連続ドラマ

2019年08月04日

何だかこの夏のテレビドラマは面白いものがないなぁ、私の選球眼がダメなのかな。しかしついに真打ち登場!

8本も見始めてすでに脱落が6本という体たらくですが(いまはシナリオを書いていてあまり時間がないので少しでも面白くなかったら容赦なく見るのやめてます。じゃあ何でそんなに見てるんだと言われそうですが、まぁちょっとした息抜きですよ)とりあえずひとつひとつ簡単な感想を。(真打ち作品は最後に登場します)


『わたし旦那をシェアしてた』
小池栄子が出るならと思って見始めたんですが、旦那が死んだというのに金の話ばかりで不快。3億の遺産の情報がすぐ出るのはしょうがないとしても、もうちょっと人としての当たり前の感情を丁寧に追いながら金の話を絡めてくれたらよかったんですが。こういうのが好きな人はいるんでしょうけど、私の見たい作品ではない。夏木マリはもっと鬼婆みたいな役に活路を見出してほしい。2話で脱落。


『ポイズンドーター ホーリーマザー』
湊かなえ原作というところが引っ掛かりましたが、やはりイヤ~な内容でした。いま木皿泉さんの『木皿食堂』という本を読んでいるんですが、「いやなシーンは絶対書かない」と闘い続けてこられたそうで、いやなシーンを書くことで闘っているドラマは、これまた私の見たい作品ではない。1話で脱落。


『ルパンの娘』
maxresdefault

深田恭子が見たい、というただそれだけの理由で見始めましたが、案の定つまらない。瀬戸康史が婚約相手を逮捕せねばならないという枷はいいと思うんですが(『キャッツアイ』のパクリでしょうけど)あの警察一家にリアリティを感じられないというか何というか。マルシアがPTA会長みたいなおばちゃんに変貌していて驚愕しました。1話で脱落。


『潤一』
藤井美菜が見たいというただそれだけの理由で見始めました。思わせぶりな描写ばかりで退屈。1話は藤井美菜が出てたから最後まで見ましたが、2話では出てこないし、とにかく退屈きわまりないので脱落しました。


『これは経費で落ちません!』
内容が面白そうだったので見始めたんですが、面白くなかった。多部未華子が現場に赴くんじゃなくて、『氷菓』の主人公・折木奉太郎みたいに安楽椅子探偵として活躍したら、つまり社内にいながらにして領収書の名前や用途、裏書だけで推理して解決に導いたら面白いと思うんですが、どうでしょうか。1話で脱落。


『セミオトコ』
岡田惠和さん脚本ということで見始めたんですが、まず何よりも木南晴夏という女優さんの顔が好きになれない。アップになるたびに「別の女優にして~」と思ってしまう。1話で脱落しようと思いましたが、北村有起哉の役が気になるので2話も見ましたが面白くなりそうな気配がないので脱落を決意しました。


『だから私は推しました』
00001518102

これははっきり言って1話の途中でやめようかと思ったんですよね。でも30分だし、ということで最後まで見たら取り調べのシーンになって、主人公(これも桜井ユキという女優さんが好きになれない)が誰かを突き落として捕まったところからの回想形式であることが明らかになり、がぜん見る気が湧いてきました。

昨日の2話では、地下アイドルについての蘊蓄が語られて、そこも面白かった。かつて大島渚が映画特集のテレビ番組で語っていた言葉を思い出しました。

「映画は娯楽でもあるだろうし芸術でもあるだろう。でも俺は何より『情報』だったと思うんだよ。外国の映画を見て、こんな暮らしをしている、こんなものを食べている、家の中はこんなふうになっている。そういうことを知る手段だったと思うんだ」

この『だから私は推しました』はそういう「情報」としての面白さが満載ですね。白石聖という女優さんがかわいく、彼女をめぐる葛藤劇が2話目にしてやっと煮えたぎってきた感あり。これは完走できそう。


『それぞれの断崖』
sum

遠藤憲一さんが主役なら見ないわけにはいかないと内容をまったく知らずに見始めたんですが、少年犯罪がテーマなんですね。14歳未満ということで加害者は2年もすれば社会復帰。なのに被害者のほうはもう戻ってこない。

ここらへんは、あの酒鬼薔薇事件で活発になった20年前の少年犯罪ドラマと何も変わらないというか、ああいうふうに描くしかないんでしょうけど、ちょっと古い感は否めない。

あれ? あんまり面白くなかったみたいだけど真打ちなの? 

その通り、遠藤憲一さんが主役だから真打ちなのです!!! 見続ければきっと何かあります。予言します。




  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2019年07月29日

BSトゥエルビで絶賛放送中の『沿線地図』、今日が第7話・第8話。全15話なのでちょうど折り返し地点ですが、ちょっと中休みといった感じでしたかね。

前回までの記事
①まるで自画像のような
②両親たちのウロウロ
③父親の落とし穴


「間違ったことをしてみようと思った」という息子と彼をけしかけた女。そして彼らの両親のドラマがどのように展開/転回するかと期待した第7話でしたが、あっさりと二人の言うことにも一理あると引き下がってしまうところが意外というか何というか。

私としては、前回までがまるで自分のことが放送されているみたいで見ながら悶絶していましたが、今回は普通にテレビドラマファンとして見れましたね。山田太一さんの苦心惨憺した痕が見え隠れしていて、唸るところもあれば、ここは時間がなかったのかなぁ、と不満に思ってみたり。


北村和夫について
第7話では河原崎長一郎の兄・北村和夫が登場しますが、なるほどと思う気持ちもあるんですが、うーんと首をかしげてしまうところでもありました。

児玉清の父・笠智衆は最初から出ていてことあるごとに息子を叱っていました。が一方、河原崎長一郎と岸惠子の上位に位置する人間が出てこないのが気になっていたんですが、ついに登場となってうれしい反面、疑問も感じました。

笠智衆は児玉清の父親だから、同様に河原崎長一郎の父親を出すのはよろしくない。それはわかります。だから兄にした。しかし……


007-01-2

 この男女はどちらも大人たちから叱られているわけだから、それと対比するためにも、岸惠子の兄にするべきではなかったでしょうか。確かに北村和夫に叱られた第一声に「親父には黙っててくれよな」という河原崎長一郎は『早春スケッチブック』と同じく小物の見本みたいな人物であることがよく出ていますが、男の広岡瞬を叱る父がその父から叱られるからには、女の真行寺君枝を叱る母・岸惠子の兄、いや母を出すべきではなかったでしょうか。どうしても兄弟でないといけないなら姉にするとか。

笠智衆も北村和夫も同じことを言うじゃないですか。ここがとてもつまらないと思いました。もし岸惠子の母か姉なら別のことを言ったと思うんですよね。「娘の好きにさせてあげよう」と言っていた岸惠子に「確かにそのとおりね」と同調するも、あまりに娘の肩をもつから「引きずってでも連れて帰ってくる!」と岸惠子が意固地になり、それがもとで再びすったもんだが展開されるのも一興だったかもしれません。


夫婦喧嘩一本で攻めてもよかったのでは?
広岡瞬の職場に、学歴がなく容姿もよくない、まるで広岡瞬の陰画のような係長・岡本信人が登場します。彼はことあるごとに彼を敵視して説教を垂れるんですが、うーん、親子ドラマに何でこんな新キャラを出すんだろうと戸惑ってしまいました。

ただ、両親が若者二人を理解するという展開にした以上、彼らと敵対する新しいキャラクターが必要だったのは理解できます。でないとドラマにならない。(ここでいう「ドラマ」は葛藤を軸にした「劇」のことです。テレビドラマという意味ではありません)

第8話のラストでは、児玉清が飲み屋で荒れて、こちらも新登場の岸田森と喧嘩になる。

これらがいい悪いという意味ではなく(いいか悪いかは現時点ではわかりようがありません)脚本家の苦労を感じてしまった次第。

ただ、広岡瞬と真行寺君枝がくだらないことで喧嘩してやばい雰囲気になりそうなところが今回一番面白かったので、そこ一点で攻めてもよかったんじゃないでしょうか。

とまぁ、これは見ているだけの人間の勝手な感想にすぎませんが。

私もいま書いてる脚本が突然暗礁に乗り上げたので頑張らねば。


続きの記事
⑤前面に出てきた笠智衆
⑥口紅はいらない
⑦仰天の笠智衆!



  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2019年07月22日

山田太一さんの1979年作品『沿線地図』。今日は第5話・第6話の放送でした。

前回までの記事
①まるで自画像のような
②両親たちのウロウロ


D3_Lz0SU8AAgDua (1)

今回は前回のニアミスから一歩進んで、ついに双方の両親が子ども二人の居所を突き止めます。

最初の感想が「まるで自画像のような」でしたが、今回もそんな感じでした。というか、あまりに自分のことと同じなのでギョッとなりました。

「現実は芸術を模倣する」とはオスカー・ワイルドの言葉。あのときの私はワイルドの名前すら知らなかったけど、存在すら知らなかったテレビドラマを模倣していたのかもしれません。私だけでなく、親兄弟など周りにいる人たちもみんな。それだけ山田太一さんの人間や世の中を見つめる目が冷徹だということでしょう。

一番ギョッとなったのは、真行寺君枝が、

「私たち結局お父さんやお母さんみたいに生きたくなかったのよ!」

というセリフですね。私はあそこまではっきり言葉にできなかっただろうけど、胸の内ではそう思っていた気がします。

ところが、児玉清の言葉にも一理あると思うんですよね。

「じゃあはっきり言おう。おまえは恐いんだ。受験が恐いんだ」

確かに恐かったのかもしれません。合格できなかったらどうしようという気持ちがなかったとは言えない。恐怖を別の言葉で言い換えてもっともらしく装っていただけだったのか、どうか。

しかしながら、児玉清の言葉は頭ではその通りとは思えても、あまり胸に刺さってきません。

逆に、第5話の冒頭で広岡瞬が児玉清に、

「間違ってることをしようと思ったんだよ。人生狂わせようと思ったんだよ」

と言いますが、あっちのほうが胸に刺さる。もちろん先述の真行寺君枝のセリフも。

私は若者二人の側なのに、親の言葉が胸に刺さらず、当の若者の言葉のほうが刺さってくるというのはどういうわけか。

逆に、親の言葉には苦笑してしまいます。完全に私と同じだと思ったのは、児玉清が、

「こういう生活をしたいなら認めてやろうじゃないか。ただし高校だけは出ておけ。大学にも入っておけ」

真行寺君枝はそれ見たことかと言い返します。

「高校だけは出ておけと言って、出たら大学行けっていうのよ。大学行ったら卒業だけはしてくれっていうのよ。卒業したらいい会社に入れっていうのよ」

私も周りも同じでした。大学に行きたくなければ行かなくていい。ただし高校だけは出ておけ、と。

何とかぎりぎり卒業しましたが、するとすぐに大学へ行けと言う。アホらしくなってそれ以上は言うとおりにしていません。

今日の5話6話で強烈に思い出されたのは「1本のレール」という言葉ですね。広岡瞬と真行寺君枝がそういう言葉を使ったかどうかはっきり憶えてないのですが、そういう意味のことはいいましたよね。あらかじめ敷かれた1本のレールの上を走るだけの人生はごめんだ、と。

私は親にそういうことは言わなかったけれど、親から言われました。

手紙を書いた、と何枚かの便箋が入った封筒を親父から渡されました。そこには、

「平社員から係長、係長から課長、課長から営業部長、営業部長から事業部長、あわよくば重役、そして社長。そういうふうに人生を1本のレールとしか見ていなかった私の落とし穴だったのかもしれない」

なぜか泣きました。いまも書きながら泣いています。

その後、映画の専門学校に行った私が夏休みに実家へ帰ると、母親がこういいました。

「お父さんはあなたに感化されてるところがあるのよ。そういう人生もあったのかって」

私は親父が嫌いでした。いまも嫌いかもしれない。でも、親父が自分に感化されていると聞いても、感じるのは、してやったりの勝利感とは真逆の、何とも苦い味わいだけでした。

なぜそう思うのかわかりません。やっぱり受験が恐かったから、恐いのをごまかして自己欺瞞していたから、そんな自分に感化されるなんて哀れだ、ということなのでしょうか?

わからない。

ただ、はっきりしているのは、大学に行っておけばよかったと思うのは、職探しをしていて高卒だと応募すらできないときだけです。これでよかったのだと思っている。

でも、それも自己欺瞞なのかもしれません。本当はあのままレールの上を走っていればこんなにあくせくせずともすんだと激しく後悔しているのかもしれない。

でも、とも思うのです。

登校拒否を始める直前、1本の映画を見ました。『明日に向って撃て!』。あの愚か者たちが愚かな最期を迎える映画にあんなに感動したのは、やはり広岡瞬と同じことを思っていたからかもしれません。

「間違ってることをしようと思ったんだよ。人生狂わせようと思ったんだよ」


続きの記事
④脚本家の苦心
⑤前面に出てきた笠智衆
⑥口紅はいらない
⑦仰天の笠智衆!



  • このエントリーをはてなブックマークに追加