聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

経済・政治・国際

「東京には地方紙がない」(定点観測の重要性)

いま内田樹先生の新著『常識的で何か問題でも? 反文学的時代のマインドセット』を読んでいて、まだ読み終わってないんですが、途中になかなか刺激的なことが書かれてあったので、それだけでもここでご紹介しようと思い。




この本は『AERA』の「eyes」という巻頭コラムばかりを集めたものなので一つ一つがとても短いんですが、私が「おおお」と思った文章は2016年10月に書かれたもので、現時点ではもう移転してしまった築地市場の豊洲移転でいろいろ問題が表面化してきていた頃のものです。

何ゆえに都政の醜悪な暗部がこれまで表面化しなかったか、という問いに対し、著者は「東京に地方紙がないからだ」と断定します。全国紙の東京版はあっても東京地方紙がない、と。

へぇ~~~! ちょっと前まで東京に住んでいながら知りませんでした。

著者によると、アメリカでは近年、地方紙が激減しているそうです。調べてみると、日本でも地方紙が激減しているみたいです。→こんなになくなっていたなんて! 最近休廃刊になった地方新聞一覧


さて、ベルというカリフォルニアの小さな町では、1998年ごろに地元紙が休刊になったとか。

で、何が起こったかというと、市の行政官が500万円ほどだった年俸を十数年かけて6400万円まで引き上げたそうです。他の公務員たちも自分たちの給与を増額した。ベル市民は10数億円もの自分たちの血税を公務員や政治家に奪われた。

なぜか。

地元の地方紙がないから市民はそんなことが行われているとはまったく知らなかったから。役所や議会や地裁に記者が取材に入らないから簡単にできてしまう。

著者は続けてこう語ります。

確かにネットからの情報供与はある。だが、ネットはニュースを高速で広める力は抜群だが、「今日のところは何も起きていない」領域を定点観測はしない。しかし、忍耐強い定点観測なしには変化の兆候を感知することはできない。ジャーナリストが定点観測をやめたらニュースはもう「ニュース」にならない。

ベルの実態を調査した委員は、
「市民が自腹を切ってでも地方紙を残し、役所や議会を監視する記者を置いておけば、巨額の税金の無駄遣いを防ぐことができただろう」と忠告したそうです。

ただし、と著者は最後に恐ろしいことを付け加えます。

ただし、この忠告は記者が「統治機構の監視人」であることを前提にして成り立つ。日本のメディアにその前提は適用できるのだろうか。



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とりあえず私にできることは、地元紙・神戸新聞を守ることですね。購読を考えてみようかしら。



BS世界のドキュメンタリー『メイド地獄』に怒り心頭!

ある方のツイートで知った『メイド地獄』というドキュメンタリーを見たんですが、あまりにあんまりな内容で怒り心頭に発しました。

ケニアやガーナの若い女性が、レバノンのメイド仲介業者を通じて、ヨルダンやサウジアラビアでメイドとして、というか奴隷として働かされ、挙げ句の果てに殺されるという内容。

冒頭で、レバノンの仲介業者の男が吐く言葉がすべてを物語っています。

「人権なんてものがあるとは思っていません。ヨーロッパにはあるのかもしれない。でも中東にはね」

彼らは一人頭2000ドルだったか、それぐらいの仲介手数料を取ってはどんどん女性を中東の金持ちの家に送り込む。1日8時間、週5日というのはまったくの嘘で、実は18時間労働で休みもない。それどころかセックスの相手を強要されたりもする。何とか逃げようとシーツを結んで3階から下まで降りようとしたり。ヨルダンでのメイドの死因の67%は自殺か建物からの転落だそうです。殺してるも同然。


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この人はケニアの上院議員で、自国の女性がひどい目に遭っているのを見過ごせず活動しているのですが、メアリーという女性がひどい虐待の末に全身やけどを負わされたことに関して仲介業者を問いただしても「私たちには何の責任もない。補償もしない」の一点張り。実際、メアリーは死んでしまうのですが、「運命だった」の一言で片づけられたとか。

しかも、ケニアの外務省の役人にこのことを言ってもただ笑うだけ。おそらく仲介業者から多額の賄賂をもらっているのでしょう。

「これは国家間の談合です!」

この女性は上院議員ではあるけれども「上院議員(当時)」というテロップが出るから、だいぶ目立った活動をして目をつけられてしまって票を操作されて落とされたんじゃないですかね。この人がなぜ落選したかの追跡ドキュメンタリーを見たい。

それより最後のほう、中東でのメイド体験がどれだけ悲惨だったかを女性たちが次々と証言する場面で戦慄すべきことが起こりました。

「外国人材受け入れ法案が衆議院法務委員会で可決」

というニュース速報。あんなにタイムリーかつ皮肉なニュース速報は見たことがありません。




「生産性の低さ」にこそ価値がある!(『ローカリズム宣言』より)

最近、話題の「生産性」という言葉(もう下火かな?)。何だかいやな言葉だなぁと思っていたら、「生産性が低いことにこそ価値がある」という人が現れました。

内田樹先生の『ローカリズム宣言 「成長」から「定常」へ』を読んで唸りました。杉田水脈の発言より半年も前に「生産性」への絶妙な批評が出ていたんですね。





内田先生は、すべてを数値で換算し、数値に換算できないことには意味がないとするグローバリズムに嫌気が差してUターン、Jターン、Iターンなどさまざまな形で農村に住みつく若者が増えていると前置きして次のようにその理由を語ります。(以下、若干編集してます)

若い人たちが農業を目指す大きな理由のひとつは、現代において農業が例外的に生産性が低いだということにあると僕は思っています。『生産性が低い』ということはひとつのタスクを達成するために多くの人手が要るということです。逆に言えば『生産性が高い』というのはできるだけ少ない人数で多くの仕事を仕上げることができるということです。つまり雇用が減るということ」

「人間が経済的活動をするのは人間的成熟を果たすためです。そうであるなら、できるだけ多くの人間が経済活動に参加することのほうが生産性や利益率や株価よりもはるかに重要です。僕たちが過去20年間のグローバリズム資本主義の推移を通じて学んだことは、それは雇用機会の拡大にも市民一人一人の市民的成熟にも何の関心もないことでした。ということは、グローバリズム資本主義のルールの下で行われているもろもろの営みは言葉の本当の意味での経済活動ではないということです

「都市での賃労働に見切りをつけた若者たちは、別にそこで合理的な経営をしたり、機械化を進めたり、資本の集中による『強い農業』を立ち上げるつもりなのではありません。彼らが農業を志したのは、それが極めて生産の低い仕事だからです」

「そうである以上、まず信頼できる人間的ネットワークを立ち上げることが必要となります。相互扶助・相互支援的な人間のつながりを作り、歓待信頼約束保障という人間的な概念によって人と人を結びつけることが必要となる」

「農業では、ひとつのタスクを達成するために大人数の手が要ります。その人的リソースは『賃金』で雇い入れることはできません。山林の保護とか、水路の確保とか、道路の整備とか、そういうことは誰も一人の力ではできない。自分たちでやるしかない。そのためにはまず私たちと発語しうるような、一人称複数的な主体をこそ農業の主体として立ち上げるしかない」

「農村では他にも、屋根を葺いたり、祭礼を守ったり、寄合に集まったり……とさまざまな活動への参加を求められる。そういう活動を通じて都会から来た若者は次第に一人前の『百姓』に仕上がっていく。そういう漸進的な成熟プロセスが可能なのも、農業がとにかく『人手が要る』仕事だからです。生産性が低いからです」

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うーん、相変わらずの卓見ですね。農業だけでなく、第一次産業と言われる農林水産業はすべて同じでしょう。
私は常々、職業に貴賤なしというけれど貴賤はあると思っています。賤業についてはここでは措くとして、貴業の最たるものは農林水産業だと思っていましたが、それは単に生きるために必要な食べ物を生産するからではなく、その生産を通じて人間的な成熟がはかれるからなのだということがようやくわかりました。

「おまえは生産性が低いからクビにする」
「生産性が低い人間には何の価値もない」
「生産性が低い人間に手厚い保護をする必要などない」

そういうことを言う人間には徹底抗戦しましょうぞ!


tasukeai


こういう風景が復活することを祈って。


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