2020年09月22日

いきなりですが、この絵、何だかわかりますか?

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これ、自画像なんです。

ええええ、自画像⁉⁉

自画像っていったら……


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ゴッホのこんなのとかじゃないの?


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ピカソの自画像ですらこんな普通な絵なのに、おまえの自画像はほとんど抽象画じゃないか!

というお叱りの声が聞こえてきそうですが、さにあらず。

実は私の頭は知っている人は知っているでしょうが、実はこんな感じでして。


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この頭頂部だけを超拡大して絵にしたものが、、、

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この絵なわけです。仕事でも使っている私のトレードマークです。はい。

世の中には失礼な人がいるもので、私の頭のことを「ひよこみたい」なんて評する輩もいるんですよね。ま、言い得て妙ではありますが。


自分で散髪

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私はこのようなバリカンを使って自分で散髪しているのですが、これを言うと「ええええ、どうやって自分でやるんですか? 後ろなんか絶対無理じゃないですか」という人がいるんですが、案外簡単なんですよ。

まず、前は鏡を見ながら簡単にできますよね。で、一番難しいのが耳の生え際なんですが、ここも鏡を見ながらできます。

問題の後ろですが、とりあえず全体的に髪の毛はあるわけなので、適当に刈っていくわけです。バリカンは刈れるとジョリジョリと気持ちのいい音がするので、音がしなくなるまでまんべんなく刈っていきます。

もう音がしないな、と思ったら、指で後頭部を触ります。刈れてないと浮いているのですぐわかります。浮いているところをジョリ、また浮いているところをジョリ、とやればほぼできあがり。

いまはもう完全に慣れているのでこの時点でほぼ完成ですが、一応手鏡を使って合わせ鏡で後頭部をチェックし、もし刈れてないところがあれば、そこだけジョリ、ジョリとやればOK。ね、簡単でしょ。

刈り始めから終了まで約5分。ところが……!

もう15年は使っていたバリカンが先日、危ないことになったんです。まだ使おうと思えば使えるんでしょうけど、前回の散髪のとき、途中で動かなくなったんですよ。

え、マジ⁉ ここでやめたら虎刈りもいいところ。

運よく再始動してくれましたが、思えば1年ほど前からほんの1秒だけ止まる、というようなことが度々あり、かなり長いこと使っているので寿命かな、買い換えよう。

とヤマダ電機に行ったものの、いいやつはバカ高いし、安いものは銭失いになってしまいそうなものばかりで、帯に短したすきに長しだなぁ、と思って帰ってからアマゾンで検索したら結構よさげなものがほどよい値段で売られていたので購入。昨日届いたのです。で、早速使おうと思ったら……


まさかのUSBケーブル
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充電式なんですが、コードがUSBケーブルだったんですね。普通のプラグじゃなくて。え、どうしよう。これじゃ使えないじゃないか! とこの手の近代兵器に疎い私は思ったわけです。

が、考えてみれば、いまこの記事を書いているパソコンにはUSBケーブルで外付けハードディスクやマウスを接続しているわけで、パソコンを経由すればいいのでは? と試してみたら充電中を示すランプが点灯。うまくいきました。パチパチパチパチ。


失礼極まりない櫛
いままで5分かかっていた散髪時間が3分に短縮されるなど、新しいバリカンは使い勝手がよく、こんなことならもっと早く買い換えておけばよかったなぁとまで思うほどなんですが、ひとつだけ憤ることがあるのです。


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櫛がついているんですが、これがよけいなのです。

だって、バリカンを使う人間は丸坊主なわけで、櫛なんかいらんじゃないですか。失礼千万。気分を害した。

とはいえ、値段と使い勝手の良さを考えるとかなりコスパにすぐれており、いい買い物をしたと自分をほめてあげたい敬老の日の夕暮れでした。(どうでもいい日記を書いてしまった)








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2020年09月16日

BSプレミアム『アナザーストーリーズ』最新作「偽りの‟神の手” 旧石器ねつ造事件」を興味深く見ました。


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あれからもう20年ですか。光陰矢のごとし。

それはともかく、このスクープは当時かなりの反響を呼びました。

私は歴史では古代に一番関心があるんですが、古代の宗教とかそういう方面に関してであって、石器とか土器とかにはあんまり興味ないんですよね。

だから、番組内で「F」と呼ばれる‟神の手”の持ち主が次々に日本の旧石器時代史を更新しているという報道を見ても「ふうん」という感想しかなかったんです。

しかし、F氏が暗闇で石器らしきものを埋めているX線写真で一面が埋め尽くされたスクープ記事を見たときは「ええええ⁉」という感じでした。全部嘘だったとは。しかも、かなり昔から捏造していたらしく、当然のことながら「なぜ見ぬけなかったのか」という疑問が湧きます。

ただ、言うのは簡単でも行うは難し。私がF氏のそばにいた学者だったとして果たして見ぬけたかというとかなり疑問ですね。

だって番組でも触れてましたけど、「偉い学者が認めているんだから」と、もはや「科学」ではなく「信仰」の問題になっていたそうですから。

「神」は人間が生み出した最大のフィクションですが、神を信じているかどうか、という問題には「信じてない」と即答できる人でも、1万円札に1万円の価値があるかどうかと問えば、誰だって「ある」と即答するでしょう。

でも、それだって「信仰」なのです。1万円札に1万円の価値がある理由は、この日本列島で暮らす人々がみな一様に「この紙切れには1万円の価値がある」と思い込んでいるからです。

金本位制の時代は違いました。中央銀行へもっていけば時価1万相当の金(きん)と交換してもらえた。金という実体が価値を裏付けていました。が、金本位制でなくなったいま、何が価値を裏づけているか、それは「この紙切れには1万円の価値がある」という「幻想」にすぎません。(そのあたりのことは岩井克人という経済学者が書いた『貨幣論』という本に詳しく書いてあります)

「神」も「貨幣」も幻想です。集団妄想です。そしてF氏の「神の手」も同様だった。


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この記者が不正を暴いたんですが、門外漢だからこそ疑問を抱けたと言っていました。

王様は裸だと言った子どもとまったく同じですね。大人たちは裸を見ているのに「立派な服を着ている」という幻想に浸っていた。

そこに異議を唱えた人は偉い。

でも、こうも思うのです。

集団幻想に浸っていたほうが幸せだったかも、と。

そりゃ学問の世界のことだから真実を暴くことのほうが大切なのでしょうが、これが学問や科学以外のことだったら……?

「浮気するならばれないようにしてほしい」という女性は、つまるところ「まったく浮気していない亭主」という幻想に浸っているわけですよね? だから浮気した亭主よりばらした友人を逆恨みしたりする。

上述の1万円の話、何年も前に職場で言うと、「何かこのお札がつまらないものに思えてきた」と言った人がいました。

そもそも人間には何が事実で何が嘘かということが本当にはわかりません。どこまでが現実でどこからが幻想なのかもわかりません。

一期は夢よ、ただ狂え! とは誰の言葉だったか。











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2020年09月11日

『この町ではひとり』『きょうも厄日です』で大ファンになった山本さほさんの目下の代表作とされる『岡崎に捧ぐ』全5巻を読みました。


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面白エピソードの数々
①輝かしいマンガの裏には必ず隠れた名作がある。というのが山本さんと岡崎さんに共通する確信で、
読者投票の下位の作品に肩入れしてしまう。順位が上がっていると二人でガッツポーズ。

私なんか下位のマンガを完全にバカにしていたからなぁ。一流になれる人とはそういうところが違うのかな。


②中学は二人そろって剣道部(何と自己主張しない岡崎さんが山本さんを誘って入部)で、通称「山本を探せ」という遊びが流行った。剣道着を着たまま、いろんな部活の練習に参加し、迷惑がられるどころか馴染んでいたという。

私にはこのような野放図さがなかった。

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③優等生の森くんにとんでもない罰ゲームをさせてしまったこと。

森くんは「とても楽しかった」と喜ぶのだけど、やってはいけないことをやってしまったという後悔と自責の念にかられる山本さん。

似たような経験があるような気がするが思い出せない。


④イケてる女の子のグループに入れてもらって一時的に岡崎さんを裏切ってしまい、号泣して謝ったこと。

これは完全に同じような経験があるなぁ。といっても裏切った山本さんじゃなくて裏切られた岡崎さんと同じ経験。でも私は彼から謝られたりしなかった。その日を境にまったく喋らなくなってしまった。いま彼はどこで何をしているのか。そもそも生きているのか。もう永久にわからないのか。


⑤岡崎さんとのメール。まだネット黎明期だったからか、必ず電話で一報入れてからというのが面白い。しかもそのメールが「岡崎さんへ うんこ 山本より」だったりする。

子どもは本当にウンコとかオシッコガ大好き。私はいまでも好きだが。。。


⑥岡崎さんは常に眠い。人生に一度だけ朝起きて今日は眠くないと思った日があるとか。その日はいろんな人から「目が大きい」と言われたそう。

「人生で一度だけ眠くないと思った日がある」ってそんな人間がいるのか⁉ 爆笑。


⑦「わたし、山本さんの人生の脇役として生まれてきたんだと思う」

自分を主役だと思わない人間に初めて出会った山本さんの衝撃たるや。そしていま、自分自身を主役にしたマンガを描きながらも最終的に岡崎さんという無二の親友の素晴らしさが浮かび上がる、つまり、主役でなかった人間が主役以上に大きい存在になる作品をものした。


⑧高校の同級生は話が合わないと、球技大会の日に別の高校に進学した岡崎さんを呼んで体操服を着せてドッジボールを応援させた。岡崎さん居心地悪い思いしてないだろうかとチラと見ると、めっちゃ馴染んでて驚愕。自分が3年かかってできなかったことを岡崎さんは10分で達成した。

私も高校ではクラスに一人も友だちがいなかったからよくわかる。

岡崎さんは悩まない。(母親が3か月行方不明でも平気)
岡崎さんは怒らない。(山本さんに何をされても平気。むしろうれしい)
岡崎さんは変わらない。(怒りっぽかった妹は大人への階段を上がっているのに)

岡崎さん、岡崎さん、岡崎さん。


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最初は岡崎さんのほうが山本さんを必要としていたのに、いつの間にか山本さんにとって一番大きな存在になっている。そして変わらない岡崎さんもいつしか結婚相手を見つけ、山本さんはどうしようもない寂寥感に襲われる。

わかる。わかるぞ、その気持ち。


山本さんの焦燥
私は岡崎さんとの友情やバカ話も好きだけど、それ以上に山本さん個人の人生に対する焦燥感のほうに興味をもちました。

やはりこの『岡崎に捧ぐ』の20年間の一部を切り取った『この町ではひとり』を先に読んだのが大きいのかもしれない。

高校では周りの学力が低く、授業なんか聴かなくても高得点が獲れた。それで学校をさぼる癖がついたが、それを知ったお母さんが叱るよりも涙をぽろぽろこぼして泣き、何という親不孝者かと自らを責めた。それでもさぼり癖は治らなかった。

私も高校では登校拒否をしていましたからね。しかし、うちの親は私の心配よりも、息子が学校へ行っていないことを恥じる気持ちしかなかった。つまり「世間体」というやつ。私が世間体とやらを一切考えない人間になったのはこのときの経験が非常に大きかったと思っている。

だって、中学校くらいまでは、雨が降ってないのに傘をもっていったら笑われるだろうか、とか、周りの目をものすごく気にするごく普通の子だったんですよ。それがいまは周りの目なるものなど存在しないかのように生きている。おそらく私は全身全霊で両親を否定するために生きているのです。


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「一度何かから逃げたら、一生逃げ続けないといけないんだな」

美大受験を決めるもゲームばかりして不合格。そして関西へ逃げ、「この町ではひとり」状態となる。実家に逃げ、ニート状態を許してくれる母親に甘え、そして「このままでいいのか」という焦燥感にかられる。

私も同じような人生を歩んできたからよくわかる。

大学受験をやめた、そんな世界とは縁を切った、と言っているけれど、逃げたのかもしれない。
脚本家を目指すために撮影所を辞めた、と言っているけれど、逃げたのかもしれない。
シナリオからも逃げて、いまは小説を書いている。

逃げ続ける人生。でも一周回って何かに出逢うかもしれない。いまだに何にも出逢っていないが。


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