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2020年02月19日

今朝のニュースで「AI面接」なるものが幅を利かせつつあると言っていました。

婚活なんかでも「マッチングアプリ」というAIを使って人間では測れない「相性の良さ」を掘り当ててカップル成立させているというし、「AI面接」などで驚いてはいけないご時世なのでしょうか。


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しかしですね、結婚だったら「この人と一緒なら楽しいかも」ぐらいの乗りでいいかもしれないが、就職となると話は別でしょう。学生にとっては一生ものだし。

しかも、いま「AI面接」で調べてみると、

「すべての評価結果が数値として表示され、曖昧さがないのが特長です」

と書いてあるが、それってほんとに「特長」? 曖昧なのが人間なんですけど。モヤモヤした何かを抱えているのが人間なんですけど。特に大人未満の年頃にはね。

企業側のメリットは何よりも「コスト削減」。しかも面接できる人材が飛躍的に増える。ニュースでも「人間の面接官なら10人しか会えないところをAIなら100人会える。10人の中の1人より100人の中の1人を選びたい」その気持ちはわかる。

だからといって誰も直接その人を見ないで大丈夫なの? そりゃ最終的には社長など偉い人が実際に会うんでしょうけど、その前に何人も振り落とすんでしょう?

AIがどう考えているかというのは完全にブラックボックスらしく、人間にもわからない。そんなよくわからないもので評価しちゃっていいの? 

お見合いや結婚だって「AIを信じて会ってみたら何となく気が合う」というのが大事なわけでしょう? ここで大事なのは「AIの言っていること」ではなく「とりあえず会ってみた」ということだと思う。AIが偉いんじゃなくて「AIならひょっとして……」というまさに「ブラックボックス」な何かにすがりたくて「実際に会う」ところからスタートしたことが大事なわけですよね。選り好みしてたら何も始まらないし。

しかし、と企業側人事担当者は言うでしょう。

こっちも生身の人間だから会える人材には限度がある。でもAIならその数を飛躍的に伸ばせる。出会いの確率も上がる。

一理ある。でもね、実際に10人に会って1人選ぶとすると、9人を落としたことになる。でも100人から1人を選ぶとすると99人を振るい落とす。でも、落としたほうは9人落としたときと同じ「痛み」しか感じない。なぜならAIが高評価を下した10人にしか会ってないから。

「生身の人間だから限度がある」というのは正当性があるように見えて「罠」だと私は思う。

生身の人間だからこそ実際に会わずに落とした人間には何の痛痒も感じない。そりゃいい人材に巡り合えた企業側は「やっぱりAIはいい!」ということになるんでしょうが、落とされたほうは「会ってもくれなかった」と心に傷を抱えることになる。

生身であることを言い訳にして、結果的に他人の生身を傷つける。(心は生身です)

私がAI面接なるものに「人間としての危機」を感じるのはまさにこの一点においてです。


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人工知能の哲学
松田 雄馬
東海大学出版会
2017-04-25





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2019年12月19日

新幹線で「一生刑務所に入りたい。でも死刑はいや」などと身勝手な理由から一人を殺害、二人に怪我を負わせた犯人に無期懲役の判決が下りました。


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一生刑務所に入りたいという夢を叶えてやってどうするんだという意見が支配的ですが、まったくもって同感。自分を犠牲にして突っかかっていった男性がいなかったらもっと殺されていたでしょう。

こういう事件が起こると「だから死刑は必要なんだ」という死刑存続派が勢いづきますが、私はそれには与しません。

そりゃま、死刑になりたくない人間なら死刑に処したほうがいいかもしれないけど、最近は死刑になりたかったといって凶行に及ぶ輩も多いし、そもそも「極刑は死刑」というのは固定観念というか、そこを根本から改めるべきと考えます。

私は「残虐刑」の導入を提唱したい。死んで終わりの死刑よりもっと重い刑。

以下にその手順を記します。


①手足20枚の生爪を全部はがし、ハンマーで両手をつぶす。

②歯を全部ぬく。

③両耳に千本通しを突き刺す。

④両目をくりぬく。

⑤アキレス腱を切る。

⑥男は陰茎を切り落とし、万力で睾丸をつぶす。
 女は焼きゴテを膣に挿入する。


ここで終わり。晴れて釈放。死刑になるよりつらい生き地獄を与えるというわけ。

もちろん、これは特別な刑ですよ。今回のような本当に極悪な犯罪者にだけこの刑を科す。

今回の犯人は自分の罪を悔いるどころか、念願の無期懲役の判決が出て万歳三唱したというのだから、これぐらいの刑罰を科してやっと帳尻が合うんじゃないですかね。

死刑になりたいと言って人を殺すような奴らもすべて同様の刑を科すべき。

いまの日本の死刑では、確か死刑囚の足元の床を開けるスイッチを二人の刑務官が入れるんですよね。どっちが本当にオンにしたかわからないように。銃殺があった頃は一人だけ空砲が入っていて「自分が殺した」という罪悪感をなくす工夫をしていた。

この残虐刑では、じゃあ、いったい誰がそんなむごたらしい刑を執行するのかという問題がありますが、答えは簡単。

残虐刑用のロボットを作ればいいんです。それぐらいいまのAIで充分可能でしょう。戦闘機を作って他国に売るよりよっぽどいい。

でも、この残虐刑が実際に執行されることはほぼないでしょう。誰だってこんなむごい刑罰を受けたくないですから。

この残虐刑を死刑より上の極刑に据えれば、今回のような怒りのやり場のない事件はなくなると思います。

執行されることはありえないと思えるくらい残虐な刑罰を極刑として設定する必要があるのではないでしょうか。

万歳三唱した男はいつか出てきて本当にまた人を殺しますよ。少なくともそれまでに、いや、もっと早く残虐刑を導入してほしいと切に願います。




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2019年11月17日

さっき東京の友人(といってももうすぐ70歳になる人)から電話がかかってきて、挨拶もそこそこに沢尻エリカの話になった。

前々から私が「沢尻エリカが好き」と言っていたから電話してきたらしく、「何で彼女は麻薬なんかやったのかね」と訊いてきた。

「別に麻薬くらいいいんじゃないですか?」と私は答えた。

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だって殺人や強盗はいつの時代、どの国でも重罪だけれど、薬物は時代や国によって違う。戦中の日本では覚醒剤が合法的に作られていた。戦艦や戦闘機を毎日徹夜で作らせるために軍部が覚醒剤を量産して労働者に打ちまくっていた。敗戦して大量の在庫を一掃するために、「この薬物はヤバい」という認識がありながら「ヒロポン」と称して合法的に売り続けた。在庫がなくなると途端に違法化した。

国の都合で変わるようなものは「悪」でも「罪」でもないと思う。そりゃ、ま、大麻やヘロイン、コカインなどの植物由来の薬物と違って覚醒剤は合成薬物なので精神錯乱して誰かを殺す可能性があるからダメだという意見には反対しません。が、別に麻薬くらいいいじゃないか、というのが私のスタンス。

その人も同じ考えをもってるはずだし、そうじゃなかったら友だち付き合いなんかしないのにおかしいなと思ったら、

「いや、そうじゃないんだ。そういう倫理的なことはどうでもいい。いまの時代、麻薬やってるのがばれたら女優業は完全アウトでしょ。それがわかっていながらなぜ渋谷のクラブなんてすぐ目のつくところで買ってたんだろう」

なるほど、そういうことか。それは私も同感。『パッチギ!』の井筒和幸監督も「アホンダラ!」と言ってましたが、あの人も同じでしょう。別に倫理的にダメだと言ってるんじゃなくて、女優としてありあまる才がありながらなぜばれたら即アウトの麻薬に手を染めたのか、と。しかもすぐばれるやり方で。

私も「もう沢尻エリカを映画やテレビで見ることはできないのか」と暗澹たる気持ちになったし。

でも、友人は別にファンではないので残念という気持ちから言っているのではなく、「なぜ女優が続けられなくなるようなことをやっていたのか」という素朴な疑問とのことだった。


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友人は言った。

「沢尻エリカは女優を辞めたかったんじゃないか。そのためのきっかけがほしかったんじゃないか」

「それは違うでしょう。それなら『別に』で何年か干されたときに辞めてるはずだし」
「いや、でもあれは計画的犯行じゃないじゃない。虫の居所が悪くてポロっと言っちゃっただけでしょ。そういうのがきっかけで辞めるっていうのはエリカ様はできなかったんじゃないか。自分の意思でで辞めたかったんじゃないかと」

なるほど。一理ある。一理あると頭ではわかっても体が拒絶していた。腑に落ちないというやつ。


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そういえば、沢尻エリカが好きだというと、決まって「あの『別に』はいいの?」と訊かれる。

そりゃ褒められたことではないし、映画関係者や事務所の社長からこっぴどく叱られてしかるべきでしょう。しかし、日本中が寄ってたかって叩くことではない。

だから別に「別に」はいいではないか、というのが私のこの12年間変わらないスタンスだけど、エリカ様はやはり「別に」程度のことで叩かれまくる日本の芸能界に嫌気が差していたのは事実だと思う。

でも、それって芸能界にかぎらない。いまはどんな業界でも品行方正であることが尊ばれる。昔のようにアウトローが喝采を浴びるなんてことはなくなった。

沢尻エリカはそれに反旗を翻したかったんじゃないか。

「いつか絶対ばれることを承知のうえでやっていたというのには同意します。ただ、理由は女優を辞めるきっかけがほしくて、ではないと思う。やってはいけないこと、イリーガルなことに手を染めていたかったんじゃないですか。それが自分の生き方だという」

今朝読んだ記事で、『ヘルタースケルター』に出演したとき、週刊文春で「大麻疑惑」と書かれたらしく、近しい友人がやめるよういくら説得しても「これが私の生き方だから」と固辞したとか。警察の家宅捜索でも潔く「ここにあります」と自分から教えてたらしいし。悪あがきをしないところはさすが肝が据わっている。

それもあってそう言ったんですが、友人は、

「そうか、君は麻薬を『原因』だと捉えるわけね。俺は『結果』だと思うんだけどな」

うーん、ここはちょいとわからなかった。「男が長話をするのもナンだから」と友人は電話を切ったのでそこで話は終わったけれど、「原因」「結果」という言葉は違うんじゃないか。

「手段」と「目的」でしょう。

友人は、麻薬を手段として女優を辞めるという目的を達成した、と主張。

逆に、麻薬そのものが目的だというのが私の主張。やってはいけないことにいつまで手を染め続けられるか、そのゲームを楽しんでいたような気がする。


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「桜を見る会」の目くらましのための逮捕。それはそうでしょう。他にも逮捕候補者はいるだろうに、嫌われ者の沢尻エリカというとっておきの切り札をもってきたのは、「桜を見る会」が相当ヤバい案件であることの何よりの証左に違いない。でも、そういうことが一切話題に出ない「沢尻エリカはなぜ薬物に手を染めたのか」という会話。とても有意義だった。


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erikaー沢尻エリカ写真集
橋本 雅司
学習研究社
2004-04-08





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