映画

2020年08月19日

宮藤官九郎の『JOKE ~2022配信パニック!~』が先週放送されました。


伏線は簡単
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このドラマについて、「伏線の回収がハンパない」という絶賛の言葉があったと聞きましたが、私には「???」でした。なぜなら、伏線を張ってそれを回収するのはとても簡単なことだからです。

私が言っているのではありません。ある高名な脚本家が言っているのです。

とはいえ、私自身も何本も脚本や小説を書いていて実感として思います。伏線を張るのはとても簡単だと。


その高名な脚本家の弁をそのまま引用すると、

「映画を見る側にとっては伏線を張る、伏線を回収するのはとても難しいもののように感じられる。でも作る側からするとめちゃくちゃ簡単なんだよね。だって、ひとつの情報を前と後ろに分けて置くだけだから」

ということになります。

例えば、『太陽を盗んだ男』でいうと、中盤、すべて菅原文太刑事に見ぬかれたかもしれないと思った沢田研二が、学校で授業していてもどこで何をしていても菅原文太の影におびえ、走って走って走って逃げた末に、登場するのは西田敏行演じるサラ金で爆笑してしまうシーンがあります。

いきなりサラ金が登場したのでは面白くないし主人公にとって都合がいいので、前半に原爆を作るためにサラ金で金を借りるシーンがあります。これが伏線です。

だから「主人公がサラ金で金を借りる」というひとつの情報を、前半では金を借りる場面、後半はサラ金に追われる場面というふうに「ひとつの情報を前と後ろに分けて置いている」だけなのです。

それだけです。それ以上でも以下でもない。

だから脚本を評価するときに「伏線の回収がちゃんと行われているか」というのは何の材料にもなりません。


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よくない伏線の張り方・回収の仕方
ただ、「よくない伏線の張り方」というのもあるんですね。張り方というよりは「回収の仕方」でしょうか。

劇作家の平田オリザさんから直接聞いた話ですが、3つの伏線を張って回収する場合、次のような張り方・回収の仕方はダメの典型だそうです。

A-B-CーA'-B'-C'

張った順番に回収してしまう。ではどうすればいいか。



A-B-CーC'-B'-A'

というふうに、張った順番とは逆に回収していくのがセオリーだそうです。

好きな映画の物語を思い出してみてください。だいたいこういうふうになっているはずですから。




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2020年08月14日

『町山智浩のシネマトーク 怖い映画』を読みました。


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『血を吸うカメラ』に『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』『アメリカン・サイコ』など私の大好きな映画が取り上げられているので興味深く拝読しました。

が、一番期待していた『血を吸うカメラ』と『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』に関する文章はさして面白いものではありませんでした。

それに『ヘレディタリー/継承』『ポゼッション』『たたり』『狩人の夜』はさほど好きな映画じゃないので読んでいてもあまり乗れなかった。

『アメリカン・サイコ』と『カリガリ博士』に関する文章はなかなか興味深かったですが、それ以上に私にとってこの本の白眉と言えるのが、実はあまり好きじゃない映画『テナント 恐怖を借りた男』をめぐる考察です。


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この映画も上記の好きじゃない映画と同様、3回、4回と見ているんですが、多くの人が語っているような魅力が感じられなかった。

でも、町山さんの論考を読んで大いに蒙を啓かれ、これはすぐにでも再見せねば、と思いました。

ユダヤ人であるロマン・ポランスキーの出自や、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で描かれたシャロン・テートのこと、アメリカで淫行事件を起こしていまだ指名手配中であることなどが最初に語られます。

そのあとで映画本編の話になるんですが、最もギョッとなったのが、ポランスキー演じる主人公の隣人のパジャマが縦縞で、ナチスの収容所でユダヤ人が着せられている服だというところ。

ううう、いままでそんな重要なことに気づかなかったとは。

あと「警察署長と知り合いだ」「警察署長とは友人だ」というセリフで脅されたりするんですが、そんなセリフもまったく憶えていません。いったいどこを見ていたのやら。

「この映画には『ユダヤ人』という言葉が一切出てきません。だから縦縞パジャマの意味やポランスキーの出自を知らないと意味がわからない映画なんです」

いやぁ、私は縦縞パジャマの意味もポランスキーの出自も知っていたけど、少しも映画そのものにひそむ恐怖を感じ取れていませんでした。脱帽です。


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私がいままでこの映画に乗れなかったのは、おそらく「不条理劇」だからかもしれません。何だかよくわからないままに警察に連行されたりすることに乗れなかったのかも。町山さんも触れているカフカの『審判』なんて若い頃はめちゃ楽しんで読んだくせに。

主人公の前の住人シモーヌはエジプト関係の本をもっていたとか、壁にエジプトの象形文字が書いてあるとか、「え、そんなのぜんぜん知らなった」という体たらく。出エジプト記の「過越」の祭りが関係してくるとか、うーん、聖書は読んだけどまったく憶えてないニャ。また読まねば。アメリカ映画を存分に楽しむためにわざわざ大枚はたいて聖書を買ったのにまるで役に立てられていない。反省。

その他、ウディ・アレンの『カメレオンマン』が『テナント』を読み解くためのヒントになるとか、目からウロコの話ばかり。

主人公が終盤飛び込むパブにはアメリカの1ドル札を拡大したポスターが貼ってあるとか、私はおそらくこの映画を少なくとも4回は見てるはずですが、ほんとまったく目に入っていなかった。号泣。


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「差別は差別された人をおかしくしてしまうものなんですよ」

と町山さんは言うが、うーん、私が受けた差別といえば、イタリアに行ったとき老婆に道を訊いたらシッシとやられたくらいで、それ以外は何もない。差別はいけないと思っているし、そう言ってきたけれど、差別される者の悲しみや苦しみ、恐怖については逆立ちしてもわからないことを思い知らされました。

町山さんは在日韓国人ということでクラスメイトだけでなく教師からも差別されていたというし、いわれなき差別を受けた者でないとこの映画を十全には楽しめないような気もしてきました。町山さんの考察どおりに再見したとしても「よくできている」とは思えても「怖い」とまでは思えない可能性があります。

でも、とりあえずはユダヤ人差別の観点から見直してみようと思います。ここで本当に怖いのは、『テナント』という映画が「町山智浩が論じた通りの映画」にしか見えなくなることです。

いろんな見方があっていいはずなのに、それしか見えなくなってはいけない。

もっとしなやかに、もっとしたたかに、再見してみます。楽しみ。


私が書いた『血を吸うカメラ』と『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に関する記事はこちら。
『血を吸うカメラ』(KaoRiさんのアラーキー告発をめぐって)
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(『サイコ』を超える「主人公の入れ替わり」)

町山智浩のシネマトーク 怖い映画
町山 智浩
スモール出版
2020-06-09





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2020年08月02日

T-レックスの歌声にのせた予告編を見て、見る気満々だったロシア・フランス合作の2018年作品『LETO -レト-』を見てきました。

が、これが残念ながらがっかり拍子抜けでした。


視覚的・聴覚的には……
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舞台は1980年代前半、つまり東西冷戦時代のレニングラード。国から禁止されている西側の音楽=ロックをこよなく愛し、アンダーグラウンドの世界で演奏をし、アルバムを売買している世界。

映画の感想を書くたびに同じことばかり言ってますが、意味のない手持ちカメラには辟易しましたが、基本的に白黒が好きなので視覚的には楽しめましたね。逆光の捉え方もうまいし、編集のリズムもいい。それに何よりナターシャというヒロインを演じる女優さんがかわいいので最後まで見れました。

音楽も、一番フィーチャーされたのがイギー・ポップの『パッセンジャー』ということで、イギー好きにはたまらなかった。

しかし……


なぜいま「80年代」なのか
いまロシアではプーチンが独裁政治を敷いていて、監督自身も軟禁状態らしく、大衆は自由を奪われている。そこで、同じように自由を奪われていたソ連時代に想いを託したのでしょう。それはわかります。(ロシア以外でもアメリカのトランプや中国の習近平など、ならず者が大国の指揮を執っている時代だからこそ、ということなのでしょう)

1917年のロシア革命で皇帝を処刑し、自由を獲得した。が、スターリンの台頭で全体主義がソ連全土を覆い尽くし、体制側の思想に染まらないはみ出し者は「粛清」された。自由を求めて革命を起こしたはずが、もっと不自由になり、圧政に苦しむことになった。

というのが、ソビエト社会主義共和国連邦の鬱屈だったはずですが、この『LETO -レト-』に登場する若者たちは、そのような鬱屈とは無縁のようです。愛する音楽を禁止する自国への恨みだったり、そういう国に生まれたことへのやりきれなさとか、そんなことをおくびにも出さない。

でも、それが一見不自然に見えないのも事実。しかしながら、不自然に見えない一番の理由は「政治権力が介入してこない」からですよね。

彼らのライブは当局が統制しているみたいな描き方をしていましたが、実際にはそうだったんでしょうけど、会場に警察が踏み込んできて逮捕されたりしてもよかったのでは? 史実を基にしているといっても半分くらいは脚色していると最後にテロップで出たし、実際に逮捕されなくても逮捕されそうになったり、逮捕されたけど脱獄するとか、それぐらいのことは見せてほしかった。


大きな物語=東西冷戦
LETO3

マイクというバンドリーダーとナターシャの二人に、ヴィクトルというアジア系(?)の若者が介入してきて……という恋愛物語は面白かったけど、やっぱりロックを題材にするからには「恋と政治と革命」じゃないといけないのでは?

前景で描かれる物語が「ロックを愛する若者たちのウロウロ」なのはいいけれど、後景には東西冷戦という「大きな物語」があるはずなのに、少しもそれが感じられない。冒頭で「80年代前半のレニングラード」というテロップが出なかったらいつの時代かわからなかった。

逮捕されたりするのはさすがにやりすぎかもですが、彼らが少しも政治的発言をしないのはなぜなんだろう? 政治のせいで当局の監視下でないとライブができないわけでしょう?

彼らを大きく支配しているのは後景の大きな物語なのだから、それと前景との関わりを少しも描かないというのは大いに不満でした。

もしかして……

「音楽に政治をもちこむな」
「映画に政治をもちこむな」

ということなんでしょうか。

そういえば、当ブログの読者さんにも映画の感想しか読まない人がいます。テレビドラマの感想しか読まない人もいるし、社会批評にカテゴライズしたものしか読まない人もいる。

こういうのは日本だけの現象かと思ってましたが、ヨーロッパでも「タコ壺化」が進んでいるのかしらん? 

などと思った梅雨明け直後の夕暮れでした。



Leto (Official Soundtrack)
Первое Музыкальное Издательство
2018-08-24




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