御年83歳のロバート・レッドフォードの俳優引退作『さらば愛しきアウトロー』。これが久々に色気たっぷりで艶のある映画でした。(以下ネタバレあります。ご注意を)
『さらば愛しきアウトロー』(2018、アメリカ)
脚本・監督:デビッド・ロウリー
出演:ロバート・レッドフォード、シシー・スペイセク、ケイシー・アフレック、ダニー・グローバー、トム・ウェイツ
拳銃を見せない演出
10代の頃から強盗に手を染め、脱獄と強盗を繰り返した実在の人物を描いているんですが、この男は「銀行強盗」と聞いてすぐイメージされる粗野な感じとは真逆で、窓口の人間に拳銃をチラリと見せるだけで大金をかっぱらっていたとか。共通する証言は「とても紳士的」「いい人にしか見えなかった」。最後のほうで明らかにされる証言は「彼は一度も拳銃を撃ったことがない」。
だからなのか、ロマンチックな邦題とはぜんぜん違う“The Old Man And The Gun”という原題なわけですが、この重要なモチーフである拳銃をこの映画はまったくと言っていいほど見せません。
確かに、窓口でレッドフォードが拳銃を見せているんだろうな、と思わせるカットはあります。窓口係が明らかに動揺してすぐ金を用意しますからね。でも拳銃そのものは見せない。
では、いつ拳銃を見せるのか。
シシー・スペイセクの動揺シーンのみ
逃げる途中にたまたま知り合った未亡人シシー・スペイセクと恋仲になるんですが、そのスペイセクがレッドフォードの車のグローブボックスをふと開けたときに拳銃が入っていて動揺するシーンで初めて拳銃が観客にも見せられます。
この直後、家に帰ったスペイセクがお湯を沸かそうとやかんに水を入れるんですが、そのとき「あぁ、銀行強盗と言ってたのはほんとだったのね」という感じで一点を見つめてぼんやりします。で、水があふれて慌てて蛇口を止める。
最近の普通の映画なら、水があふれる手元をアップで見せることが多いじゃないですか。でもこの映画の監督デビッド・ロウリーはそうしない。
「映画とはまず見せ、そのうえで語るものである」とは、かのアレクサンダー・マッケンドリックの名言ですが、その前段階である「何を見せて何を見せないか」という問題に非常に意識的だと思います。(とはいえ別にこれは新しいわけでも何でもない。古典的ハリウッド映画はすべてこういう作法で作られていました)
では、なぜ強盗のシーンで拳銃を見せないのか。
「ラクな人生より楽しい人生」
とは、「君なら強盗なんかしなくてももっとラクな人生が送れるだろう」と言われたときの主人公の返答です。
彼は大金を得てラクな人生を送るのが目的ではなく、強盗そのものが楽しくてやっている。
だから彼は拳銃を撃たない。撃つことで誰かが傷つくのは本意じゃない。それじゃ少しも楽しくない。盗む俺も盗まれた銀行もいい思い出しか残らない。そんな思いで強盗を重ねていたのでしょう。
窓口係に拳銃をチラ見せするのもあまり本意ではなかったのでしょう。でも見せないかぎりは盗めないからしょうがなく、ということだったのでしょうね。
ただ、映画は拳銃を見せない。拳銃などという物騒なものは楽しい人生がモットーの主人公のこの映画にはふさわしくないという適切な判断。
そして唯一見せるのは、心を許せる異性が拳銃を見て動揺するときだけ。楽しくあってはいけない場面だけ観客にも見せる。こういうのを「映像演出」というのだと思います。
脱獄ハイライト
捕まったレッドフォードを訪ねたスペイセクに、彼は「いままで幾度も脱獄してきた。今回もするつもりだ」みたいなことを言います。
そのとき、10代から直近までの脱獄ハイライトになるんですが、最終盤であのような見せ方をすることに最初はちょっと戸惑いました。
でも、スペイセクの「最後までここにいれば?」というたった一言でレッドフォードは脱獄しなかったことが明らかになり、のけぞりました。すごい作劇。こういうオチにするためのハイライトだったのか、と。
ただ、最後のオチはまだあって、レッドフォードにすれば恋仲のスペイセクの言葉が脱獄しなかった一番大きな理由なんでしょう。脱獄すれば逃げ続けなければいけない。それより満期出所したあとのスペイセクとの生活を楽しもう。どこまでも楽しい人生を追い続ける主人公に見ているこちらも心が浮き立つばかり。
なのに、最後に自分を追っていたケイシー・アフレック刑事に電話していると目の前に銀行。そしてまたやってしまった、というオチにはさらに心が浮き立ちましたね! しかもさらに4回も!!!
好きな女は大事。でも……という男のロマン。こんな映画が引退作だなんてめちゃくちゃ素敵じゃないですか。
役者がみんなよかった。レッドフォード、スペイセクは言うに及ばず、ダニー・グローバーもトム・ウェイツも。みんな年寄りなのに色気がある。ケイシー・アフレックは相変わらず好きになれませんでしたが。
音楽もよかったですね。ジャズで押し通すのかと思ったら後半は突然キンクスがかかったり、選曲が見事でした。
『さらば愛しきアウトロー』(2018、アメリカ)
脚本・監督:デビッド・ロウリー
出演:ロバート・レッドフォード、シシー・スペイセク、ケイシー・アフレック、ダニー・グローバー、トム・ウェイツ
拳銃を見せない演出
10代の頃から強盗に手を染め、脱獄と強盗を繰り返した実在の人物を描いているんですが、この男は「銀行強盗」と聞いてすぐイメージされる粗野な感じとは真逆で、窓口の人間に拳銃をチラリと見せるだけで大金をかっぱらっていたとか。共通する証言は「とても紳士的」「いい人にしか見えなかった」。最後のほうで明らかにされる証言は「彼は一度も拳銃を撃ったことがない」。
だからなのか、ロマンチックな邦題とはぜんぜん違う“The Old Man And The Gun”という原題なわけですが、この重要なモチーフである拳銃をこの映画はまったくと言っていいほど見せません。
確かに、窓口でレッドフォードが拳銃を見せているんだろうな、と思わせるカットはあります。窓口係が明らかに動揺してすぐ金を用意しますからね。でも拳銃そのものは見せない。
では、いつ拳銃を見せるのか。
シシー・スペイセクの動揺シーンのみ
逃げる途中にたまたま知り合った未亡人シシー・スペイセクと恋仲になるんですが、そのスペイセクがレッドフォードの車のグローブボックスをふと開けたときに拳銃が入っていて動揺するシーンで初めて拳銃が観客にも見せられます。
この直後、家に帰ったスペイセクがお湯を沸かそうとやかんに水を入れるんですが、そのとき「あぁ、銀行強盗と言ってたのはほんとだったのね」という感じで一点を見つめてぼんやりします。で、水があふれて慌てて蛇口を止める。
最近の普通の映画なら、水があふれる手元をアップで見せることが多いじゃないですか。でもこの映画の監督デビッド・ロウリーはそうしない。
「映画とはまず見せ、そのうえで語るものである」とは、かのアレクサンダー・マッケンドリックの名言ですが、その前段階である「何を見せて何を見せないか」という問題に非常に意識的だと思います。(とはいえ別にこれは新しいわけでも何でもない。古典的ハリウッド映画はすべてこういう作法で作られていました)
では、なぜ強盗のシーンで拳銃を見せないのか。
「ラクな人生より楽しい人生」
とは、「君なら強盗なんかしなくてももっとラクな人生が送れるだろう」と言われたときの主人公の返答です。
彼は大金を得てラクな人生を送るのが目的ではなく、強盗そのものが楽しくてやっている。
だから彼は拳銃を撃たない。撃つことで誰かが傷つくのは本意じゃない。それじゃ少しも楽しくない。盗む俺も盗まれた銀行もいい思い出しか残らない。そんな思いで強盗を重ねていたのでしょう。
窓口係に拳銃をチラ見せするのもあまり本意ではなかったのでしょう。でも見せないかぎりは盗めないからしょうがなく、ということだったのでしょうね。
ただ、映画は拳銃を見せない。拳銃などという物騒なものは楽しい人生がモットーの主人公のこの映画にはふさわしくないという適切な判断。
そして唯一見せるのは、心を許せる異性が拳銃を見て動揺するときだけ。楽しくあってはいけない場面だけ観客にも見せる。こういうのを「映像演出」というのだと思います。
脱獄ハイライト
捕まったレッドフォードを訪ねたスペイセクに、彼は「いままで幾度も脱獄してきた。今回もするつもりだ」みたいなことを言います。
そのとき、10代から直近までの脱獄ハイライトになるんですが、最終盤であのような見せ方をすることに最初はちょっと戸惑いました。
でも、スペイセクの「最後までここにいれば?」というたった一言でレッドフォードは脱獄しなかったことが明らかになり、のけぞりました。すごい作劇。こういうオチにするためのハイライトだったのか、と。
ただ、最後のオチはまだあって、レッドフォードにすれば恋仲のスペイセクの言葉が脱獄しなかった一番大きな理由なんでしょう。脱獄すれば逃げ続けなければいけない。それより満期出所したあとのスペイセクとの生活を楽しもう。どこまでも楽しい人生を追い続ける主人公に見ているこちらも心が浮き立つばかり。
なのに、最後に自分を追っていたケイシー・アフレック刑事に電話していると目の前に銀行。そしてまたやってしまった、というオチにはさらに心が浮き立ちましたね! しかもさらに4回も!!!
好きな女は大事。でも……という男のロマン。こんな映画が引退作だなんてめちゃくちゃ素敵じゃないですか。
役者がみんなよかった。レッドフォード、スペイセクは言うに及ばず、ダニー・グローバーもトム・ウェイツも。みんな年寄りなのに色気がある。ケイシー・アフレックは相変わらず好きになれませんでしたが。
音楽もよかったですね。ジャズで押し通すのかと思ったら後半は突然キンクスがかかったり、選曲が見事でした。
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