聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

日記・コラム・つぶやき

私の風邪予防法&撃退法

まだまだ寒いですね。
正月早々「あなたの風邪予防法」という懸賞に応募したんですが、300字以内とのことであまり詳しく書けなかったので、こちらで補足を。

ほとんどが「ちょっと前まで風邪によくないとされていたこと」です。


目次



カレーライスを食べる
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よく間違えられるんですが、「風邪予防にはカレーがいい」というと、「かれい?」と魚かと思われるんです。
昔、水谷豊の『熱中時代』でもありました。校長先生の家に一緒に住んでいる美人教師が風邪で寝込んでしまい水谷豊が夕飯を作ることになる。何が食べたいかと訊くと「かれい」と魚を頼んだのに「カレー」と勘違いしてしまい、作ってから「風邪ひいてるときにカレーライスなんて」と文句を言われる。

それぐらい、カレーライスは香辛料の塊で刺激物だから風邪で胃腸が弱っているときには食べないほうがいいとされてきたんですよね。

でも、これは間違いなんです。

カレールーの主成分であるウコンが風邪にめちゃ効くんです。無性にカレーが食べたくなるときってないですか? あれは、脳はカレーが風邪に効くと知っているから、風邪を引き始めたときに「カレーを食え」と必死で指令を出しているんです。無性にカレーが食べたいときは食べたほうがいいですよ。体の声には素直に耳を傾けましょう。


お粥は食べない
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これはカレーとは逆で、胃腸が弱っているときは消化にいいお粥を食べるというのが長らく常識でした。

でも、間違いなんですね。

お粥って噛まずに飲み込むでしょ。だから唾液が消化活動にまったく参加できないんです。そのため胃腸に負担がかかってしまって逆効果なのです。

ご飯でもパンでも、普通の固さのものをよく噛んで食べる。これが大事なんです。よく噛めば唾液がたくさん出て胃腸にかかる負担は減りますから。


呼吸器系を強くするストレッチ
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これは人に話すと決まって「そんなの初めて聞いた」と言われるんですが、私は生まれつき風邪をひきやすい骨格なんです。

え、骨格!? なぜ骨格で風邪になるの???

はい。ある整体師さんが言うには、肩の骨や背骨が内側に曲がっているから呼吸器系が圧迫されて弱くなっている、ということです。

手術して直せばいいのでは? という人もたくさんいますが、それは無理です。手術してもすぐ元に戻るんだそうです。それぐらい生まれもった骨格というのは根強い。あのブラックジャックだって「いくら俺でも遺伝病は治せない」とあっさり言うでしょ。

この生まれついた骨格から来る体質を少しでも解消するのが画像のようなストレッチです。

まず、両手をまっすぐ上に挙げて手を組み、胸に大きく息を吸ってその状態で状態を反らせ、そこで息を止めたまま体の動きも止めます。同様に胸に(お腹じゃダメですよ)大きく息を吸い込んだ状態で左右、斜め45度もやります。 これで呼吸器系が強くなります。普通の骨格の人がやったらさらに強くなるはずですから、今日からでもやりましょう!

入浴
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これはいまや常識だと思いますが、入浴です。 入浴も昔は「風邪をひいたときは入ってはダメ」という迷信がありましたが、体温を上げて免疫力を高める入浴は風邪予防にうってつけです。それでなくても冬の夜に入浴なしで布団に入っても眠れませんし。


紅茶うがい
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これもだいぶ知られるようになりましたが、本当に効きます。

もともとイギリスに紅茶文化はなかったって知ってました? インドを植民地にしたとき、大量の紅茶を本国で売って大儲けしようと企んだ王室と政府が、当時流行していたコレラの予防にいいと宣伝したら大当たりして紅茶文化が根付いたそうです。

コレラ菌を殺してくれるくらいだから風邪にいいのも当たり前ですよね。 緑茶でうがいするのもいいらしいです。紅茶も緑茶もついでに烏龍茶も原料は同じですから(これも知らない人が多いです)効くと思いますよ。(私はやったことありませんが)

上記5つの予防法と撃退法、ぜひお試しください!


地球人はいまだに天動説を信じていると思う件

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前回、元日の『スターウォーズ』の話に続いてまたぞろ宇宙の話ですが。

ちょっと前の毎日新聞一面コラム「余録」にこんなことが載っていました。

「宇宙人がもし本当にいるとしたら、なぜ地球にやってこないのか」

うーん、私に言わせれば、この発想がもうダメというか古いというか。

ごく普通に考えて、この宇宙は端から端までが150億光年もあるんですよ。比較的近場のアンドロメダ星雲ですら200万光年もの彼方。もしそこに宇宙人がいるとして、どうやって地球まで来るんですか。光の速さで200万年もかかるのに不可能でしょう。

宇宙人否定論者の何よりの間違いは、「宇宙人は地球人よりはるかに高い文明をもっている」というSFから来る先入観を前提にしていることです。もしかしたらこの地球が全宇宙で一番進んだ文明をもった星の可能性だってあるのに。まだ原始時代の星もあるかもしれないし、魔女狩りをやっている星だってあるかもしれない。これからやっと産業革命の星だってあるでしょう、きっと。

全部で途方もない数の惑星やその衛星があるのに、知的生命体がいるのが地球だけと考えるほうがよっぽどリアリティのない話だと思います。

とはいえ、今日の本題は、宇宙人がいる/いない、とか、地球に来れる/来れないの話ではなく、宇宙人がいると前提したうえで、なぜ「彼らが地球に来る」と考えるの? ということです。

地球以外に知的生命体の存在する惑星が仮に3つあるとします(実際はもっとはるかに多いと思いますが)。A星、B星、C星と名付けます。どれも地球からはるか遠く離れた星です。

A星人はすぐ近くのB星に降り立つことに成功し、それが原因でAB間で戦争が起こってしまった。そこにC星人がやってきて、両者を和解させることに成功。ABCの3つの星はとても仲良くなっている。

我々地球人のあずかり知らぬところで、宇宙人同士が戦争したり交流したりしている可能性をなぜ考えないのでしょう。


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それはやはり地球人がいまだに「天動説=地球中心説」を信じているからだと思います。
宇宙人がいるなら地球に「来る」はずだ、という発想がもう完全に地球中心じゃないですか。
地球なんて宇宙の片隅にひっそり存在しているちっぽけな星にすぎないという認識がない。

とはいえ、それも仕方がないのかな、とも思います。

だって、いくら地動説が正しいと理屈でわかっていても、やっぱり地球が西から東に自転してるんじゃなくて、太陽が東から昇って西に沈むように見えますから。どうしたって地球が中心に感じられる。

ということは。

宇宙人も同じなんじゃないでしょうか。

A星人は「もし宇宙人がいるとしたらA星に来るはずだ」
B星人は「もし宇宙人がいるとしたらB星に来るはずだ」
C星人は「もし宇宙人がいるとしたらC星に来るはずだ」

宇宙に存在する知的生命体は、みんな自分の星が中心だと思い、我々と同じように「来る」のを待っているんじゃないか。

というのが私の仮説です。



2017映画ベストテン!

もう大晦日ですね。というわけで、今年の映画ベストテンの発表です。私の場合、見れなかった映画が数多いのであまり参考にならないかもしれません。

ちなみに、昨年、2016年のベストテンはこちらです。

去年と同じく「図太くて厳しくて哀しい映画」という基準で選びました。というか、私にとって「映画」とはそのようなものみたいです。感想を書いた作品にはリンクを貼っています。興味のある方はどうぞ。


①『LOGAN/ローガン』(ジェームズ・マンゴールド監督)
『ラ・ラ・ランド』(デイミアン・チャゼル監督)
『アトミック・ブロンド』(デビッド・リーチ監督)
④『アウトレイジ 最終章』(北野武監督)
『キングコング 髑髏島の巨神』(ジョーダン・ヴォート・ロバーツ監督)
『新感染 ファイナル・エクスプレス』(ヨン・サンホ監督)
『パーティで女の子に話しかけるには』(ジョン・キャメロン・ミッチェル監督)
⑧『散歩する侵略者』(黒沢清監督)
⑨『五島のトラさん』(大浦勝監督)
『ワンダーウーマン』(パティ・ジェンキンス監督)


以下、一言コメントです。

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①『LOGAN/ローガン』
完璧に描かれた一点透視図法の荘厳な絵画。すべての描線が「ローガンの死」という“バニシング・ポイント=消失点”に向かってまっすぐに伸びる。そのまっすぐさが「滅びの美学」を否が応にも盛り上げる。最後の30分が涙でスクリーンがかすむなんて、いったい何年ぶりの経験だったでしょうか。

②『ラ・ラ・ランド』
今年、『サウンド・オブ・ミュージック』とか、いろいろ過去の名作ミュージカルを見て、『ラ・ラ・ランド』ってあまり大したことなかったのでは? という疑念がもち上がりましたが、つい先日また見に行って傑作と確信しました。いろいろ雑なのはわかります。しかし、あばたもえくぼ。欠点も含めてこの映画が丸ごと好きです。

③『アトミック・ブロンド』
あの長回しとシャーリーズ姐さんの色気に尽きますな。三重スパイというオチも効いてる。

④『アウトレイジ 最終章』
とにかく、西田敏行がすごすぎ。たけしはほとんど演技指導しないそうなので(自分で言ってました。『バカ論』より)ほとんど西田敏行が自分で考えた芝居のようですが、いずれにしてもすごすぎ。おそらく北野組の現場は役者が芝居しやすい雰囲気なんでしょうね。でないとあそこまでの芝居は無理でしょう。そういう雰囲気を作れるかどうかが「監督の才能」なんだと思います。

⑤『キングコング 髑髏島の巨神』
これはもう、ジョーダン・ヴォート・ロバーツという「天然ボケ監督」の登場を寿ぐしかありませんね。怪獣パニック映画なのに爆笑させられるという稀有な体験でした。

⑥『新感染 ファイナル・エクスプレス』
あの焼肉屋の兄ちゃんみたいなおっさんがいまだに印象深いです。そういえば韓国映画を見に行ったのってえらく久しぶりな感じ。この勢いで『密偵』も行こうと思っていたら終わってしまいました。(泣)

⑦『パーティで女の子に話しかけるには』
最高に楽しいパンク映画。しかし邦題で損してますよね。原題直訳なんですが、「how to talk to girls at paties」というのは英語では何か別の意味のある慣用句なんでしょうか? イギリス人の英語ってほんと耳に心地よい。

⑧『散歩する侵略者』
あのとんでもない冒頭のカットから心を鷲づかみにされましたね。
細かいことですが、笹野高史が喫茶店で2000円を払うときの払い方にあのキャラクターのすべてが滲み出ている気がしました。ああいう細かいところに監督の演技指導の差が出ますね。この映画の直後に見たのが役者を殺しまくった『ダンケルク』だったので、よけいそう思いました。

⑨『五島のトラさん』
これはCSで見ました。私はビデオで見たものもベストに含めます。ビデオで見て面白かったのならスクリーンならもっと面白いはずだからかまわないでしょう。
この映画は、長崎・五島列島で暮らす、トラさんとその家族を20年だったか30年だったか、かなり長い年月追いかけた渾身の力作です。
しかし、ドキュメンタリーの監督さんってどうやって食べてるんでしょうね。この1本に30年…。そりゃま、合間合間に他の作品も撮ってるんでしょうけど、限度があるだろうし。私も食うには困らない程度には書いていきたいですが、どうなりますやら。

⑩『ワンダーウーマン』
これはリンク先の感想を見てもらえばすぐわかりますが、面白くなかった映画です。なぜあえてそんな作品を入れたのか。それはひとえに、ガル・ガドットという女優の名前が決定的になった2017年を記念してのこと。6年前に『ワイルド・スピード MEGA MAX』で見たときは添え物のお色気女優にすぎなかったのに、もうその名前で何億ドルも稼げる人になったというのは感慨深いものがあります。イスラエルとアメリカを行ったり来たりの生活が報われたんですね。よかった。


さて、気になるワーストですが、ベストとは逆に劇場で見たものしか選びません。途中退席したものは含みません。劇場で最初から最後まできっちり見たもののみから選びます。そうでないとフェアじゃないでしょ。

というわけで、2017年の栄えあるワースト映画は、










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『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』(ジョン・リー・ハンコック監督) 

ホリエモンや村上世彰が企画に噛んでいるとしか思えない、イデオロギー的にまったく受容できない映画でした。このような映画をほめてはいけない。ポリティカリー・コレクトネスなんてクソ食らえ! と叫ぶ下品きわまりない男が合衆国大統領に当選して早くも一年がたちましたが、そのような国だからこそ、この映画のようなポリティカリーにインコレクトな映画が生まれたのでしょう。


参考までに、本格的に映画を見始めた1990年から昨年までのベストワン作品を列記しておきます。こいつとはいい友だちになれそうだ、思っていただけたら幸いです。

それではみなさん、よいお年を!


2016『ヒメアノ~ル』
2015(映画断ちしていたため選出なし)
2014(映画断ちしていたため選出なし)
2013『ゼロ・グラビティ』
2012『ドライヴ』
2011『ヘヴンズ・ストーリー』
2010『ライブテープ』
2009『グラン・トリノ』
2008『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』
2007『長江哀歌』
2006『ヒストリー・オブ・バイオレンス』
2005『ミリオンダラー・ベイビー』
2004『ミスティック・リバー』
2003『インファナル・アフェア』
2002『マルホランド・ドライブ』
2001『ザ・ミッション 非情の掟』
2000『トゥルークライム』
1999『のど自慢』
1998『スターシップ・トゥルーパーズ』
1997『CURE/キュア』
1996『新・居酒屋ゆうれい』
1995『シリアル・ママ』
1994『バッド・ルーテナント 刑事とドラッグとキリスト』
1993『許されざる者』
1992『JFK』
1991『シェルタリング・スカイ』
1990『グッドフェローズ』



頭の良さとは何か(ABC予想の証明に寄せて)

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数学界の超難問とされる「ABC予想」を望月新一という数学者が証明したと世界を股にかける大ニュースになっています。

望月教授が2012年にご自分のウェブサイトに発表した論文にもちこまれたアイデアが相当独創的かつ難解だそうで、本当に証明できているかどうか査読するのに5年もの歳月がかかったとか。

私などはABC予想なるものの、いったい何が問われているのかがまずわからないのでこれがどれほどすごいことなのか想像もつきませんが、このABC予想が正しいと証明されれば、あの「フェルマーの最終定理」が一瞬にして証明されてしまうらしいです。それほどの「超難問を解決してしまう超難問」だったんだとか。

で、世界の名だたる数学者たちですら査読に5年もかかるわけですから、世間の耳目はもっぱら証明の内容よりも望月教授の人となりに集まってしまうのは仕方がありません。

そこで、「16歳でプリンストン大学に入学し、19歳で卒業、23歳で博士号を取得」という華々しい経歴ばかりが取り沙汰されているようです。




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「19歳で大学に入った俺はどうなるんだ」とか、「23歳で博士号なんて信じられない」「天才ってそういうものなんだ」とか羨望のまなざしが送られています。

しかしですね、望月教授が真に頭のいい人であることは疑いがありませんが、早熟であることだけを取り出して「天才だ」というのはちょっと片手落ちだと思うんですよね。



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頭脳が早熟ということは、肉体に置き換えれば「瞬発力がある」ということです。それも頭の良さのひとつでしょうが、はたしてそれだけなんでしょうか。

仮に、望月教授の証明文を一読しただけで「これは正しい」と理解しえた数学者がいたとしましょう。彼は間違いなく「頭がいい」。でもそれは瞬発力タイプの頭の良さです。

世の中には別のタイプの頭の良さをもっている人たちがいます。




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ABC予想は望月教授の証明が正しいと判断されたばかりですが、そのうち、その証明がどれだけ精緻を極めているか、独創的であるか、ということを世界の数学者たちは理解していくものと思われます。いま高校生ぐらいの数学好きが大学を卒業するころには、「ドクター望月の証明を理解できないなんて数学者とは言えない」という論調が生まれている可能性もあります。

が、いま現在すでに数学者なのに望月教授の証明文の意味が少しも理解できず、数年後、世界の誰もが理解した頃に、まだ理解できない数学者がいたとしましょう。

彼は学界の笑い者になるでしょうが、20年後とか30年後に、「ABC予想の応用にかけては世界一」と世界中から尊敬される存在になっている可能性が充分にあるのです。

彼には瞬発力はないけれど、持久力があった。その持久力で誰よりも深いところまで潜っていけたわけですね。これもまた「頭の良さ」。

望月教授のように誰もなしえなかったことをなしえるのも「頭の良さ」。本を正せば、「ABC予想」という仮説を立てた人も頭がいい。

ざっくり分けただけでも頭の良さにはいろんな種類があるのだから、「あの人みたいに早熟じゃない」などと悲観することはないんじゃないでしょうか。

そもそも他人と自分を比較している以上、仮に世界一の天才でも幸せにはなれません。

どうあがいたって人間の目には「隣の柿は赤く見える」のだから。


日馬富士殴打事件で思うこと(モンゴル力士会という闇を超えて)

日馬富士が貴ノ岩をビール瓶で殴打し、頭蓋骨骨折などの重傷を負わせた事件はまだまだ記憶に新しいというか、いったい事の真相がどこにあるのか、日を追うごとに混沌としてきました。


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最初は、「ビール瓶で殴ったこと」を否定しなかった日馬富士。「その時点で謝罪会見は引退会見であるべきだった」ということを言う人もいました。私も同意見でした。いくら度が悪いといっても素手で制裁したのならともかく、ビール瓶で殴ったら下手したら死にますよ。ほとんど殺人未遂じゃないですか。別に日馬富士が横綱でなくたって品性の問題が浮上しないとおかしい。




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と思っていたら、貴ノ岩の師匠である貴乃花親方が、殴打事件から3日後に被害届を出しておきながら、協会関係者から電話があったときもそんな事件があったなんておくびにも出さなかったとか、当の貴ノ岩も大怪我を負いながら巡業に参加していたとか、よくわからない。

かと思えば、日馬富士も「ビール瓶で殴っていない」と言い出し、同席していた白鵬も「ビール瓶じゃなかった」と証言する。
しかも、日馬富士はビール瓶をつかもうとしたらすっぽ抜けたとか、貴ノ岩はアイスピックで応戦しようとしたから日馬富士の行為は正当防衛だ、という声も上がっているとか。



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私はまったく知りませんでしたが、この事件が起こった酒席というのが「モンゴル力士会」というものだったんですってね。

当事者二人ともモンゴル人なら同席していた証言者もモンゴル人ばかりということですが、現役時代に八百長を嫌いガチ相撲しか取らなかった貴乃花親方は、いくら同郷でも別の部屋のライバル力士と酒宴を共にするということ自体を嫌いっているとか、その貴乃花に影響を受けた貴ノ岩が同郷の大先輩に反旗を翻したのが原因じゃないかとか、いろいろ言われているようです。

ただ、以上のことはもしかしたら「フェイクニュース」かもしれません。「モンゴル人たちが神聖な日本の国技を汚した」とレイシストたちが火のないところに煙を立てているだけ、という可能性もあります。

この事件でいまのところ事実だと判明しているのは、日馬富士が貴ノ岩を殴打して全治2週間の重傷を負わせたこと、そしてこの二人が「モンゴル人同士」ということだけです。

別に私は日本人が関係していないからいい、とか、そんなことを言っているのではありません。仮に「日本人同士」でも同じことを書いていると思います。

つまり、もし、モンゴル人横綱が日本人関取を殴っていたら、または、日本人横綱がモンゴル人関取を殴っていたらどうなっていたか、ということです。

いまだに「横綱の国籍・出自」にこだわる日本人がたくさんいるのですから、もし前者だったら、「モンゴル人はやっぱりダメだ。すぐに辞めてしまえ!」と怒号の渦だったと思うんですよね。貴乃花親方の言動に矛盾点があっても、白鵬の証言があっても、そんなのなかったとばかりに世論は「引退せよ」の一点張りだった可能性が高い。


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そして後者の場合、つまりは稀勢の里が加害者側だったら、ということですが、いま以上に「真実はどこにあるのか」という議論だけが沸き起こって、「引退せよ」という声が掻き消されていた可能性が高い、と思うわけです。実際、モンゴルでは「日馬富士を引退させないで」という声が日増しに高まっているそうですし。

モンゴル力士会という特異な場で起きたから真相が藪の中みたいになってるわけですが、モンゴル人同士だったから、ナショナリズムやレイシズムに惑わされず、とりあえずみんなの言うことをちゃんと聞こう、そして真相をはっきりさせてほしいと、すぐ熱くなって我を忘れやすい日本人にしてはまぁまぁ冷静な態度で見つめていられるのではないでしょうか。だから「日本人同士」でも同じだというわけです。

まだまだ真相はわからないし、どういうふうに決着するのかはわかりませんが、ナショナリズムやレイシズムという感情的なものが入ってこないぶん、同国人同士のもめ事だったのは不幸中の幸いだったという思いは禁じえません。



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