聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

社会批評

クローズアップ現代+「個人情報格付け社会」に唖然呆然

クローズアップ現代+「個人情報格付け社会 ~恋も金回りもスコア次第!?~」を見て衝撃を受けました。


20190212_01 (1)

中国のオンライン・マーケット最大手アリババが、学歴、勤務先、年収、預金残高、購入履歴、ローンの返済具合、健康状態などを勘案してAIによって点数を弾き出し、それがその人の信用度スコアとなるそうです。

その点数をもとに結婚相手を探す人もいれば、家賃無料で豪勢な暮らしを享受できる人もいるとか。


直感的にイヤ!
昔、タイトルを忘れてしまいましたが、確か小山ゆうのマンガで、一人一人のIQがその人の額に刻印されてしまい、IQが低い人は殺してもかまわないとかそんな設定の物語がありました。中国ではもはやそれが現実になっているのですね。IQに代わる「信用度」というスコアによって。

企業や大学の格付けだって見るの嫌なのに、人間を格付けするなんてありえない。でも中国人はその点数は客観的なデータに基づくものだから信用しているそうです。笑えない。


長年の友人を切る!?
しかも、借金を返さないなど友人に信用度が低い人がいると自分のスコアも下がってしまうらしく、昔からの友人を切る人も続出しているとか。インタビューアーが「いいんですか?」と訊いても「もちろんです。自分のスコアが下がるほうが嫌ですから」って、え、マジで?

日本でもこの信用格付けという考え方が金融業でも取り入れられているとか。
ある人は、AIから毎日8000歩の散歩をするよう命じられ、それをこなしていくとスコアが上がり、低い金利でお金を借りられるようになる。カードローン地獄にはまっていたその人はそれによって借金完済できたらしく、そういう使い方ならいいかもと思うのですが、いや待てよ、と。みんな何かAIの奴隷になってしまってない?


奴隷の奴隷
ハイデガーだったでしょうか。「奴隷の奴隷」という概念を提示した哲学者がいます。
主人は奴隷をいくらでもこき使える。だから主人は何でも奴隷にやらせる。しかし、そのことによって逆にその主人は奴隷なしには生きられなくなる。主人は「奴隷の奴隷」になり、奴隷は「主人の主人」になる、という面白い考え方です。

中国人も一部の日本人もいまやAIという、本来は人間の道具にすぎない物の奴隷になってしまっているのですね。AIに気に入られるように日々の生活を生きている。


国家に都合のいい人間になりたいですか?
実際、中国では、駐輪禁止区域に駐輪したら監視カメラがすべて見ているのでスコアが下がるとか。環境にやさしい行動を取るとスコアが上がる。

それならいいじゃないという声が聞こえてきそうですが、しかし、何が環境にやさしいかというのは科学の問題というよりはいまや「政治」の問題ですし、すべてAIが見ているから道徳的に悪いことをしたらスコアが下がるのはいいことというのも違う気がします。

AIは人工知能と言いますが、現時点でのAIは自分で考えることができません。開発者が作ったフレームの中でしか考えられない。とすれば、アリババという超巨大企業が何が正しいかを決めているわけです。そしてそのような巨大企業は100%中央政府と結託している。つまり、国家にとって都合のいい人間が生み出されているだけです。なぜそこに気づかないのか。AIの奴隷になることを通して、最終的に国家の奴隷になることを求められているのに。

日本でこの技術がどのように活かされるか、という締めで番組は終わりましたが、道徳を教科とし、点数をつけるようになってしまったこの国でも早晩同じような状況になるような気がしないでもありませんが、日本人だけは違うんじゃないかという淡い希望ももっています。

どうなりますやら。



本当の「頭の悪さ」について思うこと

数日前、「映画芸術」のベストテン・ワーストテンについてのこんなツイートを読んで開いた口がふさがらなくなりました。


『タクシードライバー』は私も好きですけど、だからといってあの映画が好きじゃない人が「センスがない」とは断定できません。好きな人がたくさんいる映画が好きじゃないとセンスがない? じゃ多数派は常に正しいってことですか? それは絶対におかしい。

ちょっと前に「生涯ベストワン映画」というハッシュタグが流行りました。そこで『ショーシャンクの空に』を挙げている人に「センスがない」みたいなことを言う人が結構いたそうで、それに関して私は以下のツイートに完全同意です。


だから、『タクシードライバー』が好きじゃない人がセンスがないわけでもないし、『万引き家族』『カメラを止めるな!』をワーストに挙げる人もセンスがないわけじゃない。逆もまた然り。ただ、好きな人と好きじゃない人とは価値観とか映画観が違うということにすぎません。

ここからが本当に言いたいことですが、当該ツイートで一番の問題は「その人の映画評は二度と読まない」という点です。

この人は自分と同じ考え方の人の文章しか読まないのでしょうか。

よく、知識の多寡や思考力の高低をもって「頭が良い/悪い」と言ったりしますが、私はまったくそうは思いません。いま現在知識が少ない、思考力が低いというのは頭が悪いとは言いません。

どれだけ博覧強記の人でもこの世のすべてを知っているわけじゃないし、どんな面においても思考力を発揮できるわけでもない。

問題は、自分の知識量の少なさ、思考力の低さをそのままにしておくということでしょう。頭をよくする志向をもたない人こそ「頭が悪い」。たとえ、いま現在ものすごい知識があり、思考力があったとしても、さらに頭をよくする志向をもたない人は頭が悪いと言っていいと思う。

「無知の知」という言葉がありますけど、自分は何についてわかっていないか、ということについて知っていれば自ずとそのことについて知ろうとするでしょう。そういう人は頭がいい。

問題ツイートをした人は、自分とまったく映画観の違う人の文章を読んで蒙を啓かれるという経験をしたことがないのでしょう。そういう経験をしようとも思わなかったのでしょう。自分とはまったく物の違う見方をする人を「センスがない」と断定し「その人の文章は二度と読まない」。読めば新しい発見があるかもしれないのに。

このような「自分で自分の可能性を閉じてしまっている人」を言葉の本当の意味で「頭が悪い」と私は思います。


蛇足
別の記事でも書いたことがありますが、「本当の勉強とは勉強すればするほど己の勉強不足を思い知らされる営み」であり、誰しも生きている以上「自分の頭は悪い」と認識していないと底なし沼に落ちてしまいます。
「人生は死ぬまで勉強」と言ういうのは簡単ですが、道のりは険しいですね。


中野信子『不倫』を読んで思ったこと

脳科学者・中野信子先生の『不倫』を読みました。


不倫 (文春新書)
中野 信子
文藝春秋
2018-07-20


ソフトバンク新書『人はなぜ不倫をするのか』と同じように、「生き物にとって不倫をするのは別に悪いことではない」というのが本書の主張。そもそも一夫一婦という制度が人間には合っていないのだと。

中野先生の『シャーデンフロイデ』や『サイコパス』でも触れられていた「フリーライダー」という言葉。共同体の決まりごとを無視して自分勝手に行動する人間。不倫は一夫一婦という制度を破って自分だけいい思いをするフリーライダー的行為だから「共同体の維持のため」という大義名分のもと断罪される。

しかしフリーライダー的に生きることに快楽を覚える人間は時代を超えて確実にいるから、いくら不倫を断罪しても不倫する人間はいなくならないだろうと。

そこから、『シャーデンフロイデ』『人はいじめを止められない』の著者は昨今の「不倫バッシング」について語ります。

しかし、不倫バッシングについては『人はなぜ不倫をするのか』に書かれてあったことのほうが私にはいまでも充分面白いし新しい。→こちらの記事『学校化するニッポン』を参照してください。

さて、話は本に書かれていることから離れ、ここからが本題です。

芸能人の不倫を叩く人、不祥事を叩く人、とにかく何も考えずに炎上に加担する人たちにこそ、この『不倫』という本は読まれねばならないと強く思うのですが、『サイコパス』はかなり売れたそうですが、この『不倫』はあまり売れてないみたい。

それはやはり『不倫』というタイトルにあるのでしょうね。『夫のちんぽが入らない』という名作エッセイがありますが、あれもタイトルを見ただけで食わず嫌いをする人が多いとか。不倫バッシング華やかなりし時代ですから「不倫」というワードに嫌悪感を催す人がたくさんいると思われます。

しかし、そういう人にこそ読まれないと意味がないんですよね。なのにそういう人には届かない。

それだけでも厄介な問題なのに、『夫のちんぽが入らない』に話を戻すと、食わず嫌いの人が多いだけでなく、実際に読んでも嫌悪感を催す人が多いとかで、これはおそらく「この本は汚らわしい」という先入観が強すぎるのが原因だと思われます。先入観が読む力を奪っている。

だから、不倫バッシングに血道を上げる人たちがもしこの『不倫』を手に取ったとしても、先入観に支配されて読んでしまうから結局「不倫を肯定する本なんてけしからん」という感想しかもたないのではないか。

百田尚樹の『日本国紀』が話題ですが、あれも最初から「百田尚樹の本だから」というのが右派にとっても左派にとっても先入観になってしまい、読む前から感想が決まってしまっているんじゃないか。私はまだ読んでないからわからないけど、どうもツイッターの百田非難の声を読んでいると、そうなんじゃないかと思えてしまう。

そうやって、いろんな問題で日本人は断絶してしまっている。経済的にも格差は拡大する一方だし、イデオロギー的にも考え方の違う人同士の間隔は開く一方。

本を読んだり、映画を見たりするのって、自分自身が刷新されるところに無類の楽しさがあると思うんですけど、どうもいまの日本人は「自分と同じ考え方が載っている本しか読まない」という人が増えてる気がする。いまの自分の考え方を変えられるのをとても恐れている。変わったあとの自分を恐れている。


ダウンロード

もしかすると、ネトウヨさんたちが威嚇するような言葉遣いをするのは「恐れているから」ではないか。

生きているかぎり人は変化するのが普通。だから変化することを忌避するのは「自殺」に等しいと思う。

ということを『不倫』を読んで思った次第です。




人はなぜ不倫をするのか (SB新書)
亀山 早苗
SBクリエイティブ
2016-08-06

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