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2019年08月29日

7月18日に起こった京都アニメーションの放火殺人事件で、亡くなった方の実名が公表されました。

そのことについてメンタリストのDaiGoが、真っ先に実名報道に踏み切ったNHKに対し、「もう絶対NHKには出ない」と猛然と怒りをぶつける動画が公開されました。


DaiGoの怒りの本当の矛先は?


このDaiGoの怒りについて、ネット上ではかなりの賛意を集めているらしいのですが、私は大いに疑問です。

彼は実名報道によって遺族が多大な二次被害を受けると言っています。それが間違っているとは思いません。すでに実名がわかっていた人がいますよね。色彩担当だった石田奈央美さんの場合、早くから遺族が亡くなったことを公表していました。

その石田さんの葬儀でなのかどうかは不明ですが、マスコミが勝手に入ってきて許可もなく葬儀の様子を撮影していたと聞いて怒りに震えました。DaiGoの怒りもここから来ているのでしょう。「二次被害」とはこのことですよね。これには私も深く共感します。

ただ、DaiGoは最初は「実名報道したNHKを絶対許さない」と言っていますが、次第に「あなたの大切な人が理不尽に殺されて、そのうえさらに無神経なマスコミに晒し者にされたらどう思うか」と、実名報道したことに怒っているというより、そのことで遺族がマスコミによる二次被害を受けることに対して怒っています。逆に言えば、実名報道そのものに怒っているわけではない。

私は「実名報道」と「メディアによる二次被害」は分けて考えないといけないと思います。そのためにはあまり感情的になってはいけない。DaiGoは感情的になるあまり自分自身が何に対して怒っているのか、わからなくなってしまっていると感じました。


実名報道そのものが悪いのか?
確かに、人の葬儀に無断で入って勝手に撮影するなど言語道断であり、そういうことがあったから「実名の公表は控えてほしい」という遺族からの強い願いがあったのは理解できます。

でもそれはマスコミの不埒な振る舞いが根底にあるからであって実名報道そのものが悪いわけじゃないでしょう。

例えば3年前に起こった相模原の障碍者施設での19人刺殺事件。まだ被害者の実名が公表されていませんが、「身内に知的障碍者がいると知られるのは避けたい」と、差別感情を理由に公表しないでほしいという遺族の強い理由があるからだそうです。

ただ、名前がわからないと単に「19人の障碍者が殺された」と「19」という数字しかわからない。

石田奈央美さんや今回、明らかになったアニメーターの石田敦志さんの場合は、どういう経緯でアニメに興味をもち、京アニに入り、どういうふうに仕事をしていたか、ということがわかると、事件の痛ましさをより具体的に感じることができるし、石田敦志さんのお父さんが会見で、

「石田敦志というアニメーターがいたことをどうか忘れないでほしい」

と語ったのは、そういう思いがあるからではないでしょうか。決して「35」のうちの一人ではではないのだ、と。

おそらくですが、私の大切な人が理不尽に殺されたら、あのお父さんのように世間に訴えるような気がします。ただ、他の遺族から葬式に無断で押し入り勝手に撮影されたと聞いたら、考えを翻すかもしれませんがね。ここらへん、どちらの気持ちもよくわかるから難しい。


実名か匿名かを警察が決める
調べたところでは、2005年に事件の関係者の実名を公表するかしないかは警察に一任されるようになったとか。ウィキペディアには「日本政府がそう決めた」みたいに書いてありましたが、別のサイトには「マスコミが自分たちで決めたくないから警察に決めてもらうようになった」という意味で書かれていました。

どうも今回の実名報道に関するニュースを見ていると、「実名報道できないのは警察のせいだ」みたいな感じだったので、2005年に政府が警察に通達を出したのは本当なのでしょうが、その背景にはマスコミの「自分たちで決めたくない」という卑怯な心があるのだと思います。だから警察が実名を広報した途端、大義名分を得たかのように実名報道に走りました。

もし2005年の取り決めがなければ、マスコミは自分たちで調べて公表することができますよね。でもそれはしない。「公表を決めたのは警察」「俺たちはそれに従っただけ」というアリバイ作り。

今回の実名報道で本当に非難されなければいけないのは、実名を報道したことではなく、このアリバイ作りのほうではないでしょうか。


「実名なんか知りたくない」は本当か?
DaiGoは「実名なんか知りたいですか? 知りたくないですよね」と言ってましたし、世間的にもそういう論調が多いですけど、ほんとに知りたくないの? と私は思う。

少なくとも、事件が起こって間がなかったころ、いったい誰が死んだのか少しもわからなかったとき、ネット上では情報が錯綜していて、何人かの名前が「亡くなったらしい」と囁かれていました。私は京アニ作品のファンですが、アニメーターさんの名前までは知らないので、そこに出ていた名前で知っているのはひとつだけでした。

武本康弘監督。

確か、山田尚子監督や脚本家の吉田玲子さんが無事という情報が出ていましたが、武本監督は亡くなったかどうか判然としない、と。

私は知りたかったです。本当に亡くなったのか。それともガセネタか。今回、悲しいことに実際に亡くなったことが判明しましたが、亡くなったかどうかさえわからなければ悼みようがないじゃないですか。それでほんとにいいんですか?

そもそも、事件直後は関係者のSNSが更新されているかどうかとか「誰が死んで誰が死んでいないかの調査」がネット民によって行われていたわけですよね。それでマスコミの姿勢を非難できるのでしょうか。


実名報道の意義
今朝、いい記事を読みました。



この記事の中で、こんなことが語られていました。

京アニの代理人を務める桶田弁護士が実名非公開を唱えるのもおかしな話です。第1スタジオの建物が構造上、安全だったのかどうか将来、会社と遺族の間で民事上の争いが生じた場合、どうなるのでしょう。実名が公開されていないと遺族同士が連絡を取って協力するのも難しくなってしまいます。

なるほど、これはいままでにない視点だな、と。こういう冷静な記事を読みたいものです。



なるほど、


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2019年07月19日

京都アニメーションのスタジオが放火されて、33人もの方が亡くなってしまった事件。痛ましすぎるし、私も京アニ作品のファンなので何ともやりきれない。犯人はまだはっきりしませんが、もともと110番されるような人間らしく、悪意と被害妄想がないまぜになってやってしまったのでしょう。万死に値しますね。

日本だけでなく世界中にファンが多いから、お悔やみの声が届くだけでなく、募金活動もされているとか。友人が東京のアニメ製作会社で働いているんですが、劣悪な労働環境で知られるアニメ業界では珍しく「京アニは職場環境がとてもいい」と言っていました。

職場環境としても申し分ないし、作っている作品も良質なものばかり。何でそんな会社やそこで働いている人たちが狂人の標的にされないといけないのか! 

と激怒するのがごく普通の感覚だと思うんですが、それに水を差すツイートを見ました。



うん、確かにその通り。でも私はこういう非の打ちどころのない正論というか、政治的に正しい意見というやつが大嫌いでして。相田みつをと同じ匂いを感じてしまいます。

自分が大好きな作品を作っている人たちが大勢殺された。それについて「何であんな素敵な作品を作る人たちが……」という気持ちが芽生えるのってごく普通だと思うんですよ。事件が起きたばかりのときにそこに水を差すのってどうなんだろう、と。


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こんなかわいい赤ちゃんを殺す親が後を絶ちませんが、ニュースを見るたびに「こんな何の罪もない赤ちゃんを殺すなんて」って思いますよね。

でも、「無辜の赤ん坊も平凡な大人もどちらの命も奪われてはいけない」なんて言う人いません。無辜の赤ん坊より平凡な大人のほうが生産性とやらが高いからでしょう。何の役にも立ってない無辜の赤ん坊を、少しは社会に貢献している平凡な大人と同列に扱うのは政治的に正しくないからなのでしょう。京アニの事件とは真逆のケースですね。

逆に……


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これら多数の被害者を出した悪人たちが死刑に処せられても「彼らだって同じ人間なのだから同じ命」とは誰も言いませんよね。こちらは政治的に正しいのに、なぜ?

反論の余地があるからです。あんな悪人と無辜の人間を同じにするな! などと反駁される。ひどければ炎上でしょう。

そうです。私が非の打ちどころのない正論が嫌いなのは、絶対に反論される可能性がない安全地帯から発言しているからです。

意図的に計算しているとは思いません。無意識の計算でしょう。でも無意識だからこそよけいタチが悪い。

いまは「素敵な作品を作る人たちを大勢殺すなんて絶対許せない!」と叫んでいいし、叫ぶべきです。





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2019年06月30日

ちょっと前から話題の絶えない吉本芸人の「闇営業問題」。

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このことについて、「選挙前なのに何で芸人が事務所を通さず営業していたことばかり取り上げるんだ」という声があり、それはそれで理解できるものの、これは日本社会全体の問題だと思うため、やはり取り上げるべきだろうというのが私の考えです。

闇営業というとそれだけで何か問題があるみたいですけど、別の言葉で言えば「直営業」らしく、要は所属している会社を通さなかった、というだけの話。だから闇営業と反社会勢力との接触とは分けて考えないといけないはず。ただ、事務所を通さなかったとなると脱税のおそれもあるわけですが。(吉本は常に10%の源泉徴収を取るとロザン宇治原とピース又吉が言ってました)

さて、ここへきて、スリムクラブの二人が暴力団関係者の誕生会に出席していたことが明るみになり、無期限の契約解除と相成りました。ただ、この二人は直接営業して取ってきた仕事というより、他の芸人仲間の紹介で、ということらしい。紹介ならいいわけじゃないし、その筋の人ならすぐわかるはずだけど、ただ、はたしてその筋の人から仕事を頼まれて断れるのか、どうか。

ホリエモンは、飲みの席などでその筋の人から呼ばれそうになったらすぐ逃げるそうです。芸人なんかより自分のほうがもっと金になるからウハウハだろう、と。逃げ方をいろんな人に教えてあげたらどうでしょう。

それはともかく、宮迫や田村亮など「金銭の授受はなかった」とウソを言った人たちや、金銭を受け取っていたといきなり報じられたスリムクラブなど、みんな断ろうと思えば断れた状況だったんでしょうか。

まぁ、カラテカの入江などは、目の前に現金で100万円ポンと置かれて、それで引き受けたというのだから、「おいしい仕事」という認識しかなかった可能性のほうが高いですが、問題はなぜこういう問題が起こったか、です。


1992年の暴力団対策法、通称「暴対法」
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さんまは、「もし入江から頼まれてたら絶対行ってたと思う」と話したそうです。「世話になってるから」と。「若い奴らはギャラが安くて困ってんねん。もっと俺が会社と交渉してやらなあかんかった」みたいなことも言ってるらしい。それはビートたけしも同じで、「闇営業をしないと食えないというのがそもそもおかしい」と。

じゃあ、吉本興業という会社だけの問題かというとそうではなく、それもありますが、やはり1992年施行の暴力団対策法がここにきてかなり社会をシロアリのように崩してきているような気がします。

↓元検事の人が書いたこんな記事を読みました。↓

「スリムクラブら闇営業で処分の訳 骨までしゃぶり尽くす反社会勢力の恐ろしさ」
 
テレビではしきりと「反社会勢力」と言ってますが、要はやくざでしょ? やくざとの付き合いは絶て、と。やくざを社会から完全に排除しなきゃ、という主張は筋が通っているように見えて、かなり危険じゃないかと思います。


昔のやくざは……
かつて撮影所で働いていたころ、大先輩からこんな話を聞きました。

「喫茶店でやくざと喧嘩になった。俺らが勝った」
「勝ったって下手したら殺されてたでしょう」
「いやいや、昔のやくざは堅気の人間にドスを抜くような真似は絶対しなかった」

まだまだ昭和の中頃の話なので、牧歌的ですね。ただ、そういうもんだったらしいです。でも、いまのやくざは平気で堅気の人間を殺したり、生かさぬように殺さぬように利用したりする。

それはやはり暴対法と、2011年までにすべての都道府県で施行されたという暴力団排除条例のせいじゃないでしょうか。

ちょっと前に市役所でバイトをしていた時期があって、役所は何でもかんでも金の使い道は入札で決めないといけないのですが、入札希望の企業からの申込書類が一通りそろっているかを審査する仕事でした。

その中に「うちの会社は反社会勢力との付き合いはいっさいありません」という宣誓書みたいなのがあって、これがなかったら入札させてもらえない。だからいろんな企業がやくざとの関係を絶った。社会から排除した。


やくざと芸人の相似形
普通のしのぎでは食っていけない。そのへんのことは『ヤクザと憲法』という映画にも詳しいですし、やくざを辞めた人たち、いわゆる「ヤメ暴」の人たちの苦労は、去年テレビドキュメンタリーとして放映されました。その番組の感想はこちら⇒「『ヤメ暴 ~漂流する暴力団離脱者たち~』を見て思ったこと」

排除するだけで受け容れないから、いわゆる半グレ集団と化し、やくざの手足となって稼いでいる。いま知ったんですが、半グレ集団は暴対法の規制を受けずにすむらしく、だからやくざは彼らを頼っている、と。

食うに困って、振り込め詐欺に精を出す。
食うに困って、半グレからの依頼を受ける。


この二つは完全に相似形をなしています。そして、世間の要請を受けた警察がやくざを排除したのと同じく、現在、これまた世間体を鑑みた吉本興業が芸人たちの契約解除や無期限謹慎など「排除」の方向に突っ走ろうとしている。

同じことの繰り返しというか、排除された入江や宮迫などが、もう自分自身が反社会的勢力になるしか道がないとなったら、やくざの勢力が拡大してしまいます。(もしかすると、金以外にそれも狙いにあるんじゃないですかね? まだまだネタをもっていると笑っているらしいし)

上記の『ヤメ暴』の感想にも書いたように、排除するだけで再び社会に受け容れることをしなければ、どんどん地下に潜って悪行のかぎりを尽くすだけ。判断能力が低下した年寄りから金を巻き上げるより、商店街がみかじめ料払ったり会社が総会屋に金払ってたときのほうがよっぽどよかったのでは?

まだあのときはやくざが自分の体を張っていたけど、いまは表に出てこない。振り込め詐欺でも逮捕されるのは末端のバイト感覚でやってる若い人たちばかり。

少なくとも、別の事務所などが手を差し伸べてセカンドチャンスを与えてあげてほしいし、世間もそれを許容すべきと考えます。




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