2019年10月03日

文章の書き方教室なのに涙があふれて止まりませんでした。

高橋源一郎さんの『答えより問いを探して 17歳の特別教室』(講談社)


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遺書を書くために文字を勉強した人がいた
学生に「私」というお題で書かせた文章を読んでもらっていろんな感想を言いあったあと、著者は「木村セン」という名前すら聞いたことのない人の文章を読みます。

名前を知らないのも当然です。木村センさんという人は作家でも何でもなく、ただの百姓だからです。しかも生涯に書いた文章は「遺書のみ」。貧しい農家で育ったのでろくに学校に行かせてもらえなかった。明治24年生まれの女性なら当時としては当たり前だったと。

そして昭和30年ごろ、大腿骨を骨折して寝たきりになり、働くことができなくなって、家族に迷惑はかけられないと自死を選びました。

しかし、学校に行ってないので文字を知らない。自分の気持ちを書き遺したくてもできない。木村センさんは「遺書を書くためだけに」文字を勉強したそうです。

そうして書かれた遺書の全文が以下です。


四十五ねんのあいだわがままお
ゆてすミませんでした
みんなにだいじにしてもらて
きのどくになりました
じぶんのあしがすこしも いご
かないので よくよく やに
なりました ゆるして下さい
おはかのあおきが やだ
大きくなれば はたけの
コサになり あたまにかぶサて
うるさくてヤたから きてくれ
一人できて
一人でかいる
しでのたび
ハナのじょどに
まいる
うれしさ
ミナサン あとわ
 よろしくたのみます
 二月二日 二ジ



以上です。この100文字にも満たない文章に木村センさんという人のいろんな想いがつまっているじゃないですか。

誤字脱字だらけ。間違いだらけ。意味不明の箇所もいくつかある。こんな下手糞な文章が人の心を打つ。言葉とは、文章とは、とても不思議なものです。

たまに「どうしたらうまく書けるようになるんですか?」と訊かれます。そういう問いには、

「うまく書こうとしないこと」

といつも答えています。

木村センさんだって「うまく書こう」とは思っていなかったはずなんですよね。ただ、自分の思いを伝えたい。あなたたちに私はこういうことを伝えたいのだという思いだけがあった。

うまい文章が伝わるのではない。
伝わる文章を「うまい」という。


本の中の先生
著者は、誰にも文章の書き方なんて習わなかったといいます。でも先生はいたはずだと。それはやはりたくさん読んだ本から学んだんだろうという、考えてみれば当たり前の話ですが、じゃあ、私にとって本の中の先生って誰なんだろう? 

以前は「中島らも」って答えてたんですよ。らもさんの本を浴びるように読んでいた10代後半から20代にかけて私の文章力は見違えるほどになりましたから。こんなこと言っても誰にも信じてもらえませんけど、中高生の頃は作文や読書感想文が一番苦手だったんです。それが中島らもを読むことで鍛えられた。

でも……

中島らもは作家・エッセイストとして尊敬してはいるけれど、やはり今日の私の文章力(というものがあればの話ですが)の礎を作ってくれたのは小学校の先生だろうと。

その先生は担任ではなかったし何の接点もなかったけれど、卒業文集にとても印象的な文章を書いていました。ここで紹介するのは控えますが、いま久しぶりに読んで涙があふれてきました。

はっきり言って下手糞です。うちの親父などは「教師たるものがこんな駄文を書くなどけしからん」と怒っていました。でも私は感動した。少なくとも通り一遍のことをもっともらしく書いて体裁だけ整えた他の教師の文章より、とても熱い「何か」を感じました。


モヤモヤ
高橋源一郎さんは「モヤモヤした思いを大切に」と言います。

我々が文学に感動するのは、その「モヤモヤした何か」なのではないか。言葉では言えないことを言葉で表現するという矛盾に文学者はおそらくずっと引き裂かれてきた。

だから、契約書やマニュアルなどの実用文と、詩や小説などの芸術文とを分けて教えるなどという愚策を誰が考えたのかと声を大にして言いたい。

契約書やマニュアルは明晰な文章で竹を割るようにスパッと書けばいいし、その通りに読めばいい。

問題は、モヤモヤした何か、言葉では言えない思いをどう表現するかでしょう? 他人のそういう言葉をどう聞くかでしょう? 他人のモヤモヤした想いを汲み取れない人間を育てるのが「教育」なんですか?

政治家や文科省の役人には木村センさんの遺書を何度でも読み直すことを強くお薦めします。

私は、この遺書が載っている朝倉喬司という作家の『老人の美しい死について』を読みます。







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