聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

単発ドラマ

『30年目の真実・宮崎勤の肉声』には嘘がある!

昨日放送された『30年目の真実・宮崎勤の肉声』はなかなかの力作ドラマだと感じました。が、このドラマには嘘がある! と声を大にして言いたい。

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もし金子ノブアキ演じる刑事がいなかったら、宮崎勤は連続幼女誘拐殺害事件の犯人としては捕まらなかったんじゃないかと思えるほど、この刑事の勘が鋭かったようですが(というか、トランクから血が出てるのに車の色が違うからホシじゃないと決めつける同僚や係長のほうがどうかしてる気もしますが)とにかく、宮崎勤の肉声と、当時実際に放映された映像と、今回撮られた再現映像とを駆使してあの事件に迫るドラマとして見応えがありました。

が、やはり、このドラマには「嘘」があるんですよ。

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最終的に、
「宮崎勤は俺たちと同じただのちっぽけな人間だった」
そこに一番衝撃を受けた金子ノブアキ。そのラストシーンはなかなか見せるものでした。

だが、不満もあります。

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ダンカン演じる宮崎勤の父親。だいぶ息子とそりが合わなかったようで、あの部屋に入ろうとすると怒るから近寄らないようにしているとか、報道陣から部屋を見せてくださいと言われたときに、チラと息子の部屋のほうを見てから「いいですよ」と言うときの影のある顔など、もうちょっとこの父親と宮崎勤のことを突っ込んでくれてもよかったんじゃないかと。

ただ、私が本当に言いたいのはそういうことではなく、この人が事件から数年後に自殺したことを世の人はほとんど知らない、ということなんです。
このドラマでもその事実にはまったく触れていませんでした。

というか、この父親の自殺ってテレビはおそらくほとんど報じていません。新聞でも社会面の片隅にひっそり書かれていただけ。少なくとも私の友人・知人は誰もあの父親が自殺したことを知りませんでした。

何かあったんじゃないか。宮崎勤の父親の自殺には公にできないある秘密がある。

と、自殺を報じた新聞記事をたまたま見たときからずっと思ってきましたが、このドラマを見てその思いを強くしましたね。

このドラマには「嘘」があるから。

その嘘というは、「自供書の書かせ方」です。

ドラマでは、宮崎勤の供述を金子ノブアキの同僚がずっと書き留めていましたが、最後の最後で金子ノブアキが、
「おまえのやったこと全部ここに書け!」
と白紙を差し出します。そして、同僚刑事が、日付、場所などちゃんと書けよ、みたいな命令をしていました。あれは絶対におかしい。

私はちょうど宮崎勤の父親が自殺した年に警察に捕まったことがあります。そのとき、私の供述したことを警察官が文章にまとめたものを読めと言われ、その紙を見てみると、「自供書」と書かれていました。自分で書いてないのになぜ自供書? と思ったら、うっすらと鉛筆で書いてあるんですね。

で、何度も読めと言われ、「それで間違いないか。本当に間違いないな?」と念を押されてから、
「よし、上からペンでなぞれ」
と、なぞらされるんですよ。あれは屈辱でした。

私が犯したのは軽犯罪法違反であり、殺人なんかに比べたらちっちゃなもの。書類送検のうえ不起訴処分になったはずですが、それぐらいちっぽけな事件でも、自供書というのは容疑者の自由には書かせないものなんです。なのに、白紙を渡して「やったことを書け」なんてありえない。

この『30年目の真実・宮崎勤の肉声』の冒頭、どれだけ人物の言動を忠実に再現しているか、まるで手柄のように提示されます。

なのに、自供書に書き方(書かせ方)ひとつにも嘘がある。

おそらく警察から自供書は本当は警察官が書いていることを知られたくないから現実どおりに表現しないでくれという要請があってああいう表現になったのでしょうが、そんなことすら隠す警察(とマスコミ)は、宮崎勤の父親の自殺についても何か隠しているんじゃないか、というのが私の見立てです。

宮崎勤事件が抱える闇はまだまだ大きいと断定せざるをえません。



『校閲ガール・河野悦子』の政治的正しさにノン!

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ちょっと寝込んでしまっていたもので、やっと昨日になって見た『地味にスゴイ!DX 校閲ガール・河野悦子』
去年の連続シリーズのときからそうですが、石原さとみのありえないかわいさには全場面で卒倒を起こしそうでした。

お話は、突っ込みだしたらいくらでも突っ込めてしまう内容だからというわけではありませんが、何も言いません。別にそういうのを期待して見たわけじゃないし。

何を期待したかというと、


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そりゃもう、こういう笑顔を見たかったからでして。あはは。

いや、そんなことはどうでもよくて、今回のデラックスでも去年のシリーズのときも思った、このドラマの「政治的正しさ」を俎上に載せたいと思います。

それはこの人たちにまつわることです。


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右が校閲部に所属する人(名前忘れた)と、左が確か印刷会社勤務の人で、ドラマの中では、カップルなんですよね。そう、ゲイなのです。

で、これは連ドラだったときからそうなのですが、主人公コーエツも他の登場人物も、同性愛カップルということに対してものすごく理解があるというか、ごく普通のこととして受け容れているんですね。

これは、すごくいいことのようで、実は罪が深いと私は思います。

そりゃ、変に蔑視したり、変にいいことのように祭り上げたりするよりはずっといいかもしれない。

そういう意味では「政治的には正しい」。ポリティカリー・コレクトネスというやつですな。

でも、実際にLBGTというのはものすごい偏見で見られてるじゃないですか。その偏見を虚構の中でだけでも打ち破ろうという表現ならわかるんですが、現実にはありえない「理想郷」をただ平和的に描かれても、それって臭いものに蓋をしてるだけじゃないの? と。

現実と闘わない作者の怠慢を感じてしまうんです。




『怪奇大作戦』第16話「かまいたち」

昨日の『怪奇大作戦』は大名作「かまいたち」でした。

この作品は、人間のまわりを瞬時に真空状態にして、まるで鎌鼬に切られたかのように一人の人間が寸断される連続殺人事件をSRIが追うというもの。

例によって、トリックとかそういうことよりも「人間」や「時代」に重きを置いた脚本です。

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何しろ、犯人には動機らしきものがない。あるんでしょうけど誰にもわからない。おそらく本人にもわかっていない。

そこが恐ろしい。

動機なき殺人という言葉が人口に膾炙して久しいですが、私が生まれる前からこういう恐怖は日本人みなが共有していたんですね。

上の画像はその動機なき殺人を犯した「ごく普通のおとなしい若者」の瞳です。

この茫洋とした目は、そういう事件を犯したと知って見るとそう見えるし、何かを決意した目だと聞いてみればそう見えるし。

クレショフ効果というやつですね。


岸田森演じる牧は犯行現場でうろついていたこの男の「あまりに普通な容貌」に逆に怪しいと思う。なぜそう思うのかは牧本人にすらわからない。

おそらく「本能」でしょうね。SRIという特殊部隊の人間としての本能じゃなくて、純粋に一人の人間としての本能。怪しくなさそうだから逆に怪しいという。説明はできない。頭では理解できないが体が叫んでいる。

この若者自身もなぜ自分が人間をバラバラにする犯行に及んだのかまったく説明できないでしょう。説明できないからこそ彼は真犯人なのです。

わからないがゆえにわかる。わかるがゆえにわからない。

人間心理の本質を衝いた大傑作ですね。若者を演じた俳優さんのキャスティングも素晴らしいの一語!



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