アクション

2019年01月14日

今年の映画初めは『ストリート・オブ・ファイヤー』。地元の名画座シネマ神戸さんがやってくれるというので駆けつけました。

実はこの映画は25年くらい前にビデオで見ていまして、当時は黒沢清監督の『映像のカリスマ』を読んだばかりで、あれにかなり影響されていたから「何だこのつまらない映画は」と思ったんです。でも、あれから映画の味方も変わってるし黒沢さんの言うことがすべてじゃないとも思ってるし、それに何よりスクリーンで見れるわけですからね。しかも併映が去年のお気に入り『ザ・プレデター』というのでよけいにね。


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このファーストシーンはノリノリで見ていました。何でこんな素敵な映画をつまらないなんて断じてしまったんだろう。青かったのだろうか。と思いましたが、どうもこのあとから雲行きが怪しくなりました。

悪玉登場、歌姫をさらっていく→善玉の帰還、早速チンピラ退治→助けに行く→悪玉のアジトに監禁されている歌姫

ここまで30分ですが、時間かかりすぎでは? それに、さらわれたダイアン・レインがどこでどうしているのかずっと見せないというのはイライラが募りました。さらわれた直後かマイケル・パレ登場のすぐ後に見せないといけないのではないでしょうか。

しかしこの映画は編集が素晴らしい。冒頭の熱唱シーンからして素晴らしい。編集がいいだけでミュージカル・シークエンスは活き活きすると改めて思いました。
マイケル・パレがダイアン・レインが監禁されている部屋に飛び込んできてナイフか何かで手錠の鎖をぶった切る4カットがすごい。スコセッシも真っ青のジャンプカットを披露してくれます。ああいう勢いのあるアクションシーンは画面を活性化しますね。しかしその直後……


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マイケル・パレがショットガンをぶっ放すシーンになるんですが、漏れてる油を撃って炎上させるじゃないですか。油がちょろちょろ漏れてる画は彼の見た目ショットなんだから遠目から望遠で撮らないといけないのに接写してましたよね。あれは白けた。

ただ、撮影に関してはいいところもあって、最近のアメリカ映画は薄暗い室内という設定だと役者の顔にろくに光を当てずに撮ることが多い。表情が読めなくてイライラするんです。でもこの映画では薄暗い室内や夜のシーンでもちゃんと役者の顔にうっすら光を当てている。好感がもてます。

さて、首尾よくダイアン・レインを助け出し、リック・モラニスらとの個人的いざこざがあって、そのあと他のみんなに救出してきたとなって盛り上がるんですが、助けたあとすぐみんなに知らせて盛り上がって、盛り上がったのに個人的いざこざで盛り下がるほうがよくないですか? どうも映像的にも脚本構成的にも乗れない。

しかも、あの警官たちは何なのでしょう? 誘拐と銃撃戦だけで充分捕まえられるはずなのに、注意するだけって……。

あの警官たちは完全に作者の都合で動いてますよね。最後の決闘シーンでも傍で見守ってるだけってそりゃないですよ。『藁の盾』のラストみたい。

敵と味方が感情を交わすシーンがないのは致命的では? ウィレム・デフォーはターミネーターのような機械みたいです。悪い奴は悪いことをするだけなんてつまらない。しかも警察は彼の悪行を間接的に手助けしている。

やはり、ダイアン・レイン救出のあとマイケル・パレとウィレム・デフォーは逮捕されるべきです。そんなことしたら映画がそこで終わってしまうとウォルター・ヒルら作者たちは考えたのかもしれませんが、ブタ箱に入った二人が決闘のために一致協力して脱獄するほうが面白くないですか? そのあとも警官隊は執拗に二人を追い回す。二人はまた一致協力して警官隊を罠にはめて二人だけの決闘の場へ赴く。そういうシーンを積み重ねればウィレム・デフォーの役にも血が通ったはずなんです。

結局、今年の映画初めは直後に見た『ザ・プレデター』のほうが100倍面白いことを確認しただけで終わりました。残念。

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『ザ・プレデター』(哀切きわまりない自殺願望者たち)






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2018年11月11日

近くの劇場で急遽上映が決まったらしい『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』。監督はあのジョージ・パン・コスマトスの息子パノス・コスマトス。予告編を見て何とも言えぬ禍々しさが気になったので見に行きました。

いや、もうこれはニコラス・ケイジの新たな代表作というか、私にとっては『ワイルド・アット・ハート』に次いでケイジ兄貴がはじけた映画として記憶に刻まれそうです。


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ニコラス・ケイジって基本的に好きじゃないんです。この顔で主演スターを張ってるというのが私にはよくわからないんですよ。この顔なら普通脇役ばかりでしょ。叔父さんの七光りがなければ絶対スターになれてないと思う。

しかし、この『マンディ』は『ワイルド・アット・ハート』のようにニコラス・ケイジという特異な役者を活かしまくった稀有な映画だと思いました。

さて、マンディというのはニコラス・ケイジの奥さんの名前で、人里離れた山奥で木こりをやっているケイジに深く愛されているのですが、この奥さんがカルト集団みたいなのに惨殺されて、我らがケイジ兄貴が復讐の鬼と化すというのが『マンディ』のあらまし。

カルト集団の頭目も何が目的なのか少しもわからないし、何かヴェノムみたいな怪人も出てきますし(『ヴェノム』は未見ですが)はっきり言ってよくわからないこの映画。

最初はね、途中退席しようかと思ったんですよ。だって、マンディが惨殺されて復讐の鬼と化すまでに75分もかかるんですよ。全体は120分そこそこなのに。いくら何でも時間かかりすぎ。

でもね、そこまでを我慢すれば実に楽しい時間が待っています。

楽しい? 血みどろの復讐劇が? という声が聞こえてきそうですが、この映画は非常なる可笑しみに満ち溢れているのです。

ちょうど昨日、WOWOWでやっていた『マザー!』というのを見たんですけど、あれもよくわからない映画で、不条理なホラーを目指したのか何なのか。一番残念なのは可笑しみがないことなんですね。笑えない。不条理をやるならブニュエルみたいに笑わせてほしいんですけど、恐がらせようとするばかりで逆に白けました。

でもこの『マンディ』は笑えるんですよ。

まず、奥さんを目の前で惨殺されたケイジ兄貴がトイレで号泣するんですが、いつものようにトチ狂った芝居には定評のあるケイジ兄さんなので、このシーンが異常に笑えるんですね。

さらにヴェノムみたいな怪人をやっつけるところで、どうやってやっつけたのかよくわからないんですけど(この映画はわからないことだらけ!)ヴェノムが血をドバーッと吐くんですね。でニコラス・ケイジがその血を浴びるんですけど、その顔が笑える!

さらにここ。↓↓↓




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復讐を果たしたケイジ兄貴は車を運転して帰路につくんですが、いつもなら助手席に乗って微笑んでいる奥さんを夢想してこんなすごい目で笑うんです。このカットはもう爆笑もんでした。劇場で笑ってたのは私一人だけでしたが。www

とにかく、この映画は本当にわからないことが多すぎるし展開がのろいので、万人向きじゃないと思います。むしろ「何だこの映画は」と眉をひそめる向きのほうが多いんじゃないでしょうか。

でも私は大いに楽しみました。何より、ニコラス・ケイジという役者を使って面白い映画を作った監督はこれまであまりいませんから。

パノス・コスマトス。この先どういう映画を作るのか、目が離せません!
(ちなみにこの記事には「ヨーロッパ映画」というタグをつけていますがアメリカ映画じゃなくてベルギー映画なのでね。念のため)




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2018年10月06日

香港ノワールの金字塔『男たちの挽歌』。

何度も見ている大好きな作品ですが、つい先日まで何度見ても「誰が主人公か」という作劇の基本中の基本がよくわからなかったんです。でも今回見直してみてよくわかりました。


①チョウ・ユンファ?
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『男たちの挽歌』といえばチョウ・ユンファといわれるくらい、この名優の代表作として知られています。多くの人もこの映画の主人公はチョウ・ユンファだろうといいます。実際、香港アカデミー賞でも主演男優賞を取っています。しかしながら、助演にすぎないマーロン・ブランドが主演男優賞を取った『ゴッドファーザー』の例もありますし(詳しくは→こちら)同様にトラブルメイカー役にすぎないダスティン・ホフマンが主演男優賞を取った『レインマン』の例もあります。(→こちら)だから主演賞というのは少しもその役者が主役だったということの証しにはならないのです。


②レスリー・チャン?
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この映画が「兄弟の葛藤」を軸にした物語であることは誰の目にも明白です。兄貴がヤクザだと知った弟は兄に裏切られたと思い、しかも兄のせいで父親まで亡くしてしまう。「あいつを許してやってくれ」と言われるからよけいに許したくない気持ちが芽生え、兄貴のせいで警察官としての未来はなくなり、重要な仕事からも外される。

だから、兄ティ・ロンが弟レスリー・チャンに許してもらう物語なのか、それとも兄を許したくなかった弟が最終的に兄を許す物語なのか、という二つの考え方の間で揺れた結果、弟が兄を許す物語、つまりレスリー・チャンが主役なんじゃないか、と思っていた時期があったんです。

でも違いました。


③ティ・ロン!
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主役はティ・ロンです。この画像から明らかなように、彼はレスリー・チャンとチョウ・ユンファの間で板挟みになっています。

いままで大事なことを見落としていました。チョウ・ユンファもまた彼の「弟」だということです。もちろん血のつながった弟ではなく「弟分」という意味。

ヤクザの兄を許さないレスリー・チャンのために足を洗おうとするも、ヤクザ世界の弟チョウ・ユンファはもう一旗揚げようとヤクザの世界に戻ることを迫ってくる。二人の弟の間で揺れる兄貴の苦悩を描いていたのですね。

弟といえば……

話の発端はティ・ロンとチョウ・ユンファが弟分シンの裏切りに遭うことでした。で、いまやシンが親玉になっている。シンが裏切りさえしなければティ・ロンは円満に足を洗うことができた。その弟分シンを殺すことで物語は決着します。

だから「二人の弟の間で葛藤する」というのは間違いですね。本当は「三人の弟」です。

弟分の二人は身勝手なことを言うだけで死んでしまいますが、血のつながった弟だけは最終的に兄の苦悩を理解し、シンを殺すための拳銃を手渡します。そして、逮捕。

せっかく心が通い合ったのに、二人をつなぐ物が手錠というのが何とも哀しい。

でも、あれはハッピーエンドですよね。殺すべき弟分を殺し、和解したかった弟とは和解するのだから。






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