聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

連続ドラマ

春の新ドラマ、見る前に語る!

最近はテレビドラマが不作でね。あくまでも私が見ているもののみの話ですが。
前クールは坂元裕二先生の『anone』とか……あと何だっけ、いろいろ見始めたけれどほとんど2回目までに見るのをやめてしまいました。

おととしは『ゆとりですがなにか』、その前は『ようこそ、わが家へ』『徒歩7分』という傑作があったけれど、去年1年通して「これ!」っていうのはなかった。

というわけで、私が今クールで見ようと思っているものは以下の5本です。


『ラブリラン』
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単純に中村アンが好きだというのもありますが、やはり大谷亮二でしょう。『逃げ恥』のあの人。主人公の設定にかなり無理があると思うのですが、まぁそれぐらいで目くじらを立てていてはフィクションは楽しめません。永田優子という脚本家はまったく知りませんが、今夜から。楽しみ。


『正義のセ』
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これも単に吉高由里子が好きだから。この子はさしてかわいくないのにやたら魅力的ですよね。天然なところがいいのかしら。よくわからんけどツイッターでいつも独特の詩のような詩じゃない文章を楽しませてもらってるし、今回はどうか。大杉連が突然死したときのツイートもよかったですよ。『紀子の食卓』から異彩を放っていましたが、やはりビッグになりましたね。
問題は脚本家が『東京タラレバ娘』の人ってことですね。あれはつまらなかった。


『コンフィデンスマンJP』
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これは長澤まさみというよりも、いまもっとも笑える役者の一人・東出昌大の最新作ということで。しかし脚本が古沢良太というのが気になる。あの悪名高き『キサラギ』の人じゃないですか。今回も「連ドラの概念を覆す大スケール」というのが売りのようですが、こういうキャッチコピーはたいてい失敗に終わる(少なくとも私にはつまらない)ことが多いので要注意ですね。月9とかそういうことはどうでもいいです。っていうか、いまだに「月9」とか言ってるのが意味不明。もう死語では?


『ヘッドハンター』
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これはもう江口洋介とか杉本哲太とかはどうでもよくて、ひとえに小池栄子だから見たい! それだけ。働くことがテーマというところがちょっと引っかかるんですよね。それについてはまた稿を改めて書きましょう。脚本があの悪名高き『ハゲタカ』の人、というのも引っかかりますが。


『デイジー・ラック』
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一人も好きな女優さんは出ていませんが、脚本家が横田理恵という人なので一応見てみようかと。2年前の『はぶらし/女友だち』の人ですな。あれは最終回以外はめちゃ面白かった。


見ないことに決めた作品にもちょいとだけ触れましょう。

『シグナル 長期未解決事件捜査班』
『未解決の女 警視庁文書捜査官』
『警視庁・捜査一課長』
『特捜9』


シリーズものも含まれてますが、すべて刑事が主役。刑事が主役といえば、どうしても長谷川ゴジ監督の言葉が脳裏によみがえるんですよね。これは『太陽を盗んだ男』の稿で書きましたが、刑事が主役の脚本を読んでもらったとき、

「刑事というのは職業として事件にかかわるだろ。だから動機が弱すぎるんだ。もっと個人的な動機がないと面白くならない。いま刑事を主役にするなら単に事件を解決するだけじゃなくて、かなり新しい何かがないと作る意義がない。少なくとも俺は乗れないね」

この言葉を言われてから私は刑事ものを書かなくなりました。というか書けなくなりました。上記4本には「新しい何か」はなさそうなので見ません。
そういえば、前クールの『刑事ゆがみ』というのが好評だったようですけど、見ればよかったかな。どうしても刑事が主役というだけで拒否反応が出てしまうんですよね。(とか言いながらいま考えてる脚本は刑事が主役なんですけどね。「新しい何か」があると信じてます!)

さて、いまのところ見る気はないけどちょっとだけ気になっているのが、

『逃亡花(のがればな)』

元AV女優の蒼井そらが主演のサスペンスのようで、1話30分だけだから見てみようかな。という気もします。BSならではの何でもアリ感も楽しめそう。

新川優愛は好きだから見るつもりだった『いつまでも白い羽根』は番宣を見て見る気をなくしました。あんな臭い芝居ばかり流したら視聴者を失いますよ。

番宣ではなく、タイトルを見ただけで見ないと決めたのは、

『○○な人の末路』
『わたしに××しなさい!/兄友』
『やれたかも委員会』
『やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる』
『おっさんずラブ』

故・白坂依志夫さんがよく言ってました。
「タイトルより内容のほうがよっぽど重要なのは言うまでもない。しかし、人が最初に目にするのはタイトルである」
上の二つなんてそもそも何と読むんですか?

ここまで書いてきて、びっくり!
まったくノーマークだった『モンテ・クリスト伯』の脚本家が黒岩勉さん。あの『ようこそ、我が家へ』の人じゃないですか。ディーン・フジオカに新井浩文に山本美月。見よう!

6本はちょいときつい気がするニャ。どれも当たりだったらかなり忙しくなるワン。



『アンナチュラル』(遺体に麻酔をする解剖医ドラマが見たい!)

解剖する際には遺体に麻酔注射を打つそうです。そうしないと痛みのあまり遺体が暴れ出すから。


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昨日始まった、『逃げ恥』『アイアムアヒーロー』の野木亜紀子さんの新作『アンナチュラル』を見始めて、「遺体に麻酔を打ってないなぁ」とガッカリしたのです。

以下は、解剖学者・養老孟司先生の話からの受け売りですが、
なぜ遺体が暴れ出すかというと、医者が死亡診断書を書いたからといって「その人はまだ死んでいない」からです。

心臓死、場合によっては脳死の時点で「この人は死んだ」と法律的には決められてしまいますが、実は死んではいないのです。死んでいるのなら暴れ出すはずがありません。

心臓が死んで血液を送られなくなっても、当の心臓だって組織として死んだだけであって心臓を構成している細胞がいっせいに死ぬわけではありません。体じゅうすべての細胞がそうです。少しずつ少しずつ死んでいくのです。だから解剖の際、生き残っている痛覚神経と筋細胞と脊髄が連動して暴れ出すのです。

じゃあ、その人はいつ死んだと言えるのか。

それは人間には永久にわからないそうです。
死体を野ざらしにしておいて、野鳥がついばんだり、微生物が少しずつ分解していき、もう細胞なんか残ってないだろうという状態になったとしても「死んだ」とは言えないそうです。

心臓死の概念は明治維新で欧米の医学・法哲学が輸入されたときに日本に入ってきましたが、それ以前は「その人がいつ死んだかはわからない」のが常識だったとか。

だから、江戸時代の解剖学者・杉田玄白らが解剖するのを許されたのは処刑が言い渡された罪人だけだった。普通の死人だと死んでいるかどうかわからない。解剖した杉田玄白が殺したことになる可能性もある。それを避けるために死刑になった人だけ解剖を許された。どっちみち死ななければいけない人なのだから解剖してよろしいということだったそうです。

つまり、解剖を主題にするなら、「死」とは何ぞや、「命」とは何ぞや、というところに切り込んでほしいということです。このドラマでは、医師が死亡確認したときを「死」だと、まるで自明の理であるかのように扱っていますが、これまで3000体、1500体もの遺体を解剖してきた人間なら、「死とは何ぞや」という哲学的な問いと向き合わざるをえないと思うんです。

かつてそういう脚本を書こうとして頓挫した人間が言うのもおこがましいですが、あの野木亜紀子さんが解剖をテーマに、それもこれまでと違って原作のないオリジナルで、と聞いたときは、ついにそういうドラマが見れるのでは? と期待しました。しかし最初のシーンで麻酔が省略されていたのでガッカリ拍子抜けでした。

確かに、麻酔を打つ描写を入れただけで違う話になってしまうでしょう。本当の死因は何か、本当に悪いのは誰なのかという『アンナチュラル』の眼目は失われてしまうでしょう。

しかし、それでは殺人犯を追いかける刑事ドラマと何が違うのかわからない。調べる主体が刑事から解剖医に変わっただけという印象は否定できません。

石原さとみの秘密は一家心中事件の生き残りだったようで、刑事ドラマ的なものでした。
井浦新の秘密の課外活動は何でしょうか。「赤い金魚」とは何なのか。そこに私の期待するものがあるのかもしれません。

が、「遺体に麻酔」を省略している以上、あまり期待できそうにありません。


『奥様は、取り扱い注意』を見終えて

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毎週水曜日を楽しみにしていたのも昨日で終わりました。

単に綾瀬はるかが目当てで見始めたから、数回ももたずに見るのやめるんじゃないかと思ってましたが、最初に完走を確信する作品になるとは驚きでした。

ただ、最終回がねぇ・・・


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西島秀俊は最初から何となくキナ臭かったし、途中、警察に知り合いがいるという挿話があったので、おそらく公安の人間だろうと思ってましたから夫婦でアクションを演じるのは予想通り。というか、そうでなくてはならない。

途中から「悪役のための悪役」として登場した玉山鉄二は、最初は「何でこんな役出すの?」と不可解でしたし、「つまんねえな。何か面白いことないかな」というセリフも、あの石原裕次郎の隠れた佳作『何か面白いことないか』の二番煎じみたいでちょっと鼻白んでしまいました。





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ところが、昨日の最終回では、玉山鉄二が綾瀬はるかに「あんたは結局こっち側の人間だ」と語りかけ、最終的にその言葉が証明されます。

なるほど、そのための役だったのか、と、綾瀬はるかがワンカットの見事なアクション(最後のほうはちょっと乱れて映像と効果音がずれてましたが)を見せたあとに「気持ちいい~~~!」と叫ぶ場面で合点がいき、物議を醸しているというラストシーンでも、「なるほど、そう来たか」と、連続11回を見てきてよかった、と思いました。

ラストシーンが物議を醸しているといっても、それは暗転したあとに銃声が鳴るから、綾瀬はるかが殺されたのか、それとも殺すふりをして二人で逃げたか、結局どうなったかわからない、スペシャル版と劇場版があるらしいが、それで明らかになるなんて本当の最終回じゃない! ということなのでしょう?

実際、私は金城一紀脚本作品はこれが初体験なので知りませんでしたが、金城さんのドラマはほとんどこういう終わり方をして次につなげる手法が多いらしいので。

しかしながら、私がこの最終回に疑問をもつのはそういうことではありません。ラストシーンのあとどうなるかわからないなどというのは、すべての物語に付き纏うものです。「物語は永遠に続かなくてはいけない」のが鉄則です。

私が疑問なのは、確かに第1話で「主婦になって半年で主婦業に飽きてしまった」という綾瀬はるかの言葉がちゃんと伏線として機能しているから、あの「気持ちいい~~~!」は決して唐突なものではないわけですが、やはりそれでも、私たち視聴者に対してではなく、作中人物に対して失礼なセリフではないかと思うのです。

その作中人物とは、当然この人たち。

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広末も本田翼も、もう完全に綾瀬はるかがカタギの人間ではないことを知ってしまいました。暴力をふるうことに快感を覚える人間だということも、少なくとも本田翼は知ってしまった。

それでも、これまで困った人を助けていた言動すべてが「スリルを求めるためだった」ということを彼女たちが知ってしまったら、深く失望すると思うんですよね。

まさかそれを劇場版でやるということ?

さすがにそれはダメですね。結末より後のことは観客に委ねていいけど、それまでの問題はラストシーンまでに解決してしまわないと。




秋の新ドラマあれやこれや(現在4/6)

この10月期の連ドラは結構たくさん見ています。見始めた順に思ったことをつらつら綴ってみましょう。

『奥様は、取り扱い注意』
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これは面白くてもう4話目まで見ましたが、次が楽しみでしょうがありません。
ゲスト俳優がいろいろ問題を抱えていて、その問題を綾瀬はるか演じる某国の元特殊工作員にして現在ただの専業主婦が解決していくんですが・・・

事の顛末とかは予想通りに終わります。はっきりいってそこらへんは「つまらない」かも。

このドラマを傑作たらしめているのは脚本ではなく、ひとえに「綾瀬はるかが異様にカッコイイ」という一事に尽きるんじゃないでしょうか。

アクションを演じる女優は背が高くないと様にならないと改めて痛感しますね。立ち姿がカッコイイから何をやっても様になるし、決め台詞がちゃんと決まる。

西島秀俊演じる夫に何か秘密が隠されていそうで、そこにも興味が尽きません。


『陸王』
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これについては、『陸王』と『今からあなたを脅迫します』志が高いのはどっちだ!? を参照してください。私は昨日の第2話を見てリタイアを決意しました。

だって、「シルクレイ」という素材をどうしても使いたい役所広司と、その特許をもつ寺尾聰との葛藤劇でしたが、結局、敵失で、って拍子抜けしました。


『今からあなたを脅迫します』

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これも上記のリンクを見てもらえたらいいかと思うのですが、昨日の第2話では「主人公の心のあり方」が枷になってないなぁ、と不満だったんですよね。
だけど、ちゃんとラストに近藤正臣も出てくるし、武井咲のことを知ってるらしい袴田吉彦が出てくるし、主人公の心のあり方を枷にした本筋がいよいよ次週から始まりそうです。

ただ、脅迫屋の首領ディーン・フジオカがちょいとまぬけなのが玉に傷でしょうか。

あと、「考え事に耽るとおはぎをたくさん作ってしまう」というのが武井咲の大事なキャラクターのように描かれていますが、癖とか病気とかはキャラクターではありません。「キャラクター」というのは、何らかの出来事や相手のアクションに対し、どういうリアクションを返すか、ですから。


『監獄のお姫さま』
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この作品で一番気になるのは、「脚本:宮藤官九郎」というクレジットは当然としても、プロデューサーの磯山晶が「企画・構成」になってることなんですよね。企画はともかく構成って何を? 脚本構成? それならクドカンの仕事では? 確かに過去と現在が複雑に絡まり合う構成にはなっているけど、あれぐらいの構成は脚本家の領分でしょう。しかも書いてるのは天下のクドカンですよ。磯山晶が何を構成しているのか明らかにしてもらいたい。

ただ、構成に気を使っているぶん、クドカン作品にしてはキャラクターがあまり立ってない気がします。とはいえ、菅野美穂がこれほど魅力的に見えるのは初めてです。

満島ひかりの芝居が少しワンパターンに見えるのはどうしてかな。というか、いくら彼女でも小泉今日子の前ではただのひよっ子でしかないということなのか。何てったってアイドルですから!


『民衆の敵 ~世の中、おかしくないですか!?』
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これは衆議院選挙に影響するからと、しなくてもいい忖度をして一週遅らせた影響なのか、先週の第1話があまりに速足というか、当選するまでがあまりに簡単すぎませんかね? 「時給950円で働く労働者」が選挙に打って出て当選するのは胸がすくんですが、その過程を本当だと信じられない。

今日の第2話は逆になかなか話が前へ進まないし、不要な回想シーンがあったり、何よりカメラ目線での説明セリフに辟易しまくり、途中でリタイアを決意しました。


『ぼくは麻理のなか』
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池田エライザ主演というだけで見始めました。
男と女の体が入れ替わるというアイデアは手垢にまみれていて古臭いといってもいいものでしょうけど、「すぐばれる」というのが味噌ですね。そして、「実は入れ替わりじゃなかった」というのも。

関西ではやっとおとといの深夜に放映開始だったので、いまはまだ期待できる程度。それにつけても、池田エライザがかわいい。


というわけで、6本見始めたなかでいまのところ生き残っているのは、次の4本。

『奥様は、取り扱い注意』
『今からあなたを脅迫します』
『監獄のお姫さま』
『ぼくは麻理のなか』

これって偶然にも私の女優の好みといってもいいんですよね。いや、決してそういう邪な理由で残しているわけじゃないんですよ。
本当に偶然でして。ははは。(汗)


『陸王』と『今からあなたを脅迫します』志が高いのはどっちだ⁉

昨日から始まった『陸王』と『今からあなたを脅迫します』を見て、『仁義なき戦い』などの脚本家・笠原和夫の言葉を思い出しました。


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「枷は、状況ではなく、主人公の心のあり方にこそ求めるもの」




枷とは手枷足枷のことで、主人公を困らせるもののことです。通常、枷が起爆剤となって主人公の行動を導きます。


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さて、『陸王』は、100年以上続いてきた老舗の足袋工場を営む役所広司が、倒産の憂き目に遭ってマラソンシューズの開発に乗り出すものの何の実績もない弱小企業にはほとんど勝ち目がない。勝ち目はないけど、リストラを迫る銀行の融資課長に「開発を続けます!」と宣言するのが第1話のクライマックス。


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一方で、『今からあなたを脅迫します』は、脅迫屋ディーン・フジオカからかかってきた間違い電話がきっかけである殺人事件にかかわることになった女子大生が、生来の天然気質で周りを振り回しながら、事件の謎が解けたあと卑劣な殺人犯に刃を向ける場面がクライマックスでした。

いったいどういう人間なのかよくわからない武井咲に加え、ディーン・フジオカとその一味はあまりに軽いし、足袋作りという斜陽の伝統産業から脱皮せんと奮闘する人情深い社長の喜怒哀楽を描く『陸王』のほうが格調高い。ように誰の目にも見える。のかもしれません。

しかし私にはそうは思えません。

確かに『陸王』は面白い。でも、それは、足袋作りの実態だとか、フット・ミッド走法などの「情報」としての面白さが随所にあるからでしょう。「劇」としての面白さがあるかどうかは大いに疑問です。

なぜなら、役所広司の行動はすべて外的状況に依拠しているからです。

ミシンが壊れて大きな損害が出る、新規事業の提案を促される、マラソンシューズの実態を教えてもらう、足袋シューズを履いてほしいランナーがいる、でも履いてもらえない、銀行の支店長と融資課長からリストラしろと迫られる、リストラは嫌だと従業員から迫られる。

結果、「リストラはしない。開発を続ける」との宣言に至るわけですが、問題は「先代が足袋シューズを開発しようとして失敗した試作品が発見される」というエピソードの存在です。

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役所広司は阿川佐和子との会話で、「昔、親父がリストラしたとき最低だと思ったけど、いま思えばあのとき一番つらかったのは親父だったんだろうな。俺はそんな気持ちは味わいたくない」と言います。それなら、なぜその気持ちのまま「リストラはしない」という融資課長への宣言へと至らないのでしょう。


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「俺は親父のような気持ちを味わいたくない」という心を彼はすでにもっています。その心のあり方が枷となればいい。融資課長への宣言は感動的ですが、だからといって前途多難であることに変わりはありません。主人公の心のあり方が枷となるためには、「親父のような気持を味わいたくない」という気持ちを、従業員を誰一人クビにしたくないという気持ちを融資課長にぶつけなければいけなかったはず。

なのに、融資課長がやってくる直前に先代の試作品が見つかります。役所広司はそれを見、それを出汁にして「開発を続けます」という宣言に至る。しかしながら、ここで大事なのは「リストラはしない」と「開発を続ける」は、銀行にとっては同じ意味でも、役所広司にとって、ひいては視聴者にとってはまるで違うということです。

主人公は、先代もやっていたから、この100年間そうだったからという外的状況から「開発を続ける」と宣言します。でも、それでは彼は外的状況にいつまでも依拠した「子ども」です。己の心と向き合っていない。

心とは記憶であり、その人の過去のことです。彼は「親父のような気持を味わいたくない」と己の心とせっかく向き合ったにもかかわらず、クライマックスでそれを忘れ、「親父だって同じことをやっていた」ことを拠り所にしています。だから子どもなのです。

「開発を続けます」ではなく、「リストラはできない。できない以上は開発を続ける」と言いながらも何も策はない。勝ち目0%というところで幕切れを迎えないと「志の高いドラマ」とは思えません。実際の作品では、勝ち目は薄いとはいえ融資課長との決闘には勝った。勝ったのは爽快だったけれど、はたしてそれでいいのかどうか。



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逆に、出会うはずのなかった二人が出会ったことで話が転がる『今からあなたを脅迫します』は、武井咲の心のあり方が枷となってドラマを駆動します。

ラストで明らかになるのは、彼女は亡き母からいまわの際に「正しいことをしなさい」と言われ、それを金科玉条にして生きてきた。友達が二人しかいないのはなぜなんだろうと思っていたら、おそらくその正義感が災いしているのでしょう。正論ばかり言う人間は嫌われますから。

それでも正義を貫くことしか武井咲にはできない。なぜなら、母親との記憶が彼女を縛っているからです。心のあり方が見事に枷となっています。


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ディーン・フジオカは事件解決後、「あいつは偽善者にすぎない」と切り捨てようとしますが、カタギの商売が嫌いな感じの彼の心にも「優等生」の血が残っていたのでしょう。もう二度と会わないはずだった武井咲に会いに行き、彼らの関係は続くことになります。

ディーン・フジオカにどういう過去があるのかはまだわかりません。でも、おそらく彼は彼の心のあり方に縛られ、武井咲と関わらざるをえない仕掛けになっている。

だから、パッと見は格調高そうな『陸王』よりも世間からは軽く見られそうな『今からあなたを脅迫します』のほうが志が高い作品だと私は思うのです。




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