昨日のノンフィクションW『吠える! 映画監督・浜野佐知 ~私がピンクを撮る理由~』を見ました。

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浜野佐知監督といえばほぼ毎週のように新作が封切られる監督さんですが、私は見たことがあるかどうかわかりません。フィルモグラフィを見渡しても、どれもこれも見憶えのないタイトルばかりで。ピンク映画のタイトルって憶えにくいので、見たことあるけど忘れてるだけかもしれません。

しかしながら、少しも記憶にないということは、少なくとも面白いと思ったことはないのかな、と。

それは私が男だからだろうか。ということをこのドキュメンタリーを見ながら思いました。

男の監督が撮るレイプシーンでは、女がいくら嫌がっても最終的にはやられてしまい、しかも感じてしまう、という男の妄想を満たすためのものであるのに対し、浜野監督は女なので、そんなのあるわけない、死にもの狂いで抵抗するんだから、と決まって最終的に犯そうとした男が反撃を受けて終わりになる、と。

その場面を演じた女優さんにインタビューしても、「そうだよね、何をしてでも抵抗するよねって気になる。男の人はロマンチストで浜野監督はリアリスト」と言っていました。

うん、確かにそうなんでしょう。若い頃、助監督時代に力のある照明助手さんとかに犯されそうになって必死で抵抗し、翌日からは包丁を懐に忍ばせて寝ていたといいますから、そういう体験をもった人間からすれば、「レイプ願望」みたいな男に都合のいい概念は到底受け入れられないのでしょう。

そこらへんの心情はよくわかるにしても、この番組はあまりに浜野監督を「女性監督」という捉え方をしすぎじゃないですかね?

「映画に喧嘩を売ってここまで来た」と浜野監督は言うけれど、それは98年(97年だったか)の東京国際映画祭で、日本の女性監督で最も本数を撮っているのは6本撮った田中絹代、という公式アナウンスがあって、その時点ですでに300本以上撮っていた私の立場はどうなるんだ! と憤ったと言ってましたが、その一件は監督人生の後半じゃないですか。

「最初の喧嘩」は若松プロの初日にあったわけでしょう?

若松孝二と喧嘩したのかなと思っていたら、ホテルで同室になった男優と女優がセックスし始めて、そこに憤慨したと。いくらピンクを撮ってる現場の人間だからって…私は私の映画が汚された気がした、と大宮から原宿まで8時間も夜通し歩いて帰ったと。

でも、その「私の映画が汚された気がした」というのは「女性」だからじゃなかったはずですよね? はっきりとはわからないけど、私の目にはそう見えました。仮に浜野監督が男であったとしても、あのとき「自分の映画が汚された気がした」と喧嘩していたんじゃないでしょうか。

ならば、浜野監督の原点である「映画に喧嘩を売った」というのは「女性として」ではなく、もっと何か別の「映画に対する信条」とかそういうことだったんじゃないかと。

だから、「女性監督として」とか「女性であること」ばかりを前面に押し出したこの番組のコンセプトは間違ってると思いましたね。

「大宮から原宿まで8時間歩いたときに考えたことがいまの私を作った」と浜野監督は言っていましたが、そのときに具体的に何をどう考えたのかをもっと突っ込んでほしかった、というのが正直な思いです。

浜野監督のバイタリティがものすごくて43分があっという間でしたが、どうにも煮え切らない思いばかりが残ってしまいました。