テレビ

2020年03月31日

志村けんが死んだ。職場の同僚さんはショックで立ち直れないと休んでいる人がいますが、私はそれほどではないものの結構なショックを受けています。

『8時だョ! 全員集合』より『ドリブの大爆笑』のほうが好きだったし、周りもだいたいそんな感じでしたが、いまだにはっきり憶えているドリフのコントは『全員集合』のやつなんですよね。

なぜかはわからないが、あまりに面白くて翌日の授業中にも噴き出してしまい、廊下に立たされたほど。

YouTubeにあるかなと思って検索したけれど、ヒットしない。同じようなのがあったけど、違うんですよね。私が見たのは小泉今日子がゲストで出てるやつなのです。でも、いいのさ。憶えてるから。

どんなコントかというと、「ドリフの国語・算数・理科・社会」というのがありましたよね。あのシリーズの1本です。

仲本工事も高木ブーも加藤茶ですらその他大勢の一人。完全にいかりや長介と志村けんの二人芝居でした。」


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以下、採録します。


いかりや「いいか、みんな。ここにリンゴが5つあります」
志村けん「誰の」
いかりや「誰のでもいいんだ。ここにリンゴが5つあります」
志村けん「だから誰の」
いかりや「だから誰のでもいいんだよ!」
志村けん「誰のでもいいってそんなのあるかよ。誰のかわかんなかったら気色悪い。なぁ、みんな!」
いかりや「わかったわかった。じゃ先生のだ。先生のリンゴが5個あります。そのうち3個食べました」
志村けん「誰が」
いかりや「誰でもいいんだよ!」
志村けん「誰かわからないのに食べたって言われてもなぁ」
いかりや「じゃ、おまえだ。志村が食った」
志村けん「先生のリンゴ食べるなんて俺そんなことしねえよ」
いかりや「じゃ先生だ。先生が自分のリンゴを3個食べた。それでいいな?」
志村けん「先生さ、いろいろさっきからめんどくさいこと言ってっけど、それって結局5引く3でしょ?」
いかりや「え、志村……おまえわかるのか」
志村けん「5引く3なら最初から5引く3って言ってくれたらいいのに誰のリンゴが5個あるとか何とか言うからややこしくなっちゃうんだよ。先生、俺たちのこと馬鹿にしてるだろ」
いかりや「志村、先生悪かった。謝る。よし志村、行くぞ。5引く3は?」
志村けん「わかりません!」

ドヒャアァーーーーーーーーーーー!

とまぁ、こんな次第。

しかし、ドリフって同じネタをアレンジして再演したりしてましたっけ? 私が憶えているのは確かに小泉今日子がゲストのやつなんですけどね。

もしかしたら自分で自分の記憶を勝手に捻じ曲げてしまっているのか。

それはそうと、さっきテレビで「おととい亡くなったコメディアンの志村けんさん」と言っていたけれど、確かに志村けんやいかりや、ひいてはドリフターズの面々は「コメディアン」という呼称がふさわしい。「お笑い芸人」というと何か気の利いたコメントをする人、程度の意味合いしかないような気がします。

コメディアンと呼べる人が少なくなったこの時代に、巨星がまたひとつ墜ちました。




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2020年03月17日

東京時代の恩師である、じんのひろあきさん(『櫻の園』など)に初めて自作シナリオを読んでもらったとき、こっぴどく叱られました。

「どうしてファーストシーンでこんなどうでもいいことを書くんだ。最初から暴走するくらいの勢いで話を進めていかなきゃダメだろう。映画ならまだいいけどテレビだったらチャンネル替えられちゃうよ。いまの観客はこんなテンポの遅い話には誰も乗ってこない」



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いま、DAZN(チャンピオンズリーグがいつ再開するのかわからないのでいったん解約するつもり)で『キャプテン』を見てるんですが、40年も前の作品なのに異常なまでに展開が速いんですね。

こんなあどけない顔をして名門・青葉学院中学から平凡校・墨谷二中に転校してきた谷口くん。二軍の補欠だったのになぜかみんな「青葉のレギュラー」と勘違いしてしまう。そして連夜の猛特訓をする。それを前キャプテンが陰で見ていて彼を新キャプテンに指名する。

までを何と第1話で描いているんですね。記憶では数話かかっていたように思うんですが驚くべき速さ。

しかも、第2話では「キャプテンなのにノックもできない」と新入生イガラシを怒らせ、それも連夜の猛特訓で覆してみんなを驚かせる。

そして地区予選の一回戦。優柔不断の谷口くんらしいミスでリードを許すが、自身の逆転サヨナラランニングホームランで勝利の立役者となり、押しも押されぬキャプテンとなる。

ここまででまだ2話。こんなに速かったの? 

第3話はデータ野球を標榜する嫌味なマネージャーが支配する金成中が相手で、3話だけでは試合が終わらないんですが、続く第4話の半分までで勝利し、決勝の相手、青葉学院のプロ並みの練習をナインに見学させ、そしてシートノックを半分の距離から行うという殺人的練習をナインに課す。


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あの「一番キャプテンらしからぬキャプテン」だった谷口くんが4話ですでにこの顔です。

そして、怪我人続出に激怒したナインが抗議しに谷口くんの家を訪ねると、神社で深夜の猛特訓をしている。それを見たナインは自分たちの不明を恥じる。「好きだね、抗議が」や「これなんだな、キャプテンのみんなを引っ張る力ってのは」というイガラシの名セリフが聞けるのもこの第4話です。

うーん、こんなに展開が速かったとは。

そういえば……


『機動戦士ガンダム』いわゆるファーストガンダムでは、ただの機械いじりの好きな少年アムロが、ガンダムの正規のパイロットでもなければ地球連邦軍の軍人ですらないのに、父親の作ったガンダムに乗り込みザクを倒すまでが第1話で描かれます。

『新世紀エヴァンゲリオン』では、主人公・碇シンジがエヴァ初号機に乗り込むのも第1話です。ま、庵野秀明さんはファーストガンダムの第1話をかなり参考にしたらしいですし、シンジは最初から初号機のパイロットとしてネルフに呼ばれたのだから、そんなに難しくなかったはずですが、アムロがガンダムに乗り込んでザクを倒すまでを正味22分ほどでやるのは至難の業。シャアがサイド3に潜入してスパイ活動したり、その過程でセイラと再会するというサブプロットも展開させながらですからね。天才。

というわけで、じんのひろあきさんは「最近の客はテンポの遅い話には乗ってこない」と言ってましたが、むしろ昔の子どものほうがテンポの速さを求めていたんじゃないか。

最近見た『映像研に手を出すな』とか『荒ぶる季節の乙女どもよ。』、京アニの『響け! ユーフォニアム』『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』などを見ていても、テンポはあまり速くない。じっくり丁寧に描写している感じ。

いまは子どもよりむしろ大人がアニメを見ているからなんでしょうかね?

そのへんの事情はよく知りませんが、とりあえずいまから『キャプテン』の第5話を見ます。5話にして青葉学院との決勝戦というのだから恐れ入ります。





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2020年03月03日

『コタキ兄弟と四苦八苦』は第1話がとても面白く(感想は⇒こちら)あの感じで押してくれるのかと思ってたら期待とは違ったので、最近見るのが億劫だったんですが、昨日の第8話「五蘊盛苦」がとても面白かったので筆を執りました。


女の悲哀を描くにあたって男の体が入れ替わる?
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今回の主人公は喫茶店「シャバダバ」のアイドル、さっちゃんこと芳根京子。前回出番がなかったので作者が見せ場を作ってあげたんでしょう。

しかしながら、それならそれで芳根京子のほうに何らかの仕掛けをするのが普通でしょうが、野木亜紀子さんはそんな凡庸なことはせず、古館寛治と滝藤賢一の体を入れ替えるという奇策に打って出ました。

これはすごいことです。

だって芳根京子の話なんですよ。なのに主役とはいえ兄弟のほうに仕掛けをするというのはなかなか思いつきません。

で、Y字路で流れ星を見たのが入れ替わりのきっかけだと判明し、その結果、芳根京子も交えて三人でどんどん体が入れ替わる乱打戦になる。芳根京子の体になった滝藤賢一が「お約束だろう」と胸を揉もうとしたりするんですが、その過程で、芳根京子が同性愛者で「男になりたい」という願望をもっていることが明らかになります。

なるほど、そのための体の入れ替わりだったのか。それで「五蘊盛苦」だったのか。

私も御多分にもれず仏教用語には詳しくないんですが、番組では「肉体と心がうまくいかない苦しみ」(でしたっけ?)というような簡単な説明でしたが、実際はいろいろと複雑な意味のようです。

私は同性愛者ではないからよくわからないが、もしそうだったら「女になりたい」と思うものなのかしらん。ぜんぜんわからない。でも、芳根京子が「男になりたい」と思うということは、同棲していた恋人は「女のままでいたい」と思ってたってことですよね。違うか?

ただ、野木亜紀子さんがすごいのは「五蘊盛苦」に苦しむ一人の女性を解放する言葉として「すべての道はローマに通ず」をもってきたことですね。


すべての道はローマに通ず!
作品内でこの言葉は、

「どれだけ遠回りをしても、最後はあるべき場所にだどり着く」

というような意味だと古館寛治が滝藤賢一に教えますが、その前にクドカンが芳根京子に言う言葉が秀逸です。

「五蘊は空です。あなたはあなたがあなたをあなただと思うからあなたなのであり、他の誰かがあなたをあなただと思うからあなたなのです」

芳根京子は理解できないと言いますが、そんな彼女にクドカンは「すべての道はローマに通ず!」と指差します。

その先にあるのは……

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この少女はかつての芳根京子であり、二人の男は古館寛治と滝藤賢一であることが明らかとなります。

これはどういうことなんでしょう?

芳根京子は紆余曲折を経て「あるべき場所」へ帰ってきた。その「あるべき場所」がコタキ兄弟のいる喫茶店「シャバダバ」ということのなのでしょうか。

確かに彼女はそこで爆睡していた。その間、客の兄弟が店を切り盛りしてくれていた。彼女にとってあの店は「ふるさと」なのかもしれません。

が、かつて恋人と同棲していた部屋は「もうない」とも言っていた。あの部屋は、つまりあの恋人は一緒にいるべき人間ではなく、芳根京子にとっての「運命の人」とはコタキ兄弟のことなのでしょうか。

そこらへんはよくわかりません。

私が感服したのは、一人の女性の「五蘊盛苦」を描くにあたって「男の体が入れ替わる手」を使ったということ。しかもそれが夢だと判明したあとに仏教用語とはまったく関係ない「すべての道はローマに通ず」がすべてを解決に導いてしまうアクロバティックな作劇!


芳根京子
ただ、惜しむらくは、芳根京子がそのような複雑な情感を表現するにはまだ役者として未熟であるというところでしょうか。監督の演出も役者の想像力もぜんぜん足りない気がします。シナリオがまずかったらすべてが台無しになっていたかも。


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とか言いながら、私はこの女優が好きになってきたのでありました。「変な顔」だと思っていたけど、すごくかわいくなってきたと思う。





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