2019年06月15日

ずっと書く書くと言いながら書くに至らない日々が続いていましたが、ようやく本腰を入れて考えるようになりました。新作シナリオ。

最近は、あまり周りに「書くぞ!」と宣言することが少なかったので(ネット上ではたまに言ってるけど)やっぱり実際に見知っている人に宣言しなくちゃ、と思い、前の職場の人たちに「こんなシナリオをやり始めました」と言いました。これでもう石にかじりついてでも書かねばならない。背水の陣。

基本アイデアは当然秘密ですが、主人公が女性なのです。女性のほうがテーマがより深まると思ったからですが、どうも「男が女を主人公にしてなぜ書けるのか」みたいなことは前々からよく言われるし、前の職場の人たちとは今度ランチに行くんですが、そのときにおそらく聞かれるだろうから、先に書いちゃえ、と思って書きます。


なぜ性別だけを特別視するのか
確かに男は女のことがわからないし、女も男のことがわからないのでしょう。

しかし、それを言ってしまったら、私にはいまどきの中高生のことはわからないし、70歳、80歳の老人の心境なんてもっとわからない。人を殺した人の気持ちもわからないし、不倫バッシングを受けた人の気持ちもわからない。両親がいまだ健在なので幼いころに死別して施設で育った人の気持ちなんて逆立ちしたってわからない。

なのに人は「性別」だけを特別視しすぎなのです。「男と女はわかりあえない」という意識をもちすぎ。


男は男のことがわかるのか
男が女を主人公になぜ……という人は「同性のことならわかる」ことを前提にしていますが、それもおかしい。

よく「男って○○だから」とか「女って××なんですよ」みたいなことを言う人がいるけれど、それは「自分はこうである」と言っているだけでしょ?

日本人だけに限っても、男も女も6000万人くらいいるんですよ。みんな同じなんですか? まさか! 一人一人違うというのは作家たる者なら基本的にもっていないといけない認識でしょう。

だから想像するしかない。自分がこういう境遇ならどうなるか。この人物がこういう出来事を前にしたらどういうリアクションを起こすか。

男が女を主人公になぜ……という人は、想像力の力をほとんど信じていないのです。


「男は男」「若者は若者」は誤り
同様に、男の中には男だけが存在し、女の中には女しか存在していないという誤りも犯していると思う。

男の中にも女性的なものがあるし、逆もまたしかり。若者の心にも来たるべき老人の心の萌芽はあるはず。それに耳を澄ませて自分ではないもう一人の自分の声を聴くことができれば書ける。


キャラクター描写に「主役」も「脇役」もない
男が女を主人公に……という人は、なぜか異性の脇役を描くことに関しては少しも疑問をもたないんですね。これもおかしい。

純粋にキャラクター描写に関していえば、主役だろうと脇役だろうと「その人物ならではの言動」を描写するという意味においては、作家がやることはまったく同じです。誰が主役で誰が脇役かというのは「誰を軸にしているか」という物語全体からくる考え方であって、キャラクター描写というディテールに関しては両者は同じ。もし異性を主人公にしたら書けないという人がいたら、異性の脇役も描けないことになります。


というわけで、頑張ります。






  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントする

名前
 
  絵文字