日本映画

2020年03月07日

松竹ヌーベルバーグを牽引した吉田喜重監督による1986年作品『人間の約束』。


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吉田喜重といえば、何といっても『秋津温泉』やデビュー作の『ろくでなし』や『血は渇いてる』『嵐を呼ぶ十八人』『戒厳令』、はたまた私はまったく好きではないが『エロス+虐殺』などを代表作に挙げる人が大方でしょう。

が、私はこの『人間の約束』こそ吉田喜重の最高傑作だと信じて疑いません。

その理由は、この記事のタイトルにもしている「異様なクライマックス」にあります。

その前にあらすじをご紹介しましょう。(以下ネタバレあります)


物語
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ある郊外の一軒家で痴呆症の老婆・村瀬幸子の死体が発見される。首に絞めた痕があることから殺人事件として捜査され、夫の三國連太郎が「自分がやった」と自首する。しかし三國もまた呆けており、若山富三郎と佐藤浩市をはじめとする刑事たちは困惑する。ほんとにこのボケ老人がやったのか、と。

そこから物語は過去にさかのぼり、いったい誰が村瀬幸子を殺したかが明らかとなります。

息子の河原崎長一郎は不倫をしており、妻の佐藤オリエは村瀬の世話と愛人への嫉妬から精神が不安定となり、風呂場で沈んだ村瀬を放置してしまい「殺そうとしてしまった」と告白する。

が、本当に殺したのは河原崎長一郎であった。村瀬が愛用していた水鏡の水に母親の頭を軽く押し付けただけだが、そのとき喉に入った水を飲みこんだことが死因となったことが判明する。警察署で三國と対峙した河原崎は「お父さんは僕がやったのを見ていたじゃないですか」と言うが、三國は「“あいつ”がやった」と言うばかり。

明日からあなたを事情聴取しますと言われた河原崎は、佐藤オリエの反対を押し切って自首して終幕。

うーん、やっぱり「映画のあらすじ」ってどう書いてもつまらないですね。あらすじに映画の本質は決して浮かび上がってこない。だから高名な脚本家は「絶対にあらすじを書くな。考えてもいかん」と言っていたのか。

あらすじではなく「脚本」あるいは「プロット」という観点から見ると非常に結構が堅牢で見事なまでに構成されており、プロの仕事とはこういうのを言うんだろうなぁと激しく嫉妬してしまうのですが、今回はそういうのもほとんどどうでもいい。

村瀬幸子の水鏡や、三國が病院で唖然と自分を見つめる鏡、河原崎長一郎と佐藤オリエが食事をするレストランの窓を鏡代わりにした描写など、鏡を介した視線のドラマが印象的で、後年、『鏡の女たち』を撮る吉田喜重監督の面目躍如といえる巧みな映像演出がそこかしこにあって飽きることがありません。が、私がこの映画を見ていつも興奮するのはそういう巧みな演出ではなく、ほとんど蛮勇に等しい映像演出です。

それが「お父さん、あなたは見ていたじゃないですか」と河原崎が三國に言って父子が対峙するクライマックスです。


イマジナリーライン
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図のように、対峙する二人の人間をカットバックする場合、二人を結ぶ直線がイマジナリーラインです。いったんAの位置にカメラを置いたらもう片方の人物を取る場合はBの位置からしかありえません。イマジナリーラインを越えてCから撮った映像とカットバックしてしまうと二人の人間が向かい合っているように見えない。つまり、視線が合わない。(これが3人、4人と人数が増えるとイマジナリーラインは直線ではなくものすごくややこしくなります)

小津安二郎はイマジナリーラインを無視していたとよく言われますが、あれはほぼ真正面からのショットなのであまり気にならない。

でもこの『人間の約束』のクライマックスにおけるイマジナリーラインを無視するやり方はほとんど無謀ともいえるものです。

かつて現場で働いていたとき、カメラマンから直接こんなことを聞きました。

「プロのカメラマンは人物が3人になっても4人になっても顔の向きがどっちを向いていようと、役者の並びを見ただけで一瞬でイマジナリーラインがわかる。そしていったんカメラを置いたら、イマジナリーラインを越えてカメラを置こうとしても体が動かない。無意識が拒否するんだ。平気でイマジナリーラインを越えられるカメラマンはカメラマンじゃないよ」

だからこそこの『人間の約束』は異様なのです。変てこりんなのです。

河原崎長一郎と三國連太郎が対峙するクライマックスは二人がまっすぐ向かい合っているので、図と同じように一番簡単なイマジナリーラインが引かれます。

なのに、大胆にも吉田喜重はイマジナリーラインをどんどん越えます。ど素人でも「監督、そっちにカメラは置けません」と言いたくなるような越え方です。視線がぜんぜん合っていない。合わなすぎて冷や汗が出るほど。

三國はもう呆けており、また息子を守ろうとしているのか、河原崎が「お父さん、あなたは見ていたじゃないですか」と言っても「あいつがやったんだ。あいつが!」と話が噛み合わない。きっと、噛み合わない会話の映像的比喩として噛み合わない視線を描出しているのでしょう。

ヒッチコックの『めまい』は「横顔のドラマ」でしたが、『人間の約束』は「視線のドラマ」といっていいでしょう。


小津と吉田喜重
かつて吉田喜重監督がいまわの際の小津安二郎から「映画はドラマだ。アクシデントじゃない」と言われたことを考えると感慨深いものがあります。

イマジナリーラインを越えるのは普通は「アクシデント」でしょう。でも、それを狙いをもった「ドラマ」としてうまく活用した吉田喜重。小津への敬慕と「してやったり!」な快感の両方が伝わってきます。


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もう90歳近いですが、新作を見ること叶わないのでしょうか。

関連記事
ヒッチコック 横顔のドラマ(『めまい』『サイコ』をめぐって)








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2020年02月24日

春日太一『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』(文藝春秋)に私の友人がチラッと出てきます。


追放劇の裏話
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365ページの冒頭、

「『車の運転しかできませんが、チームオクヤマに入りたいんです』と言ってくれた本当にいい奴がいました」

と書かれている人です。実際、奥山さんの直属の部下であり、運転手をしていました。運転手といっても、奥山さんの代わりに配給すべきかどうかを決めるべく字幕なしの外国映画を見たり、もちろん製作に関わったり、現場に出たりしていたそうです。(『大統領のクリスマスツリー』に関する暴露話がめちゃ面白かったですが、とてもここには書けません)

1998年1月。役員会の緊急動議で奥山さんは父親の社長ともども追放されました。

私はくだんの友人から裏話を聞きました。彼は滔々としゃべりながら「おまえ、週刊誌に売ろうとしてないか?」「メモする音が聞こえる」などと言ってきました。もちろん私はそんなことしてませんし、するつもりもなかった。でも疑心暗鬼になってしまうほど社内が一変したのでしょう。社内ばかりか世間も。手の平返しの大バッシングでしたから。

オーナー一族に「大政奉還」という形になり、戊辰戦争に負けた奥山親子はいまだに「賊軍」です。著者の春日太一さんも「奥山とは関わらないほうがいい」という「アドバイス」を受けたとか。

私は奥山さんほどの実力の持ち主なら絶対援助者がすぐ現れると楽観的でした。実際、中村雅哉さんというナムコの社長さんが助け舟を出してくれましたが、それでも今日まで20余年、第一線に立っているとはいいがたい。『凶弾』から突っ走った15年ほどの間によほど多くの敵を作ってしまっていたんですね。

ところで、アンチ奥山派による奥山派の粛清はほとんどコメディの様相を呈していたそうです。

「君、この会社から出ていく? それとも残る?」
「残りたいです」
「そう。じゃ稚内へ行ってもらおうか」

などという、『おじゃマンガ山田君』で見たことのあるエピソードもあったとか。

稚内と聞いて途端に「出ていきます」と言った人もいたようですが、ある人は「稚内? ほほう、興味ありますね。具体的な話を聞かせてください」と返したツワモノもいたらしい。もちろん虚勢です。でも相手は途端に慌ててしどろもどろになったとか。笑えた。

くだんの友人はあの追放劇の前に職を辞すことを決めていたそうですが、チームオクヤマ再建のめどが立つまで何とか力を貸してほしいと奥山さんに懇願され、しばらく手伝っていたそうです。

すぐれたプロデューサーというのは「人たらし」なところがあるのでしょうね。

しかも面白いのは、あの周到に根回しされた追放劇の裏で寝返っていた多くの側近たち。当時の奥山さんもインタビューで「おまえもかと訊いたら当然のように『はい』というんですよ。いい社会勉強させてもらったなぁ」と言ってましたが、そういう人たちは「中枢の人たち」によって次々と会社を追い出されたそうです。簡単に裏切る奴は信用ならないと。「会社に裏切られました」と奥山さんに泣きついてきた人もいたそうで、笑えるというか哀しいというか……。

「あんなクーデターを周到に準備できるんだったら何でもっとその力と情熱を映画作りに注がないのか」

と奥山さんは言います。正論ですね。でも正論が通るとはかぎらない、いや、むしろ通らないことのほうが多いのがこの世の厳しさであり愚かさです。


あらかじめ運命づけられた悲劇
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『エリカ38』で組んだ樹木希林が「あなたはカネの匂いがしない」と奥山さんを評したそうですが、深作欣二や菅原文太にデ・ニーロなど、錚々たるスターが奥山さんの復活を願っても叶わなかったのは「カネの匂いのする人間」を敵に回してしまったからなんでしょうね。

さて、その深作欣二というのが奥山さんにとって「偶像」だったのは誰でも知っていますが、「桎梏」でもあったというのは驚きでした。

解任劇のあと、デ・ニーロが「一緒にアメリカで映画を作ろう」と誘ってくれたそうですが、深作欣二のいる日本を捨てられないと踏ん切りがつかなったとか。そうだったのか。それほどまでに「深作欣二」という名前が重かったのか、と。

でも、それならなぜ東映ではなく松竹に入ったんでしょう?

やはり親父さんがいたからですか。「映画会社の中枢にいなきゃ何も変えられないと思った」という箇所がありました。でも結局、東映やくざ映画という「明るく楽しい松竹映画」とは真逆の色に染まっていた奥山さんは『丑三つの村』『その男、凶暴につき』『いつかギラギラする日』といった「松竹にあるまじき映画」を連打してどんどん敵を増やしてしまった。

聡明な人だから、松竹カラーとはぜんぜん違う映画を作っていたら遅かれ早かれああいうことが起こるのはわかっていたと思うんですがねぇ、、、と思ったところである言葉を思い出しました。

深作さんが亡くなったとき、脚本家の高橋洋さんが「映画芸術」の追悼特集でこんなことを書いていました。

「深作欣二は最後まで本当に戦うべき相手とは戦えなかった人だったんじゃないか。『仁義なき戦い』で菅原文太が戦うべきはどう考えても山守組組長の金子信雄なのに、他の奴らとばかり戦っていた。『バトル・ロワイアル』でも本当に戦うべき相手は自衛隊なのにクラスメイト同士で殺しあった。『Ⅱ』では、本当に戦うべき相手は米軍なのに自衛隊と戦っていた」

奥山和由という人にも似た匂いを感じます。本当は東映に入るべきだったのに松竹に入ってしまった。社内革命をやるといっても、最初から東映に入っていればそんな無駄な闘いを演じなくてもよかったはず。

奥山さんの一番好きな外国映画は『ゴッドファーザー』だそうですが、あのギリシア悲劇のような「あらかじめ運命づけられた悲劇」をご自身が演じていたような気がするのです。負け戦になるんじゃないかとどこかで思いながら。心のどこかで破滅願望が少しずつ満たされていくのを感じながら。226への異常なこだわりはそこか来ているんじゃないかと。

もし奥山さんがこの記事を読んだら「そんなわけあるか!」と激怒するかもしれません。

でも、この本を読んだ私にはどうしてもそう感じられてならない。






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2020年02月03日

深作欣二監督による1975年東映実録映画『仁義の墓場』。

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この映画は石川力夫という実在した狂犬のようなヤクザを主人公にした、映画自体が狂ってるような作品ですが、今回見直してみて、狂っているのは力夫ではなく周りのほうなんだと、力夫はただ純粋な男だったということに初めて気づきました。敗戦直後の政治状況を絡めて実にうまく語っています。


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初めて見たとき『ブギーナイツ』と同じ構造だというのには気づいたんですよ。
父親が父親として機能しておらず、母親が父親の代わりを一生懸命務めようとするあまりヒステリックに怒鳴り散らしてばかりで主人公マーク・ウォールバーグは家出し、ポルノ映画ファミリーを第二の家族としてその家長バート・レイノルズを父親として慕い、反抗し、また家出して、最後には赦しを請う、という「父親探し」の映画でした。
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『仁義の墓場』も同じですよね。石川力夫の実の父は描写がないので、映画内世界に関してだけ言えばハナ肇が実の親みたいなものでしょう。力夫はハナ肇をかなり慕っていた。それは彼が最初に刑務所に入る傷害事件の理由から明らかです。喧嘩の原因は親分を馬鹿にされたからだと供述したそうです。彼がハナ肇の組に拾われたのは戦中。そのときのハナ肇がどんな人物だったのか、はっきりとは示されませんが、おそらく力夫が慕うほどなのだから大人物だったのでしょう。

『仁義の墓場』は『ブギーナイツ』の冒頭と同じように、親が親としての機能を果たしていないために子どもが苛立ちを募らせる物語です。

ところが、ここからが今回初めて気がついたことなんですが、敗戦を経てアメリカに占領され、ハナ肇は変わってしまった。『ブギーナイツ』との決定的な違いもここからです。


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彼は進駐軍の大佐と懇意で、彼らから仕入れたウィスキーを高く売ってボロ儲けしている。なのに大佐が出ていくと「毛唐が」と馬鹿にしています。戦争に勝ったからって偉そうにしやがってと。力夫はただ黙って聞いています。

馬鹿にするといえば、この映画に出てくる日本人はみな、いわゆる三国人(在日朝鮮人、台湾人、中国人)を馬鹿にしています。宗主国・日本が負けたことで三国人はそれまでの鬱憤晴らしとばかりに街を荒らしまくっている。日本人は敵も味方も警察も全部グルになって、三国人だけブタ箱に入れるという卑劣な手段を取ります。石川力夫はこういう差別にもただ黙って見ているだけ。

アメリカと日本
日本と中国、朝鮮、台湾


この二つは完全な相似形です。かつては日本がアジア諸国の父親として彼らの「庭」を荒らす横暴な振る舞いをしていた。いまはアメリカが日本の父親としてのさばっている。自分たちがやっていたことをやられているだけ。それならそれで三国人のように反抗すればいいものを、愛想笑いでお追従を言い、陰口をきくという卑劣さ。

父と子の正常な関係は、自分を押さえつける父に子が反抗し、父の支配から脱することです。三国人たちは正常に日本の支配から脱した。しかし日本は(いま現在も)アメリカに少しも反抗できず、お追従を言うだけ。これはとても異常な関係です。

正々堂々と喧嘩を売ってくる三国人のほうがよっぽどまし。と石川力夫はたぶん考えていたはず。なぜなら、新宿の街に進出しようとしたヤクザと争って刺したとき「俺はただ自分らの庭を荒らされたからけじめつけようと思って」と、力夫は自分は間違っていないとハナ肇に言います。ハナは「いま奴らとことを構えたらどうなるか、よく考えろ」と諭す。つまり損得勘定をしろということです。庭を荒らされても損をするから喧嘩はしない、そしてあろうことか、くだんの大佐に仲裁してもらう。何とも情けない親。そんな親は力夫をボコボコにしながら「何だその目は。それが親を見る目か!」とさらに打擲する。

筋を通しているのは力夫のほうです。ハナ肇をはじめ他の連中は損得勘定を筋目と勘違いしているだけ。

『ブギーナイツ』のマーク・ウォールバーグは家族を捨てて第二の家族を求めます。しかし力夫はそうしなかった。彼はハナを刺します。常軌を逸した行動に見えますが、「親は親らしくしてほしい」という彼なりの純粋な想いだったのでしょう。

親分を刺した。それがミッドポイントとなって後半はガラリと様相が変わります。もう政治状況とかそういうのは出てこない。ひたすら石川力夫という個人を追いかけます。

所払い10年ということになり、兄弟分でいまは一家を構えている梅宮辰夫の計らいで大阪に身を潜めるんですが、そこでシャブの味を憶えてしまう。そこからはもうごろごろ転がり落ちるだけ。何とかしようと説得する梅宮まで殺してしまう。

しかし保釈になると今度は殊勝に「線香あげさせてほしい」と梅宮の家を訪ねる。妻の池玲子は泣きながら断ります。当然でしょう。それがわかっていながら行ったのか、どうか。自分で殺しておいて線香をあげたいというのは殺された側からすれば残酷、身勝手の一語でしょうが、力夫には筋目だったのでしょう。殺してしまった兄貴に線香をあげたい。何となくだけどわかる気がする。

唯一の理解者で妻の多岐川裕美も自殺してしまい、その遺骨をもって彼はハナ肇のもとへ行きます。一家を構えたいから土地をくれ、事務所も作らないといけないから2000万ほしい。と言いながら遺骨を食べる有名なシーン。

彼がほんとに一家を構えたかったのか、それとも親がどう出るかを試そうと思ったのか定かではありませんが、いずれにしろハナ肇はヒステリックな足取りで出ていくだけ。力夫は最後まで父親に父親らしいことをしてもらえなかった。

彼は多くの人を殺し、傷つけた加害者であることは間違いありません。しかし彼は本当に「狂犬」だったのでしょうか? 私には親に恵まれなかった子どもの悲劇にしか見えない。石川力夫は被害者です。


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とはいえ、大事なのは、彼が被害者面をしないことです。

本を正せば、親のために、一家のために喧嘩をした。なのに……。でも彼は恨み言を言わない。独房の壁に「大笑い 三十年の 馬鹿さわぎ」とだけ書き記し、自殺します。そしてただひとつ遺された彼の墓石には「仁義」の二文字が刻まれている。

一番悪いのがハナ肇なのは明らかです。でも彼はいっさいの弁解を拒み、ただ「仁義」の二文字だけをこの世に遺すことを選んだ。石川力夫の仁義。わかる。いまはもうはっきりわかる。








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