2015年07月24日

昨日のニュースですが、吉野家が6年ぶりに新卒採用を復活させるとか。
中国をはじめ東南アジアなど海外への進出を強化するためにはアルバイトを社員に登用するだけでは将来の幹部を育成できない、との判断をしたようです。

その判断の是非は私にはよくわかりませんが、新卒採用を復活させるということは業績がよくなってきたということで、すき家や松屋、なか卯などより吉野家を好む私にはとてもうれしいニュースです。


img_0_m

なぜ吉野家が好きなのか。

それは、中国人留学生を積極的に雇用しているからなんですよね。

私は別に特別中国贔屓の人間ではありませんが、やはり日本人としてこの国の歴史と学ぶと、中国というのはアメリカなんかよりよっぽど縁の深い国ですし、友人の奥さんが中国人というのもあるし、それに何よりここ最近の反中感情の盛り上がりにはとても悲しい思いがありますのでね。(地元のバイキング中華料理屋が店仕舞いしたと聞いて、これも悲しい出来事でした)

さて、吉野家が中国人留学生を積極的に雇用している理由はよく知りません。食べに行くとほとんどどの店でも中国人の店員がいるので積極的に雇用しているとしか思えません。

10年ぐらい前に中国で反日デモが起こったとき、日本では「中国はけしからん!」という論調が盛り上がり、餃子事件やらドラえもんの盗作事件とかその他さまざまな事件があるたびにメディアはこぞって「中国は信用できない」という言説を撒き散らしました。

そして一般大衆はそれに完全に乗せられてみんな「中国製の商品は買わない」と言うようになりました。それならまだしも、「中国人は嫌い」と差別発言を平気でしても誰にも咎められないどころか逆に「そうそう、俺も、私も!」と同調する者しかいなくなってしまいました。

そのような時代の流れのなか、吉野家は中国人留学生を積極的に雇用し続けています。

これはすごいことだと思います。

もうずっと前から吉野家って客足が減ってるんですよ。牛肉の輸入停止とか値上げとか他の原因もあったりしますが、私自身の実感として一番客足が遠のいたと思ったのは、牛肉輸入停止の1年前、いまから10年前の中国での反日デモ発生のときです。そして、その頃は中国人の店員が多い店ほど客が少なかった。大阪のど真ん中で昼飯時にガラガラなんて普通ありえません。

確かに、海外の支店数を見てみると中国がダントツで多く、中国人積極雇用の裏には、中国支社で将来幹部になる人材をいまのうちに青田買いしておこうという思惑もあるのでしょう。

しかしながら、凡百の会社ならもう10年も前から客足が遠のいていれば少しぐらい中国人の雇用を減らすでしょう。吉野家はそれをしなかった。いつかは減らすんじゃないかと思っていたら、新卒採用復活までついにしなかった。

素晴らしい! 掛け値なしで素晴らしい企業だと思います。

それに、吉野家や中国人にかぎらず留学生の店員さんは日本人よりいいですよ。生活が懸かってるからとても真面目で誠実で愛想がいいし、マニュアルに囚われてないし。


マンガ・うんちく吉野家
室井 まさね
KADOKAWA/メディアファクトリー
2015-05-22





  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2015年07月22日

1977年製作のアメリカ・イギリス合作映画『カプリコン・1』。
脚本も書き、撮影もこなすことのある(今回はやってませんが)職人監督ピーター・ハイアムズの個性が出た、実にアメリカ映画らしいアメリカ映画です。(以下ネタバレあります)


c-1












allcinemaでは「初の有人火星探査船カプリコン1に打ち上げ直前トラブルが発生、3人の飛行士は国家的プロジェクトを失敗に終らせないため、無人のまま打ち上げられたロケットをよそに地上のスタジオで宇宙飛行の芝居を打つ事になる……」とあらすじが紹介されていますが、「3人の飛行士が芝居を打つ」んじゃなくて、国家の命令によって「芝居を打たされる」んですよね。小さいけれど大きな違い。

当然、国家の命令ですから逆らうことなど到底不可能。最初はしぶしぶ芝居を打ちますが、だんだんと反抗心が芽生えてきて脱走します。

ここまでは、陰謀を暴きかけたNASAの職員が消されたり、どうもおかしいと探り出した新聞記者が消されそうになったり、いかにもな陰謀サスペンスの展開なんですね。「陰謀顔」のハル・ホルブルックが黒幕でなければここまで盛り上がらなかったんじゃないかと思えるほど、ハルさんの顔が活きてますね。ここまでは本当に面白いんですよ。

が、後半は国家が差し向けた軍のヘリコプターとのアクションシークエンス満載のB級アクション映画へと変貌します。

kapurikon5














私は、この展開が何度見ても好きになれなかったんですよね。国家の陰謀が根底に流れている映画なのに、陰謀顔ハル・ホルブルックがほとんど出てこないというのは、やはりどう見てもつまらない。というか淋しい。「もっとハルさんを出して!」と思ったのは私だけではないはず。

オーラスがどうなるかは未見の方のために伏せておきますが、何とも陰謀映画には似つかわしくないほど爽やかな幕切れといいますか、すごく笑えるんですよね。あそこで笑えるかどうかでその人の笑いの価値観が測れると思います。笑わない人はたぶんまったく笑えないでしょう。笑えるからいいと言っているのではなく、あくまでも価値観の違いです。

だから、後半のヘリコプターと農薬散布機(テリー・サバラス特別出演!)とのチェイス・シーンは前半の陰謀サスペンスとラストの喜劇的結末を架橋するための「幕間」のような役目を果たしているのかな、と今回初めて思いました。

譬えるなら、ヒッチコックの『サイコ』で、主人公かと思われていたジャネット・リーが有名なシャワーシーンで殺されてアンソニー・パーキンスへと主人公の座が移りますが、その移行において、アンソニー・パーキンスがジャネット・リーの死体を始末する場面が異様に長く描かれます。あの場面を簡単に処理してしまったら「主人公の入れ替わり」という一大発明がスムーズになされなかったと思われます。あれだけの時間をかけてアンソニー・パーキンスだけを映し続けたからこそ観客は主人公ジャネット・リーの死を受け容れ、新主人公アンソニー・パーキンスの到来に何ら不自然を感じなかったのだと思います。

とするなら、この『カプリコン・1』においての、あの不必要なまでに長いと思われるヘリコプターのシーンも、陰謀サスペンスの結末としてはあまりに爽やかで笑えるラストシーンを観客に受け容れさせるためのものだったんじゃないか。陰謀顔のハルさんをほとんど登場させなかったのもそのためなんじゃないか。

この手の映画で、123分という上映時間はすごく長い。かつてのハリウッドなら95分がせいぜいでしょう。しかし、それを言うなら『サイコ』だって90分で語れる内容です。それが110分になってしまったのは、ひとえに主人公の入れ替わりを納得させるために必要な場面を入念に描いたからでは?(ジャネット・リーが殺される直前のアンソニー・パーキンスとの会話も異様に長かったし)

この『カプリコン・1』も、あのラストシーンを成立させるためにこの長さが必要だったのだと思われます。ヒッチコックはおそらくすべて計算ずくでしょうが、傑作と駄作の落差が激しいピーター・ハイアムズがどこまで自覚的だったかはわかりません。おそらくは偶然の産物……と言ってしまったら怒られますかね。


関連記事
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(『サイコ』を超える主人公の入れ替わり)







  • このエントリーをはてなブックマークに追加