書籍・雑誌

2020年08月16日

先日、『この町ではひとり』を読んだので、今度は同日発売だったらしい『きょうも厄日です』の第1巻を読みました。しかし暑いっすね。

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これも面白かった!
コミック・エッセイという位置づけですが、『この町ではひとり』が思い出したくない街・神戸での思い出したくないあれやこれやについての物語だったからか、トーンが暗かったのでそういう作風の人だとばかり思ってましたが、本領はおそらくこっちなのでしょう。かなりコミカルです。

コミカルといってもエッセイだから自分自身を嗤うのです。他人を嘲笑うお話なんて誰も読みませんものね。

全部で20以上のエピソードから成る短編集ですが、特に気に入ったものを挙げると……


「書字表出障害」(ディスグラフィア)
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山本さほさんは漢字が書けないらしいんですね。小学生レベルの漢字なら書けるとのことですが、それ以上のレベルとなると無理。マンガ家になったいまでも常に左手に辞書をもっているとか。左手で調べて右手で書いているらしいです。

学習障害のひとつらしいですが、他にも、

・字が読めない
・計算ができない
・カタカナだけ読めない

などなど、さまざまな種類があるそうです。(カタカナだけ読めないというのは初めて聞きました。字が読めないのは「ディスレクシア」といって有名ですよね。トム・クルーズやアインシュタインなどがそうとか。他にもいっぱいそういう有名人がいるらしい)

山本さほさんは、特にサイン会が苦手らしく、相手がじっと自分の手元を見ているから緊張度マックスでよけいわからなくなるらしい。そういうときはいつもなら書ける小学生レベルの漢字も無理になってしまうとか。

私はそういう障害が何もないので恵まれているんだな、と思う反面。実は少しも恵まれていないとも思うのです。

なぜならば……


「運」をもっている山本さほ
高校生の頃にバイクの免許を取った作者は、中学の頃スクールカースト上位だったイケメンくんと再会する。で、彼を後部座席に乗せることになるんですが、彼が乗った途端、車体が傾いてしまう。ここでこけたらあまりにかっこ悪すぎると思った作者は火事場の馬鹿力を発揮して160キロの車体を足で支えた。が、このときマフラーに密着した足が重度のやけどを負ってしまう。全治何と1年!

他にも、マッサージが大好きな作者が入ったマッサージ店で「私はとてもうまいんです」と自慢ばかりするマッサージ師にものすごく力の入ったマッサージを受けるんですが、終わって足を見たら何と内出血だらけ。全治1か月。

さらに、巻頭にあるエピソードですが、まだデビューして数年しかたっていない作者は、無名時代にSNSにプライベート写真をたくさんアップしていたらしく、それを手掛かりに何者かに住所や家族の名前などあらゆる個人情報を特定されてしまっていた。

などなど、不運な毎日ばかり送っているかのよう。

でも、マンガ家としては、特にエッセイ漫画家としては不運な自分を嗤う作品のほうが面白いに決まっているわけで、「山本さほは幸運な人生を歩んでいる」といっていいんじゃないでしょうか。

ネットで個人情報を特定されていた件では、ある先輩が怒りに任せてリプを送ったら静まったとか。普通なら怒りを買って刺されたとしても不思議じゃないのに、それはなかった。ここぞというときに本当の「幸運」に当たるんですから、この人の運は相当なものなんじゃないか。うらやましい。

これから『半沢直樹』を見るのでもう時間がありません。

他に気に入ったエピソードは『おぎぬまX』『岩手』『切ない恋のお話』です。

山本さほ、これから一生追いかけていくマンガ家さんになることでしょう。


関連記事
『この町ではひとり』感想(島田紳助を思い出した) 
『岡崎に捧ぐ』感想(逃げ続ける人生の先に……)

きょうも厄日です 1 (文春e-book)
山本 さほ
文藝春秋
2020-06-30




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2020年08月14日

『町山智浩のシネマトーク 怖い映画』を読みました。


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『血を吸うカメラ』に『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』『アメリカン・サイコ』など私の大好きな映画が取り上げられているので興味深く拝読しました。

が、一番期待していた『血を吸うカメラ』と『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』に関する文章はさして面白いものではありませんでした。

それに『ヘレディタリー/継承』『ポゼッション』『たたり』『狩人の夜』はさほど好きな映画じゃないので読んでいてもあまり乗れなかった。

『アメリカン・サイコ』と『カリガリ博士』に関する文章はなかなか興味深かったですが、それ以上に私にとってこの本の白眉と言えるのが、実はあまり好きじゃない映画『テナント 恐怖を借りた男』をめぐる考察です。


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この映画も上記の好きじゃない映画と同様、3回、4回と見ているんですが、多くの人が語っているような魅力が感じられなかった。

でも、町山さんの論考を読んで大いに蒙を啓かれ、これはすぐにでも再見せねば、と思いました。

ユダヤ人であるロマン・ポランスキーの出自や、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で描かれたシャロン・テートのこと、アメリカで淫行事件を起こしていまだ指名手配中であることなどが最初に語られます。

そのあとで映画本編の話になるんですが、最もギョッとなったのが、ポランスキー演じる主人公の隣人のパジャマが縦縞で、ナチスの収容所でユダヤ人が着せられている服だというところ。

ううう、いままでそんな重要なことに気づかなかったとは。

あと「警察署長と知り合いだ」「警察署長とは友人だ」というセリフで脅されたりするんですが、そんなセリフもまったく憶えていません。いったいどこを見ていたのやら。

「この映画には『ユダヤ人』という言葉が一切出てきません。だから縦縞パジャマの意味やポランスキーの出自を知らないと意味がわからない映画なんです」

いやぁ、私は縦縞パジャマの意味もポランスキーの出自も知っていたけど、少しも映画そのものにひそむ恐怖を感じ取れていませんでした。脱帽です。


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私がいままでこの映画に乗れなかったのは、おそらく「不条理劇」だからかもしれません。何だかよくわからないままに警察に連行されたりすることに乗れなかったのかも。町山さんも触れているカフカの『審判』なんて若い頃はめちゃ楽しんで読んだくせに。

主人公の前の住人シモーヌはエジプト関係の本をもっていたとか、壁にエジプトの象形文字が書いてあるとか、「え、そんなのぜんぜん知らなった」という体たらく。出エジプト記の「過越」の祭りが関係してくるとか、うーん、聖書は読んだけどまったく憶えてないニャ。また読まねば。アメリカ映画を存分に楽しむためにわざわざ大枚はたいて聖書を買ったのにまるで役に立てられていない。反省。

その他、ウディ・アレンの『カメレオンマン』が『テナント』を読み解くためのヒントになるとか、目からウロコの話ばかり。

主人公が終盤飛び込むパブにはアメリカの1ドル札を拡大したポスターが貼ってあるとか、私はおそらくこの映画を少なくとも4回は見てるはずですが、ほんとまったく目に入っていなかった。号泣。


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「差別は差別された人をおかしくしてしまうものなんですよ」

と町山さんは言うが、うーん、私が受けた差別といえば、イタリアに行ったとき老婆に道を訊いたらシッシとやられたくらいで、それ以外は何もない。差別はいけないと思っているし、そう言ってきたけれど、差別される者の悲しみや苦しみ、恐怖については逆立ちしてもわからないことを思い知らされました。

町山さんは在日韓国人ということでクラスメイトだけでなく教師からも差別されていたというし、いわれなき差別を受けた者でないとこの映画を十全には楽しめないような気もしてきました。町山さんの考察どおりに再見したとしても「よくできている」とは思えても「怖い」とまでは思えない可能性があります。

でも、とりあえずはユダヤ人差別の観点から見直してみようと思います。ここで本当に怖いのは、『テナント』という映画が「町山智浩が論じた通りの映画」にしか見えなくなることです。

いろんな見方があっていいはずなのに、それしか見えなくなってはいけない。

もっとしなやかに、もっとしたたかに、再見してみます。楽しみ。


私が書いた『血を吸うカメラ』と『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に関する記事はこちら。
『血を吸うカメラ』(KaoRiさんのアラーキー告発をめぐって)
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(『サイコ』を超える「主人公の入れ替わり」)

町山智浩のシネマトーク 怖い映画
町山 智浩
スモール出版
2020-06-09





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2020年08月09日

『5時に夢中!』エンタメ番付7月場所で紹介されていた山本さほというマンガ家がやたら気になり購入。番組で紹介されていたのは『きょうも厄日です』というやつの第1巻なんですが、それは未入手。それと同時発売だったらしい『この町ではひとり』をまず。現時点での代表作らしい『岡崎に捧ぐ』は未読です。


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益田ミリなんかと同じエッセイマンガで、作者が19歳ごろに神戸で体験した出来事がベースになっています。

美大を受験したものの二浪の末に失敗し、やけのやんぱちで自堕落な生活をしていたけれどそれもやめ、「誰も知らない街へ行こう」と一念発起して横浜から神戸へ移住したとか。

時は2005年というからいまから15年前。震災からちょうど10年。もうかなり復興していた頃でしょうかね。

大事なのはこのマンガの「現在」が2018年であること。いまはまた横浜に住んでいる山本さほさんが13年前を振り返ってマンガにしようと取材に来ている。

画像はおそらく三宮から春日野道、あるいは灘までの高架下でしょうね。とてもうまく描けています。私は絵がうまい母親の遺伝子を少しも受け継がなかったので落書きみたいな絵しか描けず、こんなふうに描ける人は尊敬の対象なのですが、それはともかく。


最悪な町・神戸
神戸に来たらいきなり笑える出来事や暴力沙汰に遭遇し「この町は何て面白いんだ」と胸を高鳴らせるところから物語は始まるんですが、これは誇張でしょう。

そりゃ確かに私を含めて人々は終始冗談ばかり言ってるし、暴力的な物言いもある。でもやくざと高校生が喧嘩してるところなんか見たことないし、突然暴れる女もいない。別の地域で生まれ育った人にとってはそういうふうに見えたということでしょうか。

それはともかく、物語の中核をなすのはゲーム機を扱う店でのアルバイトで、これが店長らしき社員からしてひどい人間で、当然そんな店長がやっている店だから他のバイトたちも最低な人間ばかり。客のレベルも最低最悪。

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人見知りで臆病な山本さんがついにその店を辞めるまでのお話なんですが、そこに至る過程も面白いものの、私は本編が終わったあとの「おまけマンガ」が一番印象的でした。それもオーラス。


楽しかった町・神戸
とにかくひどい体験ばかりで精神的に追い詰められて逃げるように故郷へ戻った。そんな町に作者は帰ってくる。

取材のためにウィークリーマンションを借りて住んでいると、神戸以外の地域の友だちが訪ねてくる(結局神戸では一人も友だちができなかったとか)。彼らと遊びまくった夜に山本さんは、

「何ていうか、楽しかった。本当に楽しかった。またこの町に遊びに来たいなぁ」

とつぶやいて終幕。

この「楽しかった」が友だちと遊んだその夜のことではなく、店長や同僚からひどい仕打ちを受けたバイトの日々であることは、主人公の表情から読み取れます。

あのどす黒かっただけの日々が「楽しかった」と記憶されている。

そして思い出すのです。ある番組で島田紳助が言っていた言葉を。確か『深イイ話』での一幕。


紳助の言葉
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「人間の記憶っていうのはね、楽しかった、うれしかったっていうポジティブなものが6、つらかった、悲しかったというネガティブなものが3、どうでもいいものが1、誰でもそうなっているらしい。どんな幸福で運のいい人生を歩んでも、どれだけ不幸で不運な人生を歩んでも、脳内の記憶の比率は変わらない。そういう比率になってないと人間は耐えられないらしいよ」

試みに調べてみると、いい思い出が6、どちらでもない普通の思い出が3、悪い思い出が1、と書いてあるサイトもあります。紳助と同じ説のサイトもある。

いずれにしても、いい思い出が6割と過半数を占めるというのは変わりません。「このつらい出来事もいずれは笑い話になる」などと言いますが、あれには科学的な根拠があったのですね。目からウロコ。

あとがきにも、漫画を描くことによって神戸でのあれやこれやのいやな想い出が脳内からスーッと抜けていく感じがした、と書いてあって、やはり「物語る」ことにはそういう効能があるのだな、私もそれが目的でシナリオや小説を書いているんだろう、と認識を新たにしました。

だから13年後に神戸に戻ったのでしょう。自分の記憶を書き換えるために。笑い話として消化するために。

蛇足ながら、山本さほさんの顔写真を見るとえらい美人で驚愕。美人で若いから妬まれていたのか。実際そういう回がありましたよね。でも男からも疎まれていたようだし、謎。

まぁ、関西では関東人は嫌われるからそれが一番の原因かもしれませんが。


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