経済・政治・国際

2019年07月10日

羽鳥さんの番組で玉川さんが「生活保護を切り下げろというのは自分の首絞めてるってことに気づいたほうがいいよ」と言ったそうです。

まさしくその通りですね。

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画像にあるように、国民年金だけを受け取る人よりも生活保護を受ける人のほうが倍ほどもらえるということで「切り下げろ」という声が出ているようです。国民年金でもらえる額をもっと引き上げられるようにするという逆の発想が必要なのに。

しかしここでは政治的な意見を表明したいわけではなく、昨今の「生活保護バッシング」とぜんぜん違う分野の「キラキラネーム」は実は根っこが同じではないか、というのがこの記事の主旨です。


「減税日本」
数年前には名古屋市長が「減税日本」という政党を旗揚げしましたが、私はあれはキラキラネームだと思いました。

経済には疎いんですが、あのときもいまもデフレが止まらないのだから減税をして内需を増やすのは正しい政策なのでしょう。

だから減税日本が政権を取れば当然減税をする。しかしいつまでも減税し続けるわけにはいかない。いつかは増税が必要なときが来る。そのとき「減税日本」という党名はどうするんですか? 「増税日本」に変えるの? まさか!

つまり、「減税日本」という政党名は、「将来自分たちが政権を取り、その帰結として増税が必要になるとき」という未来が見えていないからこそ付けられた名前なわけです。


キラキラネーム
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「黄熊」と書いて「ぷう」なんて悲惨としか言えませんが(しかも女の子!)自分の子どもにこういう名前を付ける親も名古屋市長と同様です。赤ん坊から5歳ぐらいまでなら「黄熊(ぷう)」ちゃんでもかわいいからいいですけど、その子が学校に入り、成人になり、社会に出て、還暦を迎え……という未来が見えていないのです。いましか見えていない。

その意味で「減税日本」と「黄熊(ぷう)」などのキラキラネームは同根です。「時間」の概念が決定的に欠落している。


生活保護バッシング
これも同じだと思うんですよね。
いまは普通に働いて給料を得ていても、いつ何どき事故や病気で働けなくなるかわかりません。未来の自分がどうなっているかなんて誰にもわからない。

彼らには「自分がいまと同じく生活保護を受けないで大丈夫な生活」しか見えていいない。「将来どうなるかわからない」ということがわかっていない。「時間」の概念が欠落しています。

ついでに言えば、外国人技能実習制度を悪用して奴隷労働を強いている経営者も同様でしょう。彼らは「二度と日本には来ない」と言っています。そんなことを本国で言いふらされたら日本に来る外国人は激減します。悪徳経営者には「いまの損得」しか見えていない。ここでも「時間」の概念の欠落が見て取れます。


というわけで、キラキラネームをつける親と、生活保護バッシングをする人たち、はたまた外国人を奴隷として働かせている人たちは根っこが同じと思う次第です。






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2019年06月17日

映画評論家・町山智浩さんの『アメリカの今を知るTV』が2時間スペシャルでプライムタイムに登場! というわけで見てみました。

いつもの本放送はたまにしか見てないので初めて触れる情報がたくさんありました。特に仰天した3点について書きます。


①メキシコとの国境に壁は作れない⁉
トランプが公約に掲げていた「メキシコとの国境に壁を作って不法移民を根絶する」というアレ。アレは絶対不可能なんですって。

なぜなら、メキシコとの国境はリオ・グランデ川で、あまりに蛇行しているために川の上に橋を作れない。(仮に作ったとしても橋があるところでは住民は自由にアメリカとメキシコを行き来している)


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現実には、このように川の手前の部分に壁は存在しているんですが、そこは何と農家の私有地。農家の人も壁の向こうとこっちを行き来するため、どうしてもビッチリした壁を作れず、ところどころ穴が開いてしまう。すべての私有地を買い取れば完全な壁を作ることはできるけど、莫大な金がかかるから現実的には不可能。

さらに仰天するのが、アメリカ人ですらこの事実をほとんど知らないということ。なぜか報道されてないと。日本でも安倍に都合の悪いことは伏せられることが多いし、あちらでも「忖度」がまかり通っているということでしょうか。


②銃社会アメリカの現実
衝撃の事実が語られました。
昨年、銃乱射事件が起こった高校の生徒が自殺したというのです。10何人もの人が死んだのに自分は生き残ってしまったという罪悪感=サバイバーズ・ギルトのせいで。

今年の5月末までで全米で発生した銃事件の件数が何と21686件。死者は5705人。今年のたった5か月間でですよ。

これだけの事件が起き、莫大な人数の被害者がいまも出ているなか、なぜアメリカでは銃規制が進まないのか。それは何と「憲法」にあるというから仰天しました。

合衆国憲法修正第2条
「規律ある民兵は、自由な国家安全にとって必要であるから、人民が武器を所有し、また携帯する権利はこれを侵してはならない」


町山さんの解説によると、「規律ある民兵」とは「反政府ゲリラ」のことだそうです。反政府ゲリラがいないと独裁国家になってしまう。それを防ぐために銃所持を認めているそうです。

ボストン茶会事件を発端に、イギリスはアメリカの民兵から銃を取り上げようとした。それに逆らって独立戦争を起こして勝利し、アメリカ合衆国ができあがった。民兵=反政府ゲリラこそが建国の父だった。父たちがもっていた銃は合衆国国民全員が所持・携帯する権利がある、という理屈だそうです。

昔懐かしい岸田秀さんの『ものぐさ精神分析』の冒頭、「アメリカを精神分析する」みたいな論考がありました。先住民を制圧して建国した国だから、世界の警察ヅラをして内政干渉したがるのだ、みたいな内容でした。(←かなりうろ憶え)

先住民の虐殺が外交問題を生み、旧宗主国イギリスとの独立戦争が内政問題を生んでいる。

ただ、かつてグァムで銃を撃ったことのある人間としては、やはりアレはもっているだけで「止まっている的を撃つだけではつまらない」「猫でも撃ってやろうか」「いやいや、人間を……」とどんどんエスカレートしていく魔性を秘めていると思う。だから規制したほうがいいに決まっているけど、建国の礎が理由だからこの病根はかなり深いというか、もう治癒不能では? と思わされました。


③コメディアンが政治を茶化す伝統
これはちょっとうらやましいというか、アメリカの健全なところ。

日本よりもよっぽどお笑いが人気でコメディのライブハウスがたくさんある。そして政治を風刺しないコメディアンはコメディアンじゃないとまで言われるとか。

戦慄したのは、2006年に開かれたホワイトハウスの晩餐会。当時の子ブッシュ大統領の前で、登壇したコメディアンがこんなことを言ったのです。


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「私はブッシュ大統領を支持します。なぜなら、彼はアメリカが攻撃されたときちゃんと反撃してくれるからです。世界一わざとらしいヤラセ写真によって」

ゲボッ! すげーー!

こういう懐の深いところはアメリカ独自の伝統というより、ヨーロッパの宮中の伝統らしいです。

シェイクスピア劇にもよく出てくる宮中道化師。国王に向かってたった一人だけタメ口を利いてもいい人物。王様を茶化すことで相対化し、諭す役割があった。

ちょうどいま読んでいる赤坂憲雄さんの『王と天皇』でも、道化は「王であって王でない者」「王の分身として王の支配を裏側からシンボリックに支えるもう一人の王であった」と書かれています。だからタメ口で直言することが許されているんですね。(その代わり何かあったらスケープゴートとして殺される)

その伝統がいまも残っているのはいいと思いましたが、トランプは一昨年、昨年と続けてこの晩餐会を欠席しているとか。なるほど、建国以来、もっとも懐の深くない人物が大統領になってしまったのですね。

というわけで、かなり盛りだくさんな2時間でありました。またやってほしいです。




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町山智浩さんの『市民ケーン』解釈への反論




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2019年06月12日

もう一週間ほど前ですけど、山本太郎のれいわ新選組に寄付しました。


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山本太郎がんばれ!
何しろいま日本で唯一まともな政治家ですからね。街頭で涙ぐみながら自殺者をなくしたいという演説にはこちらももらい泣きしそうになりました。

仄聞するところによると、ちょっと前の時点で1億6000万円以上集まってるとか。もっともっと集まるといいというか、一部の金持ちがドカンと何百万円も寄付してるというより、私みたいな貧困層の小市民が1000円だけとか5000円だけとか少額の寄付だけで全体の7割ほどを占めるそうです。

というか、相当な人数がれいわ新選組に寄付しているわけで、今回の参議院選挙では何がしかの風が吹くような……? というか吹いてもらわないと困る。老後のために2000万? アホか! とか言ってる間にまた公文書が消えてる。。。


懐かしいアイスバケツチャレンジ
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これはあの懐かしいアイスバケツチャレンジの一コマ。まだ東京にいたときだから5年ほど前かな。

最初は寄付をするか、したくなければ氷水をかぶる、という遊びだったのが、いつからか、氷水をかぶったうえで寄付する遊びに変わりました。

なぜこんな昔話をしたかというと、ちょうどこの頃はアメブロをやってまして、読者登録してくれていた人が、

「寄付はひっそりとやるもの。寄付したい人は声高に寄付をしたとか言ってはいけない」

みたいなことを言っていて、それは違う! と強く思ったのを思い出したからです。


3年前の熊本地震
あのときもそうでした。何百万も寄付した芸能人が「売名行為だ」などとバッシングを受けました。

そもそも売名かどうかわからないというのもありますが、仮に売名だとして、売名の何がいけないんでしょうか? 

そのお金で助かる人がいるのならそれでいいんじゃないですか? 何もせずに能書きばかり垂れてる奴よりよっぽど偉い。

逆に、有名人は「これだけの寄付をしました」と堂々と言ったほうがいいと思う。インフルエンサーなんだから寄付しようかどうしようかと躊躇してる人の背中を後押しすることもあるでしょう。

だから私もめちゃくちゃ微力ながら、先日、「れいわ新選組に寄付しました」とツイートしました。

「寄付はひっそりと」というか「善行は黙ってやってこそ」みたいな美徳が蔓延したことが今日の政治的災厄を招いたと言っても過言じゃないと思います。

正しいこと、善いことと信じてるなら堂々と声高に主張しましょう!






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