主義・主張

2019年06月12日

もう一週間ほど前ですけど、山本太郎のれいわ新選組に寄付しました。


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山本太郎がんばれ!
何しろいま日本で唯一まともな政治家ですからね。街頭で涙ぐみながら自殺者をなくしたいという演説にはこちらももらい泣きしそうになりました。

仄聞するところによると、ちょっと前の時点で1億6000万円以上集まってるとか。もっともっと集まるといいというか、一部の金持ちがドカンと何百万円も寄付してるというより、私みたいな貧困層の小市民が1000円だけとか5000円だけとか少額の寄付だけで全体の7割ほどを占めるそうです。

というか、相当な人数がれいわ新選組に寄付しているわけで、今回の参議院選挙では何がしかの風が吹くような……? というか吹いてもらわないと困る。老後のために2000万? アホか! とか言ってる間にまた公文書が消えてる。。。


懐かしいアイスバケツチャレンジ
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これはあの懐かしいアイスバケツチャレンジの一コマ。まだ東京にいたときだから5年ほど前かな。

最初は寄付をするか、したくなければ氷水をかぶる、という遊びだったのが、いつからか、氷水をかぶったうえで寄付する遊びに変わりました。

なぜこんな昔話をしたかというと、ちょうどこの頃はアメブロをやってまして、読者登録してくれていた人が、

「寄付はひっそりとやるもの。寄付したい人は声高に寄付をしたとか言ってはいけない」

みたいなことを言っていて、それは違う! と強く思ったのを思い出したからです。


3年前の熊本地震
あのときもそうでした。何百万も寄付した芸能人が「売名行為だ」などとバッシングを受けました。

そもそも売名かどうかわからないというのもありますが、仮に売名だとして、売名の何がいけないんでしょうか? 

そのお金で助かる人がいるのならそれでいいんじゃないですか? 何もせずに能書きばかり垂れてる奴よりよっぽど偉い。

逆に、有名人は「これだけの寄付をしました」と堂々と言ったほうがいいと思う。インフルエンサーなんだから寄付しようかどうしようかと躊躇してる人の背中を後押しすることもあるでしょう。

だから私もめちゃくちゃ微力ながら、先日、「れいわ新選組に寄付しました」とツイートしました。

「寄付はひっそりと」というか「善行は黙ってやってこそ」みたいな美徳が蔓延したことが今日の政治的災厄を招いたと言っても過言じゃないと思います。

正しいこと、善いことと信じてるなら堂々と声高に主張しましょう!






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2019年05月16日

昼休みにテレビで「ゆたぼん」という10歳のユーチューバーが取り上げられていました。




何でも、宿題をやるのがいやで、やらないと居残りさせられる。さらに、大人の言うことに唯々諾々と従うクラスメイトがロボットに見えて、こんなところにいると自分もロボットになってしまう、というのが不登校の理由だそうです。

同僚さんが「ただのわがまま。いじめを受けていて不登校ならわかるけど、宿題がいやだからってただのわがままじゃないか」と言ってましたが、まったく同意。別に学校に行ったらロボットになるわけじゃない。ロボットにならないという強い決意があれば周りに染まることはない。

親御さんは心理カウンセラーとかで、「子どもを自由に生きさせて何が悪い」と主張しているそうですが、悪いに決まってるじゃないか、というのが本稿の主旨です。


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『バカの壁』の養老孟司先生は、かつてこんなことを言っていました。

「小さい子どもに本音を教えてはいけません。徹底的に建前を教えるべき。学校はそういう場です。建前を押しつけてそれに反発して出てくるのがその子の本当の本音。最初から本音を教えてはいけません」

あるいはこんな言葉もあります。

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フランス現代思想家の内田樹先生は武道家でもあり、師匠から絶対にやってはいけないことを最初に叩き込まれたそうです。

それは、「いいとこ取り」。

いろんな人の教えのいいところだけをチョイスして自分で組み立てるやり方ですね。

なぜこれがダメかというと、いいとこ取りをするためには何が良くて何が悪いか判別する目をもっていることが前提となる。なぜこれから学ぶ者にそんな能力があるのか。最初はすべての人のすべての言葉を受け入れなさい、ということだそうです。

ゆたぼんの父親の言葉で一番だめだと思ったのは、次の一節です。

子どもたちは自ら学ぶべき事を学ぶべきタイミングで自ら学んでいくと信じています 

なぜこれから学ぶ者に「学ぶべきこと」や「学ぶべきタイミング」がわかるのでしょうか?

学校に行けばいろんなことを教えてくれます。

宇宙はどうやって生まれたか。
生物はどのように進化してきたか。
人間はどのような歴史を歩んできたか。
なぜ昼間の空は青く見えるのか。なぜ夕焼けは赤く見えるのか。
2月はなぜ28日までしかないのか。
100チームでトーナメント戦をすると試合数は全部で何試合になるか。

まだ何も知識の詰まっていない子どもにはすべてが新しくて面白いはず。テストで点を取るために勉強している人はテストが終わったら全部忘れてしまいますが、本気で勉強していればたいていのことは憶えています。

だから、ゆたぼんはものすごく損をしていると思う。自分で自分の可能性を狭めてしまっている。そして、あろうことか父親がそれに加担しているという笑えない大損の連鎖。

ゆたぼんはおそらく型にはまるのがいやなのでしょう。その気持ちはよくわかるけれど、型を否定するためには、まずその型にはまってみることが大事。これはある映画監督の教え。

とにかく、まだ年端もいかない子どもに「自由」などを教えては意味をはき違えるだけだからやめたほうがいい。不自由な時間があるから自由な時間が活きてくるのだから。





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2019年04月24日

最近、駅までの通勤路の交差点で、小学生相手に「信号を守りましょう」と声掛けをするボランティアの人たちが急に現れまして。新学期だからかな。

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こういう信号のないところでは必要でしょうが、信号のあるところで赤信号では絶対渡るなと言い、渡ろうとした人間に「信号守ってください」とがなり立てるのは、はっきり言って迷惑です。

調べてみると、道路交通法では歩行者も信号無視をすると刑事罰を問われる可能性ありとか。

しかし、実際にそんなケースはないでしょう。私は何度もパトカーや白バイの目の前で信号無視したことがありますが職質を受けたことすらありません。

ニューヨークに行ったとき一番驚いたのは「信号無視」でした。車はもちろん止まりますが、歩行者は青だろうと赤だろうと左右を見て車が来なければ容赦なく渡っていく。外国で赤信号を律儀に守っている東洋人がいたら間違いなくそれは日本人です。

子どもたちに「ルール」を教えることは大切でしょうが、ルールにさえ従えばいいとまで言ってしまっては「思考停止」の人間を産むだけです。

私は左右を見て車が来ていないから渡った。それでも「信号を守れ」というのは「思考停止していなさい」ということです。ボランティアの人たちは違うというかもしれませんが、そうなのです。

大事なのは、そのルールをいまは守るべきなのか、それとも破るべきときなのか、柔軟に考える頭を育てることのはず。

だいぶん前から「考える力」を重視するとか何とか言ってますが、「信号ファシズム」が横行しているようでは日本の未来は暗いですな。




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