聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

コメディ

『犬猿』(理想的な「善と善」の対立ドラマ)

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ある高名な脚本家から教わったとても大切なこと。

「君は善と悪の対立でドラマを作ろうとしている。それじゃダメなんだ。善と善が対立するようなドラマじゃないと人の心は打たない。どちらにもそれなりの言い分があり、どちらの言い分にも納得できる。それこそが豊かなドラマだ」

吉田恵輔監督の『犬猿』はまさにそういう映画でした。
前作『ヒメアノ~ル』では、最初共感していたはずの主人公に最後は少しも共感できなくなり、最初は恐怖の対象でしかなかった殺人鬼に最後は共感してしまうという離れ業を演じていましたが、この『犬猿』では非常にオーソドックスなドラマ作りがなされています。

ある犬猿の仲の兄弟と姉妹の愛憎がクロスする物語。


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窪田正孝と新井浩文の兄弟は、刑務所から出所したばかりで弟に迷惑ばかりかけている兄と、そんな兄を嫌悪し、見下している弟。
兄は弟に迷惑を掛けながらもそんな自分を嫌悪している。弟に罪滅ぼししたくても弟は受け容れようとしない。そもそも兄を密告したのは弟であり、兄はそれを恨んでいる。弟はヤクザな兄を見下し、兄はくそ真面目な弟を見下している。
「何だおまえ」とどちらもが言う。


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江上敬子と筧美和子の姉妹は、親から受け継いだ下請けの印刷会社を切り盛りする切れ者だけどブサイクな姉と、姉とは似ても似つかぬ、といってもそれほど美人でもない微妙な女優志望の呑気な妹。
姉は見た目がいいだけで得をしている妹に嫉妬しながらも、同時にろくにパソコンを使いこなせず英語の勉強も身につかない妹を見下している。妹は見た目がいいことを鼻に掛けているし、「お姉ちゃんは社長だから責任があるの」とかばってみせたりもするが、何だかんだ言いながらやっぱり姉を見下している。
「何よあんた」とどちらもが言う。

4人全員にそれぞれの言い分があり、どの人物の言い分にも納得できる。私はこういう脚本が書けなかったので激しく嫉妬します。


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数々のスッタモンダの末に、二組とも流血事件によって大団円を迎えるのですが、自傷にせよ他傷にせよ、暴力によって事態が解決に向かうというのはいささか安直な気もしました。ただ、両者とも和解のあとのオチがあるので、あれでいいような気もします。(でもやっぱりこの映画で血を見たくなかった、とは思いますね、やはり)

しかし・・・

「善と善」の対立というが、おまえが大好きな『ダーティハリー』は「善と悪」の対立ドラマじゃないのか。と言う人もいそうですが、それは違うと思います。


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『ダーティハリー』の悪役・蠍座の男は「トラブルメーカー」にすぎないというのが私の解釈です。

主人公ハリー・キャラハンと真の意味で対立を演じているのは、彼の上司、署長、市長、そして弁護士と憲法学の権威の判事です。

弁護士や判事は「なぜ令状を取らなかった。令状がなければ証拠として認められない」と言います。確かにその通りだけれどハリーは「そんなことしてたら人質が殺されていた」と返します。これもごもっとも。どちらの言い分にもそれなりの理があります。だから『ダーティハリー』も「善と善」の対立ドラマなわけですね。

もしかすると、同じ勧善懲悪なのに『ダーティハリー』のような時代を超えた名作と、忘れ去られたあまたの凡作がありますが、その差は、「善と善」の対立まで豊かに織り上げられているか、「善と悪」の対立で終わっているかの差なのではないか。

これは研究すべきテーマですね。



『T2 トレインスポッティング』(悔恨と希望と)

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もともと1作目がそれほど好きではないということもあり、劇場に見に行かなかった『T2 トレインスポッティング』。あまりに評判がいいみたいなので21年前の前作を再見したうえで鑑賞しました。

もう滂沱の涙! 涙で画面がかすんでしまうとは思ってもみませんでした。

まだ若かった彼らはただの愚か者であり、愚か者なりに自分の人生を歩んでいましたが、21年たってもやっぱり愚か者でしかないという厳しい現実が身につまされます。恋仲だった女は立派な弁護士になっているというのに。

我が身を振り返ってみると、1作目を見たのはまだ20代前半のときでした。そして21年たって40代半ばになってわかったことは、「自分はいつまでたっても子どもで愚か者でどうしようもないバカである」という悲しい現実だけです。悔恨と自己嫌悪。

21年前と確実に賢くなったこともあります。それは、

「歳をとらないとわからないことがある」

ということです。

でも、その「歳をとらないとわからないこと」とは何だろう? と考えると途端にわからなくなる。わからないからいまだに愚か者のままなのでしょう。

昔は、40代の人間ってもっと大人だと思っていました。いろんなことを学び、いろんなことを悟り、若造にはわからないことがわかるようになるんだと漠然と思っていました。でも、実際にこの歳になってわかったことは、「人間はいつまでたっても子どもだ」ということです。

おそらく、20代の私がこの映画を見ても少しもよさがわからないでしょう。後悔するという経験をある程度積まないと理解できない『レイジング・ブル』のような映画ですね。

もしかすると、この映画の良さがわかるということは、少しは1作目を見たときより大人になったということかもしれない。うまく言葉にはできないけれど、それが「歳をとらないとわからないことがわかった」ということの正体なのかもしれない。

というわけでユアン・マクレガーと一緒に、21年前の自分の残像とともに踊るのです。

ユアン・マクレガーのように踊れるかどうか。そこにこれからの人生を生き抜いていく鍵がある気がします。そこに「希望」があるのだと。



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一期は夢よ、ただ狂え! 


『陸王』と『今からあなたを脅迫します』志が高いのはどっちだ⁉

昨日から始まった『陸王』と『今からあなたを脅迫します』を見て、『仁義なき戦い』などの脚本家・笠原和夫の言葉を思い出しました。


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「枷は、状況ではなく、主人公の心のあり方にこそ求めるもの」




枷とは手枷足枷のことで、主人公を困らせるもののことです。通常、枷が起爆剤となって主人公の行動を導きます。


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さて、『陸王』は、100年以上続いてきた老舗の足袋工場を営む役所広司が、倒産の憂き目に遭ってマラソンシューズの開発に乗り出すものの何の実績もない弱小企業にはほとんど勝ち目がない。勝ち目はないけど、リストラを迫る銀行の融資課長に「開発を続けます!」と宣言するのが第1話のクライマックス。


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一方で、『今からあなたを脅迫します』は、脅迫屋ディーン・フジオカからかかってきた間違い電話がきっかけである殺人事件にかかわることになった女子大生が、生来の天然気質で周りを振り回しながら、事件の謎が解けたあと卑劣な殺人犯に刃を向ける場面がクライマックスでした。

いったいどういう人間なのかよくわからない武井咲に加え、ディーン・フジオカとその一味はあまりに軽いし、足袋作りという斜陽の伝統産業から脱皮せんと奮闘する人情深い社長の喜怒哀楽を描く『陸王』のほうが格調高い。ように誰の目にも見える。のかもしれません。





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しかし私にはそうは思えません。

確かに『陸王』は面白い。でも、それは、足袋作りの実態だとか、フット・ミッド走法などの「情報」としての面白さが随所にあるからでしょう。「劇」としての面白さがあるかどうかは大いに疑問です。

なぜなら、役所広司の行動はすべて外的状況に依拠しているからです。

ミシンが壊れて大きな損害が出る、新規事業の提案を促される、マラソンシューズの実態を教えてもらう、足袋シューズを履いてほしいランナーがいる、でも履いてもらえない、銀行の支店長と融資課長からリストラしろと迫られる、リストラは嫌だと従業員から迫られる。

結果、「リストラはしない。開発を続ける」との宣言に至るわけですが、問題は「先代が足袋シューズを開発しようとして失敗した試作品が発見される」というエピソードの存在です。


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役所広司は阿川佐和子との会話で、「昔、親父がリストラしたとき最低だと思ったけど、いま思えばあのとき一番つらかったのは親父だったんだろうな。俺はそんな気持ちは味わいたくない」と言います。それなら、なぜその気持ちのまま「リストラはしない」という融資課長への宣言へと至らないのでしょう。


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「俺は親父のような気持ちを味わいたくない」という心を彼はすでにもっています。その心のあり方が枷となればいい。融資課長への宣言は感動的ですが、だからといって前途多難であることに変わりはありません。主人公の心のあり方が枷となるためには、「親父のような気持を味わいたくない」という気持ちを、従業員を誰一人クビにしたくないという気持ちを融資課長にぶつけなければいけなかったはず。

なのに、融資課長がやってくる直前に先代の試作品が見つかります。役所広司はそれを見、それを出汁にして「開発を続けます」という宣言に至る。しかしながら、ここで大事なのは「リストラはしない」と「開発を続ける」は、銀行にとっては同じ意味でも、役所広司にとって、ひいては視聴者にとってはまるで違うということです。

主人公は、先代もやっていたから、この100年間そうだったからという外的状況から「開発を続ける」と宣言します。でも、それでは彼は外的状況にいつまでも依拠した「子ども」です。己の心と向き合っていない。

心とは記憶であり、その人の過去のことです。彼は「親父のような気持を味わいたくない」と己の心とせっかく向き合ったにもかかわらず、クライマックスでそれを忘れ、「親父だって同じことをやっていた」ことを拠り所にしています。だから子どもなのです。

「開発を続けます」ではなく、「リストラはできない。できない以上は開発を続ける」と言いながらも何も策はない。勝ち目0%というところで幕切れを迎えないと「志の高いドラマ」とは思えません。実際の作品では、勝ち目は薄いとはいえ融資課長との決闘には勝った。勝ったのは爽快だったけれど、はたしてそれでいいのかどうか。



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逆に、出会うはずのなかった二人が出会ったことで話が転がる『今からあなたを脅迫します』は、武井咲の心のあり方が枷となってドラマを駆動します。

ラストで明らかになるのは、彼女は亡き母からいまわの際に「正しいことをしなさい」と言われ、それを金科玉条にして生きてきた。友達が二人しかいないのはなぜなんだろうと思っていたら、おそらくその正義感が災いしているのでしょう。正論ばかり言う人間は嫌われますから。

それでも正義を貫くことしか武井咲にはできない。なぜなら、母親との記憶が彼女を縛っているからです。心のあり方が見事に枷となっています。



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ディーン・フジオカは事件解決後、「あいつは偽善者にすぎない」と切り捨てようとしますが、カタギの商売が嫌いな感じの彼の心にも「優等生」の血が残っていたのでしょう。もう二度と会わないはずだった武井咲に会いに行き、彼らの関係は続くことになります。

ディーン・フジオカにどういう過去があるのかはまだわかりません。でも、おそらく彼は彼の心のあり方に縛られ、武井咲と関わらざるをえない仕掛けになっている。

だから、パッと見は格調高そうな『陸王』よりも世間からは軽く見られそうな『今からあなたを脅迫します』のほうが志が高い作品だと私は思うのです。


『校閲ガール・河野悦子』の政治的正しさにノン!

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ちょっと寝込んでしまっていたもので、やっと昨日になって見た『地味にスゴイ!DX 校閲ガール・河野悦子』
去年の連続シリーズのときからそうですが、石原さとみのありえないかわいさには全場面で卒倒を起こしそうでした。

お話は、突っ込みだしたらいくらでも突っ込めてしまう内容だからというわけではありませんが、何も言いません。別にそういうのを期待して見たわけじゃないし。

何を期待したかというと、


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そりゃもう、こういう笑顔を見たかったからでして。あはは。

いや、そんなことはどうでもよくて、今回のデラックスでも去年のシリーズのときも思った、このドラマの「政治的正しさ」を俎上に載せたいと思います。

それはこの人たちにまつわることです。



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右が校閲部に所属する人(名前忘れた)と、左が確か印刷会社勤務の人で、ドラマの中では、カップルなんですよね。そう、ゲイなのです。

で、これは連ドラだったときからそうなのですが、主人公コーエツも他の登場人物も、同性愛カップルということに対してものすごく理解があるというか、ごく普通のこととして受け容れているんですね。

これは、すごくいいことのようで、実は罪が深いと私は思います。

そりゃ、変に蔑視したり、変にいいことのように祭り上げたりするよりはずっといいかもしれない。

そういう意味では「政治的には正しい」。ポリティカリー・コレクトネスというやつですな。

でも、実際にLBGTというのはものすごい偏見で見られてるじゃないですか。その偏見を虚構の中でだけでも打ち破ろうという表現ならわかるんですが、現実にはありえない「理想郷」をただ平和的に描かれても、それって臭いものに蓋をしてるだけじゃないの? と。

現実と闘わない作者の怠慢を感じてしまうんです。


『ウチの夫は仕事ができない』⑧(善意によって勝利した主人公、そして…)

24時間テレビのインターバルが挟まった『ウチの夫は仕事ができない』。昨日から「第2章」ということで大変楽しみにして見てみましたが…。

前回までの記事
①まっとうで健康的な王道ドラマ!
②ジェンダー論に切り込んだ第2話
③タフとやさしさ
④主人公を甘やかしてはいけない
⑤堕落していく…
⑥久々のスマッシュヒット!
⑦ジェンダー論のさらなる発展!?

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すごく面白かったですねぇ。メインプロット以外のところが。
というか、この連続ドラマは全体を通してかなり巧妙に仕組まれていることがいよいよわかってきました。
やはり、このドラマは「会社ドラマ」ではなく「ホームドラマ」だったんだな~とも思いましたしね。

今回のメインプロットは、毎年一度めぐってくるビッグプロジェクトの担当を錦戸亮が任されて…というお話でした。

その解決策はたわいもないというか、いままでと同様で、主人公の人のよさがすべて解決してくれるというもの。

でも、それがつまらないとかそんなことを言うつもりはありません。

だって、前回の予告編で「次から第2章! できるようになった主人公。それでも家庭は幸せなのか⁉」みたいなことが言われていたので、今回の第8話では、

「主人公がどう苦境を乗り切るか、ではなく、できるようになった未来を見据えた内容」

になっていたと思うんですよね。
だから、今回の第8話は、第7話での次週予告との合わせ技だったのですね。

この二人がなぜ必要なのかもやっとわかりましたし。
というか、作者たちが力を入れたのはこちらのパートのはず。
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錦戸を「ニモちゃん」と呼んで敬語を使いながら軽蔑するという一番嫌な奴を演じていた田所くん。彼がなぜ錦戸の姉の江口のりこと同棲するという展開が必要なのか、前回までまったくわからなかったんです。ニアミスのシーンとかでも少しもサスペンスが盛り上がらなかったですし。

でも、サスペンスとかそういうことのためではなかったんですね。


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かつて、こういう状況にもなった二人が和解するために、江口のりこを二人の板挟みにする必要があった。別に江口のりこである必要はないのかもしれませんが、主人公にとって大事な存在で、かつ、前回ゲスト登場した父親でもなく、もっと身近なメインキャラクターで。

となると、松岡茉優か江口のりこしかいません。普通なら松岡茉優にしたいところですが、それだと後日、田所くんに「怒ってないなんて嘘でしょ」と問われたときに「自分たちのことよりお姉さんの幸せのほうが大事だって。ウチの夫はそういう人なんです」と伝える人物がいなくなってしまいます。

ここで、錦戸が自分で「お姉さんの幸せのほうが大事でしょ」と言ってしまったら田所くんは逆に「なんて嫌な奴だ」と怒ってしまうでしょうから別の人物が言う必要があった。となると、江口のりこを板挟みにするしかない。それなら二人を同棲させてしまえ、というのが作者たちの狙いだったんじゃないでしょうか。

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田所くんだけは仕事ができることで屈服させるのは避けたかったのでしょう。彼の唯一の特長「人のよさ」で丸め込む必要があったのだと思います。

なぜなら・・・

次回で、壇蜜から「おまえ、嫌な奴になったな」と言われるみたいですが、そのときに錦戸を「仕事ができる奴」としてではなく「ものすごくいい人」として尊敬している人間が社内に一人いないといけない。

ということで、田所くんとの熾烈な争いは、仕事ができるかどうかではなく、主人公の人のよさでケリをつけた。

ということは、次回で完全にいやな奴に成り下がってしまい、奥さんも家を出たりするなどクライシスを迎えるみたいですが、そこでカギを握るのがこの二人であることはもはや明白です。


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社内で一人だけ主人公を見る目が違う男と、そんな彼とかわいい弟との間にはさまれるお姉さん。

どういうふうにカギを握るのか注目です!!!

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