2015年08月08日

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今日の「週刊リテラシー」の半蔵門世論調査は、自民党のある議員が、SEALDsの人たちを指して「戦争に行きたくないなどと利己的なことを言っている」とツイッターでつぶやいた件について、「あなたは『戦争に行きたくない』は利己的と思いますか?」というものだった。

うーん、何かおかしいんですよね。

番組内で「利己的じゃない」「いや、利己的だ」と議論が交わされてましたが、利己的=悪という図式でこの問題をとらえていることがそもそもおかしいのではないかと。

前提となっている「利己的=悪」という図式が果たして本当にいかなる場合でも正しいのか、という検証がなされていないと思いました。

私は、戦争に行きたくないというのは、死にたくない、殺したくない、ということだから利己的なことだと思います。しかし、それは「良い利己主義」なんじゃないんですかね?

「100%悪い人間もいなければ100%良い人間もいない」という方程式に則れば、利己主義というものも100%悪じゃないんじゃないの?と。

だって、戦争に行きたくないが悪い利己主義なら、その対極にあるのは、お国のために戦争に行く利他主義ということになりますが、それって良くないことなんじゃないかな。お国のために死ぬことを唯一の美徳として勝ち目のない戦争に突っ走ったことを忘れてはなりますまい。

だから、今日の半蔵門世論調査では、

「戦争に行きたくないは悪いことだと思いますか?」

と質問するべきだったと思います。
私は少しも悪いことだとは思いません。良いと思う人だけが戦場に行けばいいんだと。





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2015年08月04日

前回の記事
自主映画エピソードが素晴らしすぎる!

に続く、京都アニメーション制作の『氷菓』の感想です。(以下ネタバレあります)

自主映画エピソードの次は文化祭での連続窃盗犯の謎解きでしたが、これはあまり面白くなかったです。やっぱり最後のセリフで全部の謎ときをしてしまうというのは、まるでかつての火サスみたいでゲンナリしました。

しかし、それに続く、一話完結の「心当たりのある者は」が素晴らしかった! 


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あのハリイ・ケメルマンの名作短編『9マイルは遠すぎる』への挑戦ですね。はたして超えることはできたのでしょうか。

「9マイルもの道を歩くのは容易じゃない。ましてや雨の中となるとなおさらだ」

という言葉だけから、推論に推論を重ねてその前夜に起こった殺人事件の謎を解いてしまうのが『9マイルは遠すぎる』でした。

『氷菓』の「心当たりのある者は」では、

「10月31日、駅前の巧文堂で買い物をした心当たりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい」

という校内放送から推論を重ねていきます。

まず、巧文堂とは何か。高齢の夫婦が営んでいる小さな文房具屋である。
柴崎とは誰か。教頭である。
いまはいつか。放課後である。
放課後ならすでに帰ってる可能性もあるのになぜ明朝ではなく、いま校内放送で呼び出すのか。急いでいるからである。
なぜ生徒指導室ではなく職員室なのか。なぜ教頭が呼ぶのか。大きな問題だから。管理職の者しか知らされていない問題だから。

というわけで、ここまでで、呼ばれている生徒Xは何らかの「犯罪」に関わっているとの推論に辿り着きます。

ここまでなら誰でも思い浮かぶでしょうが、秀逸なのはここからですね。『9マイル』ばりの推論です。

文房具店での犯罪。万引きか? しかし、それなら「買い物をした心当たりのある者は…」などという呼び方をすれば、「まだ犯人の目星はついてないらしい」と生徒Xはほくそ笑むに違いない。

もし警察が生徒Xの顔など外見を知っていれば「買い物をした心当たりのある者は…」などという呼び方はしないはず。ならば警察は生徒Xがどういう外見かという情報をもっていない。

情報はもっていないが、警察はすでに学校に来ているものと思われる。なぜなら今日が11月1日だから。つまり10月31日とは昨日。ならばなぜ「昨日」と言わずに「10月31日」と言ったのか。「10月31日」と書かれたメモをそのまま読み上げたからである。警察が来てそのメモを渡し、放課後にもかかわらず、まだ生徒Xが下校してないという可能性に賭けて慌てて校内放送をしたと思われる。

推論はついに佳境を迎えます。

生徒Xの外見などの情報は知られていない。しかし、うちの学校の生徒が関与していると警察が知っているのはなぜか。生徒Xが文房具店に謝罪の手紙を書いたに違いない。

しかし万引きくらいで謝罪するだろうか。いや、謝罪するかもしれないが、警察がそこまで急いでいるのはもっと大きな犯罪ゆえのはず。

偽札だ!

生徒Xは偽札を使ったのだ。謝罪の手紙を書いたということは、最初から偽札と知っていて使ったはずであり、最初から偽札と知っていながら警察に届けなかったのは、恐い先輩に貸した金を返してもらったがそれが偽札だった。「これ偽札じゃないですか」とは言えなくて、高齢の夫婦が営んでいる文房具店でなら使ってもいいんじゃないかと魔が差した。しかし良心の呵責に耐えかねて…

というのが主人公・奉太郎の結論。で、これが大当たり、というのが結末です。

偽札だ! というところがちょっと突飛というか、推論というより思いつきで、その思いつきを推論で補強するというのでは『9マイル』のほうが上かな、と思いましたが、『9マイル」では探偵役の男が「ほんの些細な言葉からいろんなことを推論できる」と意気込んで推論を始めるのに対し、奉太郎は「推論なんて当たらない。俺は運がいいだけで、いままでの推理が当たってたのは偶然にすぎない」というと、同じ古典部所属で不思議天然少女の千反田える(チタンダ・エル)は「偶然じゃない」と言い張り、奉太郎は自分は真実を当てることができないと賭けて推論を重ねるわけです。

ここが『9マイル』とは違うところ。しかも、推論に熱が入ってしまった二人は、「いったい何で俺たちはこんなに熱っぽく語り合っていたんだろう」と夕焼けのなか二人で帰ります。このへんは『9マイル』より面白いですね。というか、あえて逆を行こうとしたんでしょうが。


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これはあくまでも奉太郎の幻想。「二人乗りでもいいですよ」と千反田は言うのに、「ありえない」と別々に帰ってしまう。うーん、今回はこの二人しか出てこないから何か進展があるかと思ったのに。







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