評論

2019年07月26日

『5時に夢中!』の「ビジネス書タイトルクイズ」で紹介されていた『未来のセックス年表 2019‐2050年』を読んでみました。

読む前はトンデモ本の類かな、と思ってたんですが、これがなかなか「格差社会」「デジタル難民」「大都市と地方の格差」などのまっとうな問題をまっとうに語り尽くした良書でした。


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内田樹先生がよくこういうことを言います。

「未来予測というのはとても大事。当たるかどうかではなく、なぜ起こるべきことが起こらなかったのか、起こらないと思っていたことがなぜ起こってしまったのか、そういうことを考えるために」

この『未来のセックス年表』もタイトルはキワモノ的ですが、内容はいたって真面目です。

以下、特に興味深いと思った予測を簡単にご紹介しましょう。


少子化の果てに
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人口減少に歯止めがかからず、2020年には、50歳以上の人口が49歳までの人口を追い抜くそうです。これは予想ではなくほぼ確実な流れ。閉経女子がマジョリティになる、という確実な未来から著者は以下のような未来予測をします。

空き家と化したマンションで高齢女性の売春が常態化する。

人口減少は高齢化だけでなく多量の空き家を生み出す。同時に、婚活やパパ活などで重宝されているマッチングアプリはどんどん高性能になり、素人の高齢女性が自宅や近所の空き家を利用して売春をするだろうと。男も高齢化するうえにマッチングアプリのおかげで相手を見つけるのに苦労がない。高齢になっても売春をするということは貧困層。だからホテル代やホテルまでの交通費はできるだけケチりたい。そこでマンションの空き家が売買春の巣窟となる。いま地方の商店街がシャッター街になっているのと同様、老朽化した団地やマンションが「妖怪団地」と呼ばれることになるだろうと著者は言います。面白い予想ですね。


テクノロジーは必ずしも「性的貧困」を救わない
2020年東京オリンピック、2025年大阪万博を口実にして、コンビニから成人雑誌が駆逐されるだろうと言われています。もし店頭からエロ本がなくなってもデジタルコンテンツとしてのエロを享受できる高齢者(高齢者とはかぎらないけど)は別にいいんですが、デジタルアダルトコンテンツにアクセスできないデジタル難民、すなわち「性的貧困者」というものが必ず出てくる。性的欲求はデジタル化できないから何とかして彼らを包摂するアイデアを見つけなればならない。

著者は明言していませんが、やはり、アダルトコンテンツにアクセスできないせいでレイプなど犯罪に走る人とその被害者を減らさねばならないということなのでしょう。

本書の後半では、AIの研究家との対談が二つ編まれているんですが、セクサロイド(=セックスロボット)を作ることは可能か、という議論があります。要は人間ではなくAIとセックスするわけです。その是非や可能性については私はあまり興味がありません(興味があるのは「神」としてのAI⇒参照記事「AIが神になる⁉」)。

仮にとても良質なセクサロイドが開発されるとすると、男の性的貧困者は救われますよね。でも女性はどうか。

すでにもう3年近く前に秋葉原にはアダルトVRを鑑賞できる個室ビデオ店というものがオープンしていて、お好みのAV女優とVRで堪能できるらしいんですね。しかも値段が60分で1500円。テクノロジーの発達に伴って安くなるのは確実ですから、性的貧困かつ金銭的貧困を抱えた男性は救われると思います。

しかしながら、先述の高齢売春にすでに表れていますが、マンションの空き家が大量発生するような地方都市にはそのような店はできないと思われます。著者によれば、その街にデリヘル店があるかどうかの基準として「人口8万人」というのがあるらしいです。それぐらいの人口がないとペイできない。だから、これからの人口減少によってデリヘル消滅の街が続出する。

では都市部は安心かというとそうでもないと私は思います。VRでAV女優相手に快楽を得られるのならデリヘルなどの風俗店を利用する人は激減するでしょう。

誰が困るかというと、当然、風俗でしか稼ぐ手段のない女性ですよね。著者によると、最近の風俗嬢は二極化していて、「フリーランス型」と「店舗型」に分けられるとか。SNSを活用して全国にフォロワーのいる女性は食いっぱぐれがないけれど、家族がいるなどの理由で地元から離れられない女性はアダルトVRとの競争にダイレクトに巻き込まれ、おそらく負ける。

そういう女性をどうやって社会が包摂していくかというのもかなり大きな問題になる、ということだそうです。

また地方都市間で風俗嬢同士の戦争が激化するだろう、とも著者は予測します。

特に沖縄では、本土から出稼ぎにきた女性ばかりに指名がつくそうです。なぜなら、身バレの心配がないため素顔を晒せるから。これはすでに起こっていることらしいですが、まったく同じことが全国の地方都市でも起こるだろうと。

東京で仕事を失った女性が、ちょっと小さ目の街(埼玉とか)へ出稼ぎに行き、そこで仕事を失った女性がもう少し小さい町へ、そこで仕事を失った女性が……というふうにしてドミノ倒し現象が起こるだろうというわけです。(だから結局、最終的なしわ寄せが沖縄へ行ってしまうのでしょうね)


一億総AV女優、一億総風俗嬢の時代
いまの小中学校性が最もよく見る動画はテレビ番組ではなく圧倒的にYouTubeだそうです。スマホネイティブの世代にとって、自らを撮影し、それをネット上にアップするというのはまったく抵抗がないばかりか「手軽に稼げる手段」なわけです。

昔はPhotoshopで作っていたアイコラも、いまではAIに一人の女性の顔データを大量に憶えさせ、その女性のいろんな角度からの顔を作らせる。その顔とAV女優が出演しているポルノ動画とを合成させれば、有名タレントや素人女性の「フェイクポルノ」が簡単に作れてしまう。だからやはりAIは神にもなれるだろうけれど、悪魔の道具ともなりうる、諸刃の剣なのですね。

アイコラを作るにはそれなりの技術が必要だっただろうし、有名人のものばかりでしたが(なかには初恋の人の卒業アルバムの写真でアイコラを作っていた輩もいるとか)これからのフェイクポルノは、誰もが簡単に被害者になりうる、というところが恐ろしい。男性も標的にされる場合もあるでしょうが、主に被害に遭うのは女性でしょう。「一億総AV女優」「一億総風俗嬢」の時代がすぐそこまで来ていると著者は警鐘を鳴らします。


セックスの「再魔術化」
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最後に、一番興味深かった話題を。セックスの再魔術化、という予測。

ちょっと前から、パソコンやスマホの中にある故人のデジタル情報=デジタル遺品をどうするか、という問題がたまに話題になりますが、これからは、逆にデジタル遺品を処分するのではなく、故人のありとあらゆる情報をデジタル化して保存しておいて、VR技術と融合させ、死んだ配偶者や恋人とVRで性的快楽を得ることが普通に行われるだろう、と。

さらに面白いのは、宗教団体の教祖が亡くなったとき、その教祖の情報もデジタル情報として残しておけば「教祖と交わる権利」を販売して大儲けできる。大納得。


その他あれやこれや
以下、興味をもった話題を箇条書きで簡単に。

・射精はVRのなかで味わうものとなる。セックスの目的がオーガズムを味わうことでなくなれば、わざわざベッドの中で演技をする必要もなくなる。

・2030年代半ばには「無料ラブホ」「無料風俗」が現れる。無料の代わりにセンサーが張り巡らされた室内で行為中のデータが運営会社に提供される。性器へのウェアラブル端末「スマートコンドーム」が生まれるだろう。

・よりよいセックスを実現するためにAIにデータを提供していくうちに、その当初の目的が忘れられ、AIにデータを提供するためにセックスするようになる。そうした流れのなかで「そもそもセックスとは何か」「私たちは何のためにセックスをするのか」という哲学的な問いを突きつけられる。

・車の自動運転が実現されれば、ハンドルを握る必要がないから、移動時間を利用して食事や勉強、仕事などができる。セックスもそのひとつ。セックスインフラの「無人化」「自動化」が実現される。

・2050年、不倫という概念がなくなる。

エトセトラ、エトセトラ。

ともかく、タイトルを見ただけで引いてしまわず、お手に取って読まれることをお薦めいたします。ここに書ききれなったさまざまな未来予測にあふれています。


未来のセックス年表 2019-2050年 (SB新書)
坂爪 真吾
SBクリエイティブ
2019-03-06





2019年07月22日

いま『京大変人講座』という本を読んでいます。


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全6章のうち半分しか読んでないんですが、第2章の「なぜ鮨屋のおやじは怒っているのか」が異常に面白かったのでご紹介いたします。

著者は、サービス経営学専攻の山内裕准教授。ドキュメンタリー映画『次郎は鮨の夢を見る』で主役としてカメラに収められた鮨屋の親父が少しもサービスらしいことをしていないのに、いやむしろ不機嫌で恐いのになぜか客は満足する。少しも客が減らない。なぜだろう、と思ったのが研究のはじまりとか。

ちょっと前に東京オリンピックが決まる決定打になった「おもてなし」という言葉。あれがサービスのことだと思われてますよね。いまウィキペディアで「おもてなし」を調べてみると、こんなふうに書いてあります。

「おもてなしとは心のこもった待遇のこと。顧客に対して心を込めて歓待や接待やサービスをすることを言う。「もてなし」に「お」をつけて丁寧にした言い方である。自ら考える教育を受けている外国人観光客からはただのおせっかいと思われることがほとんどである」

なるほど、山内准教授が書いていることの精髄がここにほとんど出ていますね。

ただ、なぜ「外国人観光客からはただのおせっかいになる」のか。いや、山内さんが言っているのはそれよりもっと踏み込んで「日本人同士であっても心を込めたおもてなしをされると少しもおもてなしをされた気にならない」という逆説なのです。


客を手取り足取りもてなしてはいけない
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くだんの鮨屋でも、店に入ると、親父はメニューも見せずに(そもそもメニューなるものが存在しない店なんですが)「飲み物はどうしましょうか」と訊き、飲み物が出ると「何かお切りしますか」とだけ訊く。鮨は白身から、という作法があるのを知っているという前提で「何か切りますか」とだけ訊く。ちょっと意地が悪い。しかし、上のウィキペディアの説明にもあるように「自分で考える習慣が身についていない人」つまり多くの日本人はこういう接客態度を不愉快に感じるそうです。「何かお切りしますか」という訊き方には「自分の頭で考えろ」というメッセージが隠されていますから。

山内さんは、スタバの「ショート」「トール」「グランデ」という独特でよくわからないサイズの言い方や、イタリアンレストランのピザやパスタの、どんな料理かまったくわからない料理名に話を移し、このわからなさこそ客の心に「もてなされている」という気分を作り上げると言います。

通常考えられる「提供者側が客を満足させるために、あの手この手でもてなす。それがサービス」というのは実は逆で、そういうサービスをすると逆に客は満足しないという逆説が起こる、と。

その理路は?


奴隷のサービス
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日本のお店はどこでもそうですが、常に笑顔でお客様のために手取り足取りおもてなしさせていただきます! という空気で充満していますが、そんなことをしてしまうと「上下関係」が生じてしまう、と山内さんは言います。提供者側が奴隷になり、客は主人となる。同時に、主人である客はつまらなく感じる。奴隷に承認されたりサービスを提供されても、そんなものは上位に位置する自分には価値がないから。

「提供者側が客を満足させようとサービスすると、その満足は客にとって意味がなくなってしまう」

だから、高級鮨屋の親父も、高級イタリアンやスタバも「私たちのサービスはあなたたちには意味がわからないくらいすごいのだ」というメッセージを発している。それで価値が上がるとか。

山内さんによると「客自身がどう振る舞い、どういう客になろうと努めるか、という要素がサービスにおいてはとても重要だ」ということになるそうです。

このあと、高級店であればあるほどサービスが減るとか、おもてなしを意味する英語「ホスピタリティ」はラテン語の「敵意ある見知らぬ者に対して力をもつ」という意味の言葉が語源で、文化人類学的にはこれは当たり前のことだとかが語られるんですが、興味のある方は本を読んでください。私の興味は以下に。


お客様は神様ではない
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私が思ったのは、「お客様は神様です」という言葉がいまだに大手を振っているこの国の本当の現状について。

よくクレーマーが言うのは「客は神様なんだからもっとサービスしろよ」という言葉。これに対して「お客様は神様です」というのは提供者側がいう言葉であって、サービスを受ける側が言ってはいけないとよく言われます。

これは自分で自分のことを神様だなんておこがましい、みたいな意味で言われますけど、本当は違うことがわかりました。

クレーマーは自分でサービスの質を落としているんですね。

だってそうでしょう。自分の口から「おまえは奴隷である。奴隷らしくサービスせよ」と言って、価値が低く感じられるサービスを自分から求めているのですから。

だけど日本の店はどこでも「お客さんには何を言われても丁重に」という教育がなされているから、クレーマーが求める以上の奴隷になり下がる。クレーマーはますます居丈高になり、ますます価値の低い奴隷になれと要求する、という悪循環が起こっている。

「お客様は神様です」と客が言ってはいけないというのは、決して倫理的な意味ではなく、純粋にもっと価値の高いサービスを受けるために言ってはいけないのです。

そして、提供者側も奴隷根性を捨て去らねばならない。鮨屋の親父やスタバのように「意味がわからない言葉」を発するなどして、自分たちのサービスの価値を低めてはいけないのだ、と思います。

そんなことしたらもっと怒ってしまう?

そうかな。そりゃま店側に問題があるなら丁重に謝罪すべきでしょうが、理不尽なことをしつこく言う客には意見していいと思いますがね。あまりに奴隷根性が沁みつきすぎ。外国人観光客には日本のおもてなしが不評というのもうなずけます。

『王様のレストラン』の千石さんのように、店員をおまえ呼ばわりする客には毅然と、

「私はかつて先輩からこう教わりました。お客様は王様であると。しかし先輩はこうも言いました。王様の中には首をはねられた奴も大勢いる。またのご来店のないことを心よりお祈りしております」

提供者側が上に立てばいいのです。くだらない客を追い返せば、そのほうが店の質は上がる。

おそらく、日本のほとんどの店がこういう「努力」を怠っているのです。下位から上位に這い上がるより、下位に甘んじているほうが楽ですから。

自分たちは客の理不尽な物言いに耐えている、ああ何て健気な……という甘美な物語に溺れてしまっている。

オリンピックまであとちょうど1年。いい機会です。奴隷根性を捨て去りましょうぞ!






2019年07月14日

(承前)①AIが神になる⁉

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池谷裕二さんと中村うさぎさんの対談本『脳はみんな病んでいる』の感想第二弾。

昨日の第一弾で扱ったAIのこと以外で気になった話題をつらつらと。


脳は光そのものを見ていない
「人間は光そのものを見ているのではなく、光の信号を網膜が0と1のデジタル信号に変換した単なる電気パルスを『見え』として判断しているだけ」

ということは……?

「高齢者は結構な割合で幻覚を見ている。赤ん坊も見ている」

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幻覚とはその電気パルスに過ぎないわけですね。赤ちゃんが突然誰もいないほうを見て笑い声をあげるのは幻覚を見ている可能性が高いとか。

「現実と幻覚を分けて考えられるのが『大人』ということらしいが、経年によって脳のタガがはずれる。脳は実は経年と共に活動レベルが上がっていく。そのせいで幻覚を見る

うちの両親を見ているかぎりではまったくそんなふうには見えず、むしろ逆に見えますが、それは単に私の脳がそう思い込んでいるだけなのでしょうか? 
いや! 幻覚は見てなさそうだけど、幻聴はあるみたい。何も言ってないのに「何?」と言ってくることがあるから。なるほど、あれは脳の活動レベルが上がっているからなのか。目から鱗。


この世はわからないことばかり
「試験管の中で遺伝子を化学合成しているうちに、遺伝情報が極端に少ない『世界で最もシンプルな生物』ができてしまった。でも、その生物がなぜ生存できているかは作った人間にもほとんど理解ができない」

これは前回のAIの内部原理がわからないというのと似たようなものですね。
ここで話題になっているのは実際に生きている生物ですが、もう25年くらい前、まだコンピュータ技術もそれほど発達していなかった頃のことですが、新聞に「人工生命」の話が載っていました。

パソコンの中でしか生きられない人工生命を作り出すとき「30個以上の情報がないと生命として活動できない」とあらかじめ定義づける。で、人工生命同士で交配を繰り返すうち、何と30個未満の情報しかないのに普通に活動している人工生命が現れたと。30個以上の情報という生命の定義をものともしないものがなぜパソコン内のみとはいえ活動可能なのか、まったくわからないが生命とはそういうものなのかもしれないと結ばれていました。

そういえば、本書でもまったく別のところで、「飛行機がなぜ飛ぶのかいまだにその原理がわかっていない」と池谷教授が言っていました。これは私もちょっと前に知って驚愕したんですが、こういうふうに設計して作れば飛ぶことはわかっている。でも、なぜそう作れば飛ぶのかはわかっていないと。こんなことを知ってしまったら飛行機に乗れなくなってしまいそうですが。

人間にはわからないことだらけですな。科学の本に対して抽象的なことをもちだすのはどうかと思うけど、「美とは何か」とか「面白いとはどういうことか」ということも人間にはわからない。

抽象といえば……


動物にも抽象概念がわかる
「ネズミに正方形と長方形の図形を見せて、長方形を選んだときだけ餌をあげる。そのネズミは長方形が好きになる。次に、同じ長方形ともっと横長の長方形を見せると、横長のほうを選ぶ。『横長』がデフォルメされたものが『長方形っぽさ=長方形性』という抽象概念が理解できている」


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そういえば、うちの犬は幼い頃はテレビをじっと見ていることがありました。よく犬や猫に二次元は理解できないと言いますが、うちの犬はわかっていたらしい。二次元というのは犬にとっては抽象概念ですよね? 本当は三次元のものを二次元に移し替えているわけだし(違うか?)

ともかく、幼い頃の犬にははっきり人間や動物が映っているとわかっていた。わかっていたということは「見えていた」ということ。それが大人になるとまったくわからなくなるというのは、もしかすると「あれは幻覚だったのだ」と犬なりに解釈しているということなんでしょうか?


医療経済の悪辣
ここからはほとんど引用のみです。

「『医療経済』という言い方があって、新薬が開発されるとその社会的効果が計算されます。その薬によって何人の人がどれぐらい得をするのか。社会保障費の増額はいくらか。病人が救済されることによる社会的利益はどのくらいか。薬の副作用による社会的損失はどれくらいか。人の命や障害、生活の質を金額に換算する計算式まである。だから難病向け新薬がなかなか開発されない。たとえ効果があっても患者数が少ないとペイしない」

「日本政府は患者数が少ない疾患の良薬を開発した企業に損失が出ないように、希少疾患の薬に高値をつける特別システムを設置した。そして希少疾患の新薬開発ブームが起こった。そのために副作用も起こった。希少疾患の創薬は未開拓の領域のため競合相手が少なく、公的な制度で保護されているからめちゃくちゃ儲かる。過去5年間に承認された新薬の40%までもが希少疾患の薬。製薬企業の力点がそちらに移ったために他の分野の創薬が手薄になった。アルツハイマー病やパーキンソン病などの疾患の新薬はわずか3%。患者数が多いうえにまだ治す薬のない疾患であるにもかかわらず」

「しかも、希少疾患治療薬の優遇制度を狡猾に利用した例も出てきている。本当は広範な疾患に有効な薬なのに、まず患者の少ない疾患に適用することで高価な薬価を国に確約させ、その後、一気に適用疾患を拡大する。薬価は見直されて下がるが、見直しまでの時間差を利用してぼろ儲けする手口」

いやはや、医は算術の時代と言いますが、許せませんね。


雑学あれやこれや
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「人間以外の動物にとって、目は他の動物を威嚇するもの。目の誕生によって、他の動物から狙われる可能性を常に気にする必要が生まれた。生物がこれほど多様になった原動力のひとつは、目による攻撃と防御という軍拡競争の側面が強い」

「認知症の人が『人格が変わってしまった』と思われることがある。『人格が変わったから記憶障害が出てきた』と思うのは逆で、記憶障害が起きてある特定の記憶が失われると、残った情報で辻褄を合わせようと別の人を演じようとする。その場その場で辻褄を合わせながら人格Aと人格Bを演じ分けたりする」

「細菌はなぜ宿主を殺すか。宿主を殺すのは細菌にとっても危険を伴う。宿主と共存し続ければ安泰だけれど爆発的に子孫を増やすことはできない。宿主を殺さない程度にしか栄養を奪えないから。しかし宿主を操作して天敵の前で鈍い動きしかできないようにしてしまえば、宿主が食べられても死んだ宿主の肉体をすべて消化して自分たちの栄養源にできる。より大きな宿主に移動できたら爆発的に子孫を増やせる。そうやって宿主からより大きな宿主に引っ越しをするのが種の繁栄にとって有利という考え方」

「病気の遺伝子はわざわざ病気を発現させるために残存しているとは考えにくい。本当は有益な何かのためにあるのではないか。統合失調症の危険遺伝子を生まれつきもっている人は意外と多い。そういう人たちは芸術家や小説家、俳優や研究者など創造力が要求される職業がとても多い。でも何かの拍子にネジが緩むと病気として発現してしまう」

「地球上の生物で脳をもっている生き物は全生物の0.13%。つまり、脳が地球を支配しているのではなく、脳をもっていない生き物によって地球は支配されている。燃費の悪い脳のエネルギーを確保するために脳をもった動物はひたすら食べないといけない。植物やバクテリアからすると哀れな生き物。脳をもってしまったために居住エリアが限られるなど不利な条件を強いられている。承認欲求や自己実現欲求など、脳をもってしまったために幸せになるためのハードルが高くなってしまった」

「なぜ我々は脳なんてものをもったのか、研究すればするほどわからなくなってくる」

脳科学者が言うからこそこの言葉は重く、また切ないですね。

本書は実は第2巻らしく、前著の『脳はこんなに悩ましい』を読みたいと思います。