2021年07月22日

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本来は去年5月に公開のはずがコロナのせいで延期に次ぐ延期でやっと公開日を迎えた『サイダーのように言葉が湧き上がる』。非常に美味でした。

色づかいもあっさり味を基調にして同時に鮮やかでしたが、私はやはり「神話的物語」に魅入られました。


書き言葉だけを信じる男、チェリー
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主人公のチェリーは、俳句をたしなむ17歳。もうすぐ引っ越しを控えている。

彼は、紙に書く、あるいはツイッターに入力する言葉の力だけを信じている。私には俳句の良し悪しはわからないが、チェリー君の作る俳句はだいたい好きであった。が、彼は書かれた俳句がすべてであり、それを朗々と声に出すことに何の意味があるのかとはっきり言う若者。そして他人から話しかけられるのを極度に恐れるあまり、音楽も何も流れていないヘッドホンで常に耳を覆っている。

だからチェリー君は「話し言葉」「声」つまりは「聴覚」に囚われている。


視覚に囚われる女、スマイル
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ヒロインのスマイルは、スマイルというのはもちろん本名ではなくハンドルネームで、自撮り動画をインスタみたいなSNSに上げて驚異の再生回数を稼いでいるネット上のアイドル。

彼女は、幼い頃は自分でも好きだった出っ歯がいやになり歯医者で矯正してもらうことになる。その矯正器の見栄えを極度に気にし、常にマスクを外せない。

スマイルは、自撮り動画という視覚に訴えるメディアの寵児であり、同時に自分の見た目を極度に嫌う。彼女は「見た目」つまり「視覚」に囚われている。


出逢ってすぐに二人はデキる
「聴覚」に囚われたチェリーと「視覚」に囚われたスマイル。彼らがどのように恋を紡いでいくのか。

と思ったら、すぐれた映画というのはやはり観客の予想にうっちゃりをかけてくる。

この二人は出逢ってすぐにもうデキているのである。なぜなら、俳句というのは情景を描写するものだから。


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「何か俳句作って」とねだるスマイルにチェリーは即興が苦手らしく慌てふためくのだが、そのとき二人の目の前に広がっていた情景をチェリーが詠む。

その句をスマイルが気に入った時点でこの二人は恋におちたのだが、思えば、このときチェリーは俳句を書いたのではなく、声に出して詠んだのだ。これがクライマックスで増幅されることになる。

二人はもう好き合っている。問題はチェリーがその気持ちをスマイルに伝えるかどうかだけ。そこに行き着くまでの迂回として選ばれた題材が「レコード探し」。聴覚に囚われたチェリーにふさわしい難関が設定される。


山桜かくしたその葉ぼくはすき
レコードを探しているのは、二人が出逢ったショッピングモールの中にあるデイサービスの利用者のお爺さん。ジャケットはあるが中身がないという。

ここでの二人の探し方がそれぞれの特徴が出ていて面白い。

チェリーはスマホでいろんな言葉で検索していく。書き言葉の力を信じているチェリーならでは。
スマイルはジャケットの端に写っている女の人の服装を画像検索して調べる。視覚の寵児スマイルならでは。

何だかんだの末に、そのショッピングモールはかつてレコードのプレス工場だったことが判明。お爺さんもいまは中古レコード屋を営んでいる。しかもその爺さんの死んだ奥さんが歌ったレコードだという。チェリーもスマイルも他の若者たちも総出で店のレコードのジャケットの中を探す。

探し出す鍵は「移動」。引っ越しを控えたチェリーは部屋の物を段ボールに入れて整理しており、ある夜、棚をすこし移動させると歳時記みたいなものが出てくる。そこには「山桜」のことが書いてある。「花(鼻)より先に葉(歯)が出る(先に咲く)」ということで出っ歯のことを山桜ということを知ったチェリーは、「山桜かくしたその葉ぼくはすき」という恋歌を作ってツイッターに上げる。当然、スマイルは読むけれど意味がわからない。

さて、「移動」とは何かというと、爺さんの店のレコードジャケットを全部見たけど探しているレコードが見つからなかった。そこでチェリーが自分の部屋と同じ要領で店の冷蔵庫を少し移動させると、壁との隙間に問題のレコードが挟まっていた! 引っ越しという「移動」が家具を「移動」させることを想起させ、それがレコード発見の鍵となる。この鍵はクライマックスで反復される。


クライマックス(叫ぶチェリー)
スマイルに引っ越すことを言ってなかったチェリーは謝るけれど、がっかりしたスマイルは「もうお別れね」と悲しい言葉をつぶやく。

夏祭りの日がチェリーの引っ越しの日で、くだんのレコードがかけられ、爺さんの亡き妻の恋歌が大音量でかかる。スマイルはSNSで恋歌に合わせて踊る人々の姿をチェリーに向かって流すが、チェリーはその動画を見るも、親の運転する車の後部座席で(移動している)あきらめかけている。ところが!

大音量で聴こえてくる歌の力と、悪友たちが路上に書いた「山桜かくしたその葉ぼくはすき」というチェリー自身の句を見て、矢も楯もたまらず夏祭り会場へ行く。移動するのだ。走るのだ。

古今東西、ラブストーリーのクライマックスで男が女を追いかけるシーンのある映画には名作が多い。『恋人たちの予感』『誰かがあなたを愛してる』などなど。


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チェリーは叫ぶ。山桜だけでなく、劇中で作った俳句を全部朗唱する。聴覚を信じていなかったチェリーがスマイルの耳に、耳というのはつまり「心」、スマイルの心に届くようにあらんかぎりの声で叫ぶ。

二人はすでにデキていたのだからお話はここでおしまい。

書いた言葉だけを信じ、語りを信じていなかった男がそれを改める。というただそれだけのお話だけれど、神話的な響きがあった。

他人からの声を恐れてヘッドホンで防御していたチェリー君だけれど、スマイルが動画を更新したとか、そういうスマホの通知音には敏感だったわけで、彼の心のどこかに「音」「声」への憧憬があったのでしょう。そこに本人が蓋をしていたけれど、運命の人(アニマ)が開けてくれる。

これぞ神話。私の大好きな神話。ささやかだけれど力強い物語でした。









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2021年07月21日

話題沸騰中の林真理子さんの新作『小説8050』を読んだんですが、あまりにあんまりな内容でげんなりしてしまいました。


少しも「8050問題」じゃない
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8050問題といえば、若い頃から引きこもっていた人が50代になり、親は80代で、50歳まで何もしてこなかった人間が稼げるはずもなく、親の年金や遺産を当てにするしかない。そこで、親の死体遺棄をして年金を不正受給したり、子どもを不憫に思う親による一家心中が起こると予想されているというか、すでに起こっている問題。2020年代末には「9060問題」というさらに事態が悪化した問題に変化するとかしないとか。

だから「父さんと死のう」と帯にあるこの『小説8050』を興味深く読み始めたんですが、少しも「8050問題」の話じゃなかったので詐欺に遭ったかのように腹を立てています。

まず、主人公は50代で古びた歯科医を営んでいる正樹という男で、引きこもっているのはその息子の翔太20歳。歯科医は割に合わないということで普通の医者になってほしいと有名私立中学に入学するまでは順調だったのが、中学でひどいいじめに遭って引きこもってしまった。30年後には正樹は80代、翔太は50歳。「30年後の8050」として物語は起動するのですが、結局、7年前のいじめをした加害者たち相手に裁判を起こし、勝訴してめでたしめでたし。って、それじゃ少しも「8050問題」じゃないじゃないですか。

そりゃいじめが原因なのだから、いじめた連中に社会的制裁を加えないことには何も始まらない。それはわかる。

でも、引きこもりってすべてが「いじめが原因」なんでしょうか?

厚生労働省の定義によると、

ひきこもりは単一の疾患や障碍の概念ではなく、「様々な要因によって社会的な参加の場面が狭まり、就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」

だそうです。

様々な要因とあるから、やはりいじめだけじゃないですよね? 私だって引きこもりみたいな時期ありましたけど別にいじめられてはいなかった。確かに高校で無視されたりというのはあった。でも無視しないやさしい人もいた。厚労省の定義の続きには「統合失調症などの精神疾患や発達障碍などにより周囲との摩擦が生じて引きこもる場合と、そういった疾患や障碍など生物学的な要因が原因とは考えにくい場合があります」とある。

私は一応、神経症という精神疾患だったが、まぁ半分以上は親への反抗で引きこもっていたんでしょう。自分でも本当の理由がよくわからなくなっているのが現実です。

いずれにしても、いじめは数多い引きこもりのうちの「ある一つのパターン」にすぎないし、いじめの場合は加害者という明確な敵がいるぶん、まだ対処しやすいんじゃないでしょうか。

7年前のことをもちだして裁判で勝つためにはそのための証人が必要ですが、この『小説8050』では、焼却炉に閉じ込められていた翔太を発見した用務員さんとか、パンツを脱がされた画像をいじめっ子たちから送られた隣の女子校の優等生とか、加害者のうち被害者でもあった寺本という男を被告ではなく証人として招致するなど、あとがきにもありますが、この作品の完成に尽力してくれた弁護士が「これなら勝てる」と太鼓判を押せるほど証人や証拠をそろえたとか。

いや、これだけ味方がそろってたら、そりゃ勝てるでしょうよ。

私のように、自分自身に問題があったり、親に問題があったりするように、本当の敵は「自分たちの中にある」というふうに設定しないと引きこもりの問題は解けないんじゃないかしら。

正樹という父親は、敵の弁護士が隠し玉としてもっていた、息子の翔太がいじめている現場写真を見て半狂乱になります。本当は翔太はむりやりいじめさせられていた。そんなのはそれまでの文脈を見れば少しは想像できそうなのに、「おまえのせいですべてパーだ! もう負けだ。裁判なんて終わりだ!」と息子を非難しまくり、翔太は3階(1階が歯科医院なので自室が3階にある)から飛び降りて下半身不随になります。

これ、ひどくないですか? こんな父親だったら別にいじめなんかなくても何がしかの問題が起こっていたように思う。妻の節子も「勝手なことばかり言う」と裁判が終わったら離婚すると言って、実際そうなるし、この正樹という父親の問題を少しもあぶりださないのはいかがなものか。

だいたい、息子が焼却炉に閉じ込められたり、パンツ脱がされたりして帰ってきたら、いつもより違う様子でしょう。なぜ息子の異変に気づかなかったんでしょう? そこを完全スルーして、しかも下半身不随になったのは父親のせいなのに、そこもスルーして、「お父さん、ありがとう」という幕切れには開いた口がふさがりませんでした。

そもそもタイトルで「8050」と銘打つからには、「30年後の8050」ではなく、いま親が80代で引きこもっている子どもが50代の「現在進行形8050」を題材にしないと意味ないんじゃないでしょうか。実際、若い引きこもりより中年以上の引きこもりのほうが多いらしいですし。


「引きこもり」とは何か
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はたして、布団で寝ている柴犬は「引きこもっている」と言えるのでしょうか?

いや、最近のワンちゃんはみんなこんな感じですよ。と言う人もあれば、犬が人間の布団で寝るとはこれ如何に。と憤る人もいるでしょう。

私みたいに、就労も就学もしていないが自室にずっと引きこもっているのではなく、普通に買い物に行ったり映画に行ったりする人は「引きこもっている」のでしょうか?

以前、同じ職場で働いていた人とLINEで会話した際、その人は私と似たような病気を患っていて「療養中」と言っていました。「引きこもってどれぐらいになるのか」と私が問うと、「引きこもってませんよ。めっちゃ買い者とか行ってますよ」と返事が来て、いや、引きこもりというのは外に出る出ないではなく社会参加していない状態のことを言うはずだが……? と思ったんですが、それ以上言うのはやめておきました。

巷でも、その子みたいに「就労や就学など社会参加してなくても買い物には頻繁に行くから引きこもりではない」と考えている人って多いと思うんですよね。どうしてもテレビドラマや映画の影響で、引きこもりというと、ずっと自室に閉じこもって、親が寝静まったあとに起きてきて冷蔵庫の物を勝手に食べたりする髪の毛ボサボサで不潔な男、みたいなイメージがありますから。(ちなみに、引きこもりのうち男性はやはり多く全体の7割。逆にいえば3割は女性とのこと)

もっと「引きこもり」の定義を世に広めるべきだと思う。それに……



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これは犬が人間社会に進出している、つまり社会参加していると見るべきか。
それとも、犬社会に参加せず人間が作った巣に引きこもっていると見るべきか。

「引きこもり」の定義とは何か。そこらへんをラディカルに問う物語を読みたいですね。







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