聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

経済・政治・国際

麻生太郎はなぜ謝罪したのか(戦争の動機は常に「正義」では?)

麻生太郎がヒトラー云々の発言がもとで謝罪しました。


ice_screenshot_20170830-204001

これはゆゆしき事態ですね。
いや、麻生がこういう発言をしたことより、みんなが謝罪にまで追い込んだというのが。

だって、戦争の動機っていつだって「正義」じゃないですか。
自分たちはあの国にこんなにも苦しめられている、だからもう宣戦布告するしかない、と戦争するわけでしょ。

2013062701

ヒトラーだって「ユダヤ人や共産主義者たちが我々の国を乗っ取ろうとしている」という危機感に駆られて戦争したわけでしょう? その危機感を共有する国民がいたわけでしょう? でなかったら、こんなに熱狂するわけがない。


ダウンロード

ちょいと前から問題になっているネトウヨたちだって、「日本は中国にこんなに苦しめられている。日本人は在日朝鮮人のためにこんなに割を食っている。だから…」ということじゃないですか。

ヒトラーだって、トランプだって、ネトウヨたちだって、動機は純粋な正義ですよ。

小池都知事が声明を出すのをやめたという、関東大震災での「三国人虐殺事件」。あれだって、「三国人が井戸に毒を入れた」とか何とかのデマが集団ヒステリーを呼んで起こったんでしたよね。集団ヒステリーって「自分たちは100%被害者であり加害者は断罪されるべき」という正義の信憑がなかったら生じない現象ですよ。

ヒトラーだって「ドイツ国民はユダヤ人と共産主義者、はては身体障碍者たちに被害を受けている」ということで大量虐殺しちゃったわけでしょう? あの頃のドイツ国民も大日本帝国臣民も集団ヒステリーに冒されていました。

その結果が悪いことは麻生だって認めてるじゃないですか。その結果からさかのぼって動機を客観的に評価するというのがどうにも解せない。

これはもう「後出しジャンケン」です。

結果から動機をうんぬんするのは後出しジャンケン。逆にいえば、後出しジャンケンでないと、動機の正邪を判定するのは不可能ということです。

私だって、麻生の「ナチスを見習うべきだ」という発言については許し難いと思うし、あの発言の主がいまだに副総理の椅子に座っているというのが不思議でしょうがないんですけど、今回の「ヒトラー発言」にかぎっていえば、謝罪するまで叩きまくったメディアや国民のほうに問題あり、と思います。



img_0

地獄への道は正義によって舗装されている。

というのは誰の言葉だったか忘れましたが、麻生に謝罪させた国民だって自分たちのことを「正義」だと思っていたんでしょう? だから集団ヒステリーに冒されたかのように謝罪に追い込んだんでしょう?

こういうことを書いている私だって「正義感」に駆られて書いているわけですよ。みんな「正義」の旗印のもとに行動している。自分は邪悪だ、と認識して邪悪なことする奴なんかいますかね?

このようなことがまかり通るということは、日本は地獄への道を突き進んでいる、ということでは?




「50人の偉大な黒人選手」に物申す!

白人至上主義の暴動に対してトランプが「どっちもどっち」的発言をして非難され、一方でオバマが誰でも言えるようなツイートをしてツイッター史上最多のいいねを獲得したとか。

そういう国内事情を踏まえてなのか、アメリカで「50人の偉大な黒人スポーツ選手」なるものが載ったウェブサイトが公開されたそうです。

上位3人はこの人たち

1位 マイケル・ジョーダン
5223fe2319639


2位 ジャッキー・ロビンソン
img_0


3位 モハメド・アリ
img_1


人種の壁に立ち向かったロビンソンやアリよりもジョーダンが上というのに納得がいかない人が多いとか。
また、50人の中にはタイガー・ウッズが入っていないらしく、いくらいろいろ問題を起こしたとはいえ、歴史的な選手なのだから入っていないのはおかしい、という意見もあるそうです。

まぁ、こういうのは映画のベストテンと同じで人それぞれ意見が違って当たり前なので、私は何とも思いません。

思うのは、こういう黒人に特化したランキングは「差別」だということです。

黒人を称揚しようと思ってのことなのは重々承知していますが、でもやはり、「黒人」と十把一絡げにするのは差別でしょう。

「女」とか「ユダヤ人」とか「障碍者」とか、一人一人または全体を見ずにカテゴライズすることが差別の本質なのだから。

こういう記事に対して「いや、あの選手が入っていないのはおかしい」と反論するのは「筋違い」だと思うんです。




ネイマール移籍に関するスペインプロリーグ協会の政治的悪辣さについて



本当かなとちょっとは疑っていたネイマールのパリ・サンジェルマンへの移籍が実現してしまいましたね。

この問題では、
スペインプロリーグ協会(LFP)の悪辣さが最も際立っていると思うんですよね。


Soccerking_621245_0365
(ネイマールとLFPのハビエル・テバス会長)


どういうことかというと、LFPの言い分は、2億2200万ユーロもの移籍金はUEFAの規定「ファイナンシャル・フェアプレー」に違反する「ファイナンシャル・ドーピング」だとして移籍金の受け取りを拒否すると言っているんですね。
私は、移籍金つまり契約解除金というものはPSGからネイマールを経由してバルサにわたるだけかと思ってましたが、LFPにいったん預けないといけないんだとか。

ファイナンシャル・フェアプレーに違反するのかどうかはともかく、LFPのハビエル・テバス会長の言い分はこうです。

「パリ・サンジェルマンはクラブと国による“ファイナンシャルドーピング”を行っていることは明らかだ。彼らの商業収入はレアル・マドリードとマンチェスター・Uの収入を足したものより多い。これはつまり彼らの商業的価値はこの2つのクラブの合計より高いということだが、こんなことは不可能だ」

「UEFA、EU、スイスのスポーツ仲裁裁判所に不服申し立てをする準備を完了している。これは基本的にリーガ・エスパニョーラが、一般クラブが国からの投資を受ける国営クラブと競わなくてはならない不公平を非難するものである」

というもので、合理的に感じられる言い分ですが、何かちょっと変ですよね。

だって、PSGが2億2200万ユーロの移籍金を用意したのは、バルサが同額の契約解除金を設定したからですよ。なぜその時点で注意しなかったのか。

PSGやチェルシーなら払えるでしょう。(レアルも払えるでしょうが、いかんせん、バルサから直接獲得したらフィーゴのときみたいな狂乱が起こるし、何よりネイマールの命が危ない)

つまり、昨季移籍金の最高額を更新したポグバのそれの2倍以上となる、とんでもない契約解除金を払えるクラブがこの世に存在することは誰の目にも明らかであり、10億ユーロだったらいくら何でもファイナンシャル・フェアプレーに違反する可能性はかなり濃厚になりますが、2億くらいだとPSGなら違反にならない可能性が高い。

それがわかっていたはずなのに、実際に払うとなってから受け取りを拒否するのは解せません。

まず考えられるのは、このテバス会長がレアルファンだから、というのがあるのかもしれません。レアルは払えるが払えない。だからこの一件には最初から無関係。もし「禁断の移籍」という問題がなかったら、つまりレアルが払う可能性があったら、テバス会長はバルサが契約解除金を設定した時点で「それはファイナンシャル・フェアプレーに違反する行為を生む」と痛烈に非難していたでしょう。ライバルを非難するのは小気味いいことですからね。

しかし払えるクラブは自国のリーグにはない。払うのはおそらくPSGだ。だから注意しなかった可能性が高いと私は思います。

仮に、バルサがネイマールの契約解除金を設定した時点で是正を促していたらどうなっていたか。

例えば、
解除金の上限は1億ユーロ、もしそれだけでは納得できなければ誰か好きな選手を少なくとも1人要求できるようにするとかにルールを変える。でも、それをやったら、ヴェラッティがバルサへ行ってしまう、それは避けたい。

何しろ、相手はPSGではないか。カタールではないか。彼らを悪者にしてしまおう。
ということで、PSGが払うことが明確になった時点でファイナンシャル・ドーピングだと非難し始めたんだと思います。

おそらくLFPは最終的には受け取るでしょう。だってネイマールがバルサを去ってくれるのはレアルファンのテバス会長にとってはうれしいことだろうし。でもただでは行かせないよ。少しでもこの事態を混乱させてバルサの新戦力獲得にブレーキをかけたいという思惑も読み取れます。

「フェアプレー」に違反しているのはPSGでもバルサでもなく、テバス会長です。騙されてはいけません。




電通の働き方改革は失敗する可能性が高い



昨日のクローズアップ現代+「電通 働き方改革」を見て暗澹たる気持ちになりました。

高橋まつりさんの悲劇を受けての働き方改革の特集でしたが、社長のインタビューを聞いて、ダメだこりゃ、と思いました。

「残業を少なくしたいがそのために生産性が下がることはあってはならない。働き方改革を推し進めながら同時に業務を拡大していくのが大事」みたいなことを言ってましたが、はたしてそんなことが可能なのでしょうか?


w=600&h=600&r=230817


戦後日本経済はずっと右肩上がりで推移してきましたが、このところその上がり方も鈍化し、ゼロ成長とかマイナス成長とかがあたかも絶対悪みたいに言われています。しかしながら、別にゼロやマイナスで何が悪いの?

だって人口が減少してるし、少子高齢化は進む一方だし、成長なんて無理でしょう。

内田樹先生は「イギリスは世界帝国から小さな島国へのソフトランディングに成功した世界史上稀有な例」と戦後イギリス政府のやり方を絶賛していますが、日本も「経済大国から極東の小さな島国」に縮小していったほうがいいと思います。

「一企業の問題ではない」という言葉がありましたが、電通が変わるよりも前に、まず経済成長という幻想に取りつかれた日本政府が変わらなきゃ、ということもあるのではないでしょうか。

コメンテーターの人が、「リーディングカンパニーとして」と言ってましたが、確かにそれはそうですが、リーディングカンパニーをリードする政府が考え方を変えないと結局何も変わらない。

内田樹先生や柄谷行人氏が言うような「贈与」を主体にした経済体制に変わることができれば先は明るいと思いますが、はたして可能かどうか。


831c6e46

さて、働き方改革が失敗に終わると思うもうひとつのもっと大きな理由。

「顧客のためなら徹夜をいとわないのが当たり前だと思っていた」という36歳の男性従業員がいました。

「机の上で仮眠していた」とか「徹夜明けに築地で食べる海鮮丼がうまかった」とか、まるで社畜である自分が大好きみたいな、完全に自分自身に陶酔している語り方でしたが、こういう人、日本にはどこにでもいますよね。

「寝てない自慢」や「サービス残業自慢」する人たち。アホかいなと思ってしまいますが、彼らはどう考えてもマゾヒストです。

「顧客が急に納期を早めてくることがあって、その対応のためには深夜まで残業せざるをえない」という場面があって、これは顧客の立場からするとサディズムですよね。

電通ではありませんが、他のネット広告業を営む会社では21時に消灯と決めたのに従業員の強い希望で取りやめになったと。メール1通で簡単に発注できるから、受注する側は対応に追われまくる。受注側のマゾヒズムと発注側のサディズムのコラボといって過言じゃないと思います。


a1368a5e

日本人って「お客様は神様です」を金科玉条のように言いたがりますが、あれってマゾヒズムの発露ですよね。客からやいのやいの「言われたい」みたいなのです。そして自分が客になったときはあれこれ無理難題を押しつける。でも、それって受注側のときに無理難題を押しつけられたいから発注側にいるとき逆の言動をするような気がしてなりません。逆じゃなくて。

つまり、客から好き勝手言われるストレスを発散するために客になったとき好き勝手言うんじゃなくて、好き勝手言われたいために好き勝手言う。マゾヒズムとしての快感をマックスにもっていくためのサディズムという気がするのです。

「一企業の問題ではない」というのは、一人の日本人のうちに「客」にまつわるマゾヒズムとサディズムが混在しているという人間の心性のことだと思います。(それは電通というひとつの企業体が、顧客に対してはマゾヒストで下請会社に対してはサディストというのと完全に相似形です)

この日本人特有の心性を根本から変えないかぎり何も変わらない気がします。

「マゾヒズムのためのサディズム」を演じているわけだから、まず、自分が客のときにわがまま言うのをやめるのが成功への第一歩じゃないでしょうか。

休日にお出かけしたら、どこの店でも丁寧な言葉遣いをして、店員が無理しようとしたらこちらから遠慮する。

働き方改革は、まず何よりも「消費者としてのあり方改革」でなければ、というのが私の主張です。

だから企業体としては、残業時間を減らすとか小手先の手を弄さずに、下請会社に偉そうな物言いをするのをやめることから始めるのがいいように思うのです。




共謀罪に透けて見える日本人気質(個人情報保護法を介して)



共謀罪についての議論がかまびすしい今日この頃ですが、みなさん、いかがお過ごしですか?

 ff26c754

「一般市民が捜査対象になることはない」が、「嫌疑をかけられた時点で一般市民ではない」って、「何が秘密かそれも秘密」という特定秘密保護法と同じく、吉本新喜劇の新ネタかと思っちゃいました。

忖度を強いた森友学園の運営する幼稚園で「教育勅語」を暗唱させてたり、あろうことかヒトラーの『わが闘争』を教科書にするとぬかしたり、安倍某の暴走を何とか止めないといけないと強く思う私ですが、仮に安倍を止めたところで国民自身が変わらなければどうしようもないということなんですよね。

そう思うに至ったきっかけは、「個人情報保護法」です。

調べてみると、国会で成立したのが2003年、実際に施行されたのが2005年らしく、もう10年以上も前のことなのかとげんなりしましたが、それはともかく、いまの仕事は個人情報を扱うのでどうしても考えちゃうんですよね?

個人情報保護法っていったい誰のためのものなの? と。

まだ法案だったころ、フリーの作家やジャーナリストたちが反対デモを起こしていたことが記憶に新しい。


7ns3_1101800410


 政治家や官僚の悪事を暴きたくても暴けなくなると。

そうなんですよ。個人情報保護法とは、国民の生活の安全を第一に考えた法律ではなく、政治家や官僚が自己保身のために作った法律なのです。

なのに、成立・施行された途端、国民は「個人情報は保護されなければならない」と思い込むようになってしまいました。

しかし考えてみましょう。

私の住所や電話番号、メールアドレスなどはあくまでも私のものではなく、私にコンタクトを取りたい人のためのものです。

そりゃ、最近はストーカーとか変な人もいるからすべて開示するのはどうかと思うけれども、基本的に個人情報はその人のものじゃないと思うんです。銀行の口座番号とか暗証番号は別ですけど。

ただ、そうなると、

02dc3f9b

ってことになるんですよね。
仕事してても、これって言っちゃってもいい個人情報なのか、それともダメなのか判然としない。

プライバシーは守られるべきでしょうが、「別にそれぐらいいいのでは?」と思うことも多々。

何が言いたいかというと、日本人はお上の言うことには盲目的に従う癖があるので、法案の段階では反対するけれど、成立・施行されたら最後、国民全員が「犬」と化してしまうのでは? ということなんです。

「それは個人情報だから言えません」という人の何と多いことか。「別にテメエの情報なんか知りたかねーよ。だけどこっちも仕事でね、聞かなきゃならんのよ」と激昂したくなることもしばしば。

だから…


ff26c754
 
こうやって共謀罪反対に血道を上げている人たちですら、いったん成立・施行してしまったら、「あの人、何か怪しい」「 隣りの人がどうもおかしい」とかって密告しまくるんじゃないか。

トランプにNOを突きつけるアメリカ人を批判する人も日本には多いですよね。

「選挙で選ばれた人なんだから」と。

同じ論法で行けば、

選挙で選ばれた人たちが国会で決めたことなんだから共謀罪には従わないといけない。

ということになってしまう。

安倍某の失脚を何よりも願う私ですが、そういう国民性を根本から変えないことにはこの国は少しも変わらないんじゃないかと目の前が真っ暗になってしまうのです。


 
最新コメント
お問い合わせ
お問い合わせは、こちらまでお願いします。