評論

2020年06月07日

いま脳科学者・中野信子先生の『空気を読む脳』を読んでいて、まだ最後まで読んでないんですが、途中にセクシュアリティの話があって、セクシュアリティは脳に先天的に埋め込まれているのか否か、みたいなことが書いてあります。


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同性愛遺伝子
結論から言うと、同性愛を促す遺伝子というものがあって、生得的なものではなく先天的なものだそうです。

同性と愛し合うと子孫を残せないのになぜそんな遺伝子があるかというと、繁殖には役立たないけれど、群れの行動を円滑に進めるのに同性愛遺伝子は非常に役立つそうです。

よく女子の間でも、普通の男よりゲイのほうが女の気持ちがわかる、とか言われますが、そういう性質が共同体や組織を維持するのに役立つんだそうです。

それはそれでよくわかるんですが、それはあくまでも人間だけの話だろうと思っていたんですよね。


動物のほうが活発な同性愛者⁉
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『空気を読む脳』にはアッと驚く為五郎な話が書いてあって、何とアホウドリの3分の1はレズだとか、オス同士でしか交尾しないオウサマペンギンの話が書いてあって目からうろこでした。人間では5~15%が同性愛者らしく、『世界が100人の村だったら』という一世を風靡した絵本にも、

「世界が100人の村だったら、11人が同性愛者」

と書いてありました。つまり11%が同性愛者らしい。でも、欧米の若者の意識調査では、何と30~50%もの人が「自分はストレート(異性愛者)ではない」と回答したとか。

それはともかく、ゴリラも同性愛をするというのは、京大総長で霊長類学者の山極寿一さんの著書を読んで知っていましたが、鳥類でも⁉ とびっくり。

しかももっと驚いたのは、何とショウジョウバエの世界でも同性愛があるとかで、どうも同性愛遺伝子というのは、霊長類や脊椎動物といった高等動物特有の現象ではなく、生物全体に不可欠なもののようです。


同性愛は子孫繁栄に寄与する⁉
同性愛者男性の女性親族は、ストレート男性の約1.3倍の子どもがいるそうです。

この理由はまだ定かではないそうですが、同性愛の伯父または叔父がいる女性は性的に早熟になる可能性が高いと仮定すると辻褄が合うとか。

これは実験でも明らかにされつつあるらしく、ある昆虫を人工的に交配して同性愛遺伝子をもつ昆虫のグループを作ると、この遺伝子グループでは異性の繁殖力が高いことが判明したとか。

ここらへんの記述で「一方の性」「他方の性」「異性」というのが何を指すのか何度読んでも判然としない箇所があり、十全には理解できていません。

が、つまるところ、同性愛者の伯父または叔父は血縁者の子育ての手伝いをよくするため、自分自身は子どもを作らなくても、その遺伝子が後世に残りやすい、と。これを「ヘルパー仮説」または「ゲイの伯父(叔父)仮説」というらしい。

ともかく、2年ぐらい前に杉田水脈が言っていた「LGBTは生産性が低い」という言葉は科学的に否定されました。そもそも倫理的にアウトですがね。


新型コロナだって
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昔懐かしい岸田秀の『ものぐさ精神分析』には「人間は本能が壊れているから同性愛などが起こる」と書いてありましたが、それはもう完全に過去の話。ゴリラだって同性愛に走るし、アホウドリも、はたまたショウジョウバエも!

しかも同性愛遺伝子があったほうが自分の遺伝子をたくさん残しやすいと。これはかなり意外。

そのような複雑な機構を大自然はどのようにして考え出したのか。こういうことを知ると、

「神はいるに違いない」

と私なんかは思ってしまうし、実際、科学者(特に物理学者や天文学者)は神を信仰しているらしいですが、同性愛という直接的には子孫を作らない、つまり自分の遺伝子を残さない形態が、実は自分の遺伝子を多く残すことができる。

こんなの仮に神がいるとしてもどうやって考えたのか。

大自然の摂理はこのように複雑怪奇なうえにものすごく合理的。

とすれば、新型コロナウイルスも人間にとっては理不尽な存在ですが、地球全体にとっては合理的な存在なのでしょう。

いや、もしかしすると人間にとっても合理的な存在なのかもしれない。中世のペストのおかげで教会の権威が失墜し国民国家が誕生したように、今回の新型コロナが資本主義か民主主義か何かはわかりませんが、いま人類を縛っている体制を終わらせ、新しい経済体制あるいは政治体制を生み出すのかもしれません。

同じことを以前にも書きましたけど。


空気を読む脳 (講談社+α新書)
中野信子
講談社
2020-02-20





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2020年03月13日

ちょっと前に父親(とあの男を呼ぶことは憚られるけれども)と縁を切った。

なぜかはここには書かない。書いてもわかってもらえない。わかるのは家族だけだろう。あの男がどれだけ幼稚でひどい男かは母親と兄二人ならわかるかもしれない。

実際、「これまでの人生で、馬鹿にされ、罵倒され、私物のように扱われ、心をずたずたに引き裂かれてきた怨念がついに臨界点に達してしまった」とメールで言ったけれど、それについて何も返事がなかった。「わかった」からだろう。

そして母親と次兄からは年賀状が来た。

「正月は帰ってこないと聞いたから年賀状を出しました。淋しいから月に一度は帰ってきてください。いろいろ腹も立つだろうけど」
「たまには実家の様子を見に行ってほしい」

と綴られていた。

というわけでいまでもたまには帰っているのだけれど、正直いい気持ちがしない。あの男と同じ屋根の下にいるというだけで反吐が出そうになる。

そういえば、私の病気は父親が原因だそうだ。いまの主治医と出逢ってもう30年になるけれども、かかり始めてから10年くらいたったときに「この病気は治るんでしょうか」と訊いたら「少なくともあなたのお父さんが死なないかぎり治らない」と言われた。

あの男がすべての元凶である。あの男のせいでこんな厄介な体になってしまった。

恨んだ。縁を切ったら少しはスッキリすると思った。

が、心にモヤモヤを抱えたまま数か月を過ごしている。先月は体調をよく崩し仕事も休みがちだった。主治医に「父親のことが心にわだかまっているからでしょうか」と訊いたが「それはない」ときっぱり言い切った。あの男が原因ではないらしい。あの主治医が言うなら本当だろう。

さて、「父親がすべての元凶である」「父親のせいで自分はこんな人間になってしまった」というのは「子ども」の言い分であり、そう言い続けるかぎり「父」から逃れることは絶対にできない、という人が現れた。

尊敬してやまない内田樹先生である。

10年前に読んだ『邪悪なものの鎮め方』を再読し始めたら、いきなり最初の文章が「父権制イデオロギー」についてであった。


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村上春樹の『1Q84』について書かれた文章なのであるが、ちょうどこの本が出たのは村上春樹がエルサレム賞を受賞して、あの有名な「壁と卵」のスピーチをした頃で、システムとしての「壁」にぶつけてつぶされる私たちを「卵」と喩えた秀逸なスピーチであった。

しかしながら、システムとしての「壁」を作り上げるのは「卵」である私たちのほうだというのが内田樹先生の卓見である。

村上春樹は初期作品を3冊ほどしか読んでないのでまったくわからないが、内田先生によると春樹作品に「父」が登場することは絶無なのだそう。

「父」とは生物学的な意味のそれではなく、「世界の意味の担保者」であり、世界の秩序を制定し、すべての意味を確定する最終的な審級、「聖なる天蓋」のことだそうな。つまり、神ですね。

そして、村上春樹の「壁」と内田先生の「父」は同じものを意味する。

何かがうまくいかないとき、自分が悲劇の主人公のような気がするとき、私たちは「父」を要請する。その父の責任にして自分を憐れむ。神を恨んだヨブみたいな感じだろうか。

「それは弱い人間にとってはある種の『救い』である」と内田先生は言う。

しかし、である。

「父」を召喚することで救いが得られても、そのような自己都合で「父」を呼び出すうちに「父=システム」はゆっくりと肥大化し、偏在化し、全知全能のものになり、ついにはその人を細部に至るまで支配し始める。

だから、

「私がいまあるような人間になったことについては誰にも責任を求めない」

という言葉を発見した者、その言葉を遂行した者にだけ父の支配から逃れられるチャンスが訪れる、と内田先生は言う。

邪悪なあの男によって苦しめられてきた我が人生を、決してあの男のせいにしてはいけないようである。

何を経験してもすべてを「父」との関わりに基づいて説明してしまう。そのような言葉遣いをしているかぎり「子ども」は決して「父」から逃れることができない、と。

縁を切るという宣言はその一歩かもしれない。でも、本当に最初の一歩なのだ。あの男の支配から逃れるためには……という言葉遣いをしてもいけないのであった。そのような言葉遣いがすでに「父」を要請しているから。このような蜘蛛の糸=「父権制イデオロギー」から逃れるのは本当に難しいと内田先生も言っている。

でもやっぱり縁を切ったのは最初の一歩なのだ。縁を切るときに「父」を召喚してしまったけれど、次に実家に帰るときはそのようなことを考えないようにしよう。

いや、「父」を要請することを考えまいとすることがすでに父権制イデオロギーの虜なのだ。難しい。

そういえば、いまの主治医との最初の出逢いは「脳波」であった。脳波を取るとき、30本ほどの電極を後頭部に突き刺し、ゆっくり枕に頭をつけると目の上にタオルをかけられ「いまから30分間何も考えないでください」と言われた。何も考えるまいと思うことがすでに何かを考えているわけだからめちゃ難しかったが、あの時点ですでに「治療」は始まっていたのかもしれない。

というか、「あなたのお父さんが死なないかぎり治らない」という「父の死」というのは生物学的な意味の「死」ではなく、私が「父」を要請する必要なく自分の人生を語れるようになったとき、という意味だったのかもしれない。

実際、「父親と縁を切りました」と言ったときの主治医の態度は「それがどうした」という感じであった。そして父親に関するあれこれのストレスは体調不良とは一切関係がないという。

もしかすると、私は初めて主治医の言いたいことを理解しえたのかもしれない。30年かかった。

「私がいまあるような人間になったことについては誰にも責任を求めない」

この境地に達するのに、あとどのくらいの年月がかかるのか。できればお父さんの生物学的な死の前に達したいものである。

とりあえず、「親父が死んでも葬式には絶対出ない」などと考えるのはよそう。

うん、まだ間に合う。


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邪悪なものの鎮め方 (文春文庫)
内田 樹
文藝春秋
2014-01-04






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2019年11月02日

ドイツ文学者・池内紀さんの『ヒトラーの時代』を読みました。教えられるところ多でした。


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テーマは、サブタイトルにもあるように「ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか」。

ヒトラーは「民主的に選ばれた政治家」であることはよく言われます。民主政と独裁政は親和性が高いとは内田樹先生もよく言うこと。

ただ、ナチスが取った戦略は大事なことはすべて国民投票で信を問う。のだけど、反対票を投じられないような仕組みになっているとか、ある日突然共産主義思想が違法になり共産党の議席が全部なくなるとか、ほとんどめちゃくちゃ。でも宣伝相ゲッベルスのやり口が巧みでナチス支持の輪を広げていく。

とはいえ、ナチスのやり方はおかしいと思っていたドイツ国民も多くいて、ある地方ではナチスがいくら勢力を伸ばしても中央党というリベラルな政党が常に一定数の票を集めていた、というなかなか驚くべき記述もありました。

しかし著者の本当に言いたいことは、

「なぜこんな凡庸きわまりない男が史上最悪の独裁者になれたのか。とんでもない手法を取ったとはいえ、多数派でありさえすれば安心できる大衆にこそ真の原因がある」

ということでしょう。

続けてこんなマンガを読みました。橋本ナオキという人の『会社員でぶどり』


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社畜を自認する鶏のでぶどりと、後輩で意識高い系のヒヨコのひよ君の物語。

でぶどりは意味のない会議や、とにかく会社にいることが大事だという部長に心の中で文句を言いながらも毎日終電まで残業し、俺はほんと社畜だなぁなどと自嘲しています。

それに対してひよ君は、さっさと仕事を終わらせて「もう帰るのか」という部長の命令を無視して毎日定時で帰ります。そして先輩のでぶどりに、

「被害者ヅラしてるだけじゃ何も変わりませんよ。いくら命令されたとはいえ残業したのは先輩の意思でしょ。いやな会社でこの先もずっと疲弊するつもりですか。僕は辞めますよ」

といってほんとに辞めてしまう。著者も東京のIT会社を1年半ほどで辞めたそうですが、でぶどりとひよ君は著者自身の心の中の葛藤だったのでしょう。辞めたいけど辞めていいのかと悩みながらも、まず辞めないことには前に進めないというもう一人の自分。

『会社員でぶどり』の一番のキーワードはひよ君が何度も言う「被害者ヅラ」

悪いのは会社である。何かあったら会社のせいにすればいい。

と思って従っているうちに自分を社畜だと笑う人間(鳥?)になってしまった。そうなる前に辞めた著者は偉いと思います。ひよ君のロジックには一点の曇りもないし。


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だから、ヒトラーをあそこまでのさばらせてしまったのは、会社が悪いと言いながら従っていたでぶどりのような大衆なのでしょう。加えて、でぶどりは「会社を辞めたら周りが何と言うか。親に何と言われるか」と自分の気持ちよりどう思われるかを優先している。それは多数派でいたいということ。少数派であることをおそれず自らの意思を貫いたひよ君はやはり偉い。


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この男をこれ以上のさばらせないためにも、ひよ君のように勇気ある行動を取らねばならない。実際にやっているのが山本太郎ですね。私は一票を投じて少額の寄付をしただけ。他に何かできることはないか。

そういえば、最近、瀬戸内寂聴の『97歳の人生相談』という本も読んだんですが、寂聴さんが何度も言うのが、

「青春は恋と革命です」

というフレーズ。世の中の不正と闘って変えていかねばというメッセージ。

大いに知恵と勇気をもらった最近の読書でした。(『でぶどり』はすでに第2巻が出ているらしいので、早く読みたい)



会社員でぶどり
橋本 ナオキ
産業編集センター
2019-03-13





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