこの「かまいたち」の特色です。

確かに、殺人のトリックは科学的に明かされます。

人間のまわりを瞬時に真空状態にして、まるでかまいたちに切られたかのように一人の人間を一瞬でバラバラにしてしまう。しかし、人間のまわりをどうやって真空にするかという具体的な、つまり科学的な方法については完全に無視されています。ただ、そういうことは可能である、ということしか示してくれません。

では何がメインになるのか。

岸田森の「第六感」です。少しも科学的じゃない「勘」がメインテーマ。よく「刑事の勘」とか言いますが、刑事たちは被害者の身元を洗って事実関係から「痴情のもつれ」と判断するのに、岸田森やおそらく彼に好きなようにさせている所長も、彼らの本分ではない「第六感」をもとに捜査しています。

何しろ、犯人には動機らしきものがない。あるんでしょうけど誰にもわからない。

「動機なき殺人」という言葉が人口に膾炙して久しいですが、私が生まれる前からこういう恐怖は日本人みなが共有していたんですね。


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これはその動機なき殺人を犯した「ごく普通のおとなしい若者」の瞳です。

この茫洋とした目は、そういう事件を犯したと知って見るとそう見えるし、何も考えていない目だと聞いてみればそう見える。

クレショフ効果というやつですね。

岸田森は彼が働く工場の社長からどういう男か聞きます。「真面目でおとなしく、いつも何かにおどおどしてるような奴ですよ」という答えに、岸田森はますます「奴が犯人だ」と確信する。

後輩の松山省二はなぜ岸田森があんなごく普通の男を怪しむのか少しも理解できない。でも岸田森は、ごく普通の男だからこそ逆に怪しいと思う。なぜそう思うのかは、おそらく岸田森本人にすらわかっていない。

かまいたちは本当にある現象ですが、昔の人はいきなり頬がぱっくり割れたりするので、イタチのしわざだと固く信じていた。かまいたちがどういう現象か科学的に説明できるSRIの面々はそれを笑いますが、しかし、岸田森が囚われている「怪しくないからこそ怪しい」という逆説だってかまいたちみたいなものでしょう。科学的に説明できないのだから。

この若者自身もなぜ自分が人間をバラバラにする犯行に及んだのかまったく説明できないでしょう。説明できないからこそ彼は真犯人なのです。

わからないがゆえにわかる。わかるがゆえにわからない。

人間心理の本質を衝いた大傑作ですね。犯人を演じた俳優のキャスティングも素晴らしいの一語!


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