日記・コラム・つぶやき

2020年07月17日

職場に鉄ちゃんがいます。7年前の職場にも鉄ちゃんがいました。

Railfantokyo

鉄ちゃんといってもいろいろあって、画像のような「撮り鉄」もいれば「録り鉄」といって駅のアナウンスを録音するのが趣味の人もいるとか。

かつて脚本家を目指していた頃、鉄道会社に勤める男が主役の話を書くにあたって読んだ本が『愛した男が鉄道だった』というなかなか秀逸なタイトルの本でした。もちろん、あの「愛した男が極道だった」の『極道の妻たち』のパロディです。

それはさておき、いまの職場の鉄ちゃんは一番オーソドックスな「乗り鉄」です。とにかく鉄道に関する話になるとブレーキが利かなくなるほどどんどん言葉が飛び出てきます。別に鉄道そのものでなくても、ICOCAなどのICカードの話とかでも熱弁をふるいます。

私はなかなか面白いと思うこともあれば、いまは黙って飯食わしてほしいんだけど……とちょっぴり迷惑に思うこともある。ただ、鉄道にほとんど関心がないので、知らない話がどんどん飛び出すから基本的には興味深いことこのうえない。

でも、いまの職場では訊かれないけど、7年前の職場では、「○○さんって電車オタクだからイヤ」などと言うのが時折耳に入ってきました。

私はこの「オタク」という概念が本当にわからない。どこまでがオタクじゃなくてどこからがオタクなのか。

若い子に訊いてみました。

「俺はいままで1万タイトル以上の映画を見ていて、映画のことになると目の色が変わるし、映画にすべてを捧げてもいいという気持ちは脚本家を目指していた頃と何も変わらない。俺は映画オタクなの?」
「いえ、ピッチコックさんはオタクじゃないですよ」
「そうやって間髪入れずにオタクじゃないと言えるということは、どこまでがオタクじゃなくてどこからがオタクか、その境界線がわかっているということだよね。いったいオタクとそれ以外を分ける境界線って何なのだろう」
「それは…(絶句)」

こういう会話を私はいままで記憶にあるだけでも三度はした。今回が四度目。

みんな口々に「あなたはオタクではない」という。でもオタクと非オタクを分ける境界線については「わからない」と口をそろえる。


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結局、他人に「レッテル」を貼りたいだけなんでしょう。よくわからないものにはレッテルを貼って安心したいだけなんでしょう。実際、職場の鉄ちゃんは少しばかり「話の通じない人」と主に女性から思われているみたいだから、ただそれだけの話なんでしょう。

オタクとはしょせんその程度のこと。だって、鉄ちゃんをオタク呼ばわりしていた若い子はかなりのゲームファンらしく、世間で言うところの「ゲームオタク」みたい。でもオタク呼ばわりされるのはいやらしい。

何と自分勝手な!

しかもですよ。アニメやゲーム、映画に鉄道など、そういうものに夢中すぎるほど夢中だとオタクの疑いがあるらしいんですが、音楽ならいくらのめり込んでいてもオタクの範疇に入らないらしい。んなアホな。

最近の若い人は自分のことを誇らしげにオタクと自称することがあるそうな。実際、ツイッターのフォロワーさんでそういう人がいる。でも、現実にそういう人に会ったことがない。会うのは、オタク呼ばわりされるのは嫌がるくせに、他人をオタク呼ばわりしたい人たちばかりだ。

繰り返しますが、他人を「オタク」と呼ぶ人間は、自分の嫌いなもの、理解できないものにレッテルを貼りたいだけ。どちらが幼稚かは火を見るよりも明らか。以上!





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2020年06月27日

先日は親への恨み言のような日記を書いてしまいました。(⇒忘れていた心の傷が口を開けてしまった件

でも、いまの気持ちはもう違います。

父親からの暴言や理不尽な物言いは幼少の頃からですが、正直言っていまぐらい年齢を重ねると小学校くらいまでのことはあまり憶えていません。

でもはっきり憶えているのは中学3年のとき、次兄が、先輩からおまえの電話の出方がおかしい、おまえの弟はこんな口の利き方をしたと怒られた、と文句を言ってきて、まったく身におぼえがなかったから必死で否定しました。

しかし父親も母親も次兄の味方をして「なぜ嘘をつくのか」「何でそうやっていつもごまかすのか」と難詰されました。

私は何を言っても無駄だと「ごめんなさい」と謝りました。他にも同様な場面はもっとたくさんあったはず。でもまだ10代半ばにも関わらず私は両親からの誹謗中傷に耐えられず、嘘をついていたと認めてしまったのです。

そういうとき、もっとちゃんと反抗すべきだった。

反抗したら親父の怒りに油を注ぐ結果にはなっただろうけど(実際、小学校までの私は反抗してもっと怒られていたはず)それでもやっぱり反抗すべきだった。

高校に上がってからは別のことが原因で殴り合いの喧嘩を演じたこともあるけれど、なじられることに耐えられず、あきらめて抗弁しないという精神構造は中学時代にできあがってしまっていました。

反抗して逆上するような親なら、そんな家はとっくの昔に出るべきでした。それを親への反感は人一倍もっているはずなのに、経済的に甘えてばかりでほんの数年前まで実家にいたままだった。

それが何よりの間違い。

生きるということは後悔すること。

映画『レイジング・ブル』のテーマでもありますが、いまの私にはとても切実な言葉です。

考えてみれば、いま書いている小説はまさにそういうテーマなんですよね。そういうテーマで書こうとしたわけじゃない。三島由紀夫が言っているように、作家はテーマなど考えずに書きます。そして最後の句点を打った瞬間に、あぁ俺はこういうことが言いたかったのか、と初めてテーマを知る。

今回の小説は最後まで書いてないどころか、まだ半分にも到達していないはずですが、ラストまでの道筋はすでにあらかた固めています。

もし自分が一読者としてその物語を読んだら、「生きるということは後悔することだ」というテーマを感じ取るでしょう。

無意識に思っていることが、物語の形にすると出てしまうんですね。面白い。これだから創作はやめられない。

あまりいい子ちゃんを演じるのもどうか、もっと親を恨んでもいいんじゃないかとも思うけれど、やはり40代も後半になって親を恨むのはよろしくない。

山積した後悔を糧にして、また今日から一歩一歩生きていくしかありません。





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2020年06月23日

このところ体調不良で仕事を休んでいます。金曜日から今日まで、土日も入れたら5日も寝てばかり。

食欲もなく、食べなきゃと思っても冷蔵庫の食べ物に手が伸びない。

そうなったきっかけは、職場で疑われたことです。

私が言った言葉がある人にまったく信用されなかった。しかし、そんなことは日常茶飯事であって、いまさらその程度のことで心煩わせるほどナイーブではないつもり。でも許せなかった。どうしても許せなかった。

最初はなぜあの程度のことが許せないのか少しもわかりませんでした。帰ってすぐ寝たけれど、もともと梅雨のせいで体調が悪かったので、翌日起きたら蒲団に体がへばりついている。

だけでなく、職場で疑われたことが気になっていたはずなのに、起きると「なぜ自分はこの世に生まれてしまったんだろう」ということを考えている。え、なぜ?

そりゃ、なぜ生まれてきたのか、どうも自分はこの世に合っていない、そういう懐疑的な気持ちでこれまで生きてきたのは事実。でも最近そういうことを言葉にして考えたことはなかったのに、なぜ急に……?

金曜日はとりあえず休み、土曜日、日曜日と寝続けました。こんなに疲れていたのかと驚くくらい寝た。

そして日曜の夜中に目が覚めると、睡眠導入剤を飲んでも眠れなくなり、そのときにハッと気がつきました。

なぜ信用されなかったことをあれほどまでに許せないと思ったのか。

私は幼少の頃から両親から常に疑われていました。

兄二人の言うことはすぐ鵜呑みにするくせに、私の言うことはまったく信用しなかった。

「おまえはなぜ嘘ばかり言うのか」「何でそうやっていつもごまかすのか」

私が体のいい嘘が言えず、馬鹿正直にほんとのことしか言えないのは、おそらく「嘘を言ってはいけない」という強迫観念に駆られているからでしょう。

ずっと忘れていた心の傷がぱっかり口を開けてしまい、涙が溢れました。しかも、その父親が元気に退院するという。

許せない。ちょっと前に死にかけたときは心配もしたけれど、心配した自分が許せない。

何であんな奴の心配をせにゃならんのか。アホらしい。

昨日は病院で上記のことを言って涙が止まらず、今日も何度も涙が止まらなかった。いつもは厳しい主治医も「とにかくゆっくり休むように」とやさしい言葉をかけてくれた。

親父さんよ、あんたのせいだとはもう言うまい。

しかし、実家を出て6年。両親を恨むことはほとんどなくなったのに、ほんの些細なことで心の傷が開いて流血が止まらない。

あんたのせいだとは言わない。言わないから、せめて早く死んでほしい。それが嘘偽りのない正直な気持ちです。


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