益田ミリさんの人気シリーズ『すーちゃん』の最新刊『わたしを支えるもの』が刊行されていると知り、慌てて購入しました。
最後の『すーちゃんの恋』が出てから7年。ずっと2年おきの刊行でしたからもうシリーズは完結したもんだとばかり思っていたのでうれしい悲鳴。
細かく憶えてないし、いい機会だから全部読み直そうと、まず最初の2巻を再読しました。
第1巻『すーちゃん』
すーちゃんはカフェで働く35歳、独身、子どもなしのいわゆる「負け犬」。
そんなすーちゃんの「このまま年老いていくのだろうか。老人ホームの見学をしておいたほうがいいのだろうか。貯金はいくら必要なのか。いや、やっぱり結婚して幸せになりたい。でも出逢いがない。いったいどうしたらいいの?」
という心の叫びが物語の要諦で、いつの間にか歳をとり、若くて少しだけかわいいというだけで彼氏ができたり結婚したりする後輩を見てうらやましいながらも、それはそれでいいことだと我が事のように喜ぶすーちゃんは、おそらく作者自身の反映なのでしょう。とてもいい人。
そんなすーちゃんですが、やはり上記のような悩みが深く、夜一人で卓袱台に突っ伏してしまう。
そんなとき、すーちゃんの哲学が炸裂します。
「とりあえず、風呂入ろ」
「いま風呂に入ることは正しいことだ」とそれまで悩んでいたのがウソのようにサッと風呂に入りにいく。
とりあえず風呂に入る。とりあえず寝る。こういう気分の切り替えができるかどうかが人生の分かれ道かもしれないと本気で思います。
私はこういう切り替えができなかったから大成できなかったのかもしれない。とりあえず風呂に入って寝て目が覚めて「いい朝だ」と思えていれば、脚本家の夢をあきらめることにはなってなかったかもしれない。
そして、すーちゃんと同じように老後の心配などしてしまう自分自身に笑いが出ます。
この第1巻で印象的なのは、日常あるあるとして紹介されるエピソード。
・落ちていた商品を見つけたけど面倒で拾ってあげなかったことをほんの少し後悔した。
・恋愛攻略本をつい買ってしまった。
・まだ間に合いそうな人がいたけど、気づかないふりで閉ボタンを押してしまった。
などなどには深く深くうなずいてしまうのでありました。
第2巻『結婚しなくていいですか。 すーちゃんの明日』
すーちゃんの他、昔バイト先で一緒だったまいちゃんと、同じ会社で働く(といっても現場のカフェではたらくすーちゃんに対し、こちらは本社で事務をしている)さわこさんの結婚願望をめぐるあれやこれやが描かれます。
相変わらず「老後(への不安)がいまの自分を窮屈にしている」と思うすーちゃんとは対照的に、さわこさんはいま40歳で、13年間彼氏がいないので「メスとしてオスを欲している肉食女子」。恋愛よりセックス、結婚よりセックス、妊娠よりセックスのさわこさんがお見合いして13年ぶりにメスとして扱ってくれた男が、実は微妙に女を見下している男であることがわかるくだりはとても印象的。このエピソードだけははっきり憶えています。たまに思い出すくらい。
そんなさわこさんが生理痛で仕事中つらい思いをしているときの心中の一言にハッとなる。
「血を流しながら、女は働いているのです」
男には永久にわからないこと。女だからこそ描ける心理。
話は変わって、風呂に入ったあとに老後について悩み始めたすーちゃんは、
「このまま年を取ったらどうなるのかはわからない。ひとつだけわかっていることは、人に迷惑をかけちゃいけないってこと」
え、ほんとにそうなの? それが唯一正しい老後なの?
山田太一さんの『男たちの旅路』最終話で、車椅子の障害者たちに鶴田浩二が言いますね。
「人に迷惑をかけちゃいけない。確かにそうだ。でも君たちは特別なんだ。迷惑をかけていいんじゃないだろうか」
その一言で引きこもっていた障害者たちが外界へ飛び出していけるようになる。
さわこさんは実家暮らしなんですが、母親の母親、つまり祖母の介護をしている。祖母は娘(つまりさわこさんの母)を自分の姉だと思っている。母親はそれを淋しいと思っている。祖母は迷惑をかけている。でもさわこさんはそれを迷惑とは思わない。そういう老後もある。
すーちゃんの知らない老後がそこにある。
しかし知ることになるのである。すーちゃんがさわこさんの家を訪れたとき「実は祖母が寝たきりで」とさわこさんが言うと、すーちゃんは「ご挨拶したい」という。さわこさんはその一言がとてもうれしい。なぜなら兄の家族が来たとき、祖母が隣の部屋にいることを知っていながら顔を見せなかったから。
すーちゃんは他人でありながらさわこさんの祖母に挨拶することで「老後の現実」を知った。
そこですーちゃんは「やっぱり貯金が必要か?」と考えるが、
「よくわからないけれど、未来のためだけに、いまを決めすぎることもない」
と、とりあえず思うのでありました。
続きの記事
すーちゃんの才能『どうしても嫌いな人』から『わたしを支えるもの』まで
最後の『すーちゃんの恋』が出てから7年。ずっと2年おきの刊行でしたからもうシリーズは完結したもんだとばかり思っていたのでうれしい悲鳴。
細かく憶えてないし、いい機会だから全部読み直そうと、まず最初の2巻を再読しました。
第1巻『すーちゃん』
すーちゃんはカフェで働く35歳、独身、子どもなしのいわゆる「負け犬」。
そんなすーちゃんの「このまま年老いていくのだろうか。老人ホームの見学をしておいたほうがいいのだろうか。貯金はいくら必要なのか。いや、やっぱり結婚して幸せになりたい。でも出逢いがない。いったいどうしたらいいの?」
という心の叫びが物語の要諦で、いつの間にか歳をとり、若くて少しだけかわいいというだけで彼氏ができたり結婚したりする後輩を見てうらやましいながらも、それはそれでいいことだと我が事のように喜ぶすーちゃんは、おそらく作者自身の反映なのでしょう。とてもいい人。
そんなすーちゃんですが、やはり上記のような悩みが深く、夜一人で卓袱台に突っ伏してしまう。
そんなとき、すーちゃんの哲学が炸裂します。
「とりあえず、風呂入ろ」
「いま風呂に入ることは正しいことだ」とそれまで悩んでいたのがウソのようにサッと風呂に入りにいく。
とりあえず風呂に入る。とりあえず寝る。こういう気分の切り替えができるかどうかが人生の分かれ道かもしれないと本気で思います。
私はこういう切り替えができなかったから大成できなかったのかもしれない。とりあえず風呂に入って寝て目が覚めて「いい朝だ」と思えていれば、脚本家の夢をあきらめることにはなってなかったかもしれない。
そして、すーちゃんと同じように老後の心配などしてしまう自分自身に笑いが出ます。
この第1巻で印象的なのは、日常あるあるとして紹介されるエピソード。
・落ちていた商品を見つけたけど面倒で拾ってあげなかったことをほんの少し後悔した。
・恋愛攻略本をつい買ってしまった。
・まだ間に合いそうな人がいたけど、気づかないふりで閉ボタンを押してしまった。
などなどには深く深くうなずいてしまうのでありました。
第2巻『結婚しなくていいですか。 すーちゃんの明日』
すーちゃんの他、昔バイト先で一緒だったまいちゃんと、同じ会社で働く(といっても現場のカフェではたらくすーちゃんに対し、こちらは本社で事務をしている)さわこさんの結婚願望をめぐるあれやこれやが描かれます。
相変わらず「老後(への不安)がいまの自分を窮屈にしている」と思うすーちゃんとは対照的に、さわこさんはいま40歳で、13年間彼氏がいないので「メスとしてオスを欲している肉食女子」。恋愛よりセックス、結婚よりセックス、妊娠よりセックスのさわこさんがお見合いして13年ぶりにメスとして扱ってくれた男が、実は微妙に女を見下している男であることがわかるくだりはとても印象的。このエピソードだけははっきり憶えています。たまに思い出すくらい。
そんなさわこさんが生理痛で仕事中つらい思いをしているときの心中の一言にハッとなる。
「血を流しながら、女は働いているのです」
男には永久にわからないこと。女だからこそ描ける心理。
話は変わって、風呂に入ったあとに老後について悩み始めたすーちゃんは、
「このまま年を取ったらどうなるのかはわからない。ひとつだけわかっていることは、人に迷惑をかけちゃいけないってこと」
え、ほんとにそうなの? それが唯一正しい老後なの?
山田太一さんの『男たちの旅路』最終話で、車椅子の障害者たちに鶴田浩二が言いますね。
「人に迷惑をかけちゃいけない。確かにそうだ。でも君たちは特別なんだ。迷惑をかけていいんじゃないだろうか」
その一言で引きこもっていた障害者たちが外界へ飛び出していけるようになる。
さわこさんは実家暮らしなんですが、母親の母親、つまり祖母の介護をしている。祖母は娘(つまりさわこさんの母)を自分の姉だと思っている。母親はそれを淋しいと思っている。祖母は迷惑をかけている。でもさわこさんはそれを迷惑とは思わない。そういう老後もある。
すーちゃんの知らない老後がそこにある。
しかし知ることになるのである。すーちゃんがさわこさんの家を訪れたとき「実は祖母が寝たきりで」とさわこさんが言うと、すーちゃんは「ご挨拶したい」という。さわこさんはその一言がとてもうれしい。なぜなら兄の家族が来たとき、祖母が隣の部屋にいることを知っていながら顔を見せなかったから。
すーちゃんは他人でありながらさわこさんの祖母に挨拶することで「老後の現実」を知った。
そこですーちゃんは「やっぱり貯金が必要か?」と考えるが、
「よくわからないけれど、未来のためだけに、いまを決めすぎることもない」
と、とりあえず思うのでありました。
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すーちゃんの才能『どうしても嫌いな人』から『わたしを支えるもの』まで
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