昔のテレビドラマ

2019年08月20日

山田太一さんの1979年作品『沿線地図』の13話・14話。いやぁ~、仰天しましたね!(以下ネタバレあります。見てない人は絶対読んじゃダメですよ)

前回までの記事
①まるで自画像のような
②両親たちのウロウロ
③父親の落とし穴
④脚本家の苦心
⑤前面に出てきた笠智衆
⑥口紅はいらない

浮気話で引っ張る引っ張る
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前回の「口紅はいらない」で、浮気がばれるかばれないかで引っ張るのはおかしいと書きましたが、今回も2話続けて浮気のことばかりで「ここまで引っ張るか」と少しうんざりした感じで見ていました。半狂乱になる岸惠子を薄い目で見る児玉清みたいな感じで。

それが、二組の夫婦がとりあえず和解したあと、4人で会いましょうとなる。なるほど、いままでは銀行員と電器屋という違いこそあれ、どちらもまっとうに生きてきた夫婦が、今度は「過ちを犯した者同士」として会い、そのうえで子どもたちの妊娠に向き合っていくんだな。それならこの長かった浮気話にも意味があるよな。

と思っていたら……


仰天の笠智衆!
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前々からヤングマンを一人で見ながら物思いにふける笠智衆が何かやらかすんじゃないかと思っていたら、児玉清に電話がかかってくる。「父が何か?」

とうとう何かやらかしたのか! と思っていたら、自殺⁉⁉

え、何で???

そう来るとは思わなかった。ずっと何かを考えていたようですが、うーん。

何で浮気話でここまで引っ張るのかとうんざりして、なるほど、そういうわけかと納得しかけたところでお爺さんの自殺。いやぁ~、これは当事者でなくても気持ちの整理ができないというか何というか。

実は、私はこのドラマで最後のほうで誰かが死ぬのは知っていました。貼り付ける画像を検索していたら白布をかぶった人に広岡瞬が寄り添っている画像がありましたので。

でも、私は真行寺君枝だと思ってたんですよね。先週、妊娠したというのもあり、流産とか切迫早産とかで子どもは生まれたけど(あるいは母子ともに)死んじゃうとか。でもいまその画像をよく見てみると通夜の席に真行寺君枝もいますね。なるだけ見ないようにしていたので、そうか、死ぬのは笠智衆だったのかと仰天している次第。

なぜ自殺したのか、そのことで問題を抱えた家族6人がどのように収束するのか、そのことについては来週を楽しみにするとして、以下は今回印象に残ったことについて。


母と娘の違い
亭主の浮気で完全に機嫌を損ねた岸惠子は、向かいの不動産屋・野村昭子が訪ねてくると、笑顔を繕ってワンピースを見せびらかしたり、決してボロを出しませんが、笠智衆が訪ねてきたときの真行寺君枝は不機嫌な表情を隠せない。

独立して暮らしているから同年代の人間よりはよっぽど大人なんでしょうが、やはり電器屋として少しもゆっくりした日常を過ごしたことのない母親に比べると、まだまだ18歳の女の子はそこまでよそ行きの顔はできないんですね。岸惠子は児玉清にしきりと「教養がない電器屋」と自己卑下して言いますが、教養のある娘よりよっぽど偉い。教養の有無なんかより苦労して年輪を重ねている人間のほうがよっぽど偉い、という山田太一さんの人間観が如実に表れていると思いました。
 

「ウソ家族」に悦びを見出す男
新井康弘のスナックに岸惠子が行ったときに、家族の愚痴を言う男がいましたよね。前にも一度登場したことがあるというのはすっかり忘れてましたが、母親と妻のことで愚痴ばかり言う。でもそれは全部嘘で、彼は独身だという。

おそらく、妻に逃げられたか何かなのでしょう。妻がいればこういう愚痴を言っているだろうということをこぼして自己満足している。あれは何だか妙に哀しかったですね。

ああいう、疑似家族ですらない、「ウソ家族」に悦びを見出すしかない人間よりも、子どもたちが勝手しようが、夫や妻が勝手しようが、本当の家族がいるならそのほうが幸せだよ、というメッセージなのでしょう。

ちょっとメッセージ過多な気がしないでもないですが(意味するところがはっきりわかるだけに)でもあの男の悲哀は今回の2時間では突出していて、彼を主人公にしたドラマを見てみたいとすら思いました。


何か笠智衆の自殺の報にまだ心がざわついていますが、しかし、冷静になって考えてみると、子どもたちが妊娠で堕ろすか堕ろさないかでもめているときに、親たちは浮気でバタバタしている。本当なら、広岡瞬は両親に相談するのが筋なんでしょうが、両親はそれどころじゃない。秘密を打ち明けられた笠智衆が自殺したということは、親たちがしっかりしていれば死なずにすんだ、ということなんでしょうか? 

ただ、私の極私的な好みを言わせてもらえば、誰かが死ぬことで結末を引き寄せるのはあまり好きではありません。

来週の最終回では、そんな個人的な好みなんか吹っ飛ばすような展開/転回を期待します。




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2019年08月13日

先月再放送が始まった『沿線地図』ももうラストまで幾話もありませんね。


前回までの記事
①まるで自画像のような
②両親たちのウロウロ
③父親の落とし穴
④脚本家の苦心
⑤前面に出てきた笠智衆


前回、笠智衆が気味悪いほど前面に出てきたので、その続きがあるのかと期待したんですが、12話の最後に思いつめた笠さんが出てきただけで、あとはいつものように親と子のウロウロが描かれていました。

が、今回は初めてつまらないと思いました。


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今回はこの河内桃子と、岸惠子の夫・河原崎長一郎のウロウロが中心でした。前回の予告で河内が河原崎を誘惑するシーンがあったのでそのこと自体には驚きませんでしたが、何かこう親子の葛藤を描くこの物語にはそぐわない気がするんですよね。

確かに、広岡瞬と真行寺君枝の二人は、親の望むありきたりな人生ではなく、自分が本当にこう生きたいという人生を切り拓こう、そのために二人で自活しよう、と同棲を始めたから、そんな二人から生き方を否定された親が不倫に走るのも、子どもたちのように世間的な常識を踏み外してみようという親たちの悪あがきと言えば言えるのかもしれません。

しかしそれなら、なぜ口紅という小道具が必要なのでしょうか?

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岸惠子と河原崎長一郎の電器店の向かいに住む不動産屋の野村昭子が河内桃子の口紅を発見し、不倫の匂いを嗅ぎ取って岸惠子に告げ口するのは面白いと言えば面白い。

でもテーマから外れてませんかね?

これは不倫ドラマではないのだから、ばれるかばれないかのサスペンスで引っ張るのはおかしいと思う。すぐ「過ちを犯した」と自白したほうがよくなかったでしょうか。

そりゃ小物の河原崎長一郎はそんなことしないだろうから、河内桃子が岸惠子に言うのがいいとは思いますが、なぜそのほうがいいかというと、これは生き方ついてのドラマ、世間的な価値観に乗るか乗らないかについてのドラマなのだから、すぐ自白して、

「だってあの子たちが言うありきたりじゃない人生ってどんなものか試したかったのよ」
「だからって人の亭主を誘惑してそういうことになっていいんですか⁉」

というようなやり取りにもっていくほうがよかったように思います。


↓この二人もどうなんでしょう?↓


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真行寺君枝が妊娠した。広岡瞬は堕ろせという。子どもができたら子どものための生活になってしまう。そうなったら子どものためにあくせく働く親たちと同じになってしまう。みたいなことを言っていましたが、うーん、それってどうなんだろう。

そりゃま、こういう考え方の人が40年前から増えたことが今日の少子化の原因である、という時代の証言としての価値はあるのかもしれません。(前回の記事で触れた「フリーター」という生き方についても)

人がうらやむほどの学力をもちながら大学には行かない。それはいいでしょう。いろんな生き方があっていい。そこには共感しますが、好きな女との間にできた子どもは自分の生き方にとって「邪魔者」でしかない、と言い切れる広岡瞬にはまったく賛同できません。

別に子どもができたって、大学に行かず一流企業にも勤めない、ありきたりでない生き方は貫けるんじゃないですか? どうしても「子どもができたら生活が苦しくなる、それなら大学に行っておけばよかった」というふうに聞こえてしまうんです。これもテーマから外れているように感じられてならない。


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今回は児玉清の影の薄さが気になりましたね。おまえのやりたいようにやればいいと理解を示したからとはいえ、あまりに影が薄くて親と子ども、計6人のバランスがいびつになっているのが妙に気になりました。

影が薄いといえば、広岡瞬と真行寺君枝の友だちがまったく出てきませんね。高校を中退することになったのにまったく訪ねてこない。父親が高学歴だから低学歴の岡本信人を説教役として登場させているのだろうとは思うのですが、高学歴を志向する友人が意見する場面がひとつくらいあったほうがいいようにも思いました。(いままで友人が出てこないことに気づかなったので、それほど大きな瑕疵ではないのでしょうけど)


続きの記事
⑦仰天の笠智衆!




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2019年08月06日

山田太一さんの1979年作品『沿線地図』。昨日は第9話、10話でしたが、何だかどんどんカオスになっていきますね。

前回までの記事
①まるで自画像のような
②両親たちのウロウロ
③父親の落とし穴
④脚本家の苦心


児玉清
前回の最後で登場した岸田森と喧嘩してしまった児玉清の挿話は、親子のドラマと何の関係もないのでいったい何のためのエピソードなのかと思ったら、土下座を迫られて保身のために言うなりになってしまったことが原因で、息子の広岡瞬の好きにさせてやろうと思うに至るきっかけだったんですね。なるほど。前回も「おまえの好きなようにしたらいい」とは言っていましたが、岸田森の一件で心からそう思うわけですね。

しかし、「もう帰ってこなくていい」と言ってしまったことで、帰ってきてほしいと願う妻の河内桃子とは険悪になってしまい、何と次回予告によると河原崎長一郎と浮気⁉ みたいなことになるらしく、とても楽しみ。今回もほとんどアル中みたいになってたし。しかし、飲んでることをセリフで説明するだけじゃなく、実際に飲みつぶれるシーンが必要だとは思いましたが。


時代の気分
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岡本信人の親切心を無にする「ここの社員になるつもりはない」という広岡瞬。非正規労働者が増え続ける一方の現代の若い人には広岡瞬の言葉は理解できないでしょうが、このドラマの10年後くらいから「フリーター」という働き方がトレンドになることを考えると、すでにこの頃から「会社に忠誠を尽くすだけでない生き生きした人生」という考え方が胚胎していたのでしょう。

ただ、大事なのは真行寺君枝も同じ考え方ではないということ。彼女はあくまでも「バイトでその日暮らしはいや」という。広岡瞬は「まだじっくり考えたい」という。若者もまたゆれています。

絶対、広岡瞬の心中では「大学進学を捨てたのは本当によかったのか」と後悔してるはずだよね。と思ってる人も多いかもしれませんが、私はそれだけはないと断言します。自分がそうだったし、いまもそうだから。

ゆれてはいるけど、芯はしっかりしていると思います。彼らが主人公なのではなく、彼らによって人生を根底から揺さぶられる親たちが主人公ですからね。若者二人を一枚岩にしてもいいけど、それでは対立がなくなってドラマが薄まってしまうから、ということで真行寺君枝と喧嘩するシーンがあるのでしょう。


笠智衆
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今回、非常に面白いというか意外だったのは、これまで後景でぶつぶつ言ってるだけだった祖父・笠智衆が前面に出てきたことですね。父の児玉清がああなってしまったからにはその上位の存在を出さざるをえない。というのは前回の記事に書いた通りですが、前回は北村和夫が笠智衆と同じことしか言わないことについて不満を述べましたが、あれは周到な計算だったのですね。笠智衆がここまで前面に出てくる以上、河原崎長一郎の家族も出てきて文句を言わないとバランスが悪い。だから北村和夫は「アリバイ作り」でしょう。こっちもちゃんとありきたりな大人然としたことを言うキャラクターを出しましたよ、という。北村和夫なしで笠智衆が前面に出てきたら「なぜ片方の家族だけ?」と不満に思うのを未然に防ぐ手法だったわけですね。納得。

しかし、親ではない祖父の笠智衆が広岡瞬のアパートまで行ったり、そこまではまだ理解の範疇ですが、相手の親、岸惠子にも会いに行って説教垂れるというのは何か不自然な感じがしました。

私が高3のときに反乱を起こしたときは、祖父はまるで何も言ってきませんでしたから。まぁ私の祖父はあそこまで熱くなる人ではなかったから違うのはしょうがありませんが、どうしても比較してしまう。

ただ、広岡瞬や岸惠子に言い返された笠智衆があそこまで悩むのは意外というか何というか。あれぐらいの爺さんならもっと意固地でもいいんじゃないかと思うんですが。テレビで西城秀樹のヤングマンを見ながらいったい何を思ったのか。


脚本上のテクニック
笠智衆が岸惠子を訪ねて追い返され、河原崎長一郎が謝りに行って、帰ってきて岸惠子に伝えるシークエンス。あそこはすごかった!

河原崎長一郎が謝りに行ったとき、岸惠子がしょげているのがフラッシュバックで描かれます。そこまでは普通ですが、笠智衆に謝っている最中に岸惠子にそのことを伝えるシーンがフラッシュフォワードで描かれます。フラッシュフォワードってあまり使われないから驚いていると、いつの間にか、岸惠子に伝えているシーンが現在になり、笠智衆とのシーンがフラッシュバックに変わっている。

変幻自在な時間の扱い方が素晴らしかった。あれは映像のマジックですね。

映像には「現在」しかないので、文脈によって過去になったり未来になったり簡単に変えられる。だからこそ回想シーンを描くのは難しいんですよね。私は自ら禁じ手にしていますが。ってこれは別の話。

とにかく、親子の対立だけだった物語がいろんなカオスを抱えてどこへ行くのかわからなくなってきました。来週が待ち遠しいです。


続きの記事
⑥口紅はいらない
⑦仰天の笠智衆!




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